063:作画ミス・動物園・サシハリアリ
「どうしよう……」
「どうするかのう……」
相良とシャシャは額を突き合わせ、うんうん唸りながら腕組みしていた。
時刻は23時。本来ならば二人とも床に就いている時間だが、緊急の家族会議は想定していたよりも長引いていた。
「やっぱりフルルの喜びそうなところって言うとどうしても遠出になるよね……」
本日の議題――自室で呑気に寝息を立てている娘が起きてしまわないよう、小声で話し合いが進められている。
発端は相良とシャシャの娘であるフルルが今年月波学園初等部に入学し、そのお祝いに何か欲しい物はあるかと尋ねた。彼女は「何でもいいの!?」と表情を輝かせ、相良とシャシャが頷くか否かの瞬間、こう答えたのだった。
「ウチ、動物園行きたい!」
その場ではがっかりさせたくなく、二人揃って「じゃあ計画たてないとな!」と相槌を打ったのだが、いざ具体案を出そうとするとこれがなかなかハードルが高かった。
「まさか我が家のこの環境がこんなにネックになるとはのう……」
シャシャが眉間の指で揉みほぐしながらちらりと横目で部屋を見渡す。
普段家族で過ごしているリビングの壁という壁を覆い尽くすほどのスチールラック。そしてそこには何十個ものガラスケースが陳列され、相良とシャシャが趣味兼職場から繁殖を頼まれた数多の爬虫類や両生類、奇虫が飼育されている。
その数はざっと数えるだけで100を超える。
中には条約で保護され、新規での輸入が制限されており国内繁殖でしか出回らない希少種もいたりする。
その何が問題なのかというと、生まれた頃からこの環境で育ってきたフルルの生き物の好みは当然のようにこれらレプタイルズを中心に偏っている。同じ年代の子供たちがテンションを上げる犬猫はほぼ見向きもせず、ハムスターやモルモットなどの小動物に至っては、下手をしたらペットの餌という認識だったためそこはきちんと再教育した。
ちなみに最近のお気に入りはサシハリアリ――作画ミスのような巨大な顎を持つアリ――である。我が娘ながらチョイスが渋いと相良は唸ったものだった。
ともかく、はっきりと言うと、この家にはそこらの動物園よりも希少かつフルル好みの生体が集まっている。月波市にも市営の動物園があることはあるが、生体数はさほど多くはなく、フルルが喜びそうな爬虫類コーナーもごくごく小さい。おそらく行ってもすぐに飽きてしまうのは目に見えていた。
ならば遠出し、宿泊付きの旅行としてそういった分野に力を込めている専門の動物園に行こうかとなると、今度はシャシャとフルル自身が大きな課題となった。
「フルルとわらわの体でも入れるサイズの部屋風呂付の宿となると……流石に値が張るのう……」
シャシャが手元のタブレットに表示させた旅行サイトの金額を見て苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
シャシャとフルルはラミアである。腰から上の人間と同等の体の部分だけ見れば小柄な部類だが、腰から下の蛇の姿をした尾足は長い。長いだけでなく太い。まだ小さな子供であるフルルはともかく、シャシャなどウエストから骨盤にかけての膨らみの太さのまま3メートルもあるため、一般的なホテルのユニットバスなどとてもではないが入りきらない。
「魔導具を借りて、大浴場付きの宿に泊まる選択肢はどうかな」
「それもなしではないが……」
相良の提案にシャシャは難しい顔をする。
二人ともラミアではあるが元々はこの世界とは異なる世界を由来とするラミアであるため、人化ができない。認識阻害の魔導具を使えば街の外に出ることは可能だが、それのレンタル費用も決して安いものではない。
さらに認識阻害をかけたところで二人の体積が減るわけではない。うっかり見えない尾につまずく一般人が出る可能性もゼロではないのだ。
「最悪、フルルのみシャワーで済ませてわらわは濡れタオルで我慢するという手もある」
「……流石にせっかくの家族旅行でそんな窮屈な思いはさせたくないよ」
「優しいのう。優しいが、ではどうするかのう……」
「どうしようか……」
再び家族会議はふりだしに戻る。時間も遅いし今日は一旦切り上げて休もうか――そう提案しようとしたその時。
ポパパポパパポパパポパパン♪
「なんじゃい!?」
「タブレットのビデオ通話?」
普段通話用の端末としては使用していないはずのタブレットの着信音が鳴り響く。シャシャが思わずテーブルに放り投げてしまったそれを拾い上げ、相良は発信元を確認する。
発信:隈武宇井
「……宇井からだ」
「あ、あやつなんでこのタブレットの番号知っとるんじゃ……」
「あ、そう言えば何年か前に宇井のお店の水槽セッティングした時の打ち合わせでこの端末使ったかも」
そんなことを思い出しながら相良は通話状態に切り替える。すると画面いっぱいに宇井の可笑しそうな笑みが映し出された。
『やっほー香川家の二人! 遅い時間にめんごめんごー』
「ちっかいなあ」
『おっと、失礼失礼』
宇井の顔がちょうどいい距離感に収まった。絶対わざとである。
「それで、どうしたの急に。水槽のメンテ依頼?」
『んーにゃ? そっちはまだしばらく大丈夫だと思うぜい。そうじゃなくって、もしかしたら家族旅行計画でお悩みじゃないかと思ってねー』
「こっわ!? なんでそんなピンポイントで突いてくるんじゃ!?」
「『隈武』の予見は相変わらずだな……」
思わず身震いしたシャシャを見て宇井が首を横に振る。
『いや、フルルちゃんが動物園行くんだって言ってたって聞いたからさ。うちの勝凪から』
「ああ」
そういう繋がりか、と相良は頷く。
宇井の娘の勝凪は今年で初等部三年だが、入学したばかりのフルルとも遊んでくれているとは聞いていた。その時にフルル、勝凪を経由して宇井の耳にまで届いたのだろう。
『実は今年のゴールデンウィークにうちの店の社員旅行を計画中なんだけどさ、良かったらご一緒いかがかなって思ってさ』
「え?」
『シャシャとフルルちゃんの体だと周りに気を遣って旅行なんてなかなか踏ん切りつかないんじゃない? でもわたしらと一緒なら格安で移動手段から旅館まで貸し切り可能。もちろん自由行動時間も確保してるから、フルルちゃん希望の動物園にも行けるよ? どう、悪い話じゃないと思うけど』
「そりゃあ……」
悪いなんて話じゃない。
願ったり叶ったりだ。
「でも社員旅行に混ぜてもらうなんて、本当にいいの?」
『なぁに遠慮してんだか。経理の明良がOKって言ってるんだから良いに決まってるじゃん。それに、相良には素敵な水槽セッティングしてもらったから、そのお礼』
「でもそれは仕事だし……」
『もう、なんか面倒くせえなあ』
タブレットの向こう側で宇井が大きなため息を吐く。
『昔馴染みのダチが一緒に旅行行こうぜって言ってんだから、素直に誘いに乗りな。それにタダじゃないし、ちゃんともらうもんもらうよ。格安だけども』
「それは……まあ、うん。そうだね」
苦笑し、相良は頷く。
シャシャの様子を見ると、彼女も肩を竦めてはいるものの同じ考えのようだった。
「それじゃあ、お言葉に甘えようかな」
『よっし了解! とりあえず仮日程送っとく。そっちも仕事の調整しといてね。あとフルルちゃん食べられない物とかあったらあとでまとめて教えてちょ』
「分かった」
その日はそこで通話を終え、二人は改めてお互い視線を合わせながら苦笑を浮かべた。
相変わらずと言おうか、やはり宇井には勝てないな、と改めて実感したのだった。
その後は流石というべき段取りで旅行計画が組まれ、フルルも大満足の家族旅行(+α)となったのは、当然ともいえる後日談であった。





