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061:リメイク・風圧・梅の種

「…………。…………。……んん? ……んー……」

 その日、真奈はWING内部に設えた自身の作業部屋でうんうんと唸っていた。

 彼女にしては珍しく眉間にぎゅっとしわをよせ、腕を組み、首をこれでもかと傾け、目の前に広げた依頼の品を検分する。

 かれこれ半日ほどこの状態が続いている。しかし驚くほど成果は出ていない。

「真奈さーん? そろそろ終業時間ですよー」

「…………」

 と、そこに店の表で閉店作業をしていた紫がやって来て声をかける。しかし聞こえていないのか、真奈は変わらず唸り声をあげるばかりだった。

「真奈さーん」

「…………」

「真奈さん?」

「…………」

「『やっほー、真奈ちゃん』」

「え……!? 梓ちゃん!?」

 唐突に聞こえてきた親友の声に目を見開いて振り返る真奈。しかしそこにいたのは喉元を指で押さえて笑みを浮かべる紫だった。

「『声帯模写、やってみると意外とできるものね』」

「えぇ……何その謎スキル……」

 術式制御はポンコツのくせに、こういうわけの分からない技術だけはやたらと習得が上手い紫に真奈は思わずじとりと目を細める。

「そろそろお店終わりの時間ですよ。残るなら戸締りお願いしたいです」

「え、もうそんな時間かあ……うん、わたしもそろそろ帰ろうかな」

 壁の時計を確認し、指し示す時刻に驚く真奈。その拍子に、真奈の作業机の上に並べられていた物が紫の目に映った。

「魔石ですか?」

「あ、うん。……今回の依頼品なんだけど……」

「飴玉みたいで美味しそうですね!」

「……まず何でも食べようとするのやめなさい」

 確かに梅の種ほどの大きさに加え、半透明の球体で揃えられているため飴にも見えなくもない。子供だったら誤飲する可能性もありそうだが、こんな大きい年頃の子にそんな注意をすることになるとは思わなかった。

「それはまあ冗談だとして、どんな依頼です?」

「属性鑑定と……製造理論の書き出しかな」

「はい?」

 思わず首を傾げる紫。

 前者は分かる。魔石が宿す魔力の属性を判別するものだ。しかし正直、そんなものは魔力を扱う人間であればすぐに分かる。わざわざWINGに依頼するまでもない内容だ。

 となれば、聞きなれない後者の方がメインの依頼ということだろうか。

「製造理論……えっと、作り方ってことですか?」

「ざっくりと言えばねー。……これ、人工魔石」

「あ、もしかして噂の?」

 ここ数年で魔術界隈に出回っているという話を聞いたことがある。

 元々魔石とは、宝石が自然環境によりたまたま色濃く魔力を貯蓄して生まれる。そのため希少性が非常に高く、単純な話、馬鹿みたいに高値で取引される。またそれを媒体に形成する術式や魔導具は親和性が高くなる傾向があり、火力兵器としての利用価値があるため、過去の歴史では小粒な魔石一つで勢力図が描き変わることすらあった。

 それがこの何年かで、ごく少数ではあるが人工的に作られた魔石が取引されるようになったという話は紫の耳にも届いていた。

 しかもこの人工魔石、宝石に魔力を込めて作られているわけではなく、魔力そのものを凝縮させて物質転換している。そのため魔力純度はほぼ100%であり、天然物よりも魔術親和性が抜群に高い。

「まあ……出所は分かってるんだけどね……」

「ああ……」

 誰とは言わないが、趣味兼実用目的で取り寄せた魔術書の支払いに人工魔石を使った者がいるらしい。魔術書の卸を請け負った店としてはそんなものをいつまでも保持したくないから可能な限り隠蔽して放出したが、それがどこかで回り回って今真奈の目の前にやって来たようだ。

「依頼先は……まあ、いつものたぬぅなお爺ちゃんですよね」

「うん……あとオババ様」

「あー……」

「だからあんまり詳しく報告するつもりはなかったんだけど……改めて解析してみると、本当に意味が分からなくて……」

 言いながら真奈は机の上の魔石を一つ拾い上げ、紫に手渡す。

「これ……属性分かる?」

「え? これは……んん???」

 見た目は黒に近い紫色をしていた。色味でぱっと思いつくのは闇属性だったが、どうにも手のひらを介して伝わってくる魔力波長は全くの別物だった。

「地属性……と、火属性? その中間くらいの波長? え、何ですこれ!?」

「……依頼主は便宜上『毒属性』と呼んでいるみたいだね」

「毒……ああ、火山性ガスのイメージですかね」

「それが他にも……ほら、これだけ」

 言いながら真奈は体を反らして作業机を紫に見せる。

 そこには色とりどりの魔石が他にも()()並んでいた。

「これは地属性と水属性の混合魔石……『樹属性』。こっちが水と風の混合、『氷属性』だね」

「あ、紫、次当てちゃいます。風と火で『雷』辺りじゃないですか?」

「正解」

 真奈が指で丸を作ると、紫はふふんと嬉しそうに笑みを浮かべて腰に手を当てる。真奈にはぶんぶんと振られる尻尾が幻視して見えた。

「……雷と氷も自然現象としては身近だから、イメージはしやすいよね。魔術の本懐が『自然現象の模倣』ってことを考えると、四大属性に分類されてなくてもそこに辿り着くのはそう難しいことじゃないと思う。雷は八卦の属性の一つに部類されるし、氷も『寒い』『冷たい』と紐づけるなら六気の一つ」

「樹もまあ、分かります。五行にも『木』がありますしね。四大属性的には地属性に分類されてきたんですかね?」

「そうだね。まあそこは風土と思考の差だと思うよ。ただ……」

 溜息混じりに、残り二つの魔石を拾い上げる。

「この二つは本当に分からない……」

「……消去法的に、火と水の混合、風と地の混合ですか?」

「うん……」

「そもそも相反する属性って、混ざるんですか? そんな古着リメイクみたいな気軽さで?」

「混ざらない」

 きっぱりと言い切る真奈。しかしそのまま腕を組み、腰ごとぐぐっと首を傾げ、絞り出すように言葉を続けた。

「…………はず、…………なんだけど……」

「……現にこうして目の前にありますしね……」

「…………いや、ね? 全く混ざらないわけじゃないの」

 言って、真奈は机の引き出しを開き、もう一つ魔石を取り出した。

 無色透明、まるでガラス玉のような見た目をしているが、そこに込められた魔力量は他六つの魔石とは比べ物にならない。

「これが理論上存在する『無属性』の魔石……」

「理論上?」

「この魔石の製造方法は3パターン……三千世界数百年数千年単位で極稀に存在する無属性魔力地帯で自然生成されるか、それよりも希少な無属性魔力の持ち主で、かつその人が魔石を生成可能なだけの魔力量を持っているか……もしくは、光と闇属性の魔力を混ぜ合わせる」

「光と闇属性……」

「もちろんただ混ぜればいいわけじゃないよ……その二人の魔力波長が奇跡的に相性が良いという前提が必須」

「……なるほど、だから『理論上』……」

 そしてこの無属性の魔石の出処も、おそらくは他の魔石と同じなのだろう。

「まあ光と闇属性に関しては根源属性に近しいから混ぜやすいっていうのはあると思う……」

 と、真奈が耳慣れない言葉を口にする。紫は「はい!」と元気よく手を上げ、質問を投げかけた。

「根源属性ってなんです?」

「ああ、ごめんね……。それはあくまでわたし流の魔術定義で、一般的な考え方とは少し違うかも。そうだね……あえて言語化するなら、『混沌』と『秩序』かな」

「……っ!」

 そわ、と紫の頬が吊り上がった。好きだろうなあこういう単語、と真奈は対照的に苦笑を浮かべた。

「世界の根源は『混沌』と『秩序』から成る――二つは相反する故に混在できない。けれど一つ……その二つとは異なる要素が混ざり合うことで二つは両立できるようになった」

「んん?」

「『時間』だよ」

 言いながら、魔石を三つ拾い上げて机の上に転がした。

「紫ちゃん……今机の上にある三つの魔石はどんな配置?」

「え? えっと……三角形? で、いいんですかね?」

「そう。三辺ばらばらのただの三角形。これが『混沌』状態。それじゃあ『秩序』……正三角形になることはあり得る?」

「うーん、そうですね……試行回数を重ねれば、いつかはなるんじゃないですか?」

「そう。何度も何度も石を投げていれば、いつかはどれかの石同士が正三角形を作る。……つまり『混沌』と『秩序』の混在を『時間』が解決したってことになるね」

「ああ、なるほど!」

「そして光と闇とは、たくさんに転がった石の中から生まれた『正方形』……と、わたしは考えてるの。実際はもう少しややこしい術式のお話が関わってくるんだけどね」

「でも分かりやすかったです! だから光と闇属性は相反する属性の中でも比較的混ぜやすいんですね」

「そう。正方形を二つ重ね合わせて正八角形を作るわけだね。……それで、話が戻ってくるわけだけど」

 問題の二つの魔石を並べ、再び溜息をつく。

「四大属性くらいまで根源から離れて複雑化しちゃうと、混ぜ合わせることは基本的にできないんだよね……相互作用がない属性同士ならともかく、相反する属性同士ともなると理論すら存在しない」

 言いながら、真奈は一度全ての魔石を机にしまい、厳重に結界を施す。それを確認した後、両手の人差し指を立て、それぞれに魔力を極僅かに込めた。

「今、右手に火、左手に水属性をこめてるんだけど……これを混ぜ合わせると……」


 ぽん!


「わっ」

 風圧で紫の前髪が全部後ろに流れた。

「……こんな感じに、お互いがお互いを打ち消し合って極微量でも魔力暴走反応が起きちゃう」

「な、なるほど……あれ、でもたまに相反する属性同士の魔力適正保持者もいますよね?」

「いるね。でもあれって実はどちらかに偏っている場合がほとんどなの。火が一番適性が強くて、その次くらいに水適性が高い。その両立を『時間』という要素が叶えてくれているの。完全に拮抗していることはほぼない……というか、よっぽど繊細な、それこそ、この混合魔石の生成みたいな高度な制御を常時発動しなきゃいけないと思う」

「考えるだけで嫌になるですね」

「紫ちゃんはもう少し制御を身に着けてほしいな……」

 苦笑しながら机の結界を解き、もう一度魔石を取り出す。

 やはり何度見直しても、どうやってこの魔石が形状を維持しているのか、またそこに秘められている属性、特性が分からない。相反する属性同士の混合かつ特性が不明ということは無属性である可能性があるが、ただの無属性ではなさそうだった。属性混合魔石とかいう存在するだけで危険な物体のくせに、利用方法の見当がつかない。

「しかし美味しそうですねー」

「……食べないでよ?」

「食べませんよ。ほら、飴細工みたいな感じです。食べれるけど食べるのが勿体ない的な。……あれ?」

 ふと、紫が首を傾げる。

 見つめているのは、不可解な混合魔石のうち、地と風属性の方。

「……この魔力波長……なんだか、紫……というか、パパに似てないですか?」

「え? 羽黒さんって、今は水と闇が適正じゃない……?」

「それはそうなんですけど」

 言いながら、紫は真奈からその魔石を受け取る。

 その瞬間――ぱりん、と音を立てて砕けた。

「え……!?」

「はい!?」

 砕けた魔石は魔力となり、紫の右腕に纏わりつき――巨大な爪と甲殻を形成した。

「なぁにこれぇ!?」

 突如自身の身に起きた変化に戸惑い、声を上げながら真奈から二、三歩離れて軽く腕を振るう。しかしそんなもので爪と甲殻はビクともせず、むしろ振るった分だけ軽いつむじ風が部屋の中を駆け巡っただけだった。

「お、落ち着いて紫ちゃん……! まず、右腕の感覚はある?」

「え、あ、はい。あるです。ありますし、ちゃんと動くです」

 手のひらを握り、解く動作を繰り返す。見た目は元の細腕の五倍ほどに巨大化していたが、感覚も動作も問題なし。ただ単純な膂力が跳ね上がっているようで、ちょっと力を籠めるだけで風が巻き起った。

「えっと、感覚としては身体強化に近い気がするです」

「……身体強化……触ってみていい?」

「はいです」

 真奈は作業机の脇にもう一つ椅子を用意し、そこに紫を座らせ腕を差し出させる。そして爪と装甲で覆われた右腕をじっくりと検分を開始した。

「触られてる感覚はある……?」

「はいです。でもどっちかというと、爪の上から撫でられてるのが分かるって感じに近いです」

「……なるほど。この甲殻そのものには神経は通っていないと。ちょっとだけ削ってみるね」

「はいです」

 引き出しから爪の手入れ用の鑢を取り出し、紫の巨大化した爪の先に当てる。

 ……が、いくらこすっても削れる気配がない。むしろ鑢の凹凸の方がどんどん潰れていき、最終的にただの金属片になってしまった。

「物理防御が跳ね上がってるね……」

「う……ごめんなさいです」

「それはいいんだけど……でもこの感じ、変化したのは龍鱗……?」

「自分でもそんな感じがするです。紫の龍鱗がぶ厚くなった感じです」

「龍鱗由来の変化なら、引っ込めることもできる……?」

「や、やってみるです」

 今まで気にしたことはない――というか常時垂れ流しで発動していた龍鱗を内側へと引き摺り込むように制御する。

 しかししばらく数秒ほどうんうん唸るも上手くいかず、なんだか面倒になってきた。

 そこでヤケクソ気味に紫は自分の右腕に鬼の牙を突き立て、魔力を無理やり吸収する。するとパアっと巨大な爪と甲殻は魔力の粒子となり、牙を介して紫の中へと還元されて行った。

 後にはいつもの色白で細い腕が残っていた。

「戻ったです!」

「……なんて乱暴な解除……」

「だ、大丈夫ですよ! 感覚はつかめたので、次は噛まなくても解除出来るです!」

「次……?」

 紫の言葉に疑問を覚え、真奈は首を傾げる。

「自分で噛んでみて分かったですけど、やっぱりあれって龍鱗ベースの身体強化って感じだったです。なのであの感覚を再現すれば――」


 ぽん!


 軽い破裂音と共に、再度紫の腕に爪と甲殻が出現した。

 しかも今回は両腕だった。

「成功です!」

「……なるほど」

「でもなんで急にこんなことになったかは分からないです……って、ああ! ごめんなさい真奈さん! そう言えば魔石割っちゃいました!?」

「ああ……」

 言われて真奈もようやく思い出した。紫の腕の変化に気を取られてすっかり失念していたが、そもそもの原因が魔石が急に割れて紫に纏わりついたからだ。

「それは大丈夫。まだ予備があるから、解析に支障はないよ。むしろ……」

「むしろ?」

「これが、答えなのかもしれないね……」


 風と地の相反する属性の混合魔石。

 大地から生まれ出で、風を纏い天を翔る。

 龍鱗に反応し、龍鱗を活性化させる特性――


「そうだね……仮称として、『龍属性』とでも名付けようかな」

「龍属性! いいですね! かっけーです! それなら紫はこの状態を〈龍化装甲(ドラゴフォーム)〉と名付けます! よーし、明日から修行するですよー!」

 ぴっかぴかの笑みを浮かべ、龍の両腕を握りしめる紫。

 真奈としてはこれから属性定義の裏付けのための面倒な作業が待っているためテンションはあまり上がらないのが、なんだか嬉しそうな紫を眺めるだけで頬が緩むのだった。



          * * *



 その後、真奈は火と水の混合属性を「空属性」と仮称定義し、龍属性と共に報告。それまで不可能とされてきた相反する属性同士の混合と新属性に魔術界隈がざわつきかけたのだが、その直後にとある元魔法士と龍種が地脈を吹き飛ばしながら鬼ごっこを始める事件が発生したため、そちらに視線が集まったためテーマに取り上げられなかったのは、また別のお話。

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