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059:変形ロボット・おもちゃ・カエンタケ

「おかわわわわわわわわわわわわわわ!?!?!?」

 ――ズガガガガガガガガガガガガガ!


 奇声と共にマシンガンのように一眼レフカメラ(自前)のシャッターを切る紫の背を眺めながら、裕とビャク、白羽は頭が冷静になっていくのを感じた。当人よりヒートアップしている第三者がいると熱量が落ち着いてしまうという話があるが、今がまさにそれだった。

「あのカメラ、どうしたんですの……?」

「カメラどころか今日の機材ほとんど紫ちゃんだよ。この日の為に貯めてた給料ほとんど全部はたいたんだってさ」

「待ってください、あの子、結構な額もらってますわよね!?」

「具体的にいくらしたかは怖くて聞けなかったよ……」

「本体にレンズに三脚、照明……あの手の機材はこだわり出したら上限ないからなあ……」

「…………」

 流石に何も言えずに頭痛を堪える白羽。

 比喩ではなく興奮のあまり鼻血を垂らしながら紫が激写しているのは、和装におめかしして困惑気味に紫のカメラを見つめる三人だった。

 中央に立ち、両サイドに二人の手を握っているのは火里。最初のうちは着慣れない黒い羽織袴におっかなびっくりだったが、他二人が泣きそうだったのを見てからは「おれ、にーちゃんだから!」と自ら背筋を伸ばしてた。

 そして彼の右手をぎゅっと握っているのは、桃色の着物を赤い帯揚げで止め、赤い髪飾りで髪を結い上げた小さな女の子。そして反対側の左手を遠慮がちに、しかし絶対に手放さないという意志で掴んでいるのは火里とお揃いの黒い袴の男の子。

 二人は青雫(せいな)緋真(ひさな)――白羽の双子の子どもたちだった。

 この度、めでたく二人が3歳になるということで七五三のお祝いの写真を瀧宮家の屋敷で撮ることとなったのだ。さらに白羽から「火里もちょうど5歳になりますし、一緒にどうですか?」とお誘いがあったこともあり、それならばと一緒に撮らせてもらうこととなった。

 そしていざ撮影が始まると、案の定見慣れないシャッターの光でぐずりだした青雫と緋真だったが、間に火里を置いたところぐっと我慢できるようになったのは嬉しい誤算だった。さらに3人を普段から蜂蜜に漬けたカステラよりも甘く甘やかしている紫が率先して変なポーズで自前のカメラで撮影を始めると、そっちが気になってすっかり泣き止んだのだった。

「はあ、はあ、可愛いなあ可愛いなあ……! 3人とも可愛いですよ……!!」

「紫、ちょっと落ち着きなさいな。鼻血を拭きなさい」

「なんだろう、我が子の身の危険すら感じるよ……」

「……あ、SDカードが容量いっぱいになったです」

「嘘だろ!? 120ギガが!?」

「次のカードに交換するです。1枚たりとも消すわけにはいかないので!」

「まだ撮る気ですの!?」

「そろそろ3人とも飽きてきて限界だよ?」

 普段身に着ける子供服の何倍も重く暑苦しい着物というのもあるだろう。青雫はころころと転がり始め、緋真もどしんと腰を下ろした。火里も頑張ってポーズを続けようとしているが、本当なら今すぐにでもビャクに抱っこをねだりたそうな顔をしている。

「むう。確かにそれもそうですね。あと3枚予備を用意してたですけど、この辺で切り上げましょうか」

「500ギガ……」

 紫の熱量がそろそろ恐ろしくなってきた裕だった。これもある意味瀧宮の血が成す業なのかもしれない。

「よう、撮影は終わったか」

 すっと音を立て、撮影スタジオ代わりの客間の襖が開いた。

 顔を覗かせたのは、白衣を羽織った痩せ型の男――快斗だった。

「ええ、とりあえずは」

「くくく、ようく我慢したなガキ共。ほら、褒美をやろう」

 そう言って快斗は手にぶら下げていた紙袋を掲げる。

 そこに印字された子供向けおもちゃ量販店のロゴを見た瞬間、青雫と緋真の目が変わった。

「なに、なに!?」

「おとーさん、なに!?」

「くくく、さあて何だろうな。気になるか? まずはあっちで着替えてくるんだ」

「「うん!!」」

 重い着物にへばっていたはずの二人は駆け足で隣の部屋へ移動する。そこで瀧宮家お抱えの着付け人の手によってするすると着替え始めた。

「…………」

「火里、お前も着替えて来い」

「えっと……」

「安心しろ。お前にはこれを用意してある」

 そう言って快斗は紙袋からさらに一つ、小さくも厚めの本を取り出した。丁寧にブックカバーで伏されているが、それだけで何の本なのかぴんときた火里は、「ありがとう、かいとのおっちゃん!」とにっこにこで隣の部屋へと駆けこんだ。

「……ちなみに何ですの?」

「原色小図鑑シリーズのキノコ類編だ」

「キノコ図鑑!?」

「火里は少し前にキノコのゆるキャラにハマってからキノコに興味深々なんですよ!」

「お気に入りはカエンタケなんだって」

「あの年代の男の子は変形ロボとかが好きなイメージですわ」

「そっちももちろん好きだけどね。でも最近は色んな生き物の図鑑を絵本代わりに眺めてるよ」

 快斗から図鑑を受け取りパラパラとめくる。そこには色とりどりの無毒有毒問わず様々なキノコが鮮やかな写真と詳しい解説と共に掲載されていた。火里の年齢では読める文章は少ないだろうが、一緒に読むのも案外面白そうだと裕は微笑む。

「ありがとう、快斗君」

「なぁに、将来的なそちらの分野に対する投資だと思えば安いものだ」

「投資って。気が長い話ですわね。学者にでもする気ですの?」

「でもカイトって意外とこういうことに気が回るよね」

「デリカシーはないですがね」

 悪態を吐きながらも白羽は「そう言えば」と思い出す。

 元々この男のホムンクルス技術は幽霊の未練を晴らすための補助の為に開発したものだった。そこの倫理の如何はともかく、なるほど、確かに根本の部分はそういう優しさがあるのかもしれない。

「きがえたー!」

「おとーさん、おきがえしたー!」

 と、一足先に着替えて戻ってきた双子が一直線に快斗へと群がる。それを喉の奥でくつくつと笑いながら、快斗は紙袋から中身を取り出した。

 振れば光と共に音が鳴るプラスチックの刀だった。

「……あ?」

 それを見た瞬間、白羽の表情が消える。

「やったー!!」

「ばっとー!!」


 すぱん!!


 瞬間、客間の襖が一枚残らず斬り刻まれ、粉微塵になった。

「ぎゃああああ!? 紫の照明器具が!?」

 ついでに紫が持ち込んだ照明の支柱もぽっきりぶった切られた。

「くぅぉるぁああああああああああ!? 室内で刀の形したもの振り回すなっていつも言ってるでしょーがああああああああああ!?」

「「きゃはははははは!!」」

「あんたもああいうモノを買い与えるなって言ったでしょうが!!」

「ぐべらっ」

 般若のような形相で怒鳴りつける白羽と、何が楽しいのか笑いながら客間から走り去る双子。そしてみぞおちに拳を叩きつけられた快斗は白目を剥いて床に転がされた。

「あー……」

「……ハッ。も、申し訳ありません、ユー兄様、ビャク。ちょっと叱ってきますわ!」

「あー、うん」

「が、頑張ってねー」

「紫、壊れた物はあとで弁償しますわ!」

「あ、はい。それはまあ別にいいんですが……むしろやんちゃな双子が見れてご褒美というか……!」

「叱るところは叱りなさいな!? って、こら待てー!!」

 瞬間、白羽の姿が消える。

 異能をフルに使っての親子追跡劇が始まったのを見届けながら、裕とビャクは「やっぱ瀧宮だなあ」と顔を見合わせ、苦笑するのだった。

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