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058:じゃがいも・コーヒーゼリー・消費期限が同い歳のコーラ

 ころり、と穂の手元から水に濡れた小さなじゃがいもが零れ落ちた。

「あっと……」

 ピーラーを置き、皮むき作業の手を止める。

 ころころと土間を転がっていくじゃがいもを追い、穂は小さく身を屈めて手を伸ばした。

「あらあら、元気なおいもさんですねー。……あれ?」

 流し台と食器棚の隙間にすっぽり嵌ったじゃがいもを拾い、小さく苦笑する。

 そしてその隙間に小さくきらりと光るものを発見した。

「鍵……?」

 拾い上げると、見覚えのない小さな鍵だった。もうだいぶ長いことそこにいたのか、埃と共にわずかばかり錆も浮かんでいた。

「んー?」

 鍵の埃をエプロンで拭いながらぱたぱたとスリッパをはいた足を動かし、行燈館管理人作業部屋へと移動する。そこで机の引き出しのロックを外し、中からさらに鍵付きの箱を引っ張り出した。

 箱の鍵を開け、蓋を開くとそこにはじゃらじゃらと様々な鍵が入っている。

 それぞれ下宿生へ貸し与えている部屋の合鍵やボイラー室の扉の鍵だったりと形も様々だ。しかしいくら見比べても先ほど拾ったものと同じ形の鍵は見つからなかった。

「え? どこの鍵でしょう?」

 この下宿の管理人を任されてからもう一年以上経つが、自分の知らない鍵というのは初めてだった。

 うーんと首を傾げながら心当たりを探す。少なくとも今まで開かずに困っている扉などはなかったはずだ――そう考えていると、背後から「穂さーん」と声がかかった。

「ただいまっスー!」

「ただいま帰りました」

「あ、泉ちゃん、紅くん。お帰りなさい」

 振り返ると、中等部二年に進級しても全く背丈が伸びずに未だ初等部生で通じそうな小柄な少女――泉と、彼女とは対照的ににょきにょきと背が伸びて既に180センチの大台が見えてきている紅がいた。泉は元気溌剌に、紅は礼儀正しく帰宅の挨拶を投げかけてきた。

 もう中等部は帰ってくる時間だったかと穂は壁に掛けられた時計を確認する。

「穂さん、厨房に剥きかけのじゃがいもがあったっスけど、アレ剥けばいいっスか?」

「手伝います」

「あら、ありがとうございます。それじゃあお願いしましょうか。まずはうがい手洗いして、着替えてきてくださいね」

「ほーい!」

「分かりました」

 二人は下宿生の中では学年としては下の方だが、泉は歴で言うとそこそこ長い。勝手知ったる行燈館のため自分から食事の準備の手伝いを買って出る泉に礼を述べながら、ふと思い立つ。

「泉ちゃん、そう言えばこの家にずっと開けたことがない鍵ってありますか?」

「え?」



          * * *



「ずっと開けたところを見たことない鍵付き扉って言うと、ここっスかね」

 じゃがいもの下拵えがひと段落したあと鍋の火の面倒を見る紅を厨房に残し、泉の案内の元心当たりがあるという場所までやってくると、そこは奥の納戸だった。

「ここですか? でもここは鍵はないですよ?」

 なんなら冷蔵不要の保存食や缶詰、飲料品なんかを押し込んでいるため開ける頻度は高い。

 そう疑問に思っていると泉が「正確にはここの中にもう一つ扉があるんス」と言いながら何度を開け放つ。

「ここっス。この下っス」

「下……ああ! 床下収納!」

 そう言えばこの納戸には床下収納が備え付けられていたと言われて思い出す。とは言え、穂はこの床下収納を使ったことも触れたこともない。何故ならこの下宿の管理を任された時には既にその上に色々と物が積み重ねられていたため、扉も床の模様程度の認識しかなかった。

 泉と二人で塞いでいた物品を一旦どかし、実に数年ぶりに全容があらわになった床下収納扉を見下ろす。

「結構大きいですね」

「っスねえ。深さによりますけど、ボクくらいならすっぽり入れそうっスね」

「……なんか嫌なこと思い出しちゃいました。家族の誰にも気付かれることなく床下に何年も棲みついていた不審者の話」

「あ、聞いたことあるっス。大丈夫っスよ、何年も鍵かかったままなんでもし誰かが潜んでてもとっくに死んでるっスよ」

「それはそれで怖いんですが!? 開けるの怖くなってきたじゃないですか!!」

「はいはい、御開帳っスー」

「躊躇がない!?」

 思わず納戸の外に飛び出し、扉の影から怯えながら恐ろしいことを口にした泉を制止する。しかしそんな穂の微力すぎる抵抗むなしく、良くも悪くも度胸の塊の泉は躊躇なく鍵を差し込み、捻る。

 ここまで片付けておいてなんだが見当違いの鍵であれ、という咄嗟に湧き出た願望を履き捨てるように、がちょんと数年ぶりに回ったにしては小気味良い音と共にロックが外れた。

「お、ビンゴっすね。さーて何か面白いものは入って――」

 と、泉の動きが止まる。

「い、泉ちゃん……?」

 恐る恐る納戸を覗き込む。

 するとおもむろに泉は床に腹ばいになり、床下収納に頭を突っ込む姿勢でなにやらゴソゴソと中を弄り始めた。

「っぷはあ! かび臭いっす……」

「な、何かありました……?」

「これっス」

 床下収納から泉が引っ張り上げたのは何本かの瓶が収められた酒屋で置いてあるようなケースだった。いや、その他にも色々と雑多なものが放り込まれている。中で何やらガサガサしていると思ったら一つにまとめていたらしい。

「えーと……これは石鹸ですかね。こっちは詰め替え用の洗剤ですか」

「その辺は使えそうっスね」

「いえ……流石に少し抵抗があるというか……」

 成分的には問題ないのかもしれないが、仮にも大勢の子供たちを預かっている身としてはなかなか使用する気が起きない。一体何年前の物なのか。

「それでこっちは……うわ!? マジっすか!? ボク初めて見たっス!」

 テンションを上げながら泉が引っ張り出したのは、何本かケースに入っていた瓶。穂の年齢からしてもここ最近はとんと見かけることの少なくなったソレに思わず「おお」と声が漏れた。

「瓶のコーラですか。懐かしいですねー」

「これの空き瓶って高く売れるんスよね!?」

「どうでしょう。流石にそこまで古いものではないと思いますが」

 なんなら穂が子供の頃に招かれた結婚披露宴で出された瓶コーラとそうデザインは変わらない気がする。見かける機会が減ったというだけで無くなったわけではないはずだ。

 それよりも、穂が気になる点として。

「……中身、入ってるのが怖いですね」

「あ、開けてみてぇっス……!」

「絶対にやめてください」

「お、蓋に賞味期限が……うわ! ボクと誕生日が同じっス!」

「絶対に開けないでください」

 その年代から開かずの間だったことを考えると、石鹸や洗剤も廃棄コース確定だ。

「こっちはもっとやべぇっスよ。多分コーヒーゼリーだったモノっス!」

「……うわあ」

 流石に言葉が見つからない。

 長い年月を経てカップを覆う蓋が劣化し隙間ができ、水分が完全に消し飛んだ黒い何か。パッケージに商品名が書かれていなければそれが何なのか分からなかった自身がある。

「目ぼしい物はこんな感じっスね」

「床下収納って結構取り出すのが面倒ですからね。元々そんなに使っていなかったんでしょう」

 そもそもこの下宿を管理していたのは、穂の祖父と深い関係があった青葉という名の妖だ。しかし彼女は長年腰痛を抱えており、それが原因で下宿管理人を退いた。そんな彼女が床下収納などという腰に優しくない機能を使うとは思えない。恐らくは物が溢れてきてやむを得ず締まったが、鍵を紛失してそのまま忘れてしまっていたのだろう。

「これ、どうするんスか?」

「とりあえず厨房に持って行きましょう。……とても気が進みませんが、中を開けて洗ってゴミに出します」

「了解っスー」

 一度検分のために広げた物ものをケースに入れ直し、立ち上がる。

 とりあえず捨てる作業は今日の夕飯の支度が終わってからにしよう――そう頭の中で整理しながら二人は厨房へと戻った。


 ……その後、学園から帰宅したキシが厨房にとりあえず置かれていた瓶コーラを勝手に開けて飲んでしまい、鉄壁と愚鈍を誇る彼の舌と胃袋をもってしても一晩トイレの住人となるというハプニングに見舞われたが、それは別のお話。

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