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053:ミント・種が四倍大きい・恥ずかしがり屋な男

「つ、ついに見つけたぞ魔王め!! この俺がぶっ倒してやる!!」

「…………」


 とある世界の山道で小休止をしていた羽黒の耳に上ずった声が届く。

「…………」

 右を見るも、誰もいない。

「…………」

 左も見るも、やはり誰もいない。

「ど、どこを見ている!? こっちだ!!」

「いやお前は見えてんだよ」

 なんせ声の主は、羽黒が腰かけている大石から5メートルも離れていない目と鼻の先でぷるっぷるに震えながら粗末な剣を構えている少年だ。

 見覚えはないが、街を出た辺りからずっと尾行られていたのは気付いていた。

「誰が魔王だ、誰が。こんな善良な一市民を捕まえて失礼な」

「そ、そんなヤクザ面で善良な市民名乗れると思ってんのか!」

「ストレートに失礼な奴だな」

「そ、それに誤魔化せると思っているのか! この俺のスキル〈解析眼〉の前で隠し事ができると思うな! ステータスオープン!」

 ぶんっ、と耳鳴りがして羽黒の目の前に何やら半透明のホログラムのような枠が浮かび上がった。


餓蛇の魔王ハクロ

HP65000/65000 MP15000/15000

攻撃37000  魔攻10000

防御9999999 魔防9999999

速度15000  幸運120

スキル:

劔龍の君臨 リュウノタチ 仄暗き水底の刃


「ほらみろやっぱり魔王じゃないか、ってぎゃあああああああああ!? なんだその馬鹿みたいなステータス!?」

「あ? これくらい普通だろ。魔攻なんて10000しかねえし」

「なワケあるか!? ってか、なんでアンタも俺の〈解析眼〉の結果が見えてんだ!?」

 自分で覗き見しておいて生まれたての鹿よりも足を震えさせて半泣きになる少年。羽黒は肩を竦めながらポケットからしばらく使っていなかった端末を取り出した。

「何でも何も、その〈解析眼〉とやら、ヘルメスレコードの閲覧レベル『C』を基礎にしてるだろ。その権限レベルだと、自分より閲覧レベルが高い対象のデータベースを閲覧しようとすると本人に通知が行くんだよ」

「え?」

「えーと、なになに?」

 端末を操作しながら羽黒は目の前の少年についての情報を引き出す。


【名前】新城(しんじょう)康太(こうた) 【通称】――

【年齢】16歳 【性別】男

【職業】冒険家《銅級》 【特職】勇者見習い

【出身】標準世界ガイア

【脅度】C+

【懸金】――

【体力】250 【生命】100 【筋力】160

【防御】130 【魔力】500 【精神】200

【魔耐】180 【敏捷】150 【器用】100

【幸運】100 【影響】80

【特性】

★不遇の精神 ★火事場のクソ力 ★場当たりの不運児

★孤独を好む者 ●加護『妖精女王』 ◆悪運

【技能】

○解析眼 ○刀剣術の基礎 ○魔術の基礎

○攻撃的逃走術 ○攻撃的生存術の心得

【装備】

・鉄の剣 ・革の軽鎧 ・幸運のアミュレット【呪】


「ふっっっっっっっつーだな、オイ」

「誰が普通だ!?」

「いや、スマン。確かに村人よりかはマシだな、うん」

「うるせー!?」

 涙目になりながら地団太を踏み、悔し気に手に持った剣をぶんぶんと振り回す。

 いや、それよりも。

「出身が標準世界……お前さん、もしかして転移者か?」

「だったらなんだ!?」

「いや……()()()()()()()()()()()()()?」


 ピィ~ヒョロロロロロォ~……


 大冠鳶の呑気な鳴き声が山道に響き渡った。

「この世界は魔王が討伐されて100年が経ってる。復興も完了し、生活水準は昭和時代後期の日本並み。衛生理念に至っては現代日本と同等で疫病もほぼなし。でかい戦争も魔王討伐戦以降は起きてない。多少の魔物は出没するが、田舎のクマ程度の脅威具合だ」

「…………」

「何しに呼ばれたんだ、お前」

「うるせー!!」

 少年――康太は両手を地に着きついに項垂れた。

「トイレで弁当食って教室に戻ったら教室全体を巻き込んだ異世界召喚に出遅れて、一人だけ平和になった後の世界に飛ばされたんだチクショー!! 召喚したエルフの女王にも『え???』って顔されるし、城の図書館の歴史の本でクラスメイトの英雄物語を読む羽目になった奴の気持ちが分かるかー!!」

「ああ、スキルの『孤独を好む者』ってそういう」

「好んでねーわ! 友達い……少なくて一人でいることが多かっただけだ!!」

「帰れば良かったじゃねえか」

「帰れたら苦労はしねえわ!!」

 ぎゃおうと歯をむき出しにしながら食って掛かる。

「帰還の術式の発動条件に『魔王を倒す』があるせいで帰れねーんだわもう笑えてくるわコンチクショー!!」

「あーあーあー」

 だから羽黒を見つけて襲い掛かってきたと。いや、襲われてもいないかと羽黒は首を振る。まだ声をかけられたばかりだ。

 やれやれと肩を竦める。

「確かに俺は魔王かもしれねえが、残念ながらこの世界を滅ぼしに来たわけじゃないんだわ」

「じゃあ何しに来てんだ」

「一人旅」

「一人旅!?」

「ちょっと思うところあって、ぶらりと知らない世界を一周しようと思ってな」

「そんな思春期拗らせたバックパッカーみたいなことを!?」

 どうやら大した脅威ではなさそうだと判断し、羽黒は背負っていたリュックから水筒を取り出し、コップとして使える蓋に中身を入れる。暑い日にすっと爽やかな気分になれるミント入りの冷やしたハーブティーだ。

 そこにふっと山間の涼しい風が駆け抜ける。

「いやあ、平和だねえ」

「魔王が平和を謳歌するな!?」

「何だ、まだいたのか」

「元居た世界に帰る手段がない無力な高校生を目の前にして『まだいた』とか言う!?」

「無力じゃねえだろ。基礎的な剣と魔術が使えることはヘルメスレコードで割れてんだぞ」

「うっ……じゃ、じゃああんたも魔王なら世界を渡る手段持ってんだろ? 俺を元居た世界に返してくれよ!」

「えー。さっきも言ったが、俺思うところがあって一人旅中なんだよなあ。もうしばらくあの世界には帰りたくないっつーか」

「何を思ってるか知らねえけど、悩みの種なら俺の方が四倍はデカいわ! てかその口ぶりだとアンタ俺と同じ世界の出身!? ますます帰るの手伝えよ同郷のよしみで!」

「帰してやってもいいが、お前さん召喚ミスでこの時代に飛ばされたんだろ? 帰っても100年後だぞ。俺も時間渡航はできねえし」

「チクショー!?!?」



          * * *



 下山後、羽黒は麓の街のギルド受付まで足を運んでギルドの身分証と共に記録用魔導具を提出した。

「おっす。戻ったぜ」

「ああ、ハクロさん! お帰りなさい!」

 カウンターで書類整理をしていた受付嬢が顔を上げ、ぱっと明るく笑みを浮かべて魔導具を受け取った。

「記録にも残してるが、ナナラ山の第三登山口から登頂までのルートに異常なしだ。魔物除けも問題なく機能していた。ただちょっと茂みが濃くなってきてたから近いうちに草刈りに人を集めた方が良いかもしれん」

「ありがとうございます! 詳細は魔導具から確認しますね。お疲れ様でした、こちら今回の報酬の頭金です! 残額は提出いただいた資料を確認後にお渡しになります」

「おう」

 カウンター越しに差し出された銀貨を受け取る。これで二日分の宿代と食事代といった金額だ。

 魔王が討たれ、魔物の脅威が減った世においてなお冒険家という職と組織は健在であった。

 とは言え、一獲千金を夢見る無法者から屋敷でじっとしていられないタチの高貴な血を引く者まで集まっていた頃のような派手な依頼はほぼゼロとなっている。薬草は畑で栽培され、肉は家畜を育てることで手に入る時代だ。そのため現代では街の何でも屋といった依頼をメインに受注、発注している。

 えり好みさえしなければ食いっぱぐれることがない程度には仕事で溢れている。今回羽黒が受けたのも、定期的な登山道の点検という平和な依頼であった。

「…………」

 と、羽黒についてきた康太がそろーっと背中から顔を覗かせる。

「あ、コータさん! どこに行っていたんですか!」

「ひえっ」

「ん? 知り合いか?」

「知り合いというか、この街のギルド登録者は全員把握してます。なんせ受付嬢ですから!」

 ふふんと胸を張って答える受付嬢。

 それはそうと、と彼女はじっと康太に目をやる。

「薬草栽培農家の収穫手伝いの依頼、ほっぽってどういうつもりですか!?」

「う……いや、その……魔王を……倒しに……」

「魔王なんてもういないんですよ! 女王陛下からの推薦とは言え、この様なことが続くと登録取り消しになることもありえるんですよ!」

「あ、う……すみ、ません……あの……依頼は……」

「もう代わりの方を派遣しましたよ! まったく、気を付けてくださいね!?」

「…………はい……」

 しおしおと縮こまっていく康太。そしてがっくりと項垂れながらギルド内に併設された食堂のテーブルへと腰かけ、額を卓に擦り付けた。

「なんだ、アレ。すんげえ萎れてたが」

「彼、すっごい恥ずかしがり屋さんなんですよ。私とも目線を合わせて話したことないですね。依頼を失敗したりするとこっちが申し訳なくなるくらい落ち込んだりするし。……まあ今回はコータさんが悪いですけど。依頼も人と喋らない物ばかりなんですよね」

「あ? 山で最初に会った時は普通に喋ってたぞ」

「え、コータさん、ナナラ山まで行ってたんですか? まったく、ご自分の依頼を放り出してどこに行っていたかと思ったら……!」

「どんな奴なんだ?」

 訊ねると、うーんと受付嬢は首を傾げた。

「何せ他人と喋りたがらないですから、いまいち分からないとしか。特に異性と話しているところを見たことはないです。ただ今時珍しく剣術の心得はあるらしくて、何度か下位の魔獣退治の依頼は受けていましたね」

「剣でか?」

「はい。剣で。免許があれば誰でも携帯可能な魔導具での遠距離射撃が主流のこのご時世に」

「…………」

「なのでギルド内の評価としてはあんまり……。はあ、これが100年前の冒険家最盛期の時代だったらもう少し活躍の場があったんでしょうけど」

「なるほどな」

 流石の羽黒も少々可哀想になってきた。

 異世界召喚に巻き込まれ、自分だけ違う時代に飛ばされた上に授かった加護は時代遅れの旧遺物同然。さらに元居た世界の元居た時代に戻る術はなしときた。

 やれやれと肩を竦める。

「しゃーない。ちょっと気にかけてやるか」

「え、ハクロさんが? それは大変ありがたいですけど……」

「まあ同郷のよしみだしな」

 言って、羽黒はテーブルで丸くなっている康太へ向かって歩き出した。



          * * *



「あれから5年かあ」

 昔を思い返すように、すっかり幼さが抜けて立派な青年となった康太が目を細める。

 隣には、本日付で寿退社することとなったギルドの受付嬢がほんのりと酒で頬を桜色に染めて笑っていた。

「あの頃のコータさんは本当に本当に本当に恥ずかしがり屋で、ギルドとしても大変だったんですよ?」

「本当にって何回繰り返すの!? それについては本当に申し訳ないです、はい……」

 なんだかかつてを彷彿とさせるごにょごにょとした尻つぼみな口調で俯く姿に、テーブルを挟んで二人の反対側で酒を飲んでいた羽黒がくつくつと笑う。

「まああの時のド陰キャコミュ障がよくまあギルドの看板娘を射止めたと褒めてやろう」

「くっ……」

「今更だがこいつのどこが良かったのか分からんな。ギルドの冒険家なら他にも優良株はごまんといただろ」

「いやあ。自覚なかったんですけど、私、ちょっとダメな人がタイプだったみたいで。なんか放っておけなくって」

「そうなの!?」

「ああ、なんか納得」

 受付嬢の世話焼きは密かに冒険家たちの間でも話題になっていた。なんなら勘違い系の独り身共が何人か特攻し、見事に玉砕することも多々あった。彼らと康太の違いと言えば、徹底的な受け身……というか、放っておけば野垂れ死にしそうな情けなさだったわけだ。

「まあ何にせよ、お前さんも冒険家としてすっかり独り立ちして俺は一安心だ。心置きなく帰れる」

「……やっぱり、帰っちまうのか」

「ああ。お前さんには悪いが、そろそろ帰ってこいって言われててな。どうにも、厄介な仕事が待ち構えてるらしい」

 かつて羽黒の元で働いていた魔女が秘密裏に寄こした依頼によると、どうにもかつての知人に妙なことが起こっているそうだ。詳細は戻ってから直接話すとのことだったが、まずはその転生体と思しき人物の保護を求められている。

「そう言えば、ハクロさんはどうしてこちらに来ていたんですか?」

「あ、それは俺も気になってた。アンタ、結局教えてくれなかったよな」

 と、康太からある程度の事情を聴いている受付嬢が首を傾げた。

 ああ、と羽黒は頷く。

「まあ俺みたいな人間やめちまった奴らは一度は経験することなんだけどな。……人間だった頃の知り合いが全員死んじまって、ちょっとブルーになってた」

「あ……」

「…………」

「ああ、言っとくがそれ以外の人外な連中はちゃんと生きてるぞ。俺はお前さんと違って知り合いは多いからな。家族も健在だ。嫁は元気だし、娘は元気すぎる」

 努めて明るく振舞うも、対面に座る二人は居心地が悪そうに視線を落としてしまった。

 せっかくのめでたい席で話す内容ではなかったと羽黒は少しばかり悔やむ。思いのほか酒が進んでしまって口が軽くなったのかもしれない。

 それとも、もしかしたら知らず知らずのうちに誰かに打ち明けたかったのかもしれない。 

「まあでも、お前さんらのおかげで悩む暇もなかったわ。喧しくて楽しい、いい旅だった」

「……! 羽黒さん!」

「おお?」

 突如立ち上がり、康太は頭がテーブルにつくほどの勢いで頭を下げた。

「5年間、めっちゃお世話になりました! 俺、元の世界に帰れなくてヤケクソになってたけど、羽黒さんのおかげで、世界は違ってもちゃんと生きていこうって決心出来ました! ありがとうございました!!」

「……。はっはー、おいおい、急にどうしたよ。らしくないぞ」

「らしくないのは分かってる。けど、言わなきゃなダメだって思って……!」

「ったく……。今生の別れでもねえし、そもそも明日すぐ帰るわけじゃねえぞ? あと少しはこっちの拠点の片付けだの引継ぎだので残らなきゃならん。普通に明日も仕事で顔合わせんだぞ? 気まずいだろうが」

 茶化すと康太は顔を上げ、苦笑しながら席に戻る。

 そのまま何だかむず痒い空気に耐えられず、三人は追加の酒を注文する。


 ささやかながらも賑やかな祝宴の席は、月が天辺に上るまで続いた。

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