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048:開閉パネル・10円玉・ 「猫です。」

「どもー、って、あれ?」

 放課後のホームルームが終わった後、いつものように部室(仮)へと赴くといつもはそこにいない人物が机に座ってノートパソコンを操作していた。

「や、来たわね」

「梓先生?」

 長い亜麻色の髪を一つにくくり、黒いジャージの上から赤い着流しを羽織ったヤンキー……ではなく、クラス担任の梓先生が部室(仮)の一番奥の上座からひらひらと手を振る。私が教室を出た時にはまだ教卓周りでクラスの女子たちにつかまっていたはずなのだが、まっすぐここに来た私より先に到着してるとはどういうことなのか。

 まあ梓先生の神秘性というか人間離れは今に始まったことではないため、それはとりあえず置いておいて私はいつものスペースに鞄を置いて部長私物の冷蔵庫を開ける。そして中からよく冷えた麦茶のポッドを取り出すと来客用のグラスに注いでコースターと共に梓先生へ出す。

「よかったらどうぞ」

「あら、ありがとう」

「いえ。……動画サイトですか?」

 そのつもりはなかったのだが、ちらりと梓先生のパソコンの画面が見えてしまった。それが自分たちの成績に関わりそうな内容ならば見ないふりをするつもりだったが(そもそもそれなら梓先生は画面が見えないようにするだろう)、自分も馴染みのある赤いマークの動画サイトだったこともあり思わず訊ねた。

「うん。この街で撮影された()()()な動画がないかチェック中」

「あー……」

 その言葉に私は曖昧に頷く。

 お互いがお互い()()だと認識はしているが、はっきりと言及しない。それが私たちの不思議な生徒と先生の関係だった。

「職員室だと教頭(ハゲ)がうるさいからね。ちょっとお邪魔するわよ」

「いえいえ。むしろこんなわけわかんない部の顧問やってくれてるんですから入り浸っていただいて構いませんよ。その方が部長の暴走が抑えられるかも」

「後ろの方が本音ね?」

 先日の肝試し動画事件から日が浅いというのに、あの目玉ガンギマリ部長は既に二件のトラブルを引き起こし、もれなく私を始めとしたオカルト研究会は巻き込まれた。そしてその都度どこからともなく現れた梓先生によって大事には至らずに済んだが、そろそろ高校受験を控える身分であるという自覚があの部長には欠如している。

 ちなみに今日は部長と桐原先輩、三好先輩の三年生組は来ていない。受験のための放課後補講があるそうだ。それならば立ち寄らずにまっすぐ帰れば良かったと気付いたのは部室(仮)の扉を開いてからだった。

「樋口さんは何か()()()動画は見る?」

「うーん、私は特にそういうのは……」

 私は特に小さい頃から()()()()()()の興味を引く体質らしく、碌な目に遭ってこなかったため日頃から避けるようにしている。心霊番組すら意識的に見ないようにしている。極稀に収録映像を介しているのにこちらに干渉してこようとしてくる厄介なモノがいたりするからだ。

「あ、そう言えば」

 ふと思い出したことがあって、私はポケットから携帯端末を取り出し、梓先生が見ているものと同じ動画サイトを起動させる。

「私、普段は犬猫動画ばっかり見てるんですけど」

「あら、いいじゃない」

「最近おすすめに上がってくる猫動画が、ちょっと気になって……」

「んー?」

「あ、これです。このチャンネル……『みゃーちゃんねる。』って言うんですけど」

 画面を操作して開いて見せたのは居眠りしている黒猫の写真のアイコンのチャンネル。よく見るとその猫は喫茶店か何かの開閉パネルの看板の上で器用に香箱座りしている。

「何か月か前から毎週動画投稿をし始めてて、今は登録者数2万ちょっとでそこそこバズってます。内容としてはアイコンの黒猫が犬顔負けな芸を披露するって感じなんですけど、最近なんか芸達者が過ぎるというか……」

 最初はお手やおかわり、おもちゃを投げて取ってくるという内容だった。左右の拳の中におやつを隠してどちらに入っているか当てるという動画では、おやつがマジックによって10円玉にすり替えられて愕然とした表情を浮かべ、他SNSでも拡散されるくらいの人気を博した。

 それが少し前くらいから動画の内容が猫離れし始めたというか、流石に編集やCGではないか? というコメントがちらほら湧き始めた。

「これなんか再生数すごいことになってますけどコメントも結構ひどいことになってたんですよね。『みゃーちゃんがポ○モン赤緑のテーマを歌ってみた』ってやつなんですけど」

 再生すると、発売から何十年経っても人気が色あせることのないあのゲームの初代タイトルのテーマ曲を黒猫が「にゃにゃにゃっ」とリズムを取って歌っていた。私からすると普通にすごくてかわいい猫動画なのだが、こんな動画でも気に食わない人は気に食わないらしい。現在はコメント欄は投稿者によって非表示になっている。

「んでこの前、みゃーちゃんの写真と一緒に記事が投稿されたんですけど、内容が『このチャンネルの動画は本物かもしれないしCGかもしれませんが猫はいます。猫です。よろしくお願いします』って。なんかミーム汚染されてるんですけど、これでCGの可能性もあるってことで一応は落ち着いたみたいで」

「……………………」

「先生?」

 ふと、梓先生が額を押さえながら微妙な表情を浮かべていることに気付いた。

「何やってんだあのヒト……」

「え?」

「……なんでもないわ。そうね、()()()()()だったわ。教えてくれてありがとう」

「え」

「それは特に何もない無害な猫動画だから気にしなくていいわ。ついでに言うとCG一切使ってないと思うわよ」

「えぇ……」

 梓先生の言葉節に引っ掛かりを覚えながらもとりあえず無害だということで端末をポケットにしまう。さて部長たちも今日は来ないだろうが、せっかく来たことだしこのまま宿題でも片付けようかと思った時、がちゃがちゃと部室(仮)の扉が慌ただしく開け放たれた。

「あれ?」

「おお、樋口クン来ていたのか――む」

「やばっ」

「あら~、梓先生こんにちは~」

 入室と同時に梓先生を発見して動きを止める部長と顔を引きつらせる桐原先輩。三好先輩だけはいつも通りののんびりとした口調で挨拶したが、今日は来るはずのない三年生組がそこにいた。

「こらアンタたち、今日は三年は補講でしょう」

「ああ、いや、えっと、我々は部室に忘れ物を取りに」

「三人とも?」

「すんません! このバカに無理やり!」

「すぐ戻ります~」

 瞳孔かっ開いたままぎょろぎょろと挙動不審に狼狽える部長を引きずり、桐原先輩と三好先輩が踵を返して退室する。

 それを眺めながら、私と梓先生はやれやれと肩を竦めたのだった。

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