045:燃える水・チェイサー・テディベア
「妊娠しましたわ」
久しぶり――というわけでもないが、中等部からの友人三人で集まっての酒の席で、乾杯もそこそこに白羽が単刀直入に切り出した。
「マ!? おめでと白羽たん!(*´з`)」
「おお、おめでとう」
「正式に家から発表するのは明日ですが、その前にお二人にはお伝えしておこうと」
りあむと織迦がテーブル越しに手を挙げてハイタッチを求めてくる。昔から全く変わらないノリに口の端を綻ばせながら白羽も「はいはい」と二人に手を合わせる。
「それで今日は一杯目からノンアルなんだね( *´艸`)」
「まあ白羽の場合は口に含んだ瞬間分解される構造になってますから影響はないんですが、念のために」
「それじゃあ、今日は白羽の分まで飲む」
「織迦は自分が飲みたいだけでしょーが」
乾杯の一杯目から火をつければ燃えそうな水のような色の酒をチェイサーなしでガパガパ飲んで顔色一つ変えない織迦に突っ込む。いくら山姥の血筋だからと言ってどういう構造をしているのか白羽は不思議でならない。むしろ山姥は酒で失敗して討ち取られるイメージがあるのだが、織迦が酔い潰れたところを白羽は見たことがなかった。
「いやあ、ついに白羽たんもお母さんかあ……感慨深いですなあ(*'ω'*)」
「りあむ、色々と教えてくださいな」
「任されよ! ベテランお母さんのりあむたんに何でも聞いてね!(`・ω・´)」
「りあむはベテランすぎる。今何人だっけ」
「三男三女の九人家族!(*´▽`*)」
「一人多いんだけど」
「わんこの炭治郎!(U・ω・U)」
「一人で少子化に対抗する気ですの?」
高等部卒業後は短大に進学し、それと同時に結婚、短大卒業直後に第一子を出産したりあむは「いやあ(´艸`*)」と照れながらこちらもノンアルコールカクテルを口にする。一番下の子がまだ完全に乳離れしていないからだ。
「一時はいつ会ってもお腹が大きかった」
「仲良くってごめんね!(^_-)-☆」
「やかましいですわ」
旦那は白羽も一応知り合い……というか、夫婦ともに瀧宮術者であるため経済的には問題なかろうが、それでも今後を考えるとなかなか大変だろう。何か事故が起きないよう白羽の采配で旦那には安全な後方業務についてもらってはいるが、知り合いじゃなかったらどうするつもりだったのか。
「そういう織迦たんはご予定は?」
「うちはまだしばらくいいかなって。お酒飲みたいし」
「お酒優先なのそろそろやめといた方が良いですわよ」
「ん。まあ、でも、確かにそろそろかな。白羽も子供ができたなら」
「……別に、白羽に遠慮なんてしなくていいですのに。もう何年前の話ですの」
「……ん」
織迦の旦那は白羽たちが高等部の頃の後輩だ。線の細い、うっかりすると女子と見間違う可愛らしい顔つきをしていたのだが、何を思ったのか白羽に告白してきた過去がある。白羽としては当時は対戦車ライフルを片手撃ちするような逞しい男性がタイプであったためその場でばっさりお断りしたのだが、それを気の毒に思ったのか織迦は彼に対して恋愛相談を受けていた。
そこからいつの間にか仲良くなったらしく、大学を卒業してしばらくしたら白羽に結婚の報告をしてきた時は白羽もりあむも驚かされたものだった。
ちなみにその旦那は最近趣味だったオリジナルテディベアがSNSでバズりまくり、作成動画とオーダーメイドの受注で界隈ではちょっとした有名人となっていた。
「それにしても白羽たん、念願のご懐妊なのになんかそんなに嬉しそうじゃないね(・ω・?)」
「確かに、なんか淡々としてる」
「いえ、そんなことはないんですが……」
これは本当に言ってもいいものか、とおつまみに頼んだフライドポテトを口に運びながら逡巡する。
しかし二人にじっと見つめられ、これは逃れられないなと諦めて白羽は渋々口を割る。
「ほら、白羽は体がコレですから、本当に子供ができるか不安だったんですの」
「うん、前も言ってた」
「それを、まあ……その、ついうっかり快斗に零しちゃったんですの。そしたら……」
「ん?(・~・)モグモグ」
「…………。これまでの蓄積された生体記録をもとに、白羽本人が把握してるよりも正確な生理周期のデータを出してきて……で、その日に……」
「うわ」
「気持ち悪っ」
表情が乏しい織迦が眉をぎゅっと顰め、りあむが真顔になった。
ぐいっと白羽はグラスに残っていた最後の一口を飲み干し、ついでに氷をごりごりと噛み砕く。
「アレの性格は小さい頃から知ってますし、錬金術師としての手腕に疑念を抱いたことは一度もありませんわ。プロポーズの時も結局恥ずかしがって何も言えずに指輪だけ差し出してきたのもちょっと可愛いなあとは思いましたし、今回の件でどうこうって話はないですけど……さすがにちょっと白羽も引いたというか……」
「究極の合理的理系」
「遠方の友人にまで不安を相談しに行った白羽の葛藤は何だったのかと……」
「大丈夫? 左遷覚悟で旦那と一発殴りに行く?」
「別にそこまでしなくてもいいですわ。ていうか、左遷する権限は白羽にしかないですわよ、実質ノーリスクじゃありませんの」
次の一杯を卓上のパネルから注文しながら白羽は溜息をつく。
「なのでまあ、今夜は本当はそれを愚痴りに来たというか……」
「わかった。何でも聞くし、こっちも愚痴る」
「ウチもお返しに溜め込んでたモン吐き出すぜ! 足りなかったら久々にカラオケ行こうぜ!(°Д°)」
「ふふ……いいですわね! それじゃあどんどん飲みましょう! 三人中二人がノンアルですけど!」
「白羽、バーボンロックで」
「ウチはマンゴーヨーグルトにしよー!(=゜ω゜)ノ」
「はいはい、ついでにワンパクに唐揚げでも頼みますわよ!」
女三人揃って姦しく、夜は更けていった。





