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040:進化前・リュックサック・致死量

 ガサガサと深い茂みを掻き分けながらウチは山道を進む。

 一見すると無秩序に駆け回っているようにも見えるが、足元をよく見るとそこだけ草や低木が綺麗に根元から刈り取られ、踏み固められた道になっている。茂みはあくまで目隠しのために道の周囲の草木を意図的に生い茂らせている。

 三人でこれを整えるのに丸一年かかった。

 その道を進みながら、ウチは悔しくて悔しくて奥歯をぎゅっと噛みしめる。

 だめだ、泣くな。泣くんじゃないと自分に言い聞かせる。

 そしてそのまま道を進むこと数分、ようやく目的の場所に辿り着いた。

 元は旧い林道沿いに建てられた作業道具を保管するための山小屋だったのだろう。別の場所に大きくて使い勝手のいい新しい林道ができたためそのまま放置されたらしく、初めに発見した時は床は腐って壁にも穴が開いていた。しかし屋根と骨組みだけはしっかり残っていたため、それをウチらはコツコツと材料をお小遣いから買い集めて修復した。

 そして今やどこに出しても恥ずかしくない立派な秘密基地となり、何かがあると誰もとなく大人の目を掻い潜って集まり、日が傾くまで一緒に過ごしていた。

 しかし今日だけは日が落ちても帰るつもりはない。ウチはリュックサックにありったけの毛布やお菓子、懐中電灯、蚊取り線香を詰め込んで秘密基地に足を運んだ。

「…………」

 外からの南京錠が外れているのを確認すると、まずは小屋の扉の前で一呼吸。そしてノックを素早く二回、最後に一拍置いて一回叩く。

 事前に三人で決めた、合言葉代わりの判別方法。しばらく待つと、内鍵が外れた音がして扉が僅かに軋む音がした。

「来たよ」

「おう、クロも着いてるぞ」

 中からよく見知った声がする。一足先に声変りを果たした自分たちより一段階低い声にどことなく安心感を覚えた。

 入ると、小屋の中は見た目よりもずっと綺麗に整えられている。外観はあえてぼろ小屋のままで放置し、中は捨てられていた発泡スチロールを切り貼りして断熱材にし、その上から石膏ボードで壁を二重構造にしている。天井には電池式のランタンなんかも置いてたりするので視界は結構明るい。さらにこの前ようやく壁紙の塗装も終わったので、なんなら障子と襖でできている自分の部屋よりもお洒落だったりする。

「おいっすー」

「おっすおっす」

 山中の沢に不法投棄されていた小さなパイプベッドの骨組みに自分でマットレスを持ち込んだ特等席に寝そべりながら、クロちゃんがどこかからか拾ってきたちょっとえっちなお姉さんの表紙の雑誌をパラパラと眺めている。今はもうだいぶ見慣れてきたが、数週間前までは綺麗な青色だった髪の名残が毛先に僅かに残っていた。

 そして扉を開けてくれたのはショウちゃん。ウチらの中で一番年上ということもあって一番背の高い彼はどこに捨ててあったのか、昔話で王様が座るようなでっかい椅子に腰かけた。

 むう、とウチは口を尖らせながら扉に鍵を閉め、入り口近くの廃タイヤを積み重ねて作った椅子もどきに腰かける。どこに誰が座るかは先着順で、どんなに訴えてもこれは覆らない。せめて少しは座り心地が良くならないかと、リュックから毛布を取り出して折りたたみ、お尻の下に敷いてみた。

「んで、何があったよ」

 雑誌に視線を落としながらクロちゃんが訊ねる。

 ショウちゃんもウチに視線を送るが、それよりもウチとしては秘密基地についてから二人の方が気になって仕方がなかった。

「何があった、はウチのセリフなんだけど……なにその怪我、どうしたの?」

 ベッドに横たわるクロちゃんと、椅子にふんぞり返るシュウちゃん。どちらも顔には大きなガーゼを張り付け、目元にも青痣が浮かんでいた。この様子だと服の下も相当酷いことになっていそうだ。

「ああ、これか」

「気にすんな気にすんな」

「無理。流石に気になって仕方ない」

「まあ別に大したことじゃないんだけどな」

 言葉とは裏腹に、ショウちゃんがニヤニヤと凄惨な笑みを浮かべて胸を張った。

「隣町のヤンキーのたまり場にクロと二人で突っ込んで、壊滅させてやった」

「何してんの!?」

「手持ちの金はもちろん、ピアスとかのアクセサリーも全部リサイクルショップに回してやったぜ」

「煙草も回収して駅前のホームレスにばら撒いてきた」

「本当に何してんの!?」

「あっちもまさか初等部のガキ二人にボッコボコにされたなんて口が裂けても言えねえから、このまま泣き寝入りするしかねえな」

「いい稼ぎだったぜ」

 しっしっしとわっるい笑みを浮かべながら二人はポケットから無造作にお札を取り出した。中には福沢諭吉先生もいらっしゃって、ウチらの年頃にしては破格の金額になっていた。これならもう少しこの秘密基地を快適にできるかもしれない――じゃなくて。

「アンタたちねえ、隣町のヤンキーってことは、一般人でしょ!?」

「まーな」

「連中相当恨まれてるみてぇだったが、霊感ちっともなくって呪いも素通りしてたわ」

「そんな奴らに手をだして、万一のことが……」

 と、そこでウチは言葉に詰まる。

 一般人に手を出して、万一のことが合ったら。

 そんなこと、今のウチが言えるわけがない。

「…………」

「ん?」

「……どうした、ミサ」

 クロちゃんが改めて訊ねる。

 ちょっと前まではショウちゃん以上にガサツで無鉄砲だったのに、妹が生まれたあたりから目端が利くようになった。ウチは隠しきれる気がせず、お尻の下に敷いた毛布の端をぎゅっと握りしめた。

「……今日、クラスの男の子を殴っちゃった」

 吐き出す。

「友達の明志くんが、男の子なのにピンクの筆箱使ってて、変なのって、馬鹿にされてて……」

「…………」

「…………」

 吐き出す。

「それで、割って入ったら、もっとひどい……ことを、言って……そしたら、思わず……」

「…………」

「…………」

 吐き出す。

「鼻血が、出た、だけだったけど……でも、病院に行って……ウチも、呼び出されて……父ちゃんも来て、ウチ、ウチは悪いことしてないのに……!」

 吐き出す。

 溜まっていたもの、痞えていたものを、吐き出す。

「悪いのはあいつの方なのに……! 男の子でも、ピンクの筆箱使っていいじゃん……! でも手を出したらもっと悪いって、父ちゃん、あっちの父ちゃんに謝ってて……ウチ、悔しくって……!!」

「…………」

「……はあ」

 クロちゃんが立ち上がり、ウチの腕を引っ張る。

 学年は一個上だけど、なんだか最近それ以上に大人びてきた気がするクロちゃんはウチを自分が腰かけていたベッドに座らせると、どすんと乱暴にその隣に腰かけた。

 そしてその反対側にシュウちゃんが静かに座ると、ウチのリュックからもう一枚毛布を取り出して皆でくるまった。

「…………」

「……ま、確かに自分から殴っちゃったのはミサが悪いかもしれねえけどさ」

 左手で毛布の裾を握り、右手でウチの頭を小さく撫でた。

 手のひらと毛布から、ほんのりと暖かさが伝わってくる。

「でも、ミサは間違ってなかったと思うぞ」

「……っ」

「だな。その状況ならオレだってぶん殴ってるわ」

「殴るのはダメって話したばっかりだろうがクソショウ」

「じゃあ蹴る?」

「そういうことじゃねえ」

「んー、あ、じゃあこっそり足の小指踏んずけてやろうぜ。それなら間違ったって言いはりゃイケんだろ」

「おお、それだ!」

「ええー……?」

 ウチを挟んでやいのやいのとあれこれ言い合う。普段なら鬱陶しいなあと離れるところなのだが、今日だけはなんだか心地よく、自然と頬が緩むのを感じた。



          * * *


「流石に腹減ったなー」

「今日は泊まり込むつもりで集まったけど、飯どうすんの?」

「ウチお菓子持ってきてるよ!」

 しばらく三人で毛布にくるまれた後、誰ともなくお腹の音が鳴ったため一旦ベッドから離れた。それでも心と体はポカポカして、ここに来るまで感じていたお腹の中のグルグルとしたものは消え去っていた。しかしそれはそれとして今夜は家に帰る気はさらさらないので、持ってきたお菓子の箱をリュックから引っ張り出す。

「はいこれ! 仏壇に置いてた一番でかいやつ!」

「おお、いいじゃん!」

「ハムとかだったらもっと最高なんだがな」

「オープン!」

 包装紙をビリビリに破って箱を開ける。すると鼻腔をくすぐるような甘く爽やかな――石鹸のような香り。

「……ん?」

「あ?」

「おい、ミサ……」

 さっきまでと一変、温かな眼差しが急激に冷たい視線へと変貌する。確かに最近夜も暑くなってきた頃合いではあるが、それとは別の汗がつうっと背筋を伝った。

「…………」

 クロちゃんが箱の中身を一つ取り出し、個包装の端を切る。

 すると学園の手洗い場でよくする臭いが秘密基地中に充満した。

「…………」

「何か言うことは?」

「石鹸だったみたいだね☆」

「…………」

「アダダダダダダ!? ごめんなさいごめんなさい!?」

 ショウちゃんが無言でウチのこめかみに拳を押し当て締め上げる。半妖の尋常ならざる腕力に、身体の丈夫さがウリのウチも即座にギブアップを宣言する。

「さー帰るかー」

「はーあ、今から下山して夕飯に間に合うかな」

「やーだー! 置いてかないで!! 一緒に家出してくれるって言ったじゃん!!」

「「そんな約束はしてない」」

「はくじょうものー!!」

 がちゃがちゃと秘密基地の内鍵を開け、さっさと出て行こうとする二人に縋りつく。しかし身体強化込みでも年上の男の子(こちらも当然のように身体強化済み)二人を押さえることはできない。そのままズルズルと外に引っ張り出され――


 ばきゃん!!


「「「は……?」」」


 秘密基地が消滅した。



          * * *



 パラパラと頭上から降ってくる何かの破片を反射的に掴む。

 見覚えがある。シュウちゃんが座っていた椅子の脚の部分だ。

「……なんだ?」

 クロちゃんがウチを立たせ、その間にシュウちゃんが一歩前に出て構える。

 呆気に取られて自体が呑み込めず、秘密基地が消滅したかに見えたが、少し違った。

 ウチらが三人で一生懸命改装した秘密基地は地面から生えてきた巨大な()に丸呑みにされていた。

 いや、正確には口ではないのかもしれない。ウチらの秘密基地を丸呑みにしているように見えたから口と称したが、それはもちもちとしつつも滑らかな、肉の塊だった。

『ぐぇ~っぷ……』

 肉の塊がげっぷのような不快音を発する。そして視界が存在するかのように周囲をキョロキョロと見渡すと、首(?)を傾げた。

『あれ……? おいら、あのチビども食ったはずだよな~……?』

「…………」

 思わず自分で口元を塞いだ。

 こいつ、正体は分からないが人を喰うタイプの怪異だ。そのぷりぷりとしたエビにも見える肉に埋もれているのか目は悪いようだが、単純にこの見上げるほどの巨体は危険だ。しかもよく見れば奴が襲ってきたのは地面の下から。見えている部分だけでも小屋を丸呑みにするほどの大きさなのに、まだ下にも体がありそうだった。

 それはさながら砂穴から顔を出すアナゴのようで……って、何でウチさっきから食べ物で例えてるんだろう?

『……うぇ~、ぺっ、ぺっ! よく見たら食えてないじゃん~。なんかぶよぶよして硬いの、不味い~』

 と、牛肉のようにきめ細やかな肉質の怪異が口と思しき穴から何かを吐き出す。それが危うくウチらが立っていた場所を掠めた。……あぶね、あれ、最初にウチが座ってたタイヤだ……。

「……あれ、なんだ? クロ分かるか?」

「俺が知るかよ。のっぺらぼう? ぬっぺふほふ?」

「あんなアクティブに襲ってくるのっぺらぼうなんて聞いたことないんだけど……」

 音をたてないように一度移動し、近くの木の陰に隠れる。

 クロちゃんが名を上げたのはどちらも目鼻口がない怪異だが、人を驚かすことはあれど、ここまでダイレクトに喰いにくる話はあまり聞いたことがない。

 と、その時。


 ――ぐぅぅぅぅぅ。


 ウチの腹の虫が大変元気な声を上げた。

「ばっ!?」

「おま、ふざけんなよ!?」

「わざとじゃない!?」


 ――ぐううううう。

 ――ぐうぅぅ……。


「…………」

「…………」

「おい?」

「「わざとじゃない」」


『そこだぁ~!!』


 がぶり!


 隠れていた木の幹が消滅し、派手に倒木する。 

 幸いにも木は豚肉のようにジューシーな気配のする肉の塊の方に向かって倒れたが、当の本人は『いでっ』とほんの僅かに呻いただけだった。

『みつけたぞぉ~』

「ちっ!」

 それよりも、どこにあるのか分からない目で今度こそ捕捉されてしまった。

 三人が三人、全身に魔力を張り巡らせて身構える。

 剥いたゆで卵のようにつやつやな肉の塊が舌なめずりをしながらこちらに這い寄る。

『おいらは太歳、この世に産み出でた祟り神だぁ~』

「……祟り神!」

 その言葉に緊張が走る。

 まさかこんなところでそんなヤバイ怪異に襲われるなんて、今日はマジでついていない。本当ならばすぐさま大人の術者を呼ぶべきなのだが、不幸にもここはまあまあな山中だ。旧林道故に誰かが通りかかることもあり得ず、さりとて人里まで逃げることができたとしても、こんな祟り神を引き連れることなど論外だ。下でどんな被害が出るかも分かったもんじゃない。

 と、ウチらが退くか否かで硬直しているのに気を良くしたか、太歳はぷるぷるの鶏肉のような口を機嫌よく吊り上げた。

『おいらの肉は仙薬の材料になるくらい滋養強壮にいいぞぉ~! それだけじゃない、牛肉のように旨味があり、豚肉のようにジューシーで、それでいて鶏肉のようにさっぱりしてるんだ~!』

「……は?」

『さらに焼けば脂が滴りつつも旨味が凝縮され、揚げれば箸が止まらなくなり、煮込めば持ち上げるだけでほろほろと崩れていく最上の肉質なぁ~!』

「…………」

『もちろん刺身でも食うことが可能だ~! 醤油とワサビは定番だが、ちょちょいと塩を振って表面だけ炙れば珠玉の一品だ~! ああ、当然酒が欲しくなるだろうが、ひとたび合わせると致死量まで飲みたくなるからやめておけぇ~? まあ、チビどもには関係の話だな~?』

「…………」

『さあ! そんなおいらの最上の肉の糧となるがいい、チビども~!!』


「「「いただきます!!」」」


『ぶえぇぇぇぇぇえええええっ!?』


 クロちゃんの操る刃が、ショウちゃんの紡ぐ言霊が、ウチの手刀足刀が太歳を切り刻んでいく。

 端から端から削っていくも、不思議なことにいくら切り落としても即座に再生していった。

 そして。

「うっま! クロちゃん、ショウちゃん、これうっま!」

「大トロみてぇな舌触り! それでいて脂はしつこくない!」

「これは確かに何枚でもいけるぜ!」

『ぶえぇぇぇぇぇえええええっ!?』

「ショウちゃん、火! 火起こそう!」

「おう! おいクロ、確かヤンキーから巻き上げたライターがあったはずだろ!」

「ええい、面倒だ! 術でキャンプファイヤーだ!」

「「それだ!」」

『ぶえぇぇぇぇぇえええええっ!?』

 ショウちゃんとクロちゃんが印を結ぶと出現した、ごうごうと燃え上がる火柱。

 それにその辺の大木から切り出した巨大な串で太歳を突き刺すと、ウチは良い感じの火加減になるようにぐるぐると回しながら焼きを入れる(物理)。

『ぶえぇぇぇぇぇえええええっ!?』

「こら暴れるな! 均等に火が入らないでしょーが!!」

『ぶえぇぇぇぇぇえええええっ!?』

 じたばた足掻こうとする太歳を力に物言わせて押さえつけ、もう表面くらいは多少焦げてもいいかとショウちゃんに頼んで火力を上げる。

『ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶえぇぇぇぇぇえええええっ!?』

「あれ、なんか染み出てきた!?」

「あ? これは……照り焼き!?」

「なんだと!?」

 ちりちりと表面に火が通り始めると、汗のように茶色い液体が垂れてきた。それが火で炙られてなんだか良い匂いがするなと思ていたら、試しに一舐めしたクロちゃんが目を見開いた。

 ウチも串を片手に滴ってきたそれを舐めてみると、確かに醤油と味醂の甘じょっぱい風味が口の中を駆け巡った。

「ひゃっはー! おらおら、いいもん持ってんじゃねえか!」

「もっと出せよー、もっとあんだろお? あぁん?」

『ぶえぇぇぇぇぇえええええっ!?』

 クロちゃんショウちゃんがさらに火力を上げる。すると太歳から溢れ出た液体の香りが変わった。

「ほう、どれどれ……こ、これは焼き肉のたれ!!」

「ぴ、ピリ辛? それとも甘口?」

「これはピリ辛だな」

「えー、ウチ甘口がいいー」

「だ、そうだ。おら、とっとと甘口も出せやオラァ!!」

『ぶえぇぇぇぇぇえええええっ!?』

 再び香りが変わる。舐めてみると、ウチ好みの甘口の焼き肉のたれになっていた。

「こうなったらシンプルな塩味も欲しいな!」

『ぶえぇぇぇぇぇえええええっ!?』

「塩があるならレモンも欲しいな!」

『ぶえぇぇぇぇぇえええええっ!?』

「ちょっと趣向を変えてBBQソースなんかもいいかもね!」


『ぶえぇぇぇぇぇえええええっ!? ぶえぇぇぇぇぇえええええっ!? ぶえぇぇぇぇぇえええええっ!?』


 そしてしばし火を通すこと数十分。

 こんがりとした太歳の丸焼きが完成した。


「「「いただきまーす!!」」」

 三人で肉に齧り付く。

 あれだけのテキトー大火力で炙ったにも関わらず、表面は程よくカリカリに焼けており、中は本人の宣告通りぷりんとジューシーだった。

 さらに三人で搾れるだけ搾り取ったおかげで、食べる場所ごとに味が異なる。全く飽きが来ることなく食べられる。

「う、う、うめー!」

「ここの部分、生姜焼きみたいになってる!」

「この部分はにんにくがガツンときいててうめえ! 肉をおかずに肉が食えるぜ!」

 ガツガツと食べ進める。

 これだけの肉の山、子供三人で食べきれるか不安だった。しかし不思議と手と口が止まらずバクバクと食べ進めるうちにいつの間にか串にこびりついた僅かな肉片しか残っていなかった。

 もちろんそれも残さず三人仲良く平らげ、ふうとひと心地つく。

 本当に、本当に美味しかった……。

「あー、食ったなー」

「ね! でもなんか、あっつくない?」

「あ、わかる。なんか進化前みたいな高揚感が」

 パタパタと顔を仰ぐショウちゃんに頷き、なんだかウチもじっとしていられなくてぴょんとその場で跳ねた。

 すると。


 ――ずどん!


「「は?」」

 地面を蹴った反動で、周囲が陥没した。

「な、なに!?」

 直径10メートルはあるクレーターの底に着地し、周囲を見渡す。

 ……気のせいか、さっきまでもうすぐ夜という時刻だったはずなのに、昼のように明るく感じる。

「あー、なんか、なんか俺もじっとしてらんないってか……」

「え?」

「クロちゃん?」

 太歳を斬り刻んだ時から出しっぱなしだった柄のない太刀を下段に構え、何を斬るでもなく宙を刃で撫でた。


 ――バキバキバキ!


「お、おおぅお?」

 瞬間、周囲の樹木が軒並み斬り倒され、さらに鉋や鑢でもかけたかのように綺麗な木材に整えられた。

「すげえ! クロ、お前いつの間にそんなことできるようになったんだ!?」

「いやあ、なんか、できるような気がして」

「よっしゃ! 次はオレな!」

 ショウちゃんは意気揚々とクレーターの底から飛び出すと、クロちゃんが切り出した木材を目にも止まらない速さで地面に突き刺していく。

 元の木材の長さが5メートルくらいだったはずだから、2メートルくらい埋まってんじゃない? それが次々に山肌に柱のように並んでいく。……柱?

「あ、もしかしてショウちゃん!」

「おう、そのまさかよ!」

「よっしゃ、俺がどんどん木材切り出すから、ミサとショウは組み立て頼むわ! ……って、釘どうすっか。流石に持って来てねえぞ」

「まかせて! ……んー、えい!」

 クロちゃんが切り出した木材にデコピンをする。するとその部分がところてんのように押し出され、綺麗に穴が開いた。

「これに合うように木材を加工すれば、釘の代わりになるんじゃないかな?」

「さすがミサだぜ!」

「よし、細かい部分の加工は任せたぞ!」

「任された!」

 そして各々作業を開始する。

 夜だというのに不思議と明るい視界の中作業は続き――翌朝、日が昇る前には元の山小屋どころか立派なロッジが完成したのだった。



          * * *



「いや、流石におかしいだろ」

「あ、やっぱり?」

「ああ、オレとしたことがテンション上がりすぎて頭おかしくなってた」

 ロッジに設えたベンチ(もちろん手作り)に腰かけ、朝日を拝みながら冷静になった頭で相談する。

「ありえねえだろ、術式や異能があっても10歳そこらのガキが一晩でこの規模の家屋建てるって」

「だな」

「なんか力が湧き湧きして判断力も鈍ってたよね……」

「あの肉……太歳だったか? 自分で仙薬の材料になるとかなんとか言ってたな」

「完全にそれだよな。そして最大の問題は……」

 ショウちゃんが足元に転がっていた木片を拾い上げ、軽くその辺に放り投げる。


 ずどん!


 めき、めきめきめき……!


 音速を超えてそうな速度で飛んで行った木片はまだ立っていた遠くの樹木の幹に命中し、その衝撃で綺麗に半ばからへし折れた。

「思考は元に戻ったが、この馬鹿力はそのままだな」

「どうしよう、これ……このままじゃスプーンも持てない気がする」

「うーん……とりあえず、ホムラんとこ、行ってみるか?」

 と、クロちゃんが気が進まなそうにしつつも、どうしようもないほどの最適解を口にする。

 他家の守護神かつ土地神相手で気が引けるが、流石にこれは自分たちではどうしようもない。あと、自分たちの家の神様に相談すると自動的に両親にチクられるので、普通に怖くてイヤ。

「それしかないか」

「うえー、やだなー……父ちゃん母ちゃんにチクんないようお願いしないと……」


 まあ、当然ながらそんな願いなど叶うはずもなく。

 土地を通して事態を眺めていたらしいホムラ様によって各家の当主及び守護神たちが焔稲荷神社に集合しており、その場で家出のことも含めてしこたま怒られた。

 一応太歳を食べたことによる力の増大はホムラ様の封印によってある程度は抑えられるようになったものの、しばらくの間はちょっと気を抜くとすぐ物を壊してしまって大変だった。

 まあそれもあってか馬鹿な男子が舐め腐った態度を取ることはなくなったが、若干友達の態度もよそよそしくなったのも事実で、複雑な気分だったのは言うまでもない。

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