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031:ネックレス・八百比丘尼・調査結果

『依頼内容の再確認だ』

 耳元に装着したインカムから聞こえてくるそれに、紫は思わず背筋を正す。

 いつも家で聞いている優しい声でもなく、店で聞く頼もしい檄でもなく、心の底から世界を挑発するような、傲岸不遜な軽薄な音。これが世界を股にかけて悪名轟く「最悪の黒」――瀧宮羽黒。

『ターゲットは地方医療機関「遠山総合病院」を隠れ蓑にした魔術組織だ。表向きには地方医療の中枢を担うデカい病院だが、表では診れない人外異能者を素性を問わず面倒見てる闇医者の顔を持つ』

「それだけ聞くと普通にいい組織に聞こえるですね」

『ああ、それだけならな。だが実態としては表の患者の生命力――魔力を抽出し「急死」させ、その魔力を裏の治療に充てるっつー、黒寄りなグレーなことやってる』

「何してるですかね……最初は中西病院みたいな立派な病院だったんですかね」

『どうだろうな。今現在、連盟からの再三の警告も無視を続けている。そこで今回の依頼だ。魔力の抽出及び充当のための魔導具――通称「八百比丘尼の血晶」を回収、もしくは破壊しろ』

「了解です、パ……オーナー」

『なにか質問は』

 おや、と紫はほんのり口元が緩む。

 先ほどまでの軽薄な声音が少しだけ剥がれ、父親としての羽黒の気持ちが漏れ出たように聞こえた。

 なんせ雑貨屋WING店員(まだバイトだが)としての初の単独任務だ。バックアップに羽黒自身、近くに裕が待機しているとは言え、愛娘のことを多少なりとも心配する気持ちがあるのだろう。

「確認です。病院と組織の魔術師に被害は出しちゃいけないですよね?」

『そうだ。表向きとは言え病院としては真っ当に機能しているし、そこに駆け込めねえ後ろ暗い連中を受け入れていることも事実だ。表裏問わず患者は何もしてねえからな、施設にダメージ与えて機能を殺すのだけは避けろ』

「了解です」

『ま、個人的に連盟の警告無視なんざどーでもいいが、これ以上の放置は死神局が出張ってくる。ここら辺が潮時だろう。今回の件の一番の問題は、まだまだ生きる未来のある人間から勝手に魔力吸い出して裏の連中に回してるってことだからな。……他に質問がなければ状況を開始しろ』

「ないです。それでは、行ってくるです」

 通信を終了し、紫はふうと大きく息を吸い込む。

 目の前に広がるのは地方特有の人通りがほぼない夜の街はずれ。夜闇に黒々と聳えるは、くだんの大病院。病室は例外なくカーテンが閉められ消灯済みだが、医局と思われる部屋からは深夜にも関わらず煌々と照明が灯っているのが見えた。

 肺一杯に空気を溜め込んだ紫は()()()と水面に潜るように闇へ、影へその身を溶け込ませる。肉体の境目が曖昧となり、意識のみとなった紫は水中を泳ぐ魚のように、もしくは水面をうねる蛇のように影から影へと渡る。

 再び肉体を構築して瞼を持ち上げた時、紫は広く薄暗い一室にいた。

 事前の真奈と裕の調査結果通り、魔導具が保管されている地下施設に辿り着いたようだ。床や天井には病院全体の魔術を維持するための式がくまなく彫り込まれている。そしてその全てが、中央に安置された橙色の輝きを放つネックレス状の宝玉へと繋がっている。

 そして――


「来たな侵入者め! この『八百比丘尼の血晶』には指一本触れさせんぞ!!」

「あれー!?」


 白いローブの魔術師がめっちゃ集合し、陣を編成して待ち構えていた。

「なんで侵入バレたです!? 今の明らかに誰にも気付かれずにこっそり這入り込めた流れだったですよね!?」

「そんなバカみたいに魔力ダダ漏らしながら侵入しておいて隠密もクソもあるか!!」

 なんということだ、これでも頑張って魔力抑えているというのに。

 これではこっそり盗み出すことは諦めた方がよさそうだ。ならば無理やり力押しで強奪もしくは破壊するしかない。

「我が血に応えよ――龍刀【■■】」

 言霊を紡ぎ、手元に半ばでへし折れた漆黒の大太刀が顕現する。

 それを魔導具を防衛する魔術師たちに向け、念のため紫は警告を発した。

「その魔導具をこっちに渡すです。さっさと放棄するなら病院(ここ)で暴れるのは勘弁してやるです」

「はっ。そう素直にはいどうぞと渡すわけなかろう!」

「ですよねー。でも本当に大人しく言うこと聞いた方いいです。この病院の魔術師は研究分野出身ばかりなのは裏が取れてるです。言っちゃなんですが、ゆ……私のゴリ押しを止められるとは思わないことです。私、ゴリ押しが一番好きだし強いですよ」

 とは言え本当にそれで引いてくれるとは思っていない。流石の紫もそこまで頭お花畑ではない。

 案の定、魔術師たちは不敵な笑みを崩さない。

「ふっ……くくく、くははははははははは!」

「……なんです?」

「いやいや、無知とは怖いものだなあ、お嬢ちゃん。我々は確かに魔術師としては研究職だ。しかし! 同時に現役の医者でもあるのだ!」

 ばっ! と魔術師たちが白いローブ、否、白衣を脱ぎ捨てる。

 宙を舞った白衣が一瞬紫の視界を塞ぐ。目くらましかと大太刀の柄を身構えるも、襲ってくる気配はない。訝しげに様子を見ると、紫の目の前に信じられない光景が広がっていた。


「見よ! この脈動する大胸筋を!」

 ぴくんぴくん!!

「見惚れよ! このずっしりと輝く僧帽筋を!」

 ぴかんぴかん!!

「そして刮目せよ! 貴様の胴回りほどもあるこの大腿四頭筋を!」

 もりんもりん!!


 それはさながら肉の林。これにプロテインの池でもつけて古代の皇帝に献上すれば「違うそうじゃない」とブチギレること間違いないだろう。どういうわけか白衣を脱ぎ捨てる前よりも体格が良くなっている気がする。

「…………」

 紫は呆然とそれに冷たい視線を投げつける。

「我々医者に必要なものは一に体力二に知識、三、四に技術で後は全部体力だ!」

「『八百比丘尼の血晶』により得られた生命力は我々にも優れたフィジカルを授けたのだよ!」

「この肉体があればいついかなる患者が舞い込もうと、24時間いついつでも出撃可能だ!」

「さあ、もやし娘よ! 我々の健全なる肉体の前にひれ伏すが――」


「鬼の絲――ほうき」


『『『ぎゃああああああああ!!??』』』


 指先から放たれた幾百もの不可視の糸が魔術師たちに絡みつき、その魔力を根こそぎ奪い取る。ついでに物理的にも拘束することで一人残らず身動きを封じ込めた。

「これでも気を揉んでたですよ。『八百比丘尼の血晶』を使っているとは言え、あなたたちが見返りも期待できない得体のしれない連中まで見捨てることなく診てることは事実だったですから。でも蓋を開けて見てみたら、徴収した魔力を自分たちに使ってるときたです。堅気の皆さんに手ぇ出しといて、なにが健全な肉体か。ゲボカス以下のカビ野郎どもが」

 ゆっくりと魔導具に歩み寄り、その核たる宝珠に手を伸ばす。

 拘束された魔術師たちは一様に「待ってくれ……」と懇願するが、紫は止まらない。

「いやだ……もう深夜のコールに身を引きずるのはご免なんだ……!」

「頼む、それを奪わないでくれ……!」

「俺たちの生きる糧なんだ……!!」

「知るか、です」

 宝珠を摘まみ、紫は口元に持って行く。

 そして大きく口を開け――長く鋭い二対の牙の間に挟み込むと、ぼりん、と音を立てて噛み砕く。

「ああ、あぁ……」

「終わりだ……明日からどう仕事にあたればいいんだ……」

 バリバリと飴でも齧るように宝珠を咀嚼する紫を見て、魔術師たちは心なしかしおしおと萎んでいく。それを傍目に、紫は溜息をつく。

「患者を見捨てる選択肢がないって心意気があるなら、もっと他にやりようはあるはずですがね……」

 仕方ないなあ、と紫は宝珠の最後の一口を口に放り込みながら部屋の外へと出た。

 帰りは歩きだった。



           * * *



「ほい、これが今回の報酬だ」

「おー……!」

 羽黒から手渡された通帳を確認すると、紫がこれまで見たことのない桁数の数字が最初の一行目に印字されていた。すごい、0がいっぱいだ。

「高等部のお前にゃ持て余す大金だが、まあ労働には対価が必要だ。……言わなくても分かるだろうが、無駄遣いすんなよ? これから先、その金額相応に働くような奴に小遣いはない。年頃の娘っ子だし服だのなんだと金はかかるだろうが、それも全部そこからやりくりしろ」

「りょ、了解です」

「ちなみに今後自前の魔導具揃えるつもりならそんな金額一瞬で吹っ飛ぶからな」

「ひえぇ……」

 羽黒の威しをまっすぐに受け止め、姿勢を正す紫。そしておずおずと訊ねる。

「ち、ちなみに魔石って買うとどれくらいです?」

「あ? 魔石?」

「はいです」

「そんなん、ピンキリだ。天然モノならそれこそ宝石と同等以上の値は張るし、宿す属性によって激しく変動する。術式仕込んですぐに使える状態にした物なら、それこそ国が買えるレベルだ」

「そ、そんな大それたものじゃなくていいです! えっと、水属性で、できれば下級でいいので治癒魔術が発動できる魔石に興味があって……あと、できれば人工モノで価格を抑えられればと」

「治癒魔術の魔石ぃ? お前、怪我とかせんだろ」

「紫が使うんじゃなくってですね……! その、今後のお勉強用に一個くらい持っておきたいなって」

「はあ。あー、まあそれくらいの人工魔石なら、最近生産工場のツテができたから……」

「魔石の生産工場?」

「これくらいの金額だな」

 そう言って、羽黒は紫に渡した通帳の一行目を指さした。

「…………」

「で、どうする?」

 羽黒はにやにやと軽薄な笑みを浮かべている。

「…………紫の初任給ぅぅぅ…………」

「ちなみにそれが底値な。これ以上はどうやっても下がらんぞ」

「買うぅぅぅぅぅ……」

「買うのか」

 何に使うつもりかは何となく想像は出来ているが、変なところで自身の血の繋がりを感じ、羽黒は肩を竦めた。



          * * *



 後日。

 遠山総合病院に宛先不明の魔石が届き、それにより一時は低迷した医師たちの健康状態が改善されたことを知る者はほとんどいない。

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