029:抹茶・逮捕・時間外
白羽は飲み会が嫌いである。
別に誰かと食事をすること自体は大好きだ。大切な家族や友人らと笑い、しょうもない話題で盛り上がり、たまに酒を傾けることは楽しい時間だったと感じる。
しかしこと飲み会――それも頭に「職場の」とつくと話は別だ。
「本当に、最近は時間外勤務の管理面倒になったよなあ」
知らん。自分が働き始めてからずっと今の制度だ。
「ほら、あれ、西先生っているじゃん。馬鹿だよねえ、調査費ちょろまかしたのバレて逮捕まで行ったって。俺ならもう少し上手くやったのに」
知らん。誰だそれは。お前も突き出してやろうか。
「瀧宮先生、いや、工藤先生? まあいいや、結婚してどう? 夜の方は順調?」
ぶ ち 殺 し て や ろ う か 。
白羽が本気で言霊を紡ぎかけたその時、ポケットに突っ込んでいた携帯端末が震えて着信を伝える。これ幸いと肩に置かれたジジイの手を払い除けて通話に出る。
「もしもし?」
『シャレにならんストレスの過剰を検知した。離席しろ』
「りょーかいですわー」
いそいそと手荷物をまとめ、飲みかけの抹茶酎ハイを空にする。
「あれ、瀧宮先生もう行っちゃうの?」
「ええ、家から緊急の呼び出しがありましたので」
「まだ30分しかいないじゃあん」
「短くも楽しい時間でした」
「もうちょっと飲もうよー」
「わたくしは構いませんが、世界が凍結しても今度は助けませんよ?」
「「「…………」」」
その一言にジジイ共は押し黙る。
飲み会を脱するダシにしてしまって凛華には申し訳ないが、今度いつもよりいちゃいちゃしてやろうと白羽は心に決める。
「それでは、お先に失礼します。ご苦労様でした」
あえて誤った言葉遣いで(自分としては誤っているつもりはない)退席し、会計で今日の全体予算よりも多めの金額を現金で叩きつける。会計は少々狼狽えていたが、すぐに上の者が出てきて金額を数え、承ったとばかりに頭を下げてきた。それを見て白羽も小さく笑う。
潰せる面目は潰せる時に叩き潰してやれ。
これでしばらくは飲み会に誘われることはないだろう。
「もしもーし」
『……なんだ。もうストレス値は安定したぞ。何の用だ』
再び通話をかけると、電話口の相手は訝し気な声音で訊ね返してきた。
「もう店出たっつーの。それより、今から帰ろうと思うけどご飯残ってる?」
『今朝貴様が自分で屋敷の連中に言ったんだろうが。今夜は食事の手配はいらんと』
「あー、そうだった。んじゃテキトーにその辺で食べてから帰るわ」
『そうか』
「あんたもこっち来る?」
『もう食ったわボケ。ったく、ここの屋敷の連中は馬鹿みたいな量食わせやがる。おかげで体重増加が止まらん』
「あんたの場合はそれでやっと適正体重でしょーが。うちの料理人があんたみたいな欠食児放置するわけないじゃん」
『ちっ。まあいい、予定より早めに戻るんだな? 伝えておく』
「よろー」
気持ちの上ではヒラヒラと手を振り、通話を切る。
そして何か腹にたまるものが食べたいなと周囲を見渡すと、夜の繁華街に浮かび上がる某牛丼チェーン店の看板が見えた。そう言えばあの手の店には久しく行っていないのではないかと気付く。
「前は織迦とりあむとよく行ったなー。……あ、誘えば来るかな」
流石に二人とも家庭を持った今となっては望み薄だったが、試しにメッセージを飛ばしてみる。すると1分と経たずして「行く。旦那も一緒で良い?」「久々のぎゅーどーん!!(*'▽')うちもチビたち連れてくぜ☆」と返事が返ってきた。持つべきものはいつまでも変わらない悪友である。
「もちろんいいですわよ、っと。ふふ……」
やはりこういった肩肘張らず、ノーガードで言い合える食事の方が自分には合っている。
旧友たちが到着するまで、白羽は店の前で微笑みながら端末の画面を眺めていた。





