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026:ザル焼き・コイントス・貢ぎ物

「試作ができたと聞いた」

 そう言って連絡なしにふらりと店にやって来た長身の男に裕は肩を竦めて応えた。

「相変わらず耳が早いですね。こちらから連絡入れようとしたんですが」

「この店から俺への連絡手段なんぞ、てめぇらのカシラしか知らねえだろ。あいつからわざわざ連絡受け取るくらいなら自分の足で情報集めて出向く」

「相変わらず嫌われてるなー」

「あいつのせいで俺がどんな目に遭ったか一つずつ解説してやろうか」

「聞きたくないです。ここだとアレなんで地下行きましょう」

 琥珀色の瞳が仄かに殺気立ったところで素直に退散。裕は来訪者を客として地下の異空間へと案内した。

 階段を下り、いつものコンクリートベタ打ちの試験場に到達する。今回確認してもらう品の性質上、奥行きに手を加え余裕をもって100メートルは確保した。

「さて、これが試作品です」

 棚からロックのかかったケースを取り出し、作業台に乗せる。すると男は中身を確認する前から不機嫌そうに舌打ちし、「おい」と裕を睨みつける。

「誰がこんな馬鹿でかいモン頼んだ」

 ケースは長さだけでも2メートルはある。男が当初注文した物と比べると10倍近い大きさだ。

 しかし裕は気にせず苦笑しながらロックを解除する。

「だからまだ試作ですって。とりあえず要望通りの性能を盛り込んだらこのサイズになりました。コンパクト化はこれからです」

 ぱかりとケースを開く。すると胡乱な物を見る目で見ていた男の瞳が、わずかに色を変える。

「ほう?」

「マテリアル式銃火器型魔導具、試作一番。全長1400mm、重量15㎏。ご要望通り、銃身に魔力を含有・蓄積しない真鋼を使用して魔力抵抗を極限まで落としました。これにより使用者の術式を分散させず、そのままの威力で撃ち出すことが可能です」

「術式強化の起動は?」

撃鉄(ハンマー)に付与しました。弾丸に見立てた魔術のケツを叩くことでシンプルに威力が上がります。威力についてはダブルアクションからシングルアクションに切り替えて、撃鉄に触れることで調整できます。さらに銃身にも回路だけは彫り込んでいるので、発動時に魔力を流すことで威力のさらなる上方調整も可能です」

「装填は?」

回転式(リボルバー)です。同時に術式を十発装填できますが、再装填にシリンダーを開く必要はなく、通常の魔導具と同様に魔力を籠めるだけで問題ありません。連射速度は使用者の早打ち速度と魔術装填速度に依存します。この辺も通常の魔導具と使用感は変わりないかと」

「わざわざシリンダー機構を備えた理由は?」

「実弾を撃てるようにするためです。とは言え、通常のマグナム弾では今の銃身のままだと反動(リコイル)だけでチューリップになっちゃうので、専用弾を用意しました」

「そっちの試作は?」

「こちらに。薬莢に強化術式を付与することで、減らした火薬の分の威力を補完しました。弾頭には儀礼済純銀を使用したので対化物戦にも効果が期待できるかと」

「…………」

 一通り説明を受けると、男は無言でケースから長大な魔導具を取り出す。見た目相応の重量があるのだが、男はその重みを感じられない手際で銃弾を籠めたり外したりを繰り返して魔導具の調子を確かめる。

「試し撃ちしますか?」

 訊ねながら裕は壁のパネルを操作する。すると部屋の最奥部に人型の的が出現した。とは言え、二人が立っている地点からでは米粒ほどの大きさにしか見えないが。

「アタッチメントでスコープ付けれますが」

「いや、いい」

 言うと、男は床に腰を下ろして長い足を三角形に組む。それで姿勢を安定させると魔導具に魔力を流し込み、術式を編みながら銃弾を改めて装填する。

 そして標準を合わせて引き金を引くと――ピン、とコインが弾かれるような僅かな金属音が鳴る。銃声は銃身に施された消音魔術の回路が発動し、打ち消された。

「……ヒット、左肩。中線から左10センチ、肩から下5センチです」

 双眼鏡を覗き込み、着弾点を伝える。

 今度は魔術を装填し、男は僅かに標準を調整して引き金を引く。


 シュン!


 銃口からマッチの炎サイズの火球が発射され、音速を超えて的を撃ち抜いた。

「……ヘッドショット。ど真ん中です」

「…………」

 双眼鏡から目を離す。

 その瞬間、男は三度、引き金を引いた。

「…………」

「……ターゲット消失」

 慌てて双眼鏡を覗き込むと、先ほどまでそこにあったはずの的が姿を消していた。銃弾で弾け飛んだとか、魔術で消し炭になったとか、そういう次元ではない。的を形成していた根っこの魔方陣ごと消し飛んでいた。

「いい仕事だ」

 男は呟く。

「それで、こいつの小型化はどれくらいかかる」

「……理論と設計はできてるので、素材の調達と加工、実際の術式の調整で十日ほど」

「それでいい。威力と射程はこの馬鹿でかいサイズからどれくらい落ちる?」

「魔術弾に関しては銃身のバフなしの状態では今と変わらない威力と射程で撃てるようにします。銃身のバフも含めると、単純に素材体積が減る分削らないといけない術式があるので6割から7割程度に落ちるかと。実弾の方は既存のマグナム弾をベースに使えるようにする予定ですので、威力は据え置きか多少の増、有効射程はほどほどに落ち着くと思います。まあこっちに関してはおまけ程度に考えてください。ライフル級の射程が必要な時は魔術弾か別の魔導具用意した方が確実ですので」

「分かった。それとこの試作、今買い取っていいか」

「え?」

 これには流石に目を瞬かせる。

「安全性は確保してますが、あくまで試作ですんで事故っても責任取れませんよ?」

「構わん。お前らのカシラには俺が無理やり金払って持って行ったとでも伝えておけ」

 言うと、男は魔導具をケースにしまいながら懐から紙の束を取り出す。

 今時珍しい小切手だった。

「好きな金額書いておけ」

「はあ、それじゃあ」

 言われた通り、金額を書き込む。

 素材費用と相応の技術料、そこから試作品ということでいくらか割り引いた金額を書き記したが、それを見ていた男は「安いな」と鼻で笑った。

「俺ならもう4割は吹っ掛ける」

「……まあ、試作品ってことで」

「それを踏まえてもだ。貢ぎ物じゃねえんだ、気をつけろ。目の肥えた客相手だとその心構えは逆効果なうえ、安くした分を本納品で手を抜くんじゃないかと疑われる」

 男は裕が書き込んだ小切手を破り捨てて魔術で燃やすと、次の紙にきっちり先ほどより4割多い金額を記入した。

「はは……勉強になります」

「十日後受け取りに来る。遅れは許さんが早く仕上がったら()()()()()()

「……了解しました」

 恭しく頭を下げる裕。

 そしてもう一歩だけ踏み込む。

「この後、ご予定は? 大通りに美味いザル焼きの店ができたんで、一杯どうです?」

「はっ。お前には早ぇよ」

 男は不敵に笑い、ケースを肩に担ぐ。

「俺と酒が飲みたきゃ最低限、お前らのカシラかノワールか連盟のヒゲ親父くらいになってからだ」

「……精進します」

 肩を竦め、裕は客を地上まで送り出した。

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