025:貧乏神・アマビエ・ぶっ飛ばす
「紫ちゃん、陽菜ちゃん、高等部でも一緒のクラスになれるといいね!」
「「…………」」
咲がかけた底抜けに明るい言葉に、中等部最後の給食を食べていた紫と陽菜は怪訝な表情を浮かべて顔を見合わせた。
「え、いや、咲?」
「それは……無理じゃないかな……」
「ふえ?」
中等部三年間ずっと一緒に遊んでいた二人の急な冷たい言葉が信じられないのか、咲は目を白黒させてしばし呆然とする。そしてじわじわと目元が潤んでいくのが見て取れた。
慌てて紫がフォローに入る。
「いや、別に高等部いったら咲と遊ばないわけじゃないですよ!? ただ一緒のクラスにはなれないんじゃないかと……!」
「なんでグラズ分げもざれでないのにぞんなごど言うのおおおお」
「ええ……」
早くも号泣一歩手前まで涙が溜まって零れそうになっている咲に、紫は困惑のため息を漏らす。それに対し陽菜は一度箸を置き、その隈の濃いぎょろりとした瞳でまっすぐ咲を見据える。
「咲……あなた普通科でしょ……? 私と紫は特進科……」
「え?」
ぴたりと動きを止める咲。その隙をついて紫はハンカチを取り出して先の目元を拭ってやった。
「ウチって普通科なの?」
「…………」
そしてその衝撃の一言に紫も動きが止まる。
卒業式までカウントダウンが始まっている今時分に、何と言った。
「……咲……高等部の受験ってしてないでしょ……?」
「してないよ! べんきょーキライ!」
「じゃあ願書はどうしたです?」
「ガンショ……???」
「……『卒業したらどこ行きたいですか?』って紙です」
「あー、なんかあったかも? 『紫ちゃんと陽菜ちゃんと一緒のこーこー』って書いたよ!」
「……それを何も言わず受理しちゃった鍋島先生もどうなの……」
深い深いため息を吐く陽菜。ただでさえ生気の感じられない顔色をさらに白くしながら咲の肩に手を置く。
「いい……? 咲がこの一年間遊んでた時……私と紫はずっと勉強してたのよ……」
「なんで!?」
「特進科に進学するためです」
「なんで!?」
「……私お金ないから……特進科の授業料免除枠を狙うしかなかったのよ……」
「それで、陽菜が特進科行くなら紫もそっちに進もうかなって話になったです」
「なんで!? ウチだけ一人ぼっちじゃん!?」
「いや咲も誘ったですけど」
「……咲……勉強の話題になった途端いつも寝るから……」
じとっとした目で咲を見るも、本人は「覚えてない!」とすぱっと言い切った。そりゃ覚えていないだろうな、寝てたんだもんと紫も呆れる。
「ていうかクラスが一緒になれないって知ってたらウチもべんきょーしたのに! たぶん!」
「そこから分かってなかったのに勉強したとは思えないですが……」
「……咲……貧乏神としてはその怠惰さは心地良いけれど……人としてはどうかと思う……」
「人じゃないよ! びょーきを直すありがたいアマビエ様だぞ! うやまって!」
「そういうことじゃないです。あと直すじゃなくて治すです」
そもそもアマビエに病気を治す能力があるかは疑問が残る。予言と、あとは札に書いて貼ることで疫病の蔓延を防ぐという話なら聞いたことがあるが。
「……はあ……これで成績はそんなに悪くないっていうのが理不尽……」
「多分ですけど、選択問題はアマビエの予言の力で正解が分かるです。その分、自由記述が壊滅ですけど」
「……納得できない……月波学園のテストでは異能の使用は封じられてるんじゃないの……?」
「まあこれでも一応ありがたい神様ですから、封じきれてないんだと思うです」
とは言え力を完全に封じて素の学力でテストを受けさせたら、教師陣もぶっ飛ぶような結果になるのは目に見えている。果たしてこのままでいいのかというのもまた別の話ではあるのだが。
「ねえ、高等部行ってからクラスって変えられないかな!?」
「特進科に転科ってことです?」
「……難しいんじゃないかな……普通科から理数科に行くのとは違うだろうし……」
「それこそ、進学の時以上のお勉強が必要になる気がするです」
「うえー! べんきょーイヤー! ……でもなあ」
と、咲が項垂れる。
「二人と別々のクラスになるのはもっとイヤー……」
「「…………」」
紫と陽菜は顔を見合わせ、深くため息を吐く。
「……まあ……その……咲が本気で特進科に移りたいって言うなら……勉強……一緒にしてあげる」
「ですね。なんだかんだ言って咲がいないのは寂しいです」
「ほんと!? 陽菜ちゃん、紫ちゃんありがとう!!」
目をきっらきらさせる咲に、「勝てないなあ」と紫は小さく苦笑を浮かべる。
そのためにはまず――
「テストの名前、漢字で書けるようにしましょうね」
「うん、ウチがんばる!」
「…………そこからなの…………?」
この一年後、二人が本気で試験勉強の世話をした結果、本当に咲の特進科への転科が決まったのだが、それはまた別の話。





