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023:ブーメラン・チャクラム・鎖鎌

「そう言えばユウおじさまって魔導具のたぐいって使わないですよね。なんでです?」

 ある日の昼下がりの雑貨屋WING。

 高等部進学を機にバイトとして雑貨屋に顔を出すようになった紫が、奥の作業部屋で細かい何かの部品を磨いていた裕に疑問を投げかけた。

「魔導具? 今使ってるけど」

 そう言って自身の顔の前にぶら下げていた巨大な虫眼鏡のような水晶体と手にしていた極細のドライバーを指さした。

「この拡大鏡と工具一式、特殊な魔導具だよ。魔力回路を可視化して、さらに既存の魔力回路に一切干渉しないように――」

「そうじゃないです。そうじゃなくて、こう、武器的な魔導具です」

「あー」

 手元の作業は止めずに、裕は苦笑する。

 なるほど、そういうお年頃か。

「白羽おばさまは自分の太刀、パ……オーナーは【龍堕】の切っ先、紫は柄の方を持ってるです。たまに一緒にお仕事してる赤髪のお姉さんは双刀……現場に出ることはあまりない真奈さんも、魔導書を出し入れする魔導具をブックカバーの形にしてるです。でもユウおじさまはそういうの持ってないなって」

「そうだねえ」

 さてどう説明するかとしばし思考。まあ別に隠していることでもないし、この機会に伝えておこうかと、裕は手元の工具型魔導具を片付ける。

「紫ちゃん、ちょっと地下行こうか」

「? はいです」

 紫を連れ立ち、裕は雑貨屋の地下へと通じる扉へと向かう。

 鍵を開け、店の外観からはあり得ない長さの下り階段を降りる。この空間はちょっと物騒な魔導具の調整依頼などが入った時の試運転ができるようオーナーの羽黒が新たに設えたものだった。

 どこまでも続くかと思われた階段が途切れ、新たな扉が出現する。そこを潜り抜けると、何もないコンクリートベタ打ちの殺風景な広大な部屋が広がっていた。

「さて、まあ的はテキトーに……」

 壁に埋め込まれたパネルを操作すると、部屋の奥の方に魔方陣が浮かび上がる。そこから魔力が溢れ出し、徐々に四足の大型魔獣のような姿を形成した。

「紫ちゃん、『太刀打ち』ってもう習った?」

「あ、はいです。まだ上手く刀の形にはできなくて、小型武器くらいしか作れないですけど」

「うん、それでいいよ。いくつか遠距離武器か投擲武器出してもらえる?」

「はあ。えーと……――抜刀、【戦輪】【飛来】【鎖鎌】!」

 紫の体内から魔力が溢れ、練り上げられる。そしてそれぞれ武具の姿を形作ると二人の足元に転がった。

「チョイスが渋いなあ……」

 苦笑を浮かべながら裕はまず初めに極薄のドーナツ状の金属片――チャクラムを拾う。それを指に引っ掛けると、器用に回しながら構えを取る。

「ふっ」

 魔獣型の的に向けて投擲する。チャクラムはヒィンと高い音を鳴らしながら的に向かって飛んでいき――途中でパッと霧散して消えた。

「あれ?」

「さ、次」

 大きく瞬きをする紫を傍目に、裕は今度はブーメランを拾う。

 それを大きく振りかぶって的に向かって投げるとぐるんとと大きな軌道を描き、やはり途中で魔力が形状を維持できなくなり、かき消された。

「…………」

「念のためこっちも――おっと」

 最後の一つの鎖鎌を持とうとしたら、今度は拾った時点で掻き消えた。

「あー、やっぱダメかー」

「どういうことです?」

「うーん、まあ見てのとおりだよ。僕、人が作った魔導具と相性悪いんだ」

 肩を竦め、苦笑を浮かべる。

「穂波の家系って、元々はホムラ様のある術式を継承するための血筋だったんだけどさ。その維持のためにどこかの世代で徹底的に力の混濁と混血を防ぐ呪術がかけられたらしくてね」

 これは裕の父や祖父、なんなら守護するホムラさえも知らかったことだった。

 裕とビャクが結婚し、一人前の術者として世界に名を馳せるほどに成長した頃合い。そろそろ家族計画をという話になって数年経って判明したことだった。

 一向に子供が授からなかったのだ。

 ビャクはかつての生で一度子を授かっていることもあり、まあ巡り合わせが悪いのかと二人はのんびりと構えていた。しかしそんなある日、真奈の中で眠っていた彼女の前世の人格――裕の祖父の最初の妻・千歳があることを伝えてきた。


『君のお祖父さんは妖との間に子が作れない体質だった。一応調べた方が良いんじゃないかい?』


 そこで月波大学の専門機関に受診してみたところ、件の呪術が判明したのだった。

 穂波家以外の術式の使用を妨害し、妖と混血を阻害する呪詛――それその物は世代を経ることでだいぶ薄くなってはいたが、ビャクとの間に子供ができないのはこれが原因で間違いないだろうとの結果だった。

「え、でも、じゃあ火里は……?」

「うん、そこは頑張って治療した結果だね」

 とは言え、負担が大きかったのは主にビャクの方なのだが、と内心忸怩たる思いだった。

 裕は方々の知見者に意見を窺い呪詛のさらなる希薄化を試したのだが、これが無駄に強固で遅々として成果が上がらなかった。そもそも解決策が呪詛により阻害されてしまうのだから、はらわたが煮えくり返る思いだった。

 そして裕が呪詛に対して悪戦苦闘している間に、ビャクの方でも不妊治療が進んだ。

 それはかつて、もみじが紫を授かった時に服用していた人化補助剤――の、さらに効能が強い物だった。これにより、もみじの治療の時とは比べ物にならない負担が母体へとかかり、結果として、ビャクはほぼ人間と変わらない肉体へと変化した。

 恐らくはもう、妖として生きていくことは叶わないだろうとのことだった。

 しかし当の本人はむしろ笑っていた。

 一緒に生きて、一緒に老いて、一緒に死ねる。そのことがたまらなく嬉しいと、ビャクは語った。

 それが良いことなのか、火里が生まれた今でも裕は分からなかった。

 ともかく。

「まあこの呪いは火里には受け継がれてないよ。僕の代で正真正銘綺麗さっぱり終わり。けど呪い自体は消えたわけじゃない」

 呪詛の効果の一つである他者の術式の使用に関する妨害はいまだ健在。そのため、裕は基本的に他人が作成した魔導具を扱うことが難しい。

「あれ、でもさっき拡大鏡と工具は使ってたですよね?」

「完全に使えないわけじゃないよ。魔力流しながら覗き込むとか簡単な作業は問題ないし、あとはおもちゃ程度の威力の実践向きじゃない魔導具ならギリいけるかな」

「なるほどです……」

「じゃあ自前の魔導具作ればいいんじゃないか? って話になるけど、ほら、僕のスタイルって基本的に魔力で銃作ってぶっ放すじゃん? わざわざ実体のある魔導具作って持ち歩くメリットってないんだよね」

「あー……確かに、ユウおじさまの場合はその都度魔力形成型の魔導具精錬する方が効率がいいです」

「まあ一度くらいは自分オリジナルの魔導具持ってみたいって気持ちはあったけどね。ほら、こう、二つ名と一緒に得物の知名度が上がるって、浪漫あるし?」

「ですよね! 紫もいつか、折れた【龍堕】にかっちょいい別の銘をつけて名を馳せたいです!」

「あはは……」

 お年頃というか何というか。

 目をキラキラさせて半ばで折れた黒刀を取り出して振り回す紫。それを眺めながら裕は苦笑を浮かべ、羽黒の魂の抜け殻に変な名前がつけないよう祈るばかりだった。

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