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022:アオジタトカゲ・古の種族・オーパーツ

 相良が月波学園高等部を卒業してから数カ月が経った。

 大学には通っていない。一緒に卒業した学年では珍しく、浪人生としてもう一年受験勉強する道を選んだのだ。


 その道の先に目指すのは、月波大学農学部獣医学科。


 これまで特に目的もなく、ただ何となく得意科目が理系に寄っていたという理由から高等部の学科も理数科に所属していたのだが、そこから獣医という、彼の元々の成績からするとハードルの高い進路を選ぶこととした。

 幸いなことに遠方に住む両親は快く承諾し、相良の進路の後押しをしてくれた。

 元々両親は生まれも育ちもごく当たり前の一般人で、霊感も何もない普通の人間だった。しかし先祖のどこかに鬼の血が混じっていたらしく、今代に至りそれが突如として色濃く発現。それまではちょっと……いや、かなり体が大きいだけの子供として何不自由なく両親の愛情を受けていたが、中学2年の時に血が暴走してしまったことを契機に月波学園へと転校することとなった。

 力が安定し、人化の力を扱えるようになるまで数年間、両親とは会えなかった。中途半端に帰郷の念が生じると不安定になると判断されたからだ。

 その空白期間もあってか、完全に鬼の力を自分の物とすることができてからは両親は相良に甘い。相良の夢が叶うのならば何年だって浪人しても良いとさえ言われた。これには流石に相良も呆れて「そんなに成績悪くないよ!」と苦言を呈したが。

 さらに恵まれたことに、相良のバイト先である爬虫類専門ペットショップのトカゲゴコチ店長も、「将来的に獣医師免許を取るのであればバイト代に色を付ける」と援助を申し出てくれた。

 そもそも獣医を志す切っ掛けとなったのがこのバイト先だ。

 以前ショップに飼い主が急逝し、飼えなくなったという生体が持ち込まれたことがあった。その生体は以前の飼い主からトカゲゴコチにやってくるまでの間、知識のない人によって管理されていたため体中ボロボロで思わず顔をしかめたくなる状態だった。それを店長が病院に通い、日々のメンテナンスを徹底して、ようやく今では食欲も戻って元気にケージ内で餌を寄こせと暴れ回っている。

 その光景を横で見ていて心動かされて獣医を目指すこととなった――というウツクシイ話ではない。いや、全くないわけではないし、面接で聞かれたらそう答えるつもりだが、後日店長に聞いた治療費が目玉がこぼれるような金額で度肝を抜かされたというのが実は一番大きい。それならば自分で専門知識と技術を身に着けて処置した方が安く済むし、将来的にショップ内に時間限定で獣医が駐在したら来店者も安心できるのではないかという打算的な話なのだ。

 ともかく。

 そういった巡り恵まれた環境の中、相良は日々勉学に勤しみながらバイトで生体知識を蓄積させていっていたそんなある日。

 相良はショップのバックヤードでその瞬間に立ち会うことができた。

「う、生まれた……!」

 馬鹿でかい図体を小さく縮みこませてケージの中を覗き込んでた相良が汗を拭って大きなため息を吐く。

 青灰色の体色に大きな頭と太い尻尾というずんぐりとした体形。それに不釣りな短い手足の中型のトカゲ――アオジタトカゲ。ショップで元親として管理していたメスの一匹が目の前で無事出産を迎えたのだ。

「まだじゃぞ。この感じじゃとあと9匹は入っとるな」

 声がかかる。

 振り返るといつの間にか下半身が蛇の少女、ラミアのシャシャが相良の肩に上半身を預けてケージを覗き込んでいた。

 ケージに視線を戻すと、既にメスの尻尾の付け根から次の子供が顔を出している。

 そして間もなくずるん、と血と体液が混じりながら小さなアオジタトカゲが生み落とされた。

「うおおお……」

 しばしの間、相良はシャシャと共にアオジタトカゲの出産を見守っていた。



          * * *



 一仕事を終えてこれまでの食欲不振を取り戻す勢いでモリモリと餌を貪るメスを眺めながら、相良は漠然と先ほどの光景を思い返していた。

 種は違えど、出産というものを初めて目にしたが、本当に不思議な光景だった。

 母親の体から、自分と同じ姿の小さい個体が生み出される。特にアオジタトカゲのような種は卵ではなく卵胎生で、子供をそのまま生み落とす。もちろんそのメカニズムは知っているが、実際に目にするとなかなかの衝撃だった。

「ほいほい、婿殿。子らをこっちのケージに移しておくれ」

「あ、うん」

 と、シャシャが空のケージに床材を入れて持ってきた。アオジタトカゲは雑食性が強く、特に出産後のメスは栄養補給のために食欲が爆発している。うっかり生んだばかりの自分の子を食べてしまうことがあるため、この店では隔離することとしていた。

 ひょいひょいと生まれたばかりのベビーを掬うように持ち上げ、ケージを移動させる。今回は全個体ほぼ同じ大きさで生まれてきたためしばらくは同じケージで管理するが、今後体格差が出てきたらそれも分けることとなる。

「餌は?」

「生まれてすぐは食べんが、しばらくしたら食べるようになる。刻んだ野菜入れて、減ったのを確認したらイエコの頭潰してピンセットから与える感じで大丈夫じゃろ」

「了解」

 とりあえず餌皿と水を準備し、冷蔵庫からストックの刻み野菜を取り出して常温に戻しておく。その他、シェルターの用意や店頭の生体チェック、レジ打ちなどに追われていたらあっという間に閉店時間となった。

「大丈夫かな……」

 帰り際、相良はバックヤードのアオジタベビーたちのケージを覗き込んだ。しかし全員がシェルターの下にぎっちぎちに詰まったままで、置いておいた野菜は減ってはいないようだった。

「大丈夫じゃろう。今日は店長が泊まり込むと言うとるしの。あの店長、わらわたちより圧倒的手練れじゃぞ?」

「まあ、そうなんだけど……」

「優しいのー。その優しさをわらわにも向けても良いのじゃぞお?」

「普段優しくないみたいな言い方やめてよ……」

「まあ初めて出産に立ち会えばそうなるかの」

「シャシャは初めてじゃないんだ」

「店では今回で三度目じゃな。故郷では下の従妹たちが生まれる時に手伝った時がある」

「へー……ん?」

 そこでふと、相良は違和感を覚える。

 そう言えばラミアって、どうやって生まれるんだ?

 ちらりとシャシャの足元……と言っていいのか分らないが、とにかく足元を見る。

 ヘビの産卵は総排泄孔から行われるわけだが、それは尻尾の付け根にある。ヘビのように足のない細長い生き物の尻尾とはどこからなんだと、知らない人は思うかもしれないが、実は尻尾自体はそれほど長くない。仮に1メートルの中型ヘビであれば、後ろの10センチほどが尻尾だろうか。実物を見れば分かりやすいが、尻尾から先は腹側の鱗の構造が変わるため一目瞭然だ。

 ではラミアはどうか?

 この約二年一緒に暮らしてきて分かっていることは、この世界における一般的な恥じらいの感覚はそう変わらない。うっかり脱衣所で鉢合わせたときはお互い悲鳴を上げたしそのあと少し気まずかった。さらにシャシャは普段スカートを履いているのだが、それは人間でいう腰の辺りで留めていて、本来ヘビの尾にあたる辺りはむき出しだ。先の恥じらいの感覚と併せて考えると、総排泄孔(尻の穴)丸出しで這いまわっているとは思えない。

「どうしたのじゃ婿殿?」

 と、相良の視線に気づいたらしいシャシャが首を傾げる。

「いや、ラミアって何なんだろうなって」

「何、とは?」

「こう、生物分類学的な話で。そもそもシャシャって俺ら妖怪とも違うよね?」

 何故ならシャシャは人化ができない。

 この世界の妖怪であれば、得手不得手はあるものの誰もが持っている能力だが、それがシャシャにはない。いつも蛇の下半身のままで街中を歩き回っている。

「あー、そうじゃな。わらわたちラミアを分類するならば、動物界脊索動物門哺乳網霊長目ヒト科エルフ族獣人属ラミア種じゃな」

 すらすらと答えたのはショップでパッと見ただけでは何の仲間か分からないような生体を扱っているため勉強しているからだろうが、それよりも驚くべき単語が混じっていた。

「霊長目ヒト科? じゃあヒトの近縁種なの?」

「そうじゃよ。わらわのいた世界の『人』とは基本的にエルフを指すが、そのエルフも元はヒトの近縁種じゃな。そしてそのエルフの先祖からさらに独自の進化を遂げた獣人と呼ばれる中の、さらにラミアという種じゃ。じゃからわらわは人化ができん。元々ヒトなんじゃからな」

「へー! あ、そういうことか」

「まあこれは極近年に判明したことじゃがな。それまではわらわの世界でも魔物のラミアと混同されておった。まったく失礼な話じゃよ。わらわたちは蛇っぽいヒト、あっちはヒトっぽいヘビじゃ。わらわたちは胎生、あっちは卵生」

「なるほど」

「ちなみにこの辺りの分類学を広めたのがあの羽黒じゃ。奴のおかげで、それまで魔物として扱われていたわらわたちラミアも人権を持つことができたんじゃ」

「あの人、そんなすごいことしてたんだ……」

 実は相良が月波市に来た時には既に瀧宮羽黒は街から出奔していたため、詳しくは知らないのだが。

「ついでに言うと、婿殿のような種はわらわの世界にもおってな。精神動物界疑似脊索動物門精霊網人型精霊目フェアリー科フェアリー属フェアリー種というんじゃが」

「急にファンシー!?」

「それ以外だと精神動物界疑似脊索動物門古龍網古龍目ドラゴン科ドラゴン属ドラゴン種かのう」

「両極端! ドラゴンて、おれそんな大層なモンじゃないよ!?」

「じゃが根本では同じじゃろ? 莫大な魔力を練り固めて肉体を形成しておるという点では。あっちはそれでもなお有り余る魔力持っとるだけで。はっはっは! 古の種族と言えど羽黒にかかれば細かく分類されてしまうのじゃ!」

「そうかもしれないけど……」

 しかし瀧宮羽黒がシャシャの世界にいたのは数十年ほどだろうに、そこまで世界の仕組みを変えてしまって大丈夫なのだろうかと相良は少々不安になる。まるで手足の生えて自分の意志を持って歩き回るオーパーツだ。

「じゃからまあ」

 そんな相良の一抹の不安を知ってか知らずか、シャシャはいたずらっぽい笑みを浮かべスカートの裾を少しだけ持ち上げる。

「わらわはヒトなわけじゃし、婿殿が人化していれば問題なく子供は生めるぞ? そろそろちゃんと夫婦に――」

「なりません。少なくともおれが大学卒業して就職するまで」

「先が長いのう……」

 がっくりと項垂れるシャシャ。

 しかし二人は離れず、寄り添いながらも自分たちの家へと歩みを進めた。


「「ただいま」」

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