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021:普通じゃない・試験・賄賂

「はい、んじゃ、紫の高等部進学を祝して、乾杯」

『『『かんぱーい!!』』』

 かちん! とテーブルの上でグラスが次々にぶつかる。その一つ一つが自分に向けての祝福だと思うと、紫はこそばゆい気持ちとなった。

「今日はミノリとたっぷりご馳走用意したからたんと食べてね!」

「ふふふ、久々に腕が鳴りました」

 卓上に所狭しと置かれた色とりどり多種多様な大皿料理を前に自慢げに胸を張るビャクと穂。新旧行燈館管理人が二人揃って厨房の指揮を執り、下宿生たちも手伝って完成させた宴会料理の数々に皆が圧倒された。

「紫お姉ちゃん、合格おめでとう!」

「合格おめでとう、紫お姉ちゃん!」

 と、紫の左右を挟んでいた顔立ちが全く同じの二人の少女が改めてグラスを掲げる。穂の双子の娘で、どちらかが爽香(さやか)、どちらかが桃華(とうか)だ。普段は服や髪を結ぶ場所で区別しているのだが、この双子はふざけてたまに服と髪型を交換するのでどちらがどちらか分からなくなる。

「ありがとうです、えっと……爽香、桃華」

「残念でした、こっちは桃華だよ!」

「こっちが爽香だよ、残念でした!」

「…………」

 紫の微妙な表情に満足したのか双子は各々髪型を元の状態に戻し、全く同じ動作で大皿から紫の料理を取り分け、両サイドから同時に差し出してきた。

「はい紫お姉ちゃん、どうぞ!」

「はいどうぞ、紫お姉ちゃん!」

「はは……ありがとうです」

 爽香が差し出してきたサラダはしゃきしゃきで、桃華が差し出した唐揚げはカリカリジューシーだった。

「そういやお前、結局特進科にしたんだな。普通科じゃなく」

 と、紫の向かい側の席に座っていた羽黒が龍の右腕で器用に箸を扱いながら訊ねた。それに対し紫は頷く。

「はいです。友達が特進科に行くっていうので」

「普通科なら入試もないようなもんなのに、ようやったなあ」

「試験勉強頑張ったです。勝利のブイ」

 指を二本立てて掲げると、羽黒は苦笑しながら「すごいすごい」と相槌を打つ。と、その態度が何やら気に食わないらしい白羽がぐっと身を乗り出した。

「適当に頷いてますが羽黒お兄様、受験の大事な時期に両親不在だったんですのよ? もっと心から労ったらどうですの!?」

「……それについては本当に悪かったって」

「はい。本当に頑張りましたね、紫」

「えへへ」

 羽黒の隣に座って話を聞いていたもみじも神妙に頷き、そして柔らかく微笑みを浮かべる。その笑みを再びその目で見ることができただけでも紫は頑張った甲斐があった気がした。

 とは言え、実の両親が揃っていなくなり、その虚無のような期間を勉強にだけ打ち込んでいた結果であるため、自分ではいいことなのかどうかは分からないのも事実だが。

「ま、俺たちがいたところで何かできたわけじゃないがな。賄賂送るわけにもいかんし」

「そういうことじゃないのですわ」

「だね。三者面談とか、僕と白羽ちゃんで行ったしね」

「……おお、そんなのもあったな」

 据わった目で視線を投げながら、裕が酒に口をつける。それを見て流石の羽黒も大人しく首をひっこめた。

「でも紫ちゃんは色々と巡り合わせが良かったよ。中等部三年間担任が鍋島先生ってだけでも大当たりなのに、面接の時の試験官が修二さんと風間先生だったんでしょ?」

「はいです。扉開けたら知ってる人しかいなくてびっくりでした」

「なんだその豪華三点セット。修二お前、何か手ぇ回したか?」

「まさか。僕の方がびっくりでしたよ。名簿を見たら紫さんの名前があって、風間先生と二度見しちゃいました」

 色の濃いサングラスの奥の瞳を細めながら修二が苦笑をこぼす。この場にはいないが、風間共々月波学園ではかなりの古参に数えられる二人も知らなかったということは、本当に偶然だったのだろう。

「……そういえば、紫ちゃんは高等部入学したらどこに住むの?」

「え?」

 珍しくアルコールの入ったグラスを傾けながら真奈が尋ねる。

 元々紫はその出自故に、より多くの異能者や妖たちと長い時間を過ごした方が良いだろうという考えから、初等部入学を機に行燈館に預けられていた。あれから九年が経ち、人外の力が安定するとされる元服の時期も乗り越えた今となっては、無理に親元を離れる必要もない。

「そういやそうだね。せっかく羽黒さんともみじさんも帰ってこれたんだし、三人で住むのも選択肢に入れていいんじゃないかな」

「あ、もちろんこのままここにいるのも歓迎だよ! ヒサトもユカリのこと大好きだし、お守してくれるの助かってるから!」

「うーん……」

 と、紫は悩む。

 正直、この行燈館を離れるということを今まで考えたこともなかった。何せ小一から今日までずっと住んでいた我が家も同然の下宿だ。もちろん両親のことは大好きだが、それと同じくらいに行燈館のことも大切に思っている。

 ぐわんぐわんと頭の中を回しながら、十数秒。周囲の視線が少しずつ集まってくるのを感じながら、とっさに紫は口を開いた。

「へ、平日は行燈館から学園に通って、週末はパパとママの家に帰る……っていうのは、なしです?」

 そのどっちつかずの欲張り妥協案に、周囲は「あー」と頷いた。

「いいんじゃない?」

「学園からならこっちの方が近いですし、便利かもしれませんね」

「週末だけ別宅持つって何だか白羽が子供の頃を思い出しますわね」

「おめーは平日だろうがあの邸に遊びに行ってたろうが、バレてんだぞ」

「ぎくぅ!」

 大人連中の話題の種が、自分から白羽の幼少期へと移る。その様子にふうと息を吐き、取り皿の料理を一口齧る。少し冷めたが、それでも美味しかった。

「いいなあ紫お姉ちゃん、行燈館にこれからも住めるんだ」

「行燈館にこれからも住めるんだ、いいなあ紫お姉ちゃん」

 と、左右から爽香と桃華がしなだれかかってきた。藤村家は学園内の職員家族用の公舎に住んでいるのだが、この学生ごった煮寄宿生活が羨ましいのか、わざわざ学園から出て遊びに来ることがあった。

「ねえママ! 爽香たちも中等部から行燈館に住むってどうかな!」

「桃華たちも中等部から行燈館に住むってどうかな! ねえパパ!」

「残念ながらムリでーす」

「今の公舎を借りる条件が『一家全員で住む』だからねえ。そもそも登校時間ギリギリまで寝てる君らが学園の外に住んだら毎日遅刻するよ?」

「あー……。むう……」

「……むう。……あー」

 何かを言い返そうとしたが、言われて朝起きれる自信がないのかすごすごと退散する双子。

「まあウチとしては遊びに来る分にはいつでも歓迎だけどね」

「だね、二人にもヒサト懐いてるし。ちゃんとお手伝いしてくれるなら、お泊りしに来てもいいんだよ?」

「いいの、おじちゃん!?」

「おばちゃん、いいの!?」

「姉さんと修二さんが良ければだけど」

「ま、いいんじゃないですか? 修二さん」

「あんまり迷惑にならないようにね」

「「やったー!」」

 諸手を挙げて喜ぶ双子。こちらも思わず綻ぶようなえ笑みを浮かべ、ジュースの入ったグラスを紫の元へと掲げた。

「「かんぱーい!」」

「はいはい、乾杯です」

 紫もまた笑みを浮かべ、グラスを軽くぶつける。


 行燈館の宴は、夜遅くまで続いた。

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