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018:デスソース・ドリアン・休暇中

「……なんだろう、これ」

 行燈館の冷蔵庫を開くと、僕の視線に見覚えのないタッパーが入ってきた。

 この大きな屋敷には大きな冷蔵庫が二つある。片方は姉さん管理の食材入れとなっているが、こちらは基本的に共用のため、私的な食べ物を入れる時はメモ書きを貼ることとなっている。たまに泉ちゃんが紅くんのメモ書きを見落としてプリンを勝手に食べて頭をぐりぐりされるのを見かけるけど、それはともかくとして。そのタッパーにはメモらしきものは貼られていなかった。

「誰のだ? ……結構重いな」

 泉ちゃんじゃあるまいし、メモがなくても人の物を食べようという発想はなかったが、流石に不審に思って手に取ってみる。タッパーはまあまあ大きかったが、重量なかなかなもので、水が入っているのかと思うほどの重さがあった。半透明の容器の外から中身が分からないが、なんとなく赤い半液体状の物のようだ。

 もしや冷やし中の赤いジュースのゼリーか何かだったろうか、それなら勝手に取り出して申し訳なかったな――などと考えながら、僕はうっかりその蓋を取ってしまった。


 途端に鼻を刺す、デスソースのような刺激臭。

 そして遅れてやって来た、ドリアンのような化合物臭。


『ふぎゃあああああああ!?』

「ビャクちゃん!?」

 遠く、居間にいるはずのビャクちゃんの悲鳴が厨房にまで届く。僕は慌ててタッパーの蓋を閉めるが時すでに遅く、正体不明の物体の臭気は一瞬にして服や髪にこびりつき、取れなくなっていた。

「何スか!? ビャクちゃんが急に青ざめてどっか走ってったっスけ――ふぎゃ!?」

「……なんですか、この臭い……」

 同じく居間にいた泉ちゃんと紅くんが様子を見に来たが、二人とも厨房に充満する異臭に悲鳴を上げ、顔をしかめる。

 そして僕はこんな物を平気で共用の冷蔵庫にぶち込む馬鹿に心当たりがあった。


「キシさあああああああああああん!!」


 タッパーを抱えて――後になって冷静になれば厨房に置いてくるべきだった、無駄に臭気をばら撒いてしまった――死神のキシさんの部屋に突撃する。

 扉を開けると、いつの間にか物が増えてきた部屋の机に座っていたキシさんが鬱陶し気にこちらに視線を寄こした。

「何だ、騒々しい」

「騒々しくもなりますよ!? 冷蔵庫にあったコレ、何ですか!?」

 タッパーを押し付けると、キシさんは今気付いたらしく「ああ」と頷いた。

「それは俺のだな。すまん、メモを貼るのを忘れていたな」

「そういう次元の話じゃないんですよ!! なんですかこのえげつない臭いの物体!? あんたまた変なもん持ち込んだんか!?」

「鵺の肝だ」

 ぺろっと何でもないように、キシさんはそう口にした。

「この前の長期休暇中に死神の仕事で妖魔討伐の援護に呼ばれてな。その時に討ち取った鵺の肝を少しばかり分けてもらったんだ」

「これ鵺!?」

「そのままでは流石に臭いがきつそうだったから牛乳につけていたんだ。レバーの臭い消しに牛乳は常套手段だろう?」

「絶対良くない感じに変異してますってそれ!!」

「なに?」

「待って開けないで! 開けないでくださ――」


 ぱかっ。


 僕の制止も間に合わず、再び封印が解かれた鵺レバーの牛乳漬け。

 むわっと異臭が部屋中に立ち込める。

「おお、いい感じに熟成も進んでいるようだな」

「頭と鼻おかしいんかあんた!?」

「待ってろ、地獄特産のニンニクとニラももらってきてある。今軽く調理してやろう」

「今すぐ廃棄しろ!!」

 そんな心からの悲鳴など届くことなく、キシさんはタッパーを持って厨房へ移動した。

 そしてそこで繰り広げられたのは、調理という名の近所から苦情が来るレベルの異臭騒ぎ。

 行燈館から臭いが完全になくなるまでの一週間、ビャクちゃんはホムラ様の社屋で寝泊まりして帰ってこなかった。

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