016:大爆発・階段・串カツ
「成人式お疲れさん! 乾杯!」
『『『かんぱーい!』』』
かん! と景気のいい音を立ててジョッキやグラスがぶつかり合う。または「おっおっおっ?」と覚えたてのマナーを使い、相手よりも縁を下へ下へと持っていこうとしてグラスの底が畳について馬鹿みたいに笑う。
「何頼んだ?」
「焼き鳥10本盛り合わせ」
「ばっか足りないわよ。すみませーん、串カツ盛り合わせ3皿追加ー。あと唐揚げ山盛りで!」
「サラダも食べたいな」
「はいはい、じゃあオリジナルサラダも追加ー」
「……ビールも追加で」
「はえーな!? もうピッチャーで頼もうぜ」
「ビール飲めるのすごいなー。おれまだそんなに美味く感じないや」
わいわいがやがやと決して狭くはない卓は喧騒は絶えない。さらに追加で注文した品々が届き、さらに慣れない酒も回って全員が自然と声が大きくなる。
「つーか、なんだかんだこのメンツで集まるの久々だなー」
経がそう口にすると、宇井と明良は顔を見合わせる。
「そういやそうね」
「……オレたちは学部が同じだから、講義はよく被るが」
「お前ら経済学部だっけか」
「それ言ったら、経と相良も学部は同じでしょ? 農学部」
そう宇井に指摘されるも、経と相良は肩を竦ませる。
「つっても農業土木と獣医じゃ全然講義被らねえからな」
「だね。おれも一浪してるから、共通実習も学年違うし。パンキョーの選択授業でたまに一緒になるくらい?」
「それ言ったらアレ、田中。あいつ林業科なんだけど、結構講義被るからたまに会うわ」
「へえ、そうなんだ」
「私はほとんど誰とも会わないな……」
ストローでカクテルを飲みながらハルが不服そうに目を細める。
「まあ、医学部は場所からして全然違うからね……」
「パンキョーもとり終わった今となっては、意識して集まらないとなかなか会えないわね……」
「むう……」
ぶくぶくと彼女にしては珍しく行儀悪くストローに息を吹き込む。ここ最近、馴染みの顔と会えなかったのが相当寂しかったらしい。
「てか田中とライナは? あいつらも呼んだはずだよな、なんでいねえの」
「ライナは遅れてくるって。そもそも成人式出てないしね。エルフだし。良子は返事来てないけど、まあ行かないとは言ってないし近くには来てんじゃない?」
「……相変わらずだな」
明良が昔と変わらない仏頂面でぐいとジョッキを乾かす。それを見逃さず、宇井が即座にピッチャーを傾けて次の一杯を注ぐ。
「まああの子って、ワケアリで転校してきたらしいじゃん? どうしても壁はあるよね。元々引っ込み思案ってのもあるんだろうけど」
「そういや初めてあった時も『陽キャ怖い』つって震えてたな……俺ら言うほど陽キャか?」
「……その壁を無視して踏み込んだ奴らが何を言っている」
「陽だよ。間違いなく。少なくとも経と宇井は」
相良がガタイに似合わない小さなグラスに口をつけながらあきれ顔を浮かべる。経が何を飲んでいるのかと尋ねると、「焼酎のロック」と答えが返ってきた。
「お前マジか」
「……オレも流石に焼酎はまだ良さが分からん」
「獣医学科は飲みが酷いからなあ。浪人生が多いからかわからないけど。なんか慣れちゃった」
「ああ、それは医学部も同じだな」
言いながらハルも苦笑を浮かべる。
「女子はまだ静かなものだが、男子が酷いな。なぜ医者の卵がああも死に急ぐのか」
「不思議だよねー……」
分野を問わず、医者の不養生は共通らしい。
「ごめんなさい、遅れたわ……って、もう結構取っ散らかってるわね」
「ここここ、こんにちは……」
と、席を仕切る襖が開かれて赤髪のエルフと前髪で目元を隠した女学生が入ってきた。
「お、来た来た!」
「先始めてまーす!」
「ライナ何飲む? ウイスキー?」
「なんで駆け付け一杯からそんなかっ飛ばさなきゃいけないのよ。来る途中でレモンハイ頼んできたわよ」
「田中は?」
「わ、私は、あの、その、あるものテキトーで……」
「……今あるのはピッチャーのビールだけだが」
「お、ピッチャーでいく?」
「へ……!?」
「バカ経黙れ。すみませーん、グラス小さいのとりあえずくださーい」
宇井が頼んだ小さめのグラスに半分程度のビールが注がれる。そしてライナの注文が届いたところで、改めて各々がグラスとジョッキを掲げる。
「改めて、かんぱーい!」
『『『かんぱーい!』』』
再びグラスの縁を下へ下へと持っていく光景の再放送。しかし既に飲み始めてしばらく経つため、それに再び爆笑が巻き起こる。
「しっかしアレだな、この面々で酒飲んでるのってなんだか変な気分だな」
「わかる。ついこの前までブレザー着て高等部通ってた気がする」
「えっと、大人の階段的な……?」
「良子、なんか言い方ヤラシー」
「ふえ!?」
「……隈武、飲みすぎだぞ」
酒が入ったことでいつにも増して歯止めの効かない物言いの宇井を明良が窘める。しかし当人はどこ吹く風で追撃を叩き込む。
「ていうか、わたしゃ心配よ! 大学行ってわたしらの目が届かなくなったことで良子のでっけぇっぺぇを野獣共が狙ってるんじゃないかと思って気が気じゃないのよ!」
「お前人のこと言えないぞ」
「ヤラシーというか完全にオッサン」
「……はあ」
経と相良も据わった視線を投げかけるが全くの無傷。なんならさらにエンジンがかかりヒートアップしていく。
「わたし前も見たわよ! 良子アンタ、馬鹿みたいにチャラチャラした男と歩いてたでしょ!?」
「あ、悪十郎さんかな……? 確かに見た目はアレだけど……」
「わたしゃあんな奴認めないわよ!?」
「私、別に三次元は眺めてるだけでいいってタイプだから、そんなんじゃ……」
「隈武の、お前、誰目線だよ」
「経! あんたちゃんと見ときなさいよ!? さっき講義被ってるって言ってたわよね!?」
「あーはいはい……」
管を巻く宇井にライナも呆れ顔で隣に座る明良と相良に訊ねる。
「誰よ、彼女にこんな飲ませたの」
「……知らん、勝手に飲んだ」
「おれたちじゃ止められないよ、今も昔もこれからも」
「だらしないわね。明良、あなたのご主人様でしょう?」
「……こんなところまで面倒見きれるか」
ぐいっと明良はジョッキを煽る。その取っ手を持つ右手の薬指には、宇井が同じ場所に嵌めているものと同系統の装飾の指輪が付けられている。人と妖の契約の証。もしくは、人と人とのとある約束の明かし。周囲が気付いた時、いつの間にか二人にそれが揃っていた。
ライナとしてはそちらについてはあまり触れるつもりはなかったが、向こうで宇井がセクハラまがいの説教をかましている光景はもっと触れたくないので、こちらに話を振る。
「ねえ、いつから?」
「それはおれも気になってた。本当に気付いたらだったよね」
「………………」
「あら、だんまりでしらばっくれる気よ」
「よしライナさん、今日は何としても吐き出させよう」
「……やめろ」
本当に嫌ならばさっさとトイレに退席するなりすればいいのに、明良は黙って座して延々とビールを口に運ぶ。何だかんだ人がいいのか、ヤケになっているのか。ともかくライナも相良も少しずつ酒が回ってきて、普段はしないねちっこい態度で質問攻めを開始した。
「良子のふわふわをふわふわしたい!」
「もう趣旨が変わってきてるよ……!?」
一方で、もはや説教の体すらなくし、単なるセクハラとなった傍らで。
「経」
「は――んぐぅっ!?」
ずっと黙って酒を飲んでいたハルが突如うつろな目で経のネクタイを掴み、鬼の腕力をも抑え込む謎の酔っぱらいの力を発揮して体を固定し――唇を奪った。
「ひゃーーーーーーー!?」
ぼん! と良子が顔を赤らめて爆発させる。しかし何故か周囲は「またか」と妙に落ち着いた様子で、窒息しかけている経を眺めている。
「田中さん見るの初めてだっけ」
「この子、酔って限界突破するとキス魔になるのよ」
「……オレたちも何度もされた」
「口にされるのは彼だけだけどね」
「なんでそんな冷静なの!?」
誰も止めに入らない――入ると今度は自分が標的になるから――のをいいことに、ハルは経を押し倒す。もはやキスというより喰っている。
「きょう……わたしはな、さみしかったんだぞ……みんなとあえないで、ずっともくもくとこうぎばっかりで……」
「――っぷはぁ! 学部にも友達はいるだろ!?」
「わたしはおまえとあえなくてさみしいといっているんだ!」
「むぐぅっ!?」
再び口が塞がれる経。それをぼんやりと眺めながら宇井は呟く。
「まーねー。毎日のようにSNS上ではやり取りしてるとは言え、実際に会えないと寂しいわよねー」
「そ、そんなに会えてないの?」
「いや、なんやかんや経とハルさんは月に2回か3回は飲みに行ってるはず。日中は分からないけど」
「結構な頻度じゃない!?」
「……会うたびに記憶無くすほど飲んでるらしいから実感がないんだろ」
「医者の不養生!」
「いっそ酔った勢いで一線超えさせないと治らないわよ、この悪癖」
「なんということを!?」
「いいね、こいつらテキトーなホテルにぶち込んでくるか」
「なんということを!!??」
全員が全員酒に酔って頭が上手く機能していないため、好き勝手無責任に口出しする。一人あまり飲んでいない良子だけがあわあわと狼狽えていた。
そして酒の回って暴走し始めた宇井を止められる者などいない。
「そうと決まりゃ、明良会計しといて! 支払は隈武屋にツケで」
「……了解」
「え、会費はどうするの? 流石に悪いよ、おれ結構食ったし」
「あとで割り勘で回収するから大丈夫よ。お、近場にあからさまにアヤシー桃色なホテル発見♪」
「彼はどうするの? さすがに大人しくしてくれないでしょ」
「みんなの飲みかけちゃんぽんにして流し込めば流石に潰れるっしょ。あとテキトーに術かけて記憶消しちゃれ。あ、もちろん家にバレたら怒られるから他言無用で!」
無駄に手慣れた様子で飲みの卓を片付け始める一同。それをぼけっと眺めていた良子に、宇井が悪い顔で可笑しそうに笑った。
「あんまり飲んでないよね? あいつらホテルぶち込んだら二次会はカラオケおこうぜぃ」
「あ……うん」
曖昧に頷き、諦めたように立ち上がる。
本当に、この場に彼女を止められる者などいないのだと、あらためて実感した。
* * *
翌朝。
いつも通り記憶を失ったハルと、無理やり記憶を消された経がホテルで目を覚まし、お互いありもしない責任を取り合う形でくっつくことになったと聞き、良子はその日の出来事を墓まで持って行こうと心に誓ったのだった。
あとハルは酒をやめた。





