015:食べたら死ぬ・はいどうぞ・在庫整理
その日の冥府直轄死神局局長補佐執務室は、千客万来状態だった。
「キシ補佐失礼します、次元調査部の者です。突然ですがカキはお好きですか?」
「カキ?」
「ええ、海の方の牡蠣です。この前、海辺の方面に出張した際につい大量に買ってしまいましてね。持ち帰ってから、流石に一人では食いきれないなと気付きまして。すでに火は通してあるので、そのまま食べられますよ」
「ほう。いいじゃないか。いただこう」
「キシ補佐、失礼します。こちら、成仏部の奪精・奪魂・縛魄三課からの差し入れのウナギです」
「ウナギ?」
「ウナギはお嫌いですか?」
「いや、そんなことはないが……まあ、いただこう」
「おいっすー、キシの旦那いる~?」
「……神ン野悪十郎か。何の用だ、地獄からほいほい出てくるなといつも言っているだろう」
「今休憩中っすよ。それより最近お疲れじゃね? これあげる」
「……なんだこれは」
「地獄特産、吸血鬼も殺せるニンニクとニラ。滋養強壮にいいっすよ~」
「…………」
「どもー、キシ補佐お邪魔しまーす」
「神霊地課月波担当のセイとナツですー。キシ補佐にお土産ですー」
「…………」
「じゃじゃーん! 雑貨屋WINGの在庫整理セールで売ってたまむしドリンク♡」
「はい、どうぞ。頑張ってくださいね♪」
「……ちょっと待て」
キャーキャー言いながら執務室を去ろうとした両名を捕らえ、キシは鬼の形相を浮かべて問い詰める。
「なんなんだ今日は!? 牡蠣に始まりウナギにニンニクにマムシだぞ!? 何のつもりだ貴様ら!?」
「あ、スッポンの方が良かったですかね?」
「違う! そうじゃない!」
「キシ補佐には頑張ってもらいたいなって部下からの心遣いですよー」
「こんなに食ったら流石にどうにかなって死ぬわ!」
「死にゃしませんて。キシ補佐、テスト対策で獏の肉食べて平気だったらしいって聞きましたよ」
「穂波裕! 妙な事を吹聴するな!」
ぎゃおうと現世で暮らす悪友に怒鳴るが、そんなものが届くはずもない。
「そもそも何だこの悪意のこもったラインナップは!」
「今夜頑張ってね♡ ってことじゃないんですか?」
「その手をやめろ!」
舌を出しながら平気でフィグサインをするナツの手を叩き落とす。そしてキシに全く心当たりがないことに気付いたセイが、苦笑しながら種明かしをする。
「キシ補佐、もしかしてリン局長のスケジュール表確認してないんですか?」
「は?」
「ほら、死神局も業務のデジタル化の一環で、業務用端末揃えたじゃないですか。その時に局員も公開可能なスケジュール管理アプリ使うようにって」
「あ、ああ……いまいち使い方が分からなくて放置していたな」
「お爺ちゃんじゃないですかヤダー」
「黙れ! それで、そのスケジュール表がどうした」
「見てもらった方が早いかと」
言って、セイは自分の端末を取り出してスケジュール表を表示し、キシに見せる。
キシも覗き込むも、特に何ということはないスケジュール表だ。誰々がいついつ何処へ行く予定というのが一目で分かるようになっている。確かにこれは便利そうだ。今まで放置していたのが恥ずかしい。
「で、これが今日の局長のスケジュール表です」
セイが死神局長の欄をズームする。
そこには「09:00~ 冥府内局長会議」「11:00~14:00 黒縄地獄現地視察」「14:30~ 執務室在席」と記されていた。何ということもないスケジュール表だ。しかし最後のスケジュールを目にした途端、キシはぴしっとひび割れたかのように硬直した。
「19:00~ ♡」
「リぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃン!! 今すぐこのスケジュールを非表示にしろ!!」
「局長、今地獄の視察ですよー」
「このスケジュール、俺が触ることはできんのか!?」
「新たに書き込むことはできますが、すでに書き込まれてあるものは書いた本人にしか……」
「早く帰ってこいあのボケえええええええ!」
羞恥と焦りと怒りで顔を真っ赤にした死神局長補佐の声が、局内に響き渡ったのだった。





