第47話:峠の名物と札幌市を抜けて
札幌市の南に広がる山岳地帯の一角、札幌岳と無意根山の間を更に南へと下る国道230号線、その最高地点である中山峠の標高は835mである。
標高はそこそこ有る物の、距離が長い事と斜度は其処までキツくは無い事から、ある程度乗り慣れたロードバイク乗りならば、登頂は死ぬほど厳しいと言う訳では無い。
実際シンも脚は少々熱を持ち始めては居る物の、呼吸を乱す様な事も無く【道の駅】へと自転車を乗り入れる。
体力的にも精神的にもまだまだ全然余裕は有るし、このまま下りに突入しても良いのだが……
「ここまで着たらやっぱりアレは食って置かないとなぁ」
と、ココの名物を食べる為に脚を止めたのである。
ここ中山峠の名物と言えば丸のままのジャガイモを皮と芽だけを取って、切る事無く串に差して衣を付けて揚げた【あげいも】だ。
ちなみに道路を挟んだ反対側、道南方面から札幌へと向かう方向の車線に面した場所にも、別の店舗とパーキングスペースが有るのだが、そちらで売られているのは【あげじゃが】である。
この2つは並べて見てもパッと見では、食べ慣れた地元民ですら区別がつかない様な代物では有るが、どうやら衣の配合が違う様で味や食感なんかは食べ比べると完全に別物だったりするのだ。
その為、比較的近い場所に住む者達だけで無く、札幌市民のごくごく一部で【どちら派】と言う様な派閥が有るとか無いとか……。
そんな中でシンはといえば、札幌から南に抜けるならばあげいもを食べ、札幌へと帰って来る時にはあげじゃがを食べると言う、良く言えばどちらも好きであり悪く言えばどっちつかずとも言える対応を普段から取っていたりする。
なお中山峠名物とは言って物の、道民のご家庭では実はコレ自作される事も多いお菓子の一つでも有り、シン自身も子どもの頃は母親が作った物を良く食べていた覚えが有った。
家庭で作る際のレシピは極めて簡単で皮を剥き芽を取ったジャガイモを塩ゆでするか、もしくは蒸して柔らかくしてから、ホットケーキミックスで箱に記載されているレシピ道理に生地を作り、ソレを絡めたら後は油で上げるだけである。
ご家庭に依ってはホットケーキミックスを使わずに、小麦粉に味噌をまぜたりして独自の下味を付けて揚げたり……等と言うアレンジレシピも数多い。
中には普通にホットケーキミックスを使って作った上で、甘味噌を絡めて頂く……なんて家も有るだろう。
揚げ物を作る手間とコストさえ突破出来るならば、道民にとっては極めてポピュラーな家庭の味なのだ。
ちなみにあげいもとあげじゃがの違いは、そうした御家庭の味の違い程度差でしか無く、どちらが先に始めたのか等と言う歴史は札幌市民で有り、仮にも歴史家を目指した事の有るシンですらも知らない闇の中である。
一応、あげいもの売られている場所には、様々な調味料を好みで掛けて食べる事の出来るアレンジコーナーが有るが、シンはそうした物を使わずにプレーンのままで食べるのを好む。
ここのあげいもは厚手の生地がしっかりとジャガイモを包み込んでおり、柔らかでサクッとした所謂【アメリカンドッグ】の衣の中にホックホクのジャガイモが入っている……と言うスタイルだ。
芋自体も結構大きな物が使われており、一串で3つのジャガイモは子どものおやつとしては、正直多すぎる様にも思えるが1本買って家族でシェアして食べると丁度良いくらいの分量である。
ちなみにシンはと言えば昼食から未だ2時間も経って居ないと言うのに、1串全てを一人でペロリと平らげて平気な顔だ。
まぁここに来るまでに結構なカロリーを消費して居るし、そもそも現役アスリートを名乗っても不思議に思われない程度には鍛えられた身体は基礎代謝も高く、この程度の間食で太る程ヤワでは無い。
自転車に取り付けたドリンクホルダーに差し込んだボトルの中身を確認し、未だ十分に残っていると判断したシンは今その場で飲む分だけ飲み物を買ってあげいもを胃袋へと流し込むと再び愛車に跨った。
ココからは下りで有り、峠道と言えば……と言う様なカーブも幾つか有るので、漕ぐ力は然程必要ないが逆にスピードが出すぎない様に注意しなければ成らないエリアだ。
今日は然程車の通りも多く無い様に感じるので、未だ走りやすいコンディションと言えるが、週末や連休なんかの観光シーズンにはバスやマイカーの往来も多く、中々にスリルを感じられる道でも有る。
取り敢えず喜茂別町の市街地まではずっと下りの道で、ペダルを踏み込まずともどんどん加速してしまう場所を、ブレーキを握り締めて速度を加減しながら降りて行く。
山間部に有る小さな集落と言う感じの喜茂別町の市街地にも郷の駅なんかが有って、見るべき場所が全く無いと言う訳では無いが、今回は残念ながら寄り道をして居る時間は無いので速度を落とす事無くすり抜ける。
そうして再び軽い登り基調の道を走っていくと、留寿都村のカントリーサインが描かれた看板が道路脇に設置されて居るのが目に入った。
パラグライダーと観覧車が描かれたソレを観れば、留寿都村と言う場所が観光業で成り立っている自治体だと言う事は一目でわかるだろう。
北海道も昔の景気が良い時代には全道各地に幾つもの遊園地……今で言うテーマパークが点在して居たのだが、残念ながらバブル崩壊の影響も有ってかソレ等の中で生き残っている場所は数少ない。
そんな少ない現役稼働して居るテーマパークの一つがこの留寿都村に有るのだ。
今年はもう終わってしまったが、9月の半ばには留寿都村で育てられた羊の丸焼きや、国産牛肉に豚ジンギスカン何かをバーベキューで頂きながら、北海道に縁の深いアーティストのライブを観覧する……なんてイベントも有ったりして中々に楽しめる施設ではある。
とは言え東京に居た頃に富士山近くにある絶叫に定評のあるテーマパークを経験してしまった今のシンにとっては、ココにある程度の……とは言っても道内随一のなのだが……絶叫マシーンでは物足りない、と思ってしまうのも事実だった。
その為こうして横目に見る事は有っても、わざわざ入園料なんかを払って入りたいとは思わない。
昔は……ソレこそシンが未だ子どもだった頃には、先日行った円山動物園にも小さいながらも観覧車やジェットコースターの様な乗り物も有ったし、もっと昔には中島公園にも小さな遊園地が有ったと聞く。
そうした所と比べたらココは確実に大きなテーマパークなのだが……言いたくは無いが所詮は他の比べるものの少ない田舎の施設と言う事になってしまうのだろう。
まぁこの場合は比べる相手が悪すぎた……と言うのが本当の所だろうが。
そんな事を考えながらペダルを踏み込んでいけば、登り基調だった道が再び下りに変わってくる。
「俺の記憶が確かならばこの先は洞爺湖までずっと下りだった筈だし、後はまったり流して走っても大丈夫だなぁ」
誰に聞かせるでも無くそんな独り言を口にしてから、ドリンクホルダーからボトルを引き抜いて見ると……重さが殆ど無い、どうやら中身を飲み干してしまったらしい。
北海道の秋は短く、然程も経たない内にこの道も雪に閉ざされる事になると言う時期では有るが、今日は比較的穏やかな天候に恵まれた事も有り、思いの外汗をかいて居た様だ。
さて……どこで補給するか……と考えた所で、全国1位を標榜して居るコンビニと北海道と一部関東ローカルのコンビニが殆ど並んで店舗を開いている場所が目に入る。
シンは迷う事無く後者の駐車場に設置されたサイクルスタンドへと自転車を向かわせたのだった。




