第21話:超人の祭典と宇宙観光
今日も今日とて戦いが終われば打ち上げだ。
あの血みどろの戦場を最終的に制したのは、結局は割と何時もの通り抜刀隊とか剣戟隊とか呼ばれている、極々一部の趣味人? 的な装備をして居る特殊なマーセ達だった。
マーセとしての活動に喜び勇んで突っ込んで来たのは、何も自衛隊やアメリカ軍人に猟師の様な銃器を扱うことに喜びを感じる者達ばかりでは無い。
剣道では無く古くから伝わる実践派の伝統剣術の流派を伝える者達もまた、研鑽した武芸を振るう場を求めて居たのだ。
彼等が扱うのは宇宙カマキリの超高度キチン外骨格すら切り裂く鋭さを持つ【単分子ブレード】と呼ばれる刀? の類である。
一応モノとしては日本刀タイプ以外にも様々な形状の刀剣が作られては居るのだが、地球の金属より圧倒的に高強度とは言え、単分子ブレードは武器としての性質上【叩き切る】と言う様な扱いをすれば割と簡単に刃こぼれを起こしてしまう。
ある程度までは宇宙カマキリの装甲を切り裂くのに問題は出ないらしいが、それでも一定を超えると文字通り刃が立たなく成るらしいので、単分子ブレードを得物として扱うのは比較的刃を維持出来る【切り裂く剣術】を使う者達が多くなるのだ。
間合いと言う最強の防具を捨ててまで近接戦闘を行おうと言うのは、正直な所真っ当な精神を持つ者達(シンを含む)から見れば正気の沙汰では無いが、平和な時代に競技では使えない剣を振るい続けた来た連中が常人と同じ精神な訳が無い。
その上、死んでも死なないサブボディで刀を使った実戦を、自身の年齢に関係無く行う事が出来ると成れば、老いて尚も剣の道を求道し続ける様な者が突入しない訳が無いのである。
ちなみに単分子ブレードを使うマーセは、少なくとも日本では平時にソレを携帯する事は許されて居ない。
何故ならばソレは明確に銃刀法で規制されて居る刃物に区分される物で有り、基本的に人を傷つける事の無いブラスターと違って、こちらは簡単に人を殺める事が出来る【武器】だからだ。
まぁソレでも、対宇宙カマキリ用の武器を使っている分、素手で奴等を屠った【伝説の3人】と呼ばれる者達と比べたらまだ常識的と言えるだろう。
一人は中国で所謂【発剄】や【通打】等と呼ばれる【内側に通る打撃】を極めたとも言われる拳法家が、連中の装甲を一切傷つける事無く内部破壊で仕留めたと言うケース。
もう一人はアメリカで大人気のヒールレスラーで、逃げ遅れた子供が居ると言う理由で死を覚悟して宇宙カマキリに挑み、白刃取りからの卓越したサブミッションでカマに切られる前に関節部分をへし折り無力化したと言うケース。
そして最後はアフリカの狩猟部族の青年で、超人的な身体能力と冷静な立ち回りで、複数の宇宙カマキリを同士討ちさせる事で数を減らし、最後の1匹は奴等の身体から奪ったカマでトドメを刺したと言うケースである。
どの案件にも共通して言えるのは、後ろに守るべき者が居た等の理由で引く事が出来ない状況だった事で、命を賭した大博打に勝利したと言う事だろう。
ソレを見聞きした同業者なんかが「あいつに出来たのだから俺ならもっと上手くやる」と、無謀な挑戦の果てに命を散らした案件が幾つか報告されて居る上に、当人が「もう二度とやるかあんなのは奇跡の類だ」と言った事で今はある程度沈静化して居る。
兎角、まぁ剣戟隊の最大の優位点は他のマーセ達と違って、接敵しても即座に斬り殺される様な連中では無く、近接間合いでも切り合いを制する事が出来る一種のバケモノたちと言う事だ。
伝説の三人はまぁ……当人達の言う通り奇跡の類で有って、戦場に持って来て良い物では無いのだろう。
事実、生身の身体では無く、サブボディを使ってソレを真似しようとするバカは、今でもそれ相応に居るのだが成功したと言うケースは一例も報告されて居ない。
「おーい、ゲームチャンプ! お前はまた今日も飲まねぇで、変な本を買って帰るのか?」
と、そんな戦場の例外に着いて思い返しながら、チップに表示されている書籍購入画面を色々と見ていた所で、軍曹がシンにそんな言葉を投げかけてきた。
「まぁ……そーですけど、お? 軍曹、面白い物見つけましたよ、そっちのチップに共有掛けますね」
軍曹の言う通り、シンは今日の稼ぎで買う書籍を物色して居たのだが、その中でちょっとおもしろい物を見つけたので、丁度話しかけて来た相手にソレを情報共有をする。
大体の雑誌類は5ポイントから10ポイント程度が普通で、専門的な書籍とも成ると30ポイントや50ポイント程度のポイントが要求されるのだが、ソレはなんと0ポイントという破格を越えた何かだったのだ。
基本的にマーセとしての活動で稼いだポイントは1ポイント=1アメリカドルとして扱われ、日本円に換金する時にはその時のレートが参照される事に成る。
しかしポイントで物品や電子データなんかを買う時には、そうした相場変動に左右される事無く定額なので、この場で消費する物を買う時にはポイントそのままで買い物をした方がお得なのだ。
なお電子データ以外の物品を自宅に届けてもらう事も出来なくは無いが、配送料なんかが別途請求される事に成るため、割と高く付くと言う難点があったりもする。
「ん? 俺は雑誌の類は定期購入してる奴以外はあんまり読まないんだが……って、コレ雑誌じゃなくてパンフレットじゃん! しかも……え? マジで!? コレ俺聞いて無いぞ? でもこんなのが配布されてるなら本当なんだよな!」
シンから共有を受けた電子書籍は、軍曹が言う通りの無料パンフレットの類で有り、その表紙には【ポイントを貯めて宇宙へ上がろう! セブンス・ムーン観光案内】なんて文言が踊っていたのだ。
地球人が宇宙を目指すと成ると、基本的にNASAやJAXS等の宇宙開発機関に身を置いて宇宙飛行士に成る他に方法は無い。
一応はアホ見たいな高い金を積み上げる事で宇宙旅行が出来る……と言う様な旅行プランも存在するらしいが、宇宙にホテルや観光地が有る訳でも無く、快適な宇宙の旅と言う訳には行かない物だと言う。
そんな中で地球人が築いた物では無いとは言え、間違い無く宇宙空間に存在する銀河連邦のコロニー【セブンス・ムーン】へと観光旅行が出来る可能性が有ると成れば、ソレは夢のある話と言える。
「おーい! お前等もちょっとコレ見てみろよ! すげーぞ!」
シンから共有されたそのパンフレットの情報を早速ダウンロードしたらしい軍曹は、戦場で見せた野獣の笑みとは違う、朗らかな笑みを浮かべながらジョッキを片手に他の面々の方へとその情報を拡散していく。
そんな姿を横目にシンもダウンロードを終えたそのパンフレットを開いて見た。
セブンスムーンはその名の通り、月の公転軌道上に等間隔に並んだ七つのコロニーで、地球上からは空に月が常に浮かんでいる様に見える事から、その様な名前が付けられたらしい。
ファーストからセブンスまでの7つのコロニーはそれぞれが独立した目的を持って運営されて居るとの事で、農業と酪農が行われているファースト、地球向けに出荷する工業製品の生産と管理を行うセカンド……と言う感じで完全な分業制に成っていると言う。
その観光案内に拠れば、行政と軍事を司るセブンス以外の6基のコロニーに関しては、観光客の受け入れを想定した見学プランなんかも用意されいるらしく、かなりのポイントが必要と成る物の節約して貯めればいつかは行けなくも無いと言う感じである。
……まぁ今日の1ドル=150円と言うレートから換算すると、一番安いファーストの作物食べ放題プランですら6500ポイントで975000円と、ほとんど100万円に近い額面が必要に成るが。
とりあえず他にも幾つか無料でダウンロード出来るパンフレットの類を見つけたので、シンは好奇心が赴くままにソレ等をチップでは無く自宅用の端末へとダウンロードし、ソレから改めて購入する書籍を吟味するのだった。




