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姫で人見知りだけど幼女じゃないから恋だってできるのじゃ!  作者: 粟吹一夢
第四部 かけがえのない人、かけがえのない想い
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第五十五帖 姫様、デートをする!(二回目 with秋土)

 真夜まやが先に家を出た後、日和ひよりは自分で着替えを済ますと、伊与いよの部屋に行った。

 今日の日和ひよりは、ピンクのブラウスにライトブラウンのカーデガン、ブラウン系チェック柄のミニスカートにブラウンのタイツという出で立ちであった。

「お婆様、行ってまいります」

 部屋の奥で座布団に座っている伊与いよの前で、日和ひよりは深々と三つ指を着いた。

日和ひよりよ」

「はい」

 顔を上げた日和ひより伊与いよが嬉しそうであるがゲスっぽい顔をした。

「今夜は無理して帰って来なくても良いぞ」

「はい?」

「儂も早くひ孫を見たいでな」

「……何をおっしゃているのか分かりませぬ」



 縮地術の扉がある公園まで来ると、秋土あきとが待っていた。

 秋土あきとは、シャツの上に裏地が赤のチェック柄のライトグレーのパーカー、ズボンはカーキ色のワークパンツで折り返した裾にも赤のチェック柄、そして黒のスニーカーという、いかにも男子高校生というファッションを身にまとっていた。

「おはようなのじゃ、秋土あきとさん!」

「おはよう、日和ひよりちゃん! 今日の服も可愛いね!」

「ありがとうなのじゃ」

「じゃあ、行こうか?」

 秋土あきと日和ひよりに右手を差し出した。

 日和ひよりは少しだけ躊躇ちゅうちょしたが、すぐに手を繋いだ。

「第一関門突破だ!」

 秋土あきとが少し照れながら笑った。

 そして、公園から出て、学校の方向に向けて歩き出した。

秋土あきとさん、今日はどこに行くのじゃ?」

「今日はね、テニスをしようかと思ってるんだ」

「テ、テニス?」

「うん」

秋土あきとさんの気持ちは嬉しいが、わらわはしたこともないし、たぶん、できないと思うのじゃ」

「僕の好きなテニスを日和ひよりちゃんも好きになってもらいたいと思って。だから、一度で良いから、日和ひよりちゃんにもテニスを経験してもらいたいんだ」

「一度で言良いから?」

「うん。趣味は人それぞれだし、いくら恋人同士だって、お互いの趣味を相手に押し付けることはすべきじゃないって思ってる。でも、テニスでも何でも、したこともないのに『やらない』って言うべきじゃないと思うんだ」

「それはそうじゃの」

「だから、日和ひよりちゃんも一度で良いからテニスを経験してもらって、無理だと思えばやらなければ良いし、やらないからって、僕が日和ひよりちゃんのことを嫌いになったりしない。でも、可能性があるのなら試してみないとね」

「わ、分かったのじゃ」

「ちなみに、次のデートのチャンスをもらえるのなら、その時のメニューも既に考えているんだ」

「そ、そうなのか?」

「次は、日和ひよりちゃんが好きなことを僕がやってみようと思ってる。裁縫でもビーズ造りでも何でもやるよ!」

秋土あきとさんが手芸を?」

「似合わないかな?」

「そ、そんなことはないのじゃ! 手芸好きの男の子も、もっと増えても良いと思うのじゃ」

「うん。僕もいろんな経験をして、自分の世界を広げてみたいって思うんだ。ひょっとしたらテニスよりも夢中になる何かを見つけられるかもしれないしね」

 何事にも積極的で前向きな秋土あきとならではであった。



 日和ひよりは、秋土あきとが昔よく通っていたというテニスクラブにやって来た。

 そこは室内コート三面と屋外コート五面を有し、ナイター設備も完備している会員制のクラブであった。

「うちは家族でここの会員になっててさ。僕も小さな頃から親と一緒にここに通っていたから、自然とテニスが好きになったんだ」

秋土あきとさんの家族はみんな、スポーツ好きなんじゃな?」

「そうだね。父親と母親は、今はゴルフに行くことが多くなっているけど、兄貴は、まだ、ここによく通っているんだよ。僕は学校のテニス部で練習してるから、ここには滅多に来なくなっちゃったけどね」

 玄関を入ると、ホテルのロビーのような受付カウンターがあり、秋土あきとは予約をしていたようで、すぐに手続が済んだ。

秋土あきとさん、今、気づいたんじゃが」

「何?」

「わらわは何も用意しておらぬのじゃ。この格好では、さすがにテニスはできないじゃろう?」

「心配しなくて大丈夫だよ。ここは『手ぶらで仕事帰りにテニス!』がキャッチフレーズのクラブでさ。ウェアも靴もラケットも全部レンタルできるよ」

「そうなんじゃ」

「それじゃあ、日和ひよりちゃんは、あそこのレンタルカウンターでウェアとシューズを借りてくれる? ラケットとかボールは僕が借りるから」

「分かったのじゃ」

 秋土あきとは、日和ひよりをカウンターまで案内すると、日和ひよりのサイズを聞く訳にいかないからと、すぐに日和ひよりの側を離れた。

 日和ひよりがカウンターの中にいた女性従業員に自分のサイズを告げると、従業員がすぐにウェアとシューズを持って来て、更衣室に案内してくれた。

 テニスウェアということでスコートを想像していたが、クラブ名の入ったスウェット生地の長袖シャツにハーフパンツというトレーニングウェアであった。

 日和ひよりが着替えて、更衣室から出ると、同じデザインのウェアとシューズ姿の秋土あきとが、スーパーマーケットで使われている籠を持って、ドアの前で待っていた。

 籠の中には、たくさんのテニスボールとラケットが二つ入っていた。

「お待たせなのじゃ」

「僕も今、着替え終わったばかりだよ」

 そう言って優しい笑顔を見せると、秋土あきとは、先に立って室内コートに歩いて行った。

「外は寒いかも知れないから室内にしたんだ」

 秋土あきとは、三面並んであるコートの奥のコートまで行き、籠をベンチに置くと、ラケットの一つを日和ひよりに渡した。

「じゃあ、スイングの基本からやってみようか」

「よろしくお願いするのじゃ」

 日和ひよりは向かい合って立った秋土あきとの真似をしながら、フォアハンドとバックハンドの素振りをやってみた。

「もっと腕を伸ばしてみて」

「こ、こうじゃろうか?」

「そうそう! 今度は、もうちょっと後ろから振ってみよう!」

「こ、こうか?」

「うん! 良いよ」

 五分ほど素振りをすると、それだけで汗が出て来た。

日和ひよりちゃん、良いよ。素質がありそうだよ」

「そうじゃろうか? 基本的に運動は苦手なのじゃが」

「運動と言っても、いろんなバリエーションがあるでしょ? 瞬発力が必要とされるものもあれば、持久力を必要とするものもある。一流のテニスプレイヤーが一流の野球選手ではないことと一緒で、運動が苦手だからテニスも下手だとは限らないよ」

「そう言われると、何かそんな気になってきたのじゃ」

「そんな気になってもらったら嬉しいけどね」

 秋土あきとが嬉しいと思ってくれることが嬉しいと感じる自分に、日和ひよりは気がついた。

「次は、実際にボールを打ってみよう」

 ネット近くに立った日和ひより秋土あきとがボールをトスして、ネットを狙って日和ひよりがラケットを振ったが、ボールに当たらなかった。

日和ひよりちゃん、焦らなくても良いから、じっくりとボールを見てみて」

「うん」

 日和ひよりは、秋土あきとがゆっくりとトスしてくれるボールに神経を集中させた。ボールを打つ瞬間には、顔が前向いてしまっていたのが、ボールを最後まで見るようにしたのが奏功したのか、ボールがラケットに当たってネットを揺らした。

「当たったのじゃ!」

「うん! その調子でいってみよう!」

 その後は簡単にボールを打つことができるようになった。

「できるようになったね」

 籠の中のボールを全部打ち終えた日和ひよりに、秋土あきとが笑顔で言った。

「うん! ありがとうなのじゃ、秋土あきとさん」

 日和ひよりは、今までできなかったことができるようになったことが純粋に嬉しかった。

「じゃあ、もう一回やってみよう」

 そう言うと、秋土あきとは、コート中に散らばっているボールを集め出した。

秋土あきとさん、わららも集めるのじゃ」

「姫様にやってもらうのは申し訳ないからね」

「わらわは、テニスの姫ではないのじゃ」

「はははは、分かった。それじゃあ、お願い」

 秋土あきとは、ラケットのガットの上に複数のボールを器用に乗せて、籠の中に放り込んでいた。

 日和ひよりは、そんな器用なことができる訳はなく、一つ一つボールを手で拾って集めた。

 日和ひよりが、拾ったボールを両手で挟み込むようにして持ち、籠に入れようとしたが、ボールが一つこぼれ落ちて、転がっていった。

 持っていた残り二個のボールを籠に入れた日和ひよりは、急いでそのボールを追い掛けた。しかし、秋土あきともそのボールを追い掛けていて、二人ともボールに注意が向いて、お互いが見えてなかった。

 日和ひよりが気づいた時には、目の前に秋土あきとがいて、すぐに止まれなかった日和ひよりは、秋土あきとにぶつかり、後ろ向きに弾き飛ばされた。

 秋土あきとが咄嗟に、日和ひよりの右手首を握って、自分の方に引き寄せてくれたが、勢い余って、日和ひより秋土あきとの胸に飛び込んで行ってしまった。

 気がついた時、日和ひより秋土あきとに抱きしめられている体勢になっていた。

 秋土あきとの胸に顔を埋めた格好のまま、何が起きたのか分からなかった日和ひよりが顔を上げると、秋土あきとも呆然とした顔で日和ひよりを見ていた。

「あっ! ご、ごめん!」

 先に状況を把握した秋土あきとが焦って、日和ひよりの体を離した。

「えっと……、わらわもすまぬのじゃ」

 秋土あきとに先に謝られて、やっと我に返った日和ひよりも顔を赤くしながら頭を下げた。

「いや、僕が悪いよ。少なくとも、僕が日和ひよりちゃんのことを、ずっと気をつけて見てあげないといけなかったのに、それをしてなかったんだから」

秋土あきとさんは悪くないのじゃ! わらわが落としたボールを秋土あきとさんは拾ってくれようとしただけじゃ」

「ううん。テニスは初めての日和ひよりちゃんが危なくないように気をつけるべきだったんだ」

秋土あきとさんは、また自分の責任を大きくしようとしておるぞ」

「テニス部の部長としての責任より重大だよ。何て言ったって、日和ひよりちゃんは卑弥埜ひみのの姫様で、何かあったら取り返しがつかないんだから」

「いや、じゃから……」

 日和ひよりが、また反論をしようとしたが、すぐに反論が浮かばず、気がつくと秋土あきとと顔を突き合わせていた。

「……ぷっ! はははは」

「ふふふふ」

 しばらく見つめ合っていた日和ひより秋土あきとは、何だか、おかしくなってしまい、二人して吹き出してしまった。

秋土あきとさんは本当にぶれないのう」

日和ひよりちゃんだって」

 笑いが収まると、秋土あきとは、再度、日和ひよりに頭を下げた。

「でも、アクシデントだったとしても、日和ひよりちゃんを抱きしめてしまったのは事実だから、それについては、ちゃんと謝るよ。ごめんね」

「それも良いのじゃ。本当に不可抗力だったのじゃから」

「でも、内心、ラッキーって思ってるんだよね」

「えっ?」

「僕だって男なんだからさ。あの一瞬の間にいろいろと考えちゃった。日和ひよりちゃんって本当に小っちゃいんだなとか、良い匂いだなとか」

「そ、そんなことを?」

「軽蔑する?」

「……ううん。正直者の秋土あきとさんらしいのじゃ」

 秋土あきとは、照れて後頭部をポリポリとかいていた。

「でも、わざとするのは許さないのじゃ」

「しない! 絶対しないから!」

 秋土あきとの慌て具合を可愛いと思った日和ひよりであった。

「ふふふふ、じゃあ、秋土あきとさん、続きをしようぞ」

「うん! 分かった」



 今度は、自分でトスしたボールをアンダーハンドでラケットに当てる練習をした。

 これも最初は、ボールに当たらなかったり、当たっても明後日の方向にボールが飛んで行ってしまったが、何回かしていると前に向けて飛ぶようになり、最後には、ちゃんとネットを超えて、相手のコートに入るようになった。

「それじゃあ、打ち合ってみようか?」

「い、いきなり?」

「大丈夫! ちゃんと日和ひよりちゃんが打ちやすいところに返すから」

 日和ひよりがネットを挟んで反対側にいる秋土あきとに、アンダーハンドで山なりにボールを打つと、秋土あきとはすぐにボールの近くに駆け寄り、日和が打ちやすい位置に山なりのボールを打ち返してくれた。

 最初は何度も空振りをしたが、しばらくすると、日和ひよりもボールを打ち返せるようになってきた。

 秋土あきとに向けて打ち返すことまではできなかったが、秋土あきとが素早くボールの落下地点まで移動して、優しいボールを打ち返してくれた。そうしているうちに、日和ひよりも次第に秋土あきとに向けてボールを打ち返せるようになり、山なりボールであったが、三、四往復ほどのラリーもできるようになった。

「ちょっと休憩しよう!」

 日和ひよりは、秋土あきとが勧めたベンチに座った。

「飲み物を買ってくるよ。スポーツドリンクで良い?」

「うん」

 ベンチに座った日和ひよりが汗を拭いていると、秋土あきとがスポーツドリンクのペットボトルを二つ持ってきてくれた。

「ありがとうなのじゃ、秋土あきとさん」

「どういたしまして」

 二人は並んで座り、スポーツドリンクを飲んだ。

「美味しいのじゃ! スポーツドリンクがこんなに美味しいと感じたのは初めてなのじゃ」

「汗をかいたからね。でも、日和ひよりちゃん、お世辞抜きで本当に筋が良いよ。今日中には普通にラリーができるようになりそうだ」

「本当か? 自分でも不思議じゃ」

「テニスをやってみてどうだった?」

「やっぱりできるようになると面白いのじゃ」

「そう思ってくれるだけで、今日、日和ひよりちゃんをここに案内した甲斐があったというものだよ」

 秋土あきとが、ほっと安心していることが見て取れた。

秋土あきとさんが一生懸命教えてくれるから、わらわも頑張れたのじゃ」

 教えたことを日和ひよりができるようになると、秋土あきとは本当に嬉しそうな顔をした。だから、頑張ることができた。

 でも、そのことは照れくさくて、秋土あきとには言えなかった。

日和ひよりちゃん」

 日和ひよりが隣の秋土あきとを見ると、秋土あきと日和ひよりの顔を覗き込むように見ていた。

「実はさ、今日の日和ひよりちゃんとのデートがすごく楽しみで、昨日、ちょっと寝付けなかったんだ」

秋土あきとさんも?」

「えっ! と言うことは日和ひよりちゃんも?」

「えっと、……うん」

「それはそれで何か嬉しいな」

 秋土あきとの満面の笑みが眩しくて、日和ひより秋土あきとから視線をはずして前を向いた。

「その眠れなかった時、いろいろと考えていて、僕は日和ひよりちゃんのことを、いつから好きになったんだろうって思ったんだ」

 秋土あきとも前を向いて話した。

日和ひよりちゃんが転校してきて初めて会った時、小っちゃくて可愛い子だなって思った。卑弥埜ひみのの姫様だと聞いて、ちょっと興味が湧いた。それから、毎日、教室で話していて、日和ひよりちゃんが、姫様なのに飾らなくて気さくで、優しくて、純粋な人だと分かった。それから、ひょっとして、僕は日和ひよりちゃんのことが好きなのかもって思ったのは、僕の怪我を太陽の神術で夜通し治してくれた時なんだ。あの時、何て思いやりがあって素敵な人だろうと思ったんだ」

「あ、秋土あきとさん、誉めすぎじゃ」

「僕はそう思わないよ。全然、誉め足りない。練習試合に負けてヘタレていた僕を叱ってくれた時は、男子の言いなりになる女の子じゃなくて、ちゃんと自分の考えも持っている人だと分かった。日和ひよりちゃんと一緒にいると、自分も人間として一緒に成長していける気がするんだ」

秋土あきとさんこそ、人の前に立ってどんどんと引っ張っていけるし、正義の味方だし、秋土あきとさんと一緒にいると、わらわも本当に勉強させられるのじゃ」

「ありがとう。日和ひよりちゃんにそう言ってもらえると本当に嬉しいよ。そうやってお互いに刺激しあい、お互いの足りないところを助け合える、そんなカップルになりたいな」

「そうじゃな」

 と肯定しておいて、日和ひよりは、秋土あきととカップルになることを承諾したと勘違いされたと思ってしまった。

「あ、あの、秋土あきとさんとカップルになると、きっと、そうなるんじゃろうな」

 すぐに言い直した日和ひよりに、一瞬だけ残念そうな顔を見せた秋土あきともすぐに笑顔になった。

「そうなるよ! 絶対に!」

 自分に言い聞かせるように、秋土あきとが力を込めた。

「じゃあ、続きをやろうか?」

 秋土あきとが差し出した手を握った日和ひよりは、秋土あきとを見つめながらコートに出て行った。

 

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