2. いいなと思う人がいない
エディの妹、マリアーヌ姫の誕生会にて。
まずは第一騎士団副団長。
「弟君が先日視察にいらしてくださいましたよ」
「ええ、聞きました。お世話になりました。とても皆さまには及びませんが、弟も体を鍛えているのです。色々教えてやってください」
「ええもちろん。今度は稽古も。妻が事務をしておりますので、武具を調整させましょう。またぜひいらしてください」
しまった、既婚であった。
次に辺境伯次男。
「気温が上がらないことが続いたので、ここ二年は例年に比べて不作でして。ブラームス領はいかがです?」
「我が領地も農作物については同じです。ただその分、水産業は良かったですわ」
「なに、それは詳しく聞かせてもらえませんか。実は現状何とかしたいと考えていて……」
仕事の話に食いつかれてしまい、全く個人的な話に至らない。
あちらは伯爵家分家の長男、未婚、婚約者なし──、と見つめていたら、本人が寄ってきた。
「失礼、お飲み物でもお持ちしましょうか? 私はウィルといいます」
「ありがとうございます。クラウディア・ブラームスです、赤ワインを?」
「ギョッ! お、お持ちします!」
クラウディアが名乗った途端におかしいものでも見たように慌てふためいた男は、すぐさまその場を離れた。
ギョッて声に出ることあるんだ……とため息をつく。
持ってきてもらった赤ワインに口をつけながら、クラウディアは会場にいる異性を物色した。
今日までも様々な社交会に出てきたが、さっぱり。今夜はほとんどの上位貴族が出席するだろうからと期待していたのに。
あらためて周囲を見ると、本当に相手のいない独身男性がいない。参加者の半分は男性で、その半分は既婚。さらに半分は婚約者か恋人がおり、残りはわずか。
しかも数少ない未婚男性と話そうとするも、先ほどのように仕事の話か、慄かれて避けられるばかり。
実家のごたごたで社交界から離れていたクラウディアは、その名のわりに顔は知られていない。
相手から避けられるのは侯爵家ということもあろうが、エディに指摘されたように不名誉な異名のせいもあるのだろう。
適齢期の未婚者が少ないのは男性だけではなく女性も同様で、クラウディアは自分がまぎれもなく嫁き遅れであることを実感した。
もはや手遅れなのではないか。あとは妻を亡くした老齢男性の元へ後妻として嫁ぐしかないのでは。
想像して、もうそれでもいいかと乾いた笑いが漏れる。
そうだ。結婚なんぞただの契約である。
自分の両親だって、父親はぽんこつで母親は離縁して実家に帰ってしまっている。
とても良好な夫婦とは言えなかったが、貴族社会の中では恋人同士のような関係性の方が珍しいだろう。
貴族令嬢とはいえ、もはや相手を選べるような立場にはないのかもしれない。
もう、よほどの異常者だったり、犯罪者でなければ、相手が誰でもいいのではないか──。
「クラウディアお姉さま」
幸せな人々へ焦点を合わせずにぼんやりしていると、今夜の主役が声をかけてきた。
エディの妹であるマリアーヌはクラウディアを慕い、幼い頃から実の姉のように呼んでくれている。
兄と同じ黒髪に花を散らし、細かいレースの可憐なドレス姿はまるで妖精のようだ。
「マリアーヌ殿下、本日はお誕生日おめでとうございます」
「お姉さま、堅苦しい挨拶はよろしいですわ。素敵な紳士との出会いをお探しと伺いました」
「あなたのお兄さまは口が軽すぎる」
くすくすと鈴の鳴るような声で笑ったマリアーヌは、うっとりとクラウディアを見つめた。
「お姉さまは素敵な方ですから、すぐにお相手が見つかりますよ」
「そもそも未婚者がほとんどいないの」
「そんなことないんじゃありませんか? ほら、あの中ではどの方がお好みです?」
マリアーヌが指差した方を見ると、確かに独身男性が五、六人集まっていた。その中にはエディもいる。
珍しいことだ。
彼は王太子という立場上、こういった場では挨拶を受けるだけで、自分から固定の集団に入っていくことはない。だが、今は他の同年代の男性たちと何やら談笑している。
誰が好みかと問われ、クラウディアは彼らをじぃっと見つめた。
エディは除くとして、誰がいいだろう──?
「んーー……??」
あの人は見た目は悪くないけど、お酒を飲みすぎ。ふらついている。公の場でよく飲む人は自宅ではもっと飲む。
その隣の人はちょっと清潔感に欠ける。服のサイズも合っていないし、しわしわだ。
その向かいはやたらと声が大きくて、他の人への口調が乱暴すぎる──。
一通り眺めて、ふと、自分の思考に驚いた。
つい先ほどまで「誰でもいい」と思っていたのに、そうではない。いざ誰がいいかを考えてみると、誰もよくないような気がしてくる。
恋人同士のような夫婦が大多数ではない現状を理解しているのに、それでも出来るだけ良好な夫婦関係を築ける相手を無意識に望んでいる。
そのことに気付き、クラウディアはなんだか恥ずかしい気持ちになった。
もしかして、自分はとんでもなく理想が高く、注文の多い人間なのではないか。
考え込んでいたクラウディアだが、二人に気付いたエディがその輪を離れてやって来た。
「クラウディア、あいつらはダメ」
「え、なにが?」
「婚約者候補だよ、探ってきたんだ」
「えっ!」
どうやら、先日の話の中で婚活に協力してくれると言っていたのを実行してくれていたらしい。珍しく独身男性たちの輪に入っていると思ったら、クラウディアのためだった。
しかしながらその結果は芳しくなかったようで、エディは舌打ちをして髪をかき上げた。
「独身者だけど、クラウディアの相手にはならないな」
「そうなの?」
「そう、全然無理。候補にもならない。ゴミだ」
「ゴミ……」
「ね、お姉さま。あの中には該当者がいなかったかもしれないけれど、どんな方がいいですか?」
先ほどと同じ質問を投げかけられ、改めて考える。
どんな男性がいいか、だと答えが得られないように思えて、自分の要望を心の奥から探り出す。
自分が捨てたくないものは、何か。
「……実家のことで苦労したけれども、今後もキースの助けにはなりたいので、わたしの背景や過去を否定しない人がいい。考え事を相談できる相手だと、とても嬉しい。それから……、『壊し屋』などと言ってわたしを貶めない人がいい」
「わかった」
間髪を容れずにエディに答えられたので驚いた。
が、いま自分が出した希望の細かさと難易度の高さに自分でもうんざりする。
「無理よ。そもそも国内に独身者がほとんどいないことが今日分かったわ。もうわたしは出来るだけ弟夫婦の邪魔にならないように生きるしか道はない」
「国内には、ね」
「どういうこと?」
エディが穏やかに微笑む。
「近いうちに隣国の皇子兄弟が外遊にやってくるんだ。皇太子は婚約しているけど、弟は未婚だ」
「皇太子の弟?」
「ああ、何度か会ったことがある。優秀だし落ち着いた男だよ。歳も僕たちと変わらない。交流を設けるから来るといい」
国内では相手はいないかもしれないけれど、国外なら。クラウディアの異名も知らないだろう。
それに、エディがいい人だというのなら信用できる。
「わかったわ、行く」
「とびっきりおめかししておいで」
クラウディアは力強く頷いた。




