9、不仲は変わらずとも、異変は続く
護と月美が喧嘩を始めてから二日が経過した。
いや、まだ二日しか経っていないというのに、その短い時間で教室に漂う瘴気はその濃さを増している。
体調不良を起こしかねない濃さにまでなれば、自己防衛の意味を兼ねて、いやむしろ、そちらを本命に護が瘴気を祓っていた。
だが、それでも日に何度も行わなければならないほどの濃さになっている。
そんな事態に陥っているというのに、護は依然として本格的に動くつもりがまったくないらしく、月美との不仲が継続していた。
もっとも、互いに互いを想う心ががなくなったというわけではないらしい。
現に。
「なぁ、風森さん」
「今度、俺らとどっかに……」
「お断りよ」
「えぇ~?けど、土御門と喧嘩中なんだろ?だったらさぁ……」
「お断りと言ったらお断り。わたしは護がいなかったら男子と一緒に行動しないことにしてるの」
それに、と月美は言い寄ってくる男子たちの背後に視線を向ける。
男子たちもつられて、その視線の先へと目を向けた。
そこには、にっこり、とまるで菩薩のような笑みを浮かべている護の姿が。
だが、男子たちは、顔は笑っているけれど目は笑っていないということと、その背後にゆらゆらと漂っている気配に気づいていた。
『これ以上、月美にしつこくつきまとってみろ?お前らの玉、むしり取るぞ?』
そう言っているように思えてならない。
その笑顔と、無言の凄みに怯み、男子たちはそそくさとその場を立ち去っていった。
半ば、恒例と言えば恒例になっている一部始終を見ていた明美と清は、呆れた、と言わんばかりのため息をつく。
「まったく……あれで喧嘩してるんだから、ほんっとわかんねぇ」
「まったくよねぇ……まぁ、月美のあれは平常運転だけど、最近じゃ、土御門の悪口を聞いただけで不機嫌になることもあるのよ?」
「……まじ?」
あまり女子のことについては知らない清は、明美のその言葉に目を丸くした。
「まじもまじ」
「……なぁ?あいつら、喧嘩してるんだよな??」
真剣な表情でうなずいている明美を見て、清は確認の意味も込めて問いかけた。
その問いかけに、何度も言わせるな、と言いたそうに明美はため息をつく。
そのため息につられるようにして、清もため息をついた。
そして、二人が思うことはただ一つ。
「「さっさと仲直りすりゃいいのに……」」
もっともなことなのだが、それは当人たちも、できることならさっさとそうしたい、と思っていること。
だが、互いの術者としての在り方の違いが、それを許してくれない。
とはいえ、この状態はいつまでも続いてほしくはないため。
――きっかけがあれば、この状態からさっさと抜け出せるんだけど……
――それがなかなかつかめないから、こんな状態になってるんだよねぇ……
二人とも期せずして同じことを考えていた。
もっとも、この時の二人は、互いの仲違いを解消するためのきっかけが、自分から歩み寄ってきていたことにまったく気づかなかったのだが。
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その日の夜。
護は翼に呼び出され、彼の書斎にいた。
「護。お前に一つ、仕事を頼みたい」
「構いませんが、内容は?」
「安心しろ。呪殺でも、ましてや、人間の勝手な都合に振り回されている妖を退治することでもない」
翼のその返答からわかるように、護は例え、翼から回されてきた仕事だとしても、好き嫌いをする傾向がある。
呪殺はもとより、よくよく話を聞けば、十割がた人間側に問題がある依頼には絶対に手を出さない。
まして、アフターケアのような妖退治は言語道断だ。
もっとも、翼はそれをわかって護が断る可能性がほぼない仕事を回してくるのだが。
閑話休題。
「寄せられてきた依頼は、お前と姫が通っている学校にはびこっている瘴気の件だ」
「ついに、保護者の誰かから調査局あたりに依頼が回ってきましたか?」
「いや、保護者ではなく、理事長からの依頼のようだ。まぁ、そこはどうでもいいだろう」
本当にどうでもいいと思っているのか、翼はさっさと本題に入った。
寄せられてきた依頼の内容は、最近、学校では体調不良を訴える生徒や教師が増えている。
その原因を解明し、その原因を排除してほしい、というものだった。
「……排除、ですか」
「あぁ。排除だ」
「たとえそれが、遊びで行われた何かしらの魔術的、霊術的な儀式の結果であっても、ですか?」
「……そうだ」
護の問いかけに、翼はうなずいた。
その返答は、最悪の場合は術者を殺しても構わない、ということでもある。
家族と月美、分家を含めた土御門家の人間や風森家の人間、そして、月美が出雲にいた頃の友人や明美。
ついでに清と担任の月御門以外の人間は、はっきり言って、どうでもいいと感じている。
だが、先祖代々で受け継ぎ、研究し、磨き、開発してきた術の数々を殺しの道具にすることを許容するほど人でなしではない。
だが、それでもやはり。
「……気に入らねぇ」
「そう言うな。土御門家を継ぐならば、いずれは通らなければならない道だ」
半眼になり、珍しく不快感をあらわにしながら呟く護に、翼はため息をついてたしなめた。
陰陽師とは、即ち、陰と陽の両極を司る存在。
酸いも甘いも嚙み分け、受け入れ、自身のうちに昇華していかなければやっていくことなどできない。
護もそれはわかっている。
だからこそ。
「わかっています。その依頼、引き受けます」
例え、どのような結果になるとしても、引き受ける覚悟はできていた。




