25、気の休まらない昼休み
狼男の襲撃があった翌日。
あれから狼男に追跡され、再び襲撃されるというあまり嬉しくないイベントはなかった。
逃げるときに匂いを消したことが功を奏したのか、それとも、気配を隠して奇襲の機会をうかがっているのか。
いずれにしても、相手を撒くことはできたが、油断はできないため、護は襲撃に備えて気を張っていた。
だが、そんなことは関係なしに接してくる人間が約二名。
「お~っす!親友~っ!!……と嫁さん」
「おはよう、月美!土御門も!」
「……おはよ」
「おはよう、二人とも……って、いい加減、その呼び方やめて」
普段通りの表情と声色で返した護に対し、月美は明美には笑顔をむけたのだが、清には冷たい視線を叩きつけている。
大多数の同級生男子ならば、その態度にひるみあがってそのまま立ち去るが、清にはまったく通用しなかったらしい。
護が振り返るまで声をかけ続けるだけの根気強さ、もとい、ふてぶてしさは伊達ではない。
「え?なんでだよ?実際問題、護の彼女だろ?お前」
「そ……そりゃ、そうだけど……」
清からの的確なツッコミに、月美は顔を赤くしてしどろもどろになる。
月美のその様子に清は、答えてみたらどうだと言わんばかりのニヤニヤ顔を浮かべている。
恥ずかしさからか何も言葉を返すことのできない月美に、明美はため息をつく。
「月美、諦めな……勘解由小路のウザさはもう誰にも止められないから」
「……助けようって気概はないのね……」
隣にいる明美からの言葉に、月美はこれ以上、このことについて清に突っ込むことをやめることにした。
――そういえば、護はなんで助け舟出してくれなかったのよ……
いつもならば、助け舟を出してくれるはずの護が何もしないことに疑問を覚え、護がいる場所へ視線を向けた。
だがそこに護の姿はない。
どうやら明美が現れたあたりからその場を立ち去っていたようだ。
――ま、ま……護の薄情者ぉっ‼︎
自分を置いてさっさと逃げていった護に若干の苛立ちを覚えた月美は、教室に到着するなり、まっすぐ護に集中攻撃を加え、へそを曲げてしまった。
珍しく損なってしまった月美の機嫌は、昼休みになってようやく直り、今は二人並んで屋上で弁当を食べている。
なお、護も月美も雪美お手製の弁当なのだが、中身は若干、違う。
そのあたりは、弁当の作成者である雪美のこだわりが反映されているようだ。
もっとも特に文句はないし、要求もないため、護も月美も弁当を楽しんでいた。
「月美のお弁当、おいしそう……」
「よかったら、一つどう?」
「いいのっ?!」
なお、屋上にいるのは何も月美と護の二人だけではない。
『月美の友達』と自他ともに認めている明美と、認めた覚えはないのに『護の親友』を自称する清も一緒にいた。
月美と明美がにぎやかに食事をしている一方で、護はただただ黙々と弁当をつついていたが、無心というわけでも月美と明美の様子に耳を傾けていたわけでもない。
周囲に気を配り、自分たちにまとわりついている気配がないかどうか、出来る範囲で探っている。
――今の所、周囲を見張らせている白桜たちから連絡はなしか
さらに広い範囲を感知するため、使鬼である五色狐たちを周囲に飛ばし、彼らと感覚と共有している。
それもこれも、いつ襲撃してくるかわからない狼男に対抗するためだ。
だが、頭の中に流れてくる五種類の映像や音を仕分けるだけでなく、自分の周辺に気を配るという離れ業は、護にも相当な負担がかかる。
いつもしつこく話しかけてくる清のことを無視するだけでなく。
「でね……護?どうかした??」
「ん?どうしたの、土御門?なんかあった??」
明美と月美の呼びかけにすら、反応することができないほどだ。
さすがにおかしいと感じ、月美は護の目の前に移動し、手を振ったり、頬をつついたりして反応があるかどうかを確認する。
だが、反応を見せてこない。
そのうち、護が正常であるかどうかの確認から、いたずらすることへと目的が変化し、護の頬をつまみ、ゆっくりと伸ばしたり縮めたりし始める。
最後には両手で護の顔を包み、少し力を入れてその顔を潰す。
その結果出来上がった護の奇妙な顔に、一同は思わず大笑いしそうになる。
だが、その声でいたずらされている本人の意識が戻ってくるのは、もったいない気がしてきた。
全員がそう感じたのか、どうにか笑いをこらえていたが。
「……おい」
どすの効いた声が目の前から聞こえてきた。
ぎぎぎ、と音が聞こえそうなほどゆっくりと、全員が視線を護に向ける。
そこにはつぶれた顔のままではあったが、背後から暗雲をたたえ、ぎらりとした瞳を向けていた。
「俺の顔でいたずらして楽しいか?」
「「「あ、あははは……ごめんなさい」」」
「謝る前に月美。まずはその手をどけてくれ」
「あ、ごめん」
謝りながら、月美は護の顔から手を離す。
すると、護から垂れ流れていた暗雲はなりをひそめた。
この程度で護の怒りが収まるはずがない、とわかっていた清と、怒られるかもしれないと思っていた明美は、その爆発に備えて身構える。
だが、二人の予想に反して、護は何も追及してくることはなく、ほっとため息をつく。
だが、護のその怒りの矛先は目の前にいる月美にむかっていた。
「むにゅっ??!!」
妙な悲鳴が聞こえてきたので、清と明美は思わず月美のほうへ視線をむける。
そこには両手で頬を潰され、ひょっとこのような顔にさせられている月美がいた。
「ま、護?!」
「……」
「や、やめて!謝るから!!」
抗議の声をあげる月美だったが、護は終始、無言で月美の頬をむにむにといじくりまわしている。
その様子を見ながら、やっぱり怒っていたと思うと同時に、その怒りの矛先が自分たちではなく、月美に向かったことに清と明美はどこか安堵するのだった。




