43、霊剣を手にする息子に想うこと
天徳四年、村上帝の頃。
三種の神器とともに内裏で受け継がれてきた宝器である二振りの剣、『護身剣』と『破敵剣』が焼失してしまったため、安倍晴明が兄弟子である賀茂保憲とともに復元、再鋳造をしたという記録がある。
――この剣は多分、そのうちのどっちかだな……けど、なんでうちの蔵に??
鋳造を終えたのであれば、内裏に献上するため、この蔵に収められているはずがない。
だが、献上する武器というものは事前に何本か鋳造し、その中でも出来の良いものを献上するものだ。
この蔵に収められている武器は、献上されることのなかった、悪く言えばできの悪い品物ということになる。
こういったものを『数打』、あるいは『影打』と呼び、奉納されるものを『真打』と呼ぶ。
この蔵に収められている武器は、そういった影打なのだろう。
もっとも。
――まぁ、あるんだからあるんだろうし、細かいことを気にしててもしかたないな
考える時間が無駄だと判断したのか、護は目の前の剣に手を伸ばす。
柄を持ち、握りしめると初めて触れたはずのものであるにも関わらず、なぜか手になじんでいるような感覚を覚えた。
まるで、何年も使い続けてきたかのようなその感覚に、護は少しばかり困惑するが、あまり気になるものでもなかったため、その感想に蓋をする。
「これにする」
「そうか。鞘はすぐ下にかけられている。あまり時間もないから、はやく月美ちゃんのものも見繕ってあげなさい」
「ん。了解」
短く答え、再び物色を始める護の背中を見守る翼の表情は、どこか浮かないものだった。
――まさか、あの数の中からあのひと振りを選ぶとはな……やはり、引きあうものがあるのだろうか
護が選んだ一振りの剣。
それは安倍晴明が実際に打ち直し、最後の最後まで、内裏に奉納することを迷っていた二振りの片割れだ。
いわば、晴明が再鋳造した剣の中で最高傑作と言えるもので、それだけ晴明が心血を注いで作り上げたものともいえる。
――こんな状況でなければ、素直に感心してやることができるんだがな
数ある中からそのひと振りを選んだことを、翼は否定的にとらえていたわけではない。
むしろ、そのひと振りを選んだことを感心すらしていた。
だが、今現在、自分たちを取り巻いている状況が状況であるため、素直に感心することはできない。
安倍晴明の生まれ変わりと噂されるほどの霊力と、先祖返りの神狐の通力。
それらの要素が複雑に絡み合い、引き起こされたことなのだろう。
逆を言えば、それらのしがらみがあるからこそ、護はこれから先も厄介事に巻き込まれてしまうのではないか。
その果てに、親として望まない結果を導くことになりはしないかと心配していた。
――晴明様も、歴史書で見られる以上の修羅場があったに違いない。もし、護も同じ宿命を背負ってしまっているのだとしたら、今回の事件はその始まりになるのだろうか……
できることなら、平穏で安泰な道を歩んでほしい。
術者である以前に、一人の父親として、翼はそう感じていた。
放任主義というわけではないが、翼は基本的に護が自分の心に従って行動することをよしとしている。
そのため、護が自分で戦うことを選んだのならば、そのことについてとやかく言う資格は自分にはないと考えており、口出しはしないことにしていた。
だが。
――できることなら、平穏な道を歩いてほしい。親ならば、自分の子にそう願うことは当然のことではないか……
陰陽師の師として接してきては来たが、それ以前に血を分けた父親である。
できることなら危険なことはしてほしくないし、護本来の気質を歪めてしまうような物事には触れてほしくない。
まして、戦いに身を置くなど言語道断。
本当ならば、護と月美は行かせたくないし、土御門神社の守護を強制したいと思う自分がいることも事実だ。
――だが護は、私たちは陰陽師だ。いずれ、こういうことになるとわかっていたし、命の危険にさらされることだってある。それはわかっていたし、覚悟もしていたはずだ
今からでも遅くない、身を引け。
翼はこぶしを握り、その言葉が口から出てくることを抑える。
その言葉は、父親としては当然のものなのだろうが、陰陽師としての修行をつけてきた師としては、護の覚悟をないがしろにし、修行で身に着けたものを無駄にする行為だ。
口にすることなどできない。
口にしてしまえば、護との間に決定的な溝が生まれてしまう。
そうなることを望まない翼は、こらえることしかできなかった。
「うん、これにしよう……って、どうしたんだよ、父さん?」
「うん?」
「いや、握りこぶしなんか作っちゃってさ。俺、なんか変なことした?」
どうやら、月美に貸し与える武器を見繕ったらしい。
護が怪訝な顔でこちらを見ながらそう問いかけてきた。
どうやら、自分が何かをやらかしたと勘違いしているようだ。
「いや、大丈夫だ。これは私の問題だからな」
「そう?」
「あぁ。お前が気にする必要はないし、気にされてもかえってこちらが困るからな」
「なんかひどくない?その言い方」
「ひどくはない。そら、選んだのならさっさと行くぞ」
心配になり声をかけたにも関わらず、返ってきた言葉にどこか納得がいかないと言いたそうな表情を浮かべながら、護は蔵の出口へと向かっていく。
その背中を見ながら。
――無事に……そう、ただ無事に二人で帰れるよう努力するしかないな
一緒に仕事をできることに対する喜びと、戦地へ向かわせることになることに対する憤りと悲しみ。
まぜこぜになって胸中にうずまいているそれらの感情を吐き出すかのようにため息をつき、翼は護を追いかける形で蔵の外へ出ていった。
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