6、かなり危険な人形の噂
そのころ、霞が関にある調査局所有のオフィスビルの会議室では、とある人形に関する会議が行われようとしていた。
その人形は、日本がまだ「大日本帝国」と名乗っていたころに巨万の富を築いた、とある大富豪の持ち物で、その造形の美しさだけでなく、欠損部分がまったくと言っていいほどないことから、古美術品としての価値はかなり高いものとして有名だった。
だが、その人形は古美術としての価値よりも、『呪いの人形』としてのほうが有名だった。
「呪いの人形、ですか……」
「うん?お前さん、知らなかったか?」
「す、すみません……呪いの、なんてつく人形は藁人形ぐらいしか知らなかったので」
「まぁ、普通はそうだわな」
会議中、比較的若い職員のつぶやきに、先輩の職員が反応した。
若い職員が人形に『呪い』というイメージがわかないのも無理はない。
人形とはもともと、読んで字のごとく、人の形をしたものであり、人間に似せて作られたためか、人形には魂や思念が入りやすいため、呪術に用いられてきた。
その最たる例が丑の刻参りで使用される『呪いの藁人形』だろう。
一時期、丑の刻参りが横行したことがあり、その界隈だけでなく、表の世界でも少なからず有名になったこともあり、『呪いと言えば藁人形』という認識が強くなったことも要因として挙げられるだろう。
だが、古今東西の人形に関わる不気味な話を集めてみれば、藁人形ばかりが呪いに関わっているというわけではないことがわかる。
そして、今回のこの人形は、『呪いの藁人形』すらかわいく思えてしまうほどの一品だった。
なぜなら、この人形の別名は『血濡れメリー』や『人食い人形』、あるいは人形が『器』となることと『鬼』をかけてか、『食人器』という、いかにも物騒なものであるからだ。
「人形でメリーって……怪談話じゃないんですから……」
「いや知らねぇよ。名付けた奴に言ってくれ」
「けど、なんでそんな物騒な呼び名がついたんですか?」
「あぁ、それはな」
と、先輩職員が後輩に説明を始めた。
その物騒な別名がついた理由はただ一つ。
この人形の持ち主となった人間は、次々に変死を遂げているからだった。
ある者は自宅の階段から転倒し、打ち所が悪かったために。
ある者は事故が起きるような状況ではなかったにも拘わらず発生した交通事故で。
またある者は自ら首をくくって。
要因こそ様々だが、いずれも悲惨な最期を遂げている。
そして、なぜか傍らには件の人形があったそうだ。
原因が人形にあるかどうかはともかくとして、このまま放置しておくわけにもいかない。
そのため、警察庁から直々に、この人形の回収および封印の依頼が調査局によせられたことがあった。
だが、まず人形の所在を探すところから始めなければならず、回収と封印を行うことがなかなかできずにいた。
数年がかりの作業になるかもしれない、と職員全員が覚悟を決めたその時になって、調査局にある噂が飛び込んできたのだ。
その噂とは、対象の人形が都内の高校のフリーマーケットで売られることになった、というものだった。
もし、人形が売られてほかの人間の手に渡ってしまえば、購入者がどうなるかわかったものではないし、何より回収することがさらに困難になってしまう。
「なら、この機会を逃す手はないというわけですね?」
「そういうことだ。これを逃すと、今度はいつ出てくるかわからんからな」
「それはわかりますが……どこの学校なんですか?高校って一口に言いますけど、東京だけでいくつもありますよ?」
東京にある高校すべてを調査する、というのはさすがに骨が折れるどころの話ではない。
探している間に、誰かの手に渡ってしまうことを考えれば、せめてどの地域の高校なのかが分からなければ、確保は絶望的ということになる。
だが、幸いなことに、ある程度の目星はついているようだ。
「大丈夫だ。ある程度だが、目星ならついてる」
「ほんとですか?」
「あぁ。この時期にフリーマーケットをやる高校といえば、文化祭をやっている場所程度だからな。割と簡単に調べられた」
普通、高校でフリーマーケットを行うことなどない。
よほどボランティアに力を入れている学校ならばわからないでもないが、仮にそんな学校があったとしても、フリーマーケットを行うなら何かのイベントと抱き合わせで行ったり、あるいはどこか別の施設を借りて行うだろう。
そう考えて、先輩職員は近日中に文化祭を行う学校を調べていたようだ。
その中には護たちが通う月華学園があった。
「月華学園……あれ?ここってたしか、この間あいつが出た場所じゃ?」
「そう。三か月かそこら前にやつが出てきた場所だ。聞いた話じゃ、土御門さんの息子が通ってるんだと」
「へぇ……あれ?てことは、もしかしなくても、俺たち、邪魔だったり?」
「さすがにそれはないだろ。土御門さんからも言われるだろうし、そもそも学生が対応できるようなもんじゃねぇよ」
学生で見習いとはいえ、一応、仮にも、術者である人間がいるのならば、自分たちが関わらずとも解決してしまうのではないか、と若い職員は感じたようだが、先輩職員はそうは思っていないようだ。
そういわれても、やはり心配なのだろう。若い職員は、先輩職員のその様子に少しばかり焦った表情になって反論した。
「いやいやいやいや!学生ですよ?!何しでかすかわからないじゃないですか!!」
「土御門さんの息子さんに関しちゃその点は大丈夫だ。なにせ、実力は局長の娘さんと芦屋の娘さんが認めてんだからな」
先輩職員はその反論に飄々とした様子で返してきた。
局長の娘さんとは、賀茂光。芦屋の娘さんとは、芦屋満のことだ。
どちらも、高校を卒業してすぐに調査局の職員となった若手職員だが、血筋と本人の努力が相まってその実力は局内でも折り紙つきだ。
その二人に実力を認めているのだから、下手に近づくことはないだろうと判断しているのだろう。
だが、若い職員はそんな先輩の意見に納得はしたが、それでもやはり不安をぬぐうことができずにいた。




