23、ただ挨拶をしたかっただけというのは本当
挨拶に来ただけだと知り、言葉遣いを変えた成吉に安堵した護だったが、なぜか藤香も混ざって世間話が始まってしまっていることに困惑していた。
挨拶だけのつもりだったので、さほど時間はかからないだろうと踏んでいたのだが、その予想は大きく外れることとなった。
結局、友人を待たせているから、と話して解放してもらうまで、三十分近い時間を有してしまった。
「いやぁ、えらいすんませんでした。遠縁とはいえ親戚がプライベートで顔出すことってあんまあらへんので、お父ちゃんも陽気になってしまったみたいやわ」
「そ、そうなのか……あぁ、言われてみりゃうちもそうだな。大抵は仕事の依頼くらいなものだし」
「まぁ、どこも似たり寄ったりなんやろうな……ところでお兄さん、聞きたいことあんねんけど」
門まで藤香が見送ることになり、会話をしながら神社の門へと向かっていると、にやにやと、いやらしい笑みを浮かべ、藤香が問いかけてきた。
その笑みに何か不気味なものを感じながら、護が何を聞きたいのか問いかけると、とんでもない質問が飛んできた。
「あの綺麗なお姉さんたちのなかで誰狙っとるん?」
この場に月美がいないことに感謝しながら、護はギギギ、と壊れたブリキ人形のようにゆっくりと首を動かし、藤香の方へ視線を向けながら答えた。
「なぜいまそれを聞く?」
「そらうちは華の十五歳やもん。親戚の色恋沙汰の一つの二つ、知っておきたい年頃なんよ」
「……そういうことにしておこうか。どうせ同級生との話で俺のことを話題にするつもりなんだろうけど」
「あ、ばれた?」
いつだったか、噂は恋する乙女のビタミン剤、という歌が流行したが、中学生といえば、思春期の真っ盛りであり、いろいろと無責任に噂を流して楽しむような年頃だ。
藤香もそういう話の一つ二つは持っておきたいのだろう。
かといって、下手なことを言って月美の耳に入った日には、一週間は監禁されるような気がしていたため、正直に話すしか道がなかった。
「黒い長い髪の子がいただろ?」
「あ~、なんややけに強い霊力を感じたな。どっかの巫女さんなんか?」
「出雲のほうで葛葉様を祀っている社のな。その子と付き合ってる」
「ほんまか?!あんなえっらい美人さんがお兄さんの恋人なんか?!……逆に信じられひんわ」
「逆にってなんだよ、逆にって……あ、あいつの前で言うなよ?たぶん、終わる」
何が、と聞く前に、藤香も護も背中にうすら寒いものを感じ、それ以上の会話が続かなかった。
まさか自分に生霊とか憑依させるのではないだろうか、と護は思い始めていたのだが、あまり言及するつもりはないので放置することにした。
「ほ、ほな、ここで。また何かあったときは連絡してな」
「あぁ。成吉さんによろしく伝えといてくれ」
「ん、了解や。ほな、また遊びに来たら顔出してな」
道路に面している鳥居まで来ると、藤香はそう言って笑みを浮かべた。
護はその言葉に、機会があれば、と返して鳥居の外で待っていた月美たちと合流した。
「おかえり~」
「やっと戻ったか……で?あの巫女さんとどこまで進んだよ?」
「俺はお前が何を言っているのか全くわからないな」
清の下世話な発言に、護は呆れた様子で反論した。
たしかに、藤香は月美には負けるが美少女に分類されるほど顔立ちが整っている。だが、だからといって月美以外に手を出すつもりはないし、そもそも藤香は遠縁とはいえ血縁者だ。
昨今流行している異世界を舞台にした物語に出てくる、遠縁の血縁者に手を出すような輩になったつもりはない。
それはわかっているのだろうが、嫉妬心というのはやはり芽生えてくるもので、月美は光が消えた瞳を護に向け、微笑みを浮かべながら問いかけてきた。
「……へぇ?護、挨拶だけって言ってたよね?もしかして、そういう挨拶なのかな?」
「違うっての……おいこら、勘解由小路、お前のせいで話がややこしくなっちまったじゃねぇか」
「あ……わ、悪ぃ……って、なんで苗字で呼ぶんだよ?!」
「はい?そりゃ俺とあんたが他人だからだろ?」
なかなか収まらない月美の怒りのスイッチを押してしまった清に、護は白い目を向けながら返した。
清は名前を呼ばれたことに驚くと同時に、それなりの付き合いだというのに苗字で呼ばれたことと、他人呼ばわりされたことにショックを受け、反論してきた。
「し・ん・ゆ・う!だろうが!!」
「あ?下世話なことを言う親友を持った記憶はないんだが?」
「いるだろうが!目の前に!!」
「俺には下世話なこと言って俺の彼女を不安にさせる大馬鹿野郎しか見えないが?」
「まじですんませんしたーっ!!」
親友であって他人ではないことを強調しようとしていたが、護からの手厳しい一言に、清は綺麗な土下座を見せた。
だが、土下座で収まるのなら、月美の怒りはかわいいものだということを護はよく知っていた。
「許さん。月美、お仕置きするなら馬鹿な妄想したそこの阿保にしてくれ」
「えぇ、わかったわ」
一応、月美も護が何もしていないことはわかっているし、護もしっかりと説明したためか、月美の怒りは護ではなく、妙なことを吹き込んできた張本人の方へと向いた。
その様子を見ていた明美と佳代は、若干、清から距離を取りながら、憐みの視線を向けていた。
「勘解由小路、ご愁傷様」
「ほ、骨は拾ってあげるから、ね?」
「……あぁ、お前らの優しさが骨身に染みるぜ……」
二人のその言葉が聞こえたのか、清は目じりに涙を浮かべながら微笑みを浮かべていた。
そんな清の襟首をつかみ、ずるずると引きずりながら路地のほうへと消えていった。




