第123話 襲撃者の輪郭
俺達がパーティーハウスに戻ると、そこに広がっていたのは目を疑うような光景だった。
鍵が閉じていない扉。開けるとそこには物が散乱した玄関。そこにフォースとエリンが光の鎖で縛られたまま倒れていた。
とりあえず二人の拘束を解き、起こして事情を聞くことにした。
フォース曰く、パーティーハウスに神官のような謎の集団がやってきて、突然襲い掛かりネメを連れ去っていったらしい。
とりあえず《索敵》の範囲を広めてネメや怪しい人物の気配を探るが、それらしいものは見つからなかった。
彼らは既に《索敵》の範囲内から逃げ切ってしまったようだ。
迅速な行動に加え、気配を探れる俺がダンジョンに潜っている間に襲ってきた辺り、襲撃者は相応の準備をして計画を実行したのかもしれない。
こればかりは計画の準備段階で襲撃者の気配に気づくことができなかった俺の失態だ。
フォースが聞き取ったというフーゲ枢機卿という名前。その名に心当たりがある者はこの場には一人もいなかった。
セシナ教関連の人物ならロズリアが知っていてもおかしくないと思っていたが、どうやら聞いたことのない名前らしい。
他にセシナ教に詳しい知り合いとなると、ぱっとは思いつかないのが現状だ。
どうしたものかと頭を悩ませていると、ソフィーが口を開いた。
「ギルベルトなら知ってるかも」
そうだ。レイファの下にいた神官兵士なら知っている可能性は高いかもしれない。
彼は神官兵士として最強と謳われており、この国の教会の中でも重要な役職についていたとのことだ。
それにギルベルトの下に行けば、王女であるレイファにも会うことができる。
王族として顔の広い彼女なら、ネメを攫っていった人物に心当たりがあるかもしれなかった。
俺とソフィーとフォースでレイファの下を訪ねることにする。
残るロズリアとエリンには街の冒険者たちから怪しい人物の目撃情報を聞き取ってもらうことにした。
ホテルの扉の前にある呼び鈴を鳴らす。見知った顔が現れたのはすぐのことだった。
「また貴方達?」
怪訝そうな表情を浮かべながらも、レイファは部屋の中に通してくれた。
早速先ほど起こった出来事をその場にいた『王女の軍隊』の面々に話す。
俺達の話を受けて最初に口を開いたのはレイファだった。
「フーゲ枢機卿ね……。この国にそんな人がいたかしら? ギルベルト知ってる?」
「ああ、この国の人ではないがな。セシナ教の聖地と言われるアイファンの国の枢機卿だったはずだ」
「アイファンってどこです?」
近隣の国家事情に詳しくない俺は割って入ることにした。
レイファが俺の問いに答える。
「ここから南に進んで一つ国を越えた先にある国よ。ドワーフなどの別種族が多く、かつては魔道具製作で名を馳せていたけど、ダンジョンがないこともあって今はそこまでではって感じね。代わりに今のアイファンは二つの分野で有名だわ」
「その二つって?」
「一つは神聖術。ギルベルトが言っていた通り、セシナ教の聖地と言われるくらいだからね。そして、もう一つはスキル。アイファンは世界で一番スキルの研究が進んでいる国と言われてるわ」
スキルの研究か。確かに未だスキルは人類にとってダンジョンと同じくブラックボックスとされている。
別に研究している国があってもおかしくないだろう。
「アイファンでは与えられるスキルに指向性を持たせることに成功していると言われている。要は国単位で狙ったスキルを引き出そうとしているということね」
「そんなことが……」
もし本当にそんな奇跡が叶うのなら、かつての俺のように望まないスキルを得て、夢を諦めざるを得ない人間が出てくることもないのかもしれない。
それは少し羨ましくも思えた。
「とりあえず、別の国の人物が起こした事態となると、私は手を貸せないわ。王女である私が関与すれば、国際問題にもなりえてしまうから。いくら私でも、そのくらいの分別はつくわ」
「まあ、そうですよね……」
さすがにあの暴虐王女にそこまでは期待していない。
21階層での窮地を救ったのだから、ひょっとしたらって気持ちがあったことは否定できなかったが、王族という立場を考えれば彼女の言い分も納得できる。
「それと同じく『王女の軍隊』の面々も貸し出せない。私の部下という扱いになってしまうから。わかった、ミーヤ?」
「えっ⁉ わたし⁉」
「貴女なら、『ノートがそんなに頭を下げるなら仕方ないなぁ。幼馴染だし? 見捨てるほどわたしも薄情じゃないからなぁ』とか言って、まんざらでもない様子で手を貸しそうじゃない」
「しないよ、そんなこと! 多分……。まあ、ただ『到達する者』にはエリンちゃんもいるし? 友達が困ってるんだったら助けて――」
「だから、駄目と言っているじゃない。友達をダシに幼馴染に恩を売ろうとしない」
そう言ってレイファはミーヤの頭を叩くと、俺達の方へ向き直った。
「というわけだから。私達の方にも事情があるから、手を貸さなかったからって恨まないでちょうだい」
「いや、襲撃者の正体がわかっただけで助かります。これで俺達はネメを取り戻しに行けますから。ありがとうございました」
「待ちなさいよ。まだ話は終わってないわ」
俺が感謝の言葉を述べていると、レイファは思いもよらぬひと言を付け加えた。
「もし、貴方達がネメ・パージンを取り戻すことができたら、私に任せなさい。王女の権力を使って、もう二度と手出しできないようにその枢機卿達に圧力をかけてあげるわ」
「……」
「どうしたのよ? その意外そうな顔?」
「だって――」
「ノートは驚いてるんだよ。レイファちゃんがまさか手を貸してくれるなんて思ってなかっただろうから」
こちらの動揺の理由を悟ったミーヤが、レイファの肩を叩く。
「いやぁ、レイファちゃんも素直じゃないねー。ノートを助けたいなら助けたいって正直に言えば良いのに。わざわざ回りくどい言い方するなんて」
「……ぶちっ」
「かわいいところあるじゃん! もしかしてツンデレキャラ狙ってる?」
「やっぱり前言撤回。貴方の幼馴染のミーヤのせいで私は貴方達に一切手を貸さないことに決めたわ」
「なんで⁉︎」
「恨むなら私じゃなくてミーヤの方にしてちょうだい」
こればかりは完全にうちの馬鹿幼馴染が悪い。
とりあえずミーヤに恨みの視線を送っておくと、「わたし悪くないもん!」と全く反省の色が見られない返答をされてしまった。
「まあ、ミーヤには後々処罰を与えるとして――」
レイファは咳払いをすると続けた。
「それにしても貴方達、本当にアイファンに行くつもりなの? 枢機卿といえば教会の中でも実質的な最高権力を持つ立場。そんな人物が出張っているとあらば、アイファンのセシナ教徒をまるごと敵に回すようなものよ」
「いや、アイファンは国営自体もほとんど教会が行っている。ひいては国自体を相手取るようなことかと」
隣に立つギルベルトが付け加えた。
国自体を相手取るようなものか。普通ならここで少しは躊躇う気持ちを見せなくちゃいけないんだろうけど、あいにく自分の中で答えは決まっていた。
国がなんだ。こっちは人類未踏のダンジョンに挑んでいるんだ。
深層のボスに比べれば国の一つや二つなんて大したことのない敵のように思えた。
「そんな忠告で俺達が大人しくしていられないことは、レイファ様達が一番知っているんじゃないですか?」
「そうね。じゃなかったら今頃とっくに私の手駒に加えられていたものね」
「そういうことです」
そう答えると、俺達はレイファの下から引き上げることにした。
ネメは現在アイファンに連れ去られている最中だろう。
襲撃者が誘拐という手段を取った辺りすぐに命の危険はないだろうが、それでもゆっくりしている暇はない。
部屋から出ようと背を向ける俺達にレイファは言った。
「まあ、無事に戻ってきなさいよ」
「気遣いの言葉をかけてくださるなんて意外ですね」
「貴方じゃなくて、ソフィーに言っているのよ」
「……そうですか」
「あと貴方達にはソフィーを預けたんだから、こんなダンジョンと関係ないところで死んだら承知しないわ。くれぐれもソフィーが悲しむことにならないように努力しなさい」
「そうならないようにネメを取り返してみせますよ」
これもレイファなりの激励なのかもしれない。
ミーヤの言う通りだいぶ素直じゃない気もするが、彼女がこちらを気にかけてくれていることは伝わった。
それに今のレイファは、ソフィーだけには正直に思いやりの言葉をかけている。
ソフィーのことを駒の一部としてしか見ていなかった過去を考慮すれば、それは充分すぎる変化だった。
「じゃあ、行ってきます。レイファ殿下」
ソフィーはそう満足そうに答えて、部屋を出るのであった。




