第119話 最悪の組み合わせ
ミーヤ・ラインに会いに行くことをノートに告げた翌日。
私、エリン・フォットロードは早速ソフィーを引き連れて、レイファが宿泊するホテルへ向かうことにした。
建物に入り、ソフィーの名を告げるとあっさりとロビーに通された。
そのまま『王女の軍隊』が貸し切っているフロアに行くと、ソフィーが近くにある扉の前で立ち止まり、ノックをした。
どうやらこの部屋に王女様は泊まっているらしい。
扉から現れたのは、端整な顔のハーフエルフの少女だった。
「あれ? ソフィーちゃんだっけ? あとは――」
煌めくような金髪。透き通っている瞳と吸い付くようにきめの細かい肌。すらっとした体型でスタイルもいいときた。
これがノートの幼馴染。そして、初恋の人。
なんというか綺麗だ。私よりもずっと。これはノートが好きになっちゃうのもわかるかもしれない。
って、駄目駄目。弱気になっちゃ。
こいつは昔にノートを傷つけた極悪非道な幼馴染。優しくて仕返しをしようとしないノートの代わりに私が懲らしめてやらなくちゃ!
「私は『到達する者』の魔導士、エリ――」
「エリナちゃんだっけ?」
「違うっ!」
早速出鼻をくじかれて、ずっこけそうになった。
「エリンよ、エリン! エリン・フォットロード!」
「ああ、そうだった。間違えちゃった、あはは」
「うーっ!」
怒りで拳を握りしめる。何? 私のことは眼中にないってこと?
別に初対面じゃないじゃない! 21階層で助けてやったじゃない!
直接はまだ話してないけど、名前くらいちゃんと覚えなさいよ! こっちはちゃんと覚えていたんだから!
「そういうあなたはミリナだっけ?」
「エリン、名前を間違えている。この人はミーヤ。さっきまでちゃんと覚えていたのに、なんで急に忘れちゃうの?」
「わざとよ、わざと! なんで覚えてたこと言っちゃうのよ!」
嫌味で間違えて言ったのに、ソフィーに全部バラされてしまう。
なんでこの子とは微妙に会話の波長が合わないのだろう。私は仲良くしたいと思ってるのに……。
「エリンちゃんの冗談、面白いね」
なんかミーヤは笑ってるし。別に冗談で言ったわけじゃないんだけど……。
「よろしくね、エリンちゃん」
そう言って、突然歩み寄って私の手を握ってくるミーヤ。
触れる体温と、まっすぐ見つめてくる瞳に思わずたじろいでしまう。
「うん……まあ、よろしく……」
よろしくじゃないわよ、私! 何、因縁の敵相手に握手しちゃってるのよ!
こうやっていきなり距離を詰めてきたり、ボディータッチをすることでノートを落としたのね。なんて卑怯な女なの。
とりあえず敵対心を見せるために、手を強く握っておく。
あれ? 全然握り締められないんだけど!
私の握力がないのはともかくとして、ミーヤの手は岩みたいに硬かった。
むしろブンブン手を振られてる私の方が痛い。もう止めて! 肩外れちゃうから!
なんとかミーヤの腕を振りほどき、肩を擦りながら言う。
「そうじゃなくて、私はあなたに言いたいことがあったのよ!」
「そうだったの? 実はわたしもエリンちゃんに訊きたいことがあったんだ」
「嘘つきなさいよ! さっきまで私の名前忘れてたじゃない!」
「エリンちゃん、ツッコミも面白いんだね」
別にウケ狙いでツッコんだわけじゃないのに、ミーヤは笑っていた。
なんだろう、この子。マイペースすぎて、全然相手にしてもらえる気がしないんだけど。
「あなたもミーヤにムカついてるんでしょ? なんか言ってやりなさいよ」
隣にいたソフィーに耳打ちをするも、そこで部屋の奥から声が飛んでくる。
「ソフィーいるんでしょ? さっさとこっちに来なさい」
「はい、今行きます! レイファ殿下」
「えっ? ミーヤは? 私のことは助けてくれないの?」
「どうでもいい。レイファ殿下の方が大事」
「見捨てないでよー」
ソフィーは私を置いて、レイファの下へ向かってしまう。
この場にミーヤと二人で残されてしまった。どうしよう。帰ろうかな。
いや、こんなことじゃ駄目っ。気持ちで負けちゃ。こういうときは虚勢でも強気でいなくちゃ。
「で、何よ。私に訊きたいことって」
ノートの幼馴染だか初恋の人だか知らないが、こんなちんちくりんのハーフエルフに負けるわけにはいかない。
こてんぱんにして、もう二度とノートに手出しできないようにしないと。
ロズリアだけでも手一杯なのに、これ以上ライバルを増やすわけにはいかなかった。
「ノートとロズリアちゃんって実際付き合ってるの?」
「――は?」
何、それ。その質問。なんでそんなこと訊くの?
そもそもノートと付き合っているのが、なんでロズリアなのよ。
そこは私じゃない? いや、私も付き合ってないけどさ。
「ノートとロズリアちゃん、王都でも一緒にいたし、いつも仲良さそうにしてるじゃん。二人は違うって言っていたけど、本当のところはどうなのかなぁって」
「あの二人は付き合ってないわよ」
「そうなんだ」
「で、なんでそんなこと気になるのよ?」
「いや、幼馴染として心配じゃん。別にノートのことが気になるとかじゃないよ。頼りなくて、かっこよくないし。全然恋愛対象じゃないっていうか。まあ、助けに来てくれたときはちょっといいかもって思っちゃったけど……。ってそうじゃないから! ただ純粋に知り合いとして興味が湧いただけ!」
「そうだったの」
それなら安心ね。ミーヤがノートのことを好きだったらどうしようって心配していたけど、ただ知り合いとして気になっているだけなら問題ないわよね。
恋愛対象じゃないって堂々と宣言しちゃってるし。これでミーヤが私のライバルになることはなさそう。良かった。
ふと妹のマリンから「お姉ちゃん、他人の発言を言葉通りに受け取るの止めた方がいいよ」ってよく言われていたことを思い出したけど、今回はまあ関係ないことだろう。
「それにしても、あなたはノートとロズリアが結ばれることに反対なのね」
「わたしが言うのもあれだけど、ロズリアちゃん性格悪いじゃん。すぐにわたしのこといじってくるし。それなのにかまととぶってノートにはいい顔しちゃって」
「そうなのよね。ノートにボディータッチするのとかも止めてほしいわよね」
「わかってくれるの⁉」
「まあ、あの二人とは長くいるからね」
「さすがっ! ありがとう!」
なんか、こてんぱんにしてやろうと思っていた敵に感謝されてしまった。
ミーヤは私の手を握りしめ、ぶんぶんと振ってくる。
だから、それ止めて! すごい痛いんだけど! 肩外れちゃうから!
「でも、ああいう悪い女の子に絆されちゃうノートもノートだよね」
「うんうん」
「昔っからそうなんだよね。なんかちょろいところがあるっていうか? 女の子に弱いっていうか? 単純なんだよね」
「そうなの?」
「そうだよ。わたしたち、小さい頃は一緒の村に住んでいたんだけど、目を合わせるだけでドギマギしてたし、手で触れようとするだけで顔を真っ赤にしてたんだよ」
「……」
「おかしいよね。幼馴染なんだから、そんなの気にしないでもいいのに。よくお互いの家にお泊まりもしてたんだけど、別々の布団で寝ようとしてくるし」
「……は?」
さっきからなんなの、このミーヤって子。
ノートのこと昔から知ってましたよアピール、めちゃくちゃしてくるんだけど。
私に喧嘩売ってるの? これがいわゆる幼馴染ハラスメントってやつ? 幼ハラよ、幼ハラ!
どうせ私は昔のノートのことなんて知らないわよ! その代わり、今のノートとの思い出ならたくさんあるんだから!
「私だってあれよ! ノートとは20階層で二ヶ月くらい遭難してたんだから!」
「それは……大変だったね……」
あれ? なんか憐れまれるような視線向けられたんだけど……。
あの二人きりの時間は私にとってはいい思い出だったし、てっきり羨まれるつもりで言ったんだけど、なんでかミーヤには響かなかったみたい。
「二ヶ月も遭難って辛かったでしょ? しかも、頼りにならないノートと一緒だなんて……」
これは持ち出すエピソードを間違えたかもしれない。
普通に聞いていたら、ダンジョンで遭難するなんて出来事が羨ましく思えるはずなかった。
こんなことなら、七賢選抜でお姫様抱っこをされて連れ出してもらったことを言えば良かった。一応、訂正しておくことにする。
「ノートもかなり頼りになるわよ」
「そうなの?」
「うん。むしろ20階層から生き残れたのはノートのおかげというか……。私なんて足を引っ張ってばっかりだったもの……」
「エリンちゃんって謙虚なんだね。好感持てちゃうかも」
「えっ?」
私としては事実を話しただけだったんだけど、何故かミーヤには謙遜と受け取られてしまう。
そもそも、私が謙虚? そんなの生まれて初めて言われたんだけど……。
「私、エリンちゃんのこと勘違いしてたかも」
「勘違い?」
「そう。なんか七賢選抜でノートがエリンちゃんに愛の告白みたいなのをしたって聞いていたから、エリンちゃんもロズリアちゃんみたいにノートを誑かす悪い女の子かと思ってたけど、全然違ったんだね」
「……」
「謙虚で性格もいいし、大人っぽくて話も面白いしで好きになっちゃった」
えっ? 何が起こっているの?
何これ? 怖いんだけど! 何その勘違い! 一体この子は誰の話をしてるの⁉
「ねえ、エリンちゃん。良かったら友達になろうよ」
「ふぇっ⁉」
この子は馬鹿なの? アホなの? なんで私と友達になろうとしてるの?
私はただノートに近づこうとする悪い虫を追い払おうとしただけなのに。なんでこんなことになってるの……?
「ねえ、駄目? わたし、この街に来たばっかりで全然友達とかいないんだ。だから、エリンちゃんと友達になれたら嬉しいなって……」
「ううっ……」
私も友達は少ない方――というか全くいない。
だから、友達がいない寂しさもわかる。知り合いもろくにいない環境で一人やっていく大変さも理解しているつもりだ。
友達を欲していたのは私も同じだけど、なんかこれは違う。想像していたよりも数倍嬉しくない。
自分を偽ってまで友達が欲しいとは思わないし、なんならミーヤは自分がとんでもない思い違いをしていることに早く気づいてほしかった。
「お願いっ! わたしを助けると思って!」
澄んだ瞳で見つめられる。なんて綺麗な眼差しなの?
そんな視線で見つめられたら、期待を裏切るような言葉をかけられないじゃない!
今さら喧嘩売っちゃったら私が悪い人みたいになっちゃうじゃない!
「ウン、イイヨ……」
気づいたら、私は頷いていた。何やってるんだろう……。
「ありがとう! なんで片言なのかは気になるけど、やっぱりエリンちゃんは優しいんだね!」
手を握ってぶんぶん振り回しながら喜ぶミーヤを、私は死んだ目で眺めるほかなかった。
*
「お帰り。で、ミーヤとはどうだった? やっぱりろくでもないことに――」
パーティーハウスに戻ると、ノートは恐る恐る尋ねてきた。
そんな彼に向かって、私は疲労困憊な表情で答えた。
「……友達になった」
「なんで⁉」
そんなの私が訊きたいくらいなんだけど。
本当にどうしよう。誰か助けてくれない?




