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外れスキル【地図化】を手にした俺は、最強パーティーと共にダンジョンに挑む  作者: 鴨野 うどん
第6章後半 外れスキル持ちの俺と『王女の軍隊』
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第111話 『王女の軍隊』と21階層


 こんなはずじゃなかったのに。どうしてこんなことになってしまったのか。

 レイファ・サザンドールは壊れたブレスレットを右手に握りしめながら、深い後悔に打ちひしがれていた。


 途中までは問題はなかったのだ。ノート・アスロンをパーティーに引き入れられなかったという予想外の失態はあったものの、ミーヤ・ラインという千載一遇の戦力を手に入れられ、ダンジョン攻略を順調に進められていた。


 だが、今手にしているのは、持ち主の死を一度きりだけ肩代わりしてくれる身代わりのブレスレットだ。

 それが壊れた状態であるということはすなわち、レイファは一度死んでいたということであった。


 既に十字盾シューデリッヒのスタックは4つすべて切らしている。他の防御系魔道具も酷使しすぎたせいであらかた使えない状態になっていた。


 完全に油断していた。慢心もあった。


 自分が作ったこの『王女の軍隊(プリンセスナイツ)』なら、ダンジョン攻略なんて造作もないことだと思っていた。

 21階層如きで躓いた『到達する者(アライバーズ)』なんて目じゃないと思っていた。

 人類初の栄誉に浴するのは自分達で、あとはどれだけ早く成し遂げるのかだけが問題だと思っていた。


 しかし、21階層に挑んでみたらどうだ。『到達する者(アライバーズ)』が打ち破れたボス相手に、『王女の軍隊(プリンセスナイツ)』は既に半壊状態だった。

 パーティーメンバー一人が瀕死の状態。一人は戦力を封じられ、残るメンバーも神聖術で治癒不能な怪我をしている。


 全滅するのも時間の問題だ。魔剣を振るう悪魔に大したダメージは与えられていない。対するこちらはあと何分持つかといった状況だ。


 どうして『到達する者(アライバーズ)』はこんな相手に一人だけの犠牲で済ませることができたのだろう。

 今となってはわからない。生き残れるビジョンが見つからない。


「レイファちゃん! しっかりして!」


 呼びかけられているような声が聞こえる。聞こえるはずなのに頭の中に入ってこない。

 言葉は音の羅列に成り下がり、意味を成さない響きとなっていた。


「しっかりしろよ! 指示を出せよ!」


「このまま戦っていても全滅は免れない。判断を早く!」


 指示って何? 判断って何の?

 言っている意味がわからない。ここで死ぬことが決まっているのに指示も何もあったものか。


 最初はよかった。階層モンスターには多少なりとも手こずったが、倒せない相手ではなかった。

 出てくる数は少なく、階層も入り組んでいなかったため、比較的攻略しやすい階層だと思っていたくらいだった。


 中ボスも現れず、鼻で笑っていたくらいだった。

 なんだ拍子抜けだ。こんな階層に『到達する者(アライバーズ)』は躓いたのか。かつてダンジョン制覇に最も近いと言われたパーティーも大したことはないと、心の中で嘲笑っていた。


 でも、それは完全な間違いだった。

 この階層は狡猾だった。階層攻略直前まで油断させておいて、完全神聖術無効というギミックと、圧倒的な機動力と膂力を持つボスを最後の最後に配置していた。


 ギルベルトの存在がパーティーの土台となっていた分、神聖術無効は『王女の軍隊(プリンセスナイツ)』にとって有効すぎるギミックであった。


 突如として消え失せたフロントライン。慌てて立て直そうとするも、敵の純粋な戦闘能力の高さに一瞬にして振り回された。

 躱されるミーヤの攻撃。オーンズが真っ直ぐ突っ込んでいくも、悪魔は突撃してくる相手を無視。


 そのまま後衛の目の前に降り立つ。

 即座に十字盾を展開したのと、悪魔が魔剣を振り下ろしたのは同時だった。


 よく間に合ったと思ったくらいだった。

 スタックが一つ減って、自分が真っ二つになっていないことに気づいたのは、剣を振り下ろした後の敵の姿を見た時だった。


 ほっと息を吐いた。それが一つの失敗だったと思う。

 即座に繰り出される連撃の突き。反射的にシューデリッヒのスタックを消費するも、ものの数秒ですべてのスタックは削り取られてしまった。


 アイテムバッグから次の防御系アイテムを取り出そうとした時には遅かった。自分の首は飛んでいた。

 視界に映る胴体。取り出そうとする手の感覚はあるのに、アイテムバッグの中を探っている手は目の前にあった。


 即座に弾ける音。身代わりのブレスレットが割れた音だった。

 世界の理を覆すような逆行。人生で一度だけ回避できる死神への免罪符。

 それを使ってしまったことに気がついたのは、首に手を当てた時の感触があったからだ。


 それからの記憶はあんまりない。どう自分が対処したのかわからないし、なんで生きているのかもわからない。

 ただアイテムバッグに入っている大方の魔道具を使い潰し、ミルは自分をかばって瀕死の状況に。


 残るオーンズとミーヤ、神聖術を使えないギルベルトが悪魔に立ち向かうも、敵に有効打を与えられないまま、じわじわと削られているだけだった。


「おい、王女!ダンジョン制覇するんだろ! 王になるんだろ!早く判断しろ!」


 この声はオーンズのものか。普段からこんな荒っぽい声だったかわからない。


「もういい! こいつは使い物にならない。旦那の案で行こう!」


 旦那の案ってなんだろう? 自分がわからないところで話が進んでいく。


「いいの? レイファちゃんの許可取らなくて?」

「取れるような状態じゃねえだろ! おい、リムナ!」


「な、なんでしょう!」


「お前だけでもこの場から逃げろ! そして、ダンジョンから出て、助けを呼びに行け!」


 助けって何? この階層から逃げるつもりなの?


 確かにこの階層にはボス部屋がない。

 ボス部屋には六人しか入ることができないというルールは適応されないから、理論上なら救援を呼ぶことはできる。


 だけど、助けなんて呼びに行っても意味がない。だって、ここはダンジョンの深層なのだから。

 この地にたどり着ける人自体が限られているし、21階層に足を踏み入れる権利を持っていた人がいたとしても、自分達を助けるとは思えなかった。


 善意? そんなもの、世の中の人が持ち合わせているとは思えない。

 見返り? 確かに王女の命を助ければと見返りを求める人はいるかもしれない。

 自分だって、この窮地から命を救ってくれる者が現れたら、どんな見返りでも与えるつもりだった。


 だけど割に合わない。たかが見返り如きで、こんな悪魔と対峙するなんて。

 どんな財や権力があっても、命がなければ意味がない。死んだら、価値をすべて失ってしまうのだ。


 他のダンジョン攻略パーティーも、そのようなことは百も承知だろう。命のやり取りに恒常的に身を置いている人間なら、嫌というほど知っているはずのことだ。


「助けって誰に!?」


「そんなの自分で考えろ! 『到達する者(アライバーズ)』でもなんでもいい! ここに来られるやつをすぐにだ!」


到達する者(アライバーズ)』だけは駄目だ。彼らは自分を恨んでいる。

 ノート・アスロンはもちろんのこと、彼らのパーティーの神官、ネメにも危害を加えた。


 それにあのパーティーにはソフィーがいる。

 自分は彼女を切り捨てた。失敗を重ねた彼女に有無を言わさず追い出した。


 そんな相手が、いくら助けを乞われようと手を差し伸べてくれるとは思えなかった。むしろ、喜々として見捨てるのではないだろうか。

 自分を見下した相手に復讐をすべく、切り捨てたことを後悔させるべく、見捨てる。それが人間として当然の行為だ。


 それに助けを呼びに行くといってこの場を離れるリムナが、本当に助けを呼びに行くとは限らない。

 一人、この窮地から逃れられる機会を得られるのだ。


 わざわざ助けを呼んで、もう一度死地に舞い戻るなんて危険なことをするはずがない。

 助けを呼ぶと口約束だけ交わして、約束なんて放って逃げる方が賢明だ。


 パーティーメンバーのことは諦めて、何事もなかったかのように明日からの生活を考える。

 きっとリムナはそうするはずだ。自分だってそうしたい。死にたくない。


「待って──」


 声を振り絞って立ち上がろうとするも、バランスを崩して床に突っ伏していた。


「なんで!? なんで立ち上がれないの!?」


 決まっている。右膝から下がないからだ。

 歩くための足がない。ただそれだけのことだ。


「逃げなくちゃ、逃げなくちゃいけないのに……」


「どうすれば──」


「リムナ! こいつは無視だ。責任は全部オレが取る。さっさと行け!」


「でも、みんなは──」


「全員生き残るために助けを呼べって言っているんだよ! ミルは魔道具でなんとか命を繫ぎ止められている。王女だってすぐに死ぬ傷じゃねえ。オレ達の傷だって、ミーヤの精霊術による回復スペルでなら、まだ処置できるレベルだ」


「──っ」


「十五分、いや二十分は持たせる。だからそれ、それまでに助けを呼んでこい!」


 二十分。無理だ。あの悪魔相手に二十分も生き延びられるとは思えない。

 二分後、自分達はきっと全滅していることだろう。


「貴重な一分一秒を無駄に使うな! リムナ!」


「わかった!」


 リムナは悪魔を背に走り出した。後ろを振り向くことをせず。一目散に。


 ズルい。私だって逃げたいのに。こんなところで死んでいられないのに。

 去っていく後ろ姿を、レイファは怨嗟にも似た視線で追っていたのであった。



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