第110話 生まれ変わったパーティーの形
「あの子も最近変わったわよね……」
またしても、家事をサボろうとしているロズリア。
そんな彼女に注意をしているのは、なんとまさかのソフィーであった。
「家事の当番制は決まりごと。一人が守らないと、みんなに迷惑がかかる」
「だったら、ソフィーさんが代わってくれれば──」
「それはロズリアのためにならない。貴女はサボり癖を直す努力をした方がいい」
以前のソフィーなら安請け合いしていたであろう、家事の押しつけを物の見事に跳ね返していた。
そんな二人の様子を傍から眺めていた俺とエリンは、感嘆の息を漏らしていた。
「うん。自分の意見をきちんと言うようになったしね」
「いいことよね。あれでこそ、パーティーメンバーって感じがするわ」
「俺もそう思うよ」
「それにしても、どうして急に変わったのかしら。やっぱり疑惑の一夜があった辺りからよね」
「……」
「どうしたの、黙って」
「いや……」
エリンの言う疑惑の一夜とは、ソフィーと語り合った18階層での夜である。
あの日、俺達は一晩中お互いの話をした。
秘密を抱え合った共犯者同士。他の人には話せないようなことも腹を割って話すことができた。
おかげでソフィーの心に溜まっていたものも、だいぶ片づけることができたみたいで、その心情の変化がこうして日常の変化として現れるようになったのだが、男女が二人きりで一晩中消えていたとあらば、他のパーティーメンバーが疑惑の視線を向けてくるのは当然なわけである。
翌日の朝、テントに戻ってきた俺達に待っていたのは、四人からの激しい追及であった。
まあ、実際には彼らが疑うようなやましいことは何もしていなくて、ただ会話をしていただけなのだが、馬鹿正直に伝えても信じてもらえなかった。
「じゃあ、具体的に何を話したのか言いなさいよ」と言われても、俺達は何も返せなかった。
俺とソフィーは共犯者なのだ。疑惑を向けられたからって簡単に秘密を開示することはできない。
結果、疑惑は真実味を帯びてくるのであって、『到達する者』の中であの夜は『疑惑の一夜』という名前で語られるようになっていた。
「やっぱり、そういうことしてたんでしょ?」
「本当にしてないから」
「いいから! 一思いに本当のこと言って!」
「ずっと本当のこと言っているんだけどなぁ……」
「わかってるのよ! 男の子ってああいう大人しい子が好きなんでしょ!? 物静かで従順な女の子が!どうせ私はうるさくて気が強い女よ!」
「何統計なの、その情報……」
完全に拗ねているエリンをどうにかして宥めようとしていると、正面から声が。
「浮気現場が見つかった時のカップルみたいなやり取りをしているお二方!見ていないで助けてください!」
声の方に焦点を当てると、そこにはソフィーに引きずられているロズリアの姿が。
「ロズリア、風呂掃除やる」
「今日はそういう気分じゃないんです! 昼寝の気分なんですよ!」
「風呂掃除をすれば寝られるから問題ない」
まさかの力技であった。ロズリアには口で言っても無駄だと判断したのか、そのまま風呂場へと連れ去ろうとしていた。
「やっぱり浮気だったのね……」
「エリンはもう少し引きずられているロズリアの方に興味を持とうか」
「そうやって話を逸らして。今度こそ誤魔化されないわよ」
「こっちの話を聞いてくれ……」
エリンとはまだ付き合っていないわけで、もしソフィーとそういうことをしていても浮気でもなんでもないと思うのだが、それを言うと火に油を注ぐような気がするので黙っておくことにする。
「ちなみにエリンさんは三番目の女ですよ。一番がわたくし、二番がソフィーさんです」
「なんで私が三番目なのよ!」
「ロズリアは引きずられながら余計なことを言わないで!」
「わたしはノートのことを恋愛対象に見ていない。ただの秘密の関係」
「秘密の関係っ!? 何よ、それ!恋愛感情がなくて、秘密の関係ってなんかますます怪しい匂いがしてくるじゃない!」
「セフレのことですかね?」
「そこ、セフレとか言わない! ソフィーも誤解させるような表現をしない!」
完全に収拾がつかなくなってきている状況だった。
本当に、誰か助けて欲しい。それか今すぐここから逃げ出したかった。
「セフレでもなんでもいいから、ロズリアは風呂掃除をする」
「よくないから! 少しは否定して!」
「否定しても、この人達は疑い続ける。否定するだけ労力の無駄」
「だとしても!」
言い分だけはわかるんだけどね。疑惑の一夜から、何度否定したことやら。それでも疑惑の晴れないことのなんと悲しいことか。
そんな感じで『到達する者』の日常は生まれ変わり始めたのであった。
※※※※※※※※※※
ソフィーの到達階層に合わせて、ダンジョン攻略を進めていた『到達する者』。そんな俺達もついに20階層にたどり着いていた。
20階層といえば、かつて『到達する者』が破れ去った21階層の一つ手前の階層だ。
この階層を突破すれば、21階層への挑戦権を得られるわけで、ようやく俺達はジンの仇を取ることができるようになる。
そして、21階層を攻略できれば一年以上ぶりのダンジョン到達階層更新となるわけで、やはり21階層というのは『到達する者』にとっての節目となる階層であった。
そんな21階層への挑戦の最後の関門となる20階層。その攻略も終盤に差し掛かっていた。
目の前に立ちはだかるのは階層最強の敵、ボスモンスターである。
迷路状に通路が広がった独特な形のボス部屋。暗い路を縦横無尽に駆け巡るのは緑色の大蛇だ。
目と鼻の間にあるピット器官で、暗闇の中でも常にこちらの気配を掴んでくる狙撃手。
対するこちらも負けてはいられない。暗闇で気配を探るのは別にやつの専売特許じゃない。
「こっちです! 早く!」
大蛇の腹めがけて走り出す俺。肩にはネメを乗せて一心不乱に走っていく。
背後からみんながついてきていることを確認しながら叫ぶ。
「ソフィー!」
「わかってる!」
俺の呼びかけよりも早く精霊術を起動し、土壁を生成していくソフィー。
縦横二メートルほどの通路を塞ぐように壁を展開していき、暗き路を土砂で詰めていく。
「ノート、今進行度はどのくらいだ!?」
「80%くらいです。あと少しでボスを捕捉できます!」
20階層は広大な迷路みたいな階層だ。かつて俺とエリンが遭難した時、この入り組み具合に助けられたと言っても過言じゃない階層。
そんな階層の最後の部屋もそのギミックをふんだんに活かしており、広い迷路状の部屋で地の利を活かしてくる敵と戦うという難関が待ち構えている。
暗闇から奇襲を仕掛けてくる大蛇。真っ正面から戦おうにも、分が悪くなるとすぐさま通路の奥に隠れてしまい、緊張の糸が途切れたところでまたしても奇襲を仕掛けてくる。
追いかけようにも、大蛇の素早さと迷路の入り組み具合によって上手く煙に巻かれてしまう。
かつて20階層を訪れた時も、このボスの攻略に手間取り、一度は撤退したということがある。
その後ジンの活躍によってなんとか討伐することができたが、その功労者も今はこの世にいない。
だけど、『到達する者』には新しい戦力がいる。新しい戦い方だってある。
「よし! エリン、今来た道全部塞いで!」
「任せなさい!」
『到達する者』が20階層ボス攻略のために立てた計画は至って単純だ。
ソフィーの大地属性精霊術とエリンの土属性魔法によって、迷路状の通路を塞いでいく。
そして、逃げ場を完全になくした大蛇を正面からフォースが叩き斬る。
物量と単純な戦闘能力に物を言わせた大胆な作戦だ。
しかし、それが功を奏し、現在ボス部屋の通路はあらかた塞ぎ終えていた。あと二、三分逃げながら壁を作っていければ、ボスの姿を捉えることができるだろう。
【地図化】で既にこの階層の地図は頭に入っている。
路の形状と捕捉した敵の位置を計算しながら、次に作る壁の位置を判断する。
今回の作戦の指揮は、目まぐるしく動く戦いの状況を、この中で唯一把握できる俺の役目だ。
「もうすぐ敵が目の前に現れる。気をつけて」
作戦の進行度も既に90%ほどだ。
ここからは時間の勝負。敵がこちらを捉えるか、それより前に地形の有利を作り出して攻撃を仕掛ける準備を整えられるか。
複雑怪奇で流動的な戦いはどんどん進んでいく。
「進行度95%! 残るエリアは一区画!」
叫んだ瞬間に、暗闇の中から赤い目がこちらに狙いを定めているのに気がつく。
敵はこれ以上逃げ回っていても、事態が好転しないことに気づいたようだ。
このまま逃げる場所をなくされるよりは、完全に逃げ場がなくされる前に正面から迎え撃つつもりらしい。
爬虫類にしては英断だ。でも、相手が悪かった。既に状況は詰みのようなもの。
残るエリアは一区画。限られたスペースで、逃げ回ることを得意とした相手は、フォースという人間最強クラスの剣士に挑まなければならない。
しかも、背後には俺達が控えているわけで。
動きを止めればエリンの援護射撃が、援護射撃を止めたとしてもロズリアとソフィーの壁を越えなければならない。ネメがいる状況じゃフォースを一撃で仕留めない限り、永遠と回復されていってしまう。
とどめを刺せると判断すれば、こっちはいつでも《魔法掌底》で仕掛けに行く準備はできていた。
敵にとっては、まさに四面楚歌の状況。逃げることもかなわず、やられるのをただ待つのみだ。
新生『到達する者』にとって20階層など難関ではない。
俺達が倒すべき相手は次の階層にいる。




