第102話 『王女の軍隊』と代わりのピース
レイファ・サザンドールは部屋に集めた五人を見渡し、静かに頷いた。
元最高位異端審問官であり、最強の神官兵士ギルベルト・アインザック。
徒手空拳において最強と謳われながら、隣国で悪逆の限りを尽くしたことにより、指名手配犯としても名を轟かせているオーンズ・グレゴリー。
七年ぶりに現れた新しい七賢者。歴史上稀に見る王宮派の七賢者であり、現七賢者の中で最年少という逸材、ミル・ガンダク。
突然現れたながらも、その圧倒的なスキルによりソフィーをも容易に打ち破ったハーフエルフ、ミーヤ・ライン。
あとは念のためにと連れてきた人物と自分を入れて計六人。
ようやくダンジョン攻略に挑むパーティー、『王女の軍隊』の完成だ。
【地図化】スキル持ちのノート・アスロンを手に入れ損なったという不幸はあったが、逆にソフィーを脱退させてミーヤ・ラインを加入させることができたという幸運もあった。
現時点ではプラスマイナスゼロの差引であるが、ミーヤ・ラインは明らかに発展途上の冒険者だ。
このままダンジョン攻略で実力をつけていけば、いずれはギルベルトさえ超える可能性も出てくる。
それほどの価値をレイファはミーヤに見出していた。
しかし、まだ足りないピースはある。このままではダンジョン攻略には挑めない。
【地図化】、一時は冒険者としての外れスキルで有名だったこのスキルも、ノート・アスロンの出現によって、今ではダンジョン制覇に必須級のスキルとなってしまった。
浅層や中層を回る分には【地図化】はいらないが、未開の階層を【地図化】なしで回るのは困難に近い。
『天秤と錠前』のような特殊な方法も使えないわけで、『王女の軍隊』もマッピング担当を用意しなければならないことは、レイファも承知しているところだった。
そのためのキーとなる人物は既に呼び寄せてある。
部屋のチャイムが鳴る。ようやくその人物がやってきたようだ。
レイファはミーヤに指示を出し、ドアに向かわせる。
ちらほらと聞こえてくる声に耳を傾けながら待っていると、しばらくしてミーヤとその人物は姿を現した。
「遅いわよ、ミーヤ」
「仕方ないじゃん。挨拶やら自己紹介なりをしていたら盛り上がっちゃったんだもん」
「貴女に指示をしたのは、ドアを開けてここに連れてくることなのだけど。わざわざ自己紹介とか雑談をしなくていいのよ」
実力の代わりにコントロールの上手くいかない新しい駒の存在に頭を悩ませていると、呼び出した少年は口を開いた。
「どうしたんですか?いきなり僕のこと呼んじゃって。もしかして、ノート先輩を連れ出したことですか?」
その人物は『迷宮騎士団』のマッピング担当、ノート・アスロンと同じ【地図化】を持ちながらも、全く別の戦闘スタイルを用いる天才魔導士、クーリ・ルイソンであった。
「でも、あれは仕方ないですよー。僕、ノート先輩を尊敬してますから。尊敬している先輩が捕まっているとあらば、助け出しちゃいますよ。いくら王女様相手でも」
そこまで言って、クーリは口に手を当てる。
「あっ、これ別にレイファ様を軽く見ているわけじゃないですよ! レイファ様のことはきちんと敬っていますから! でも、それ以上にノート先輩を敬っているだけで!」
全然フォローになっていないフォローを聞き流しながら、レイファは頭に手を当てる。
クーリといい、ミーヤといい、どうしてこの街の人間は王女である自分に敬意というものがないのか。
制裁を加えたいのは山々だが、二人には駒としての価値がある分、手を出せないのが腹立たしい。
「ノート・アスロンを連れ出したことは不問にするわ」
「ありがとうございます! 僕、みんなに囲まれてリンチされるのかと冷や冷やしてましたよ。ほんとよかったです!」
全然冷や冷やしているように見えないクーリにため息を吐きながら、レイファは切り出すことにした。
「不問にする代わり、条件を出すわ」
「条件?」
「そうよ。条件を呑めば、私への不敬を不問にし、ノート・アスロンへの危害を加えないと約束する」
首切りの関与により、既にノート・アスロンに危害を加えることはできない。
だが、レイファはクーリがその事実にたどり着いていないと推測し、交渉材料に加えることにした。
クーリのノートを慕う気持ちを利用した、卑怯な交渉。
もちろんクーリは、そんなレイファの思惑に気づくわけもない。
「本当ですか!? 僕にできることならやりますよ!」
欲しい言葉を貰うことができた。ただの言質だが、あるのとないのでは大違いだ。内心の笑みがこぼれないように、レイファは唇を噛みしめる。
「別に難しいことじゃないわ。貴方は損をすることなく、何も失わない。ただある場所に来てもらうだけ」
「レイファ様のパーティーにとかなら無理ですよ。僕には『迷宮騎士団』があるんで」
「もちろん、それくらいはわかっているわ。貴方にできることしか、頼むつもりはないわ」
そう言って、レイファはクーリに告げた。
「貴方には今から神の石盤がある教会に来てもらうわ」
※※※※※※※※※※
この世界では『贈与の儀』と呼ばれる神に祈りを捧げる行為によって、人々はスキルを得ることができる。
その際、人々は神の石盤に祈りを込め、石盤にはスキルが映し出されるようになっていた。
神の石盤は世界の各地にあり、この国でも教会などの重要な施設に保管されている。
ピュリフの街もこの国では比較的大きい都市である。例に漏れず、この街の教会にも神の石盤は存在した。
クーリとともに教会へと訪れるレイファ。あとはギルベルトと、目的のために連れてきた女。四人で神の石盤の下へとやってきた。
事前にこの教会の人物には話を通してあった。
『贈与の儀』は通例、一人ずつ行うものだ。
普段なら不審に思われる行為だが、王女としての名を用いたこともあり、すんなりと部屋へと通してもらうことができた。
どのような仕組みで成り立っているのかわからない不可思議な石盤。その目の前に立ってレイファは言った。
「いい?貴方はこの石盤の前に立って、祈りを捧げればいい。私達に【地図化】スキルの効果の文面を確認させる。私が提示する条件はそれだけよ。どう?簡単なことでしょ?」
一度スキルを得た人間でも神の石盤に祈りを捧げれば、何度でも手に入れたスキルの効果を確認することができる。
レイファが迫ったのは、たったこれだけの条件だ。
「それだけでいいんですか? それだけだったら、別にいいんですけど──」
不審に思いながらも、クーリは石盤に祈りを捧げるポーズをする。
石盤が光り出す前に、彼は顔を上げた。
「そういえば、レイファ様は【地図化】スキル持ちの人間を探していたんですよね?ダンジョン攻略をするために」
「そうね」
「だから、ノート先輩を攫ったりした」
「そんなこともあったわね。だから、約束したじゃない。貴方が私の持ち出した要求を呑んでくれたら、ノート・アスロンには手を出さないって」
「それは言い換えると、僕が要求を呑むことでノート先輩に手を出す必要がなくなるってことじゃないですか?」
そう言って、クーリは石盤に背を向けて、レイファの方を見つめた。
「【模倣】か【奪取】かによって話は違ってくるんですよね、条件を呑めるかどうか」
「─っ」
完全に思惑がバレていることをレイファは悟った。
警戒している素振りを微塵も見せていなかった、お気楽な少年。
レイファはクーリのことをそう分析していた。
しかし、その分析は間違っていた。クーリは見た目以上に聡い人間だ。
こちらの企みを完全に見破った上で、それよりも最悪の事態を想定している。
ノートといい、クーリといい、全く【地図化】を持った人間は油断できない。
スキルの効果ではないだろう。まるで厄介な人間にスキルが与えられているかのような、神の不自然さまでもをレイファは感じ取っていた。
「【模倣】の方よ」
レイファはため息を吐きながら答える。
「どうしてこちらの企みがバレたのかしら」
「そんなに難しい推理じゃないですよ」
クーリは人差し指を立てながら言った。
「レイファ様は現在パーティーのマッピング担当を探している。マッピング担当を手に入れる方法は僕が知っている中で二つあります」
人差し指に続いて中指も立てられる。
「まずは純粋に【地図化】スキル持ちを手に入れることですね。ノート先輩を狙ったように、レイファ様が最初に行った方法です」
「そして──」と言いながら、クーリは立てた指をくねくねと曲げる。
「二つ目は【地図化】スキル持ちからスキルを盗む方法ですね。世間ではあまり知られていませんが、スキルを盗むスキルはありますから」
「なるほど、消去法でたどり着いたというわけね」
「はい、それにスキルを盗むスキルの条件も知っていましたから。神の石盤に映るスキルの詳細を見る。それが【模倣】と【奪取】の条件です」
【模倣】は神の石盤に映るスキルを実際に見ることで、スキルを一つだけコピーすることができるというスキルだ。
【奪取】は、それが見たスキルを奪い取るといった具合に変わっただけ。スキルを見られた対象が、スキルを失うかどうかだけの違いだ。
スキルを盗むスキルと聞けば万能に聞こえるが、実際はそんなことはない。
好きなスキルを選べるのは利点だが、どちらのスキルも3スロット使うため、一つだけしかスキルを得ることができないという欠点もある。
またSRまでのスキルしか盗むことができないという制限もあった。
神の石盤を見るという条件の厳しさもあり、どちらかというと当たりではない部類のスキルである。
世の中には対象一人のすべてのスキルを盗むことができる【完全模倣】や【完全奪取】、どんなレア度のスキルを盗むことができるものの、生涯に一つのスキルしか盗むことができないというスキルもあるらしいが、今回見つけることができたのは【模倣】の持ち主だけだった。
「彼女が【模倣】の持ち主、リムナ・フォーネットよ」
連れてきた女を紹介する。ノート・アスロンを引き入れることに失敗した時の保険であり、マッピング要員の代替案。
王女としての権限を使いなんとか探し出すことができた、【模倣】持ちの冒険者だ。
「はーい、ご紹介にあずかりました。みんなのリムリムだよ。イケメンくんも是非リムリムって呼んでね」
色目を使ってクーリにウインクするリムナを眺めながら、レイファはピンク髪の彼女の頭を叩きたい気持ちをなんとか堪える。
彼女もまたレイファにとっての問題児の一人であり、できればパーティーに入れたくはなかったが、ノートを引き入れることができなかった時点で、このカードで戦っていく他なかった。
不本意だが、絶対に手放せないカードなので雑に扱うこともできない。
「はい、リムリムちゃん」
「うわぁ、本当に呼んでくれたー!リムリム、嬉しぃ~。イケメンくんはなんていう名前なの?」
「クーリです」
「クーリくんって言うんだ~。かっこいい名前だね~。よろしくね」
クーリの手を握りしめるリムナ。その姿を眺めながらレイファは咳払いをすると、クーリに向き直った。
「で、どうするの? クーリ・ルイソン。私の条件を呑むのかしら?」
「この状況でシリアスな態度を崩さないんですね」
「いいから! どうするのか訊いてるのよ!」
クーリのツッコミに声を荒らげるレイファ。
完全に王女への無礼な発言になるのだが、クーリは気にせず話し続ける。
「いいですよ。条件を呑んで。本当にリムリムちゃんが【模倣】スキル持ちだったらの話ですけど」
「信用してもらえないのね」
「信用してもいいですけど、もし万が一【奪取】だった場合、僕はスキルを失うことになっちゃいますから」
「リムリム噓吐いてないよ?」
「わかってるって。ただリムリムちゃんはいい子でも、王女様に噓を吐かされている可能性もあるでしょ? そういう事態を考慮しているだけだよ」
そう言って、リムナの頭を撫でるクーリ。
クーリがイケメンと見るや真っ先に色目を使い出したリムナもリムナだが、躊躇いも見せず色仕掛けに乗っかるクーリもクーリだ。
目の前でいちゃつき出す二人を見て胃がキリキリと痛み出したが、こんなところでへこたれてはいられない。
レイファは鳩尾を擦りながら、口を開いた。
「どうしたら、私が本当のことを言ってると信じてくれるのかしら? 法的な契約書でも書けばいいのかしら?」
「そんなことをしなくても大丈夫ですよ。契約書が本当に守られる保証もないですし。それよりもっといい方法はあります」
そう言って、クーリは神の石盤を指差した。
「リムリムちゃんに神の石盤に祈りを捧げてもらえばいいんですよ」
──【模倣】──
レア度: SR
消費スロット:3
効果:スキルの効果文を見ることで、スキルを1つコピーすることができる
コピーの回数に制限はないが、2つ以上のスキルを同時にコピーしておくことはできない
「本当に【模倣】だったんですねー。疑ってすみません」
素直に頭を下げるクーリ。意外な反応にレイファは少し面を食らった。
不遜な態度は目立つものの、根は悪い少年ではないのかもしれない。決してこれまでの態度を許したわけではないけれど。
「これで満足かしら?」
「はい、これならスキルの効果文を見せるくらい全然構いませんよ」
クーリから了承を得たことで、レイファは一安心する。これでようやくダンジョン攻略に乗り出せる目途が立った。
クーリは早速、神の石盤に祈りを捧げる。すぐにスキルの効果文は映り出した。
青白い光が、リムの瞳に反射している。
「はい、コピー完了!これでリムリムもクーリくんとおんなじスキルが使えるようになったよー」
「それにしても──」
祈りを捧げるのをやめたクーリが口を開いた。
「どうしてこんなまどろっこしいことしたんですか?」
「まどろっこしいこと?」
「そうですよ。スキルをコピーしたいから神の石盤の下に来てくれって言えば、素直に従いましたよ。【模倣】の存在を最初に隠した意味ってなんなんですか?」
「『王女の軍隊』と『迷宮騎士団』はいわば、どちらが先にダンジョン制覇をするかの競争相手でしょ? そんな相手にスキルを素直にコピーさせる義理なんてない。むしろ、競争相手に利益が出るような行動を貴方が取るとは思えなかったからよ」
「僕ってそんなに意地悪な人に見えますか?」
クーリは自分自身を指差しながら、目を見開いていた。
レイファは首を振って答えた。
「貴方に限ったことではないわ。ただ人間の悪意を疑うに越したことはないってことよ」
「そうですかね? 確かに悪意のある人間は多いですけど、人間の善意ってやつも信じてあげた方が楽ですよ」
「私より若いくせに偉そうに説教しないで。貴方が人間の何を知っているのよ」
「別に説教をしたつもりはないんですけどね。独り言みたいなものです。聞き流してくれて構いませんから」
そう言って、手を振りながら背を向けるクーリ。
「もう用件は終わりましたか。それなら、これでお邪魔させてもらおうと思うんですが」
「別に構わないわよ。貴方への要求はこれで終わりだから」
「じゃあ、約束通り先輩には手を出さないでくださいよ」
「わかっているわ。出すメリットもないわけだし」
「そうですね」
本当は仕返しをしてやりたいという気持ちがまだ燻っていたが、首切りの脅威もあり、手を出すことは叶わない。
結局、このクーリとの取引はレイファが一方的な得をした結果に終わった。
クーリは何を得るわけでもなく、ただ時間と労力を使っただけだ。
「私の勝ちよ……」
去っていくクーリの背を眺めながら、レイファは呟いた。
これでようやくダンジョン攻略に乗り出すことができる。
ダンジョン制覇をして、王の座を手に入れることができる。
野望を果たすことができる。父上や姉上達に復讐を果たすことができる。
そう考えると、自然と笑みがこぼれてしまった。
「最後に勝つのは私。私はこの世のすべてを手に入れてみせる」
レイファ・サザンドールは神が与えたとされる石盤の前で、ただ微笑むのであった。




