第99話 最悪のコンビ
どうやらこの部屋の中にレイファとミーヤはいるようだ。
時刻は昼前。朝ご飯を食べた俺とソフィーはしばらくした後、レイファの過ごすホテルへと向かった。
道中は万全の状態でないソフィーの足並みに合わせていたため、20分ほどで行ける道のりは1時間くらいかかった。
彼女の額は汗でびっしょりだ。一声かけることにした。
「大丈夫ですか? 少し休みますか?」
「いい。大丈夫」
ソフィーは首を横に振る。あまり大丈夫な様子ではなかったが、ここで押し問答していても彼女の体力が減るだけだ。
早いところ用事を済ませて、休ませてあげた方がいいかもしれない。
「わかりました。じゃあ、いきますよ」
備え付けられていたチャイムを鳴らす。
しばらくすると、ドアの向こう側に人の気配が現れた。
「はーい、どなたですかー?」
聴き馴染んだ声。遠い昔、そして数ヶ月前にも聴いていた声。
ドアが開かれる。中から現れたのは、金髪のハーフエルフであった。
「げっ、ノート⁉」
げっ、ってなんだ。げっ、ておい。
久しぶりに幼馴染とあった時のリアクションじゃないだろ。
文句を言いたい気持ちをグッとこらえる。
今は口論をしている場合ではない。できる限りトラブルは避けるべきだ。
「久しぶりミーヤ」
笑顔になるよう努めて挨拶をする。
すると、ミーヤは。
「あれ? ダンジョン制覇するまで会わないんじゃなかったの? もしかして、わたしの顔見たくなっちゃった? 我慢できなかった?」
うざい。うざすぎる。
なんでこんなハイテンションなんだ。ニヤけているんだ。
くねくねしているミーヤから目を離して、ソフィーの方を向く。
「なんかムカつくから、一旦ぶっ飛ばしていい?」
「なんで⁉ 酷い⁉」
涙目で抗議してくるミーヤ。
違う、そうじゃない。俺はミーヤと喧嘩をしに来たわけじゃなかった。
「それよりミーヤ。レイファの作るパーティーに入るって本当⁉」
本題に入る。ミーヤは笑顔のまま頷いた。
「うん!」
「えっ……マジ……?」
「何? なんか問題あるの?」
正直、問題しかない。
無邪気に首を傾げるミーヤ。その表情には裏は感じられない。とぼけているわけではなさそうだ。
「あっ、わかった! わたしが王女様の作るパーティー入ったのが羨ましいんでしょ! だから、文句を言いに来たんでしょ」
「……」
あまりにも的外れな意見に開いた口が塞がらなかった。
隣にいるソフィーも同様に呆れている。
「そうじゃなくて、あの暴虐王女だよ。絶対やめたほうがいいって」
ミーヤの肩をゆすって忠告する。ソフィーの咎める視線を感じていたが、そんなのは気にしない。
「悪いこと言わないから、ねえ」
「ちょっと、それは酷いのじゃないかしら」
部屋の奥から声がした。万人を見下すような高圧的な声。
姿を見せたのは、件の暴虐王女レイファ・サザンドールであった。
「私と貴方はお互いに手を出さない、そういう約束じゃなかった? それなのに私のパーティーメンバーに向かって、好き勝手吹き込んで。反則ではないかしら?」
「でも――」
「でもも何もないでしょ。何か間違ったこと言っているかしら?」
確かに道理はレイファの方が正しい。
首切りの暗殺を交渉材料に俺とレイファは相互不干渉の契約を結んだ。
いくら幼馴染がレイファのパーティーに入ったからといって、加入をやめさせるのは契約に反している。
「あれ? レイファ様とノートって知り合いなの?」
無邪気に尋ねるミーヤ。どうやらミーヤは俺達の因縁を知らなかったらしい。
それはレイファも同じだったようで。
「貴方達こそ、知り合いだったの?」
「うん、昨日言ってたぶっ倒したい幼馴染ってのがノートなの」
人のこと、陰でどんな悪口言ってるの……?
知りたいようで、聞きたくない。
「あら、奇遇ね。私も殺したいほど憎んでいる相手が、そこのノート・アスロンだったのよ」
「ほんと⁉ じゃあ、仲間じゃん!」
ハイタッチをせがむミーヤ。
戸惑うレイファは咳払いをして答えた。
「そういうわけだから。ミーヤ・ラインは私のものよ」
「ねえ、ハイタッチ!」
「えっ、するの?」
「しようよ!」
「あっ、うん……」
勢いに押されてちょこんとハイタッチをするレイファ。
完全にミーヤのペースに持っていかれている。
「何、じろじろ見ているのよ」
「いや、顔が赤いなって」
「うるさい! 黙りなさい!」
少しからかいすぎたみたいだ。ここで機嫌を損ねるのは得策じゃない。反省しなければ。
それにしても、ミーヤはあの暴虐王女相手でも物怖じしないんだな。
二人が一緒にいる光景が想像つかなかったが、案外いいパートナーなのかもしれない。
残酷で冷淡なレイファとマイペースで物怖じしないミーヤ。
正反対な性格が、逆にバランスが取れているっていうか……。
って、今日はそんなことを話しに来たんじゃない。ソフィーのことを忘れていた。
「それでソフィーさんのことなんですけど――」
俺がソフィーに目を向けると、レイファの顔に冷たさが宿る。
「こんなところにいたの? 気がつかなかった。あれ? 私の前に姿を見せないでって言わなかったっけ? 聞こえてなかったの?」
「……っ」
ソフィーの肩がビクンと跳ねる。
忠誠を誓っていた人物からの残酷な物言い。ショックを受けない方がおかしい。
「あの……そんな言い方はないんじゃないんですか? ソフィーさんだって頑張って――」
「部外者は黙っていなさい!」
レイファはぴしゃんと言い放つ。
そう言われると反論はできない。ミーヤもどうしたものかとおろおろとした様子を見せていた。
「あのね、私が結果を出せない人間が嫌いなのは知っているわよね?」
「……はい」
「それでもって貴方は結果を出せなかった」
「……はい」
「なら、どうなるかわかっているでしょ?」
「…………はい」
「私は見捨てた人間を処分するってことは知っているわよね? 後々敵になられても困るから。だけど、貴方は特別無罪放免で許してあげることにした。それ以外、何か望むつもり?」
「……いえ」
何も言い返すことができないソフィー。
「……すみません。わかりました」
レイファの圧に押され、引き下がってしまう。
ここで口を挟まなきゃ、ソフィーは路頭に迷ってしまう。
俺は意を決して口を挟むことにした。
「いいんですか? ソフィーさん。ここで引き下がって」
ソフィーは無言で首を振った。
「レイファ殿下、お願いです! もう一度だけチャンスをください!」
「うるさいわね」
「殿下っ!」
「触らないで!」
ソフィーの手をレイファが弾く。弾かれた手は宙をさまよっていた。
「レイファ殿下……」
「うるさい! 用済みって言ったでしょ? さっさと出て行きなさい」
「頼みます! どんなことでもやりますから!」
「私は貴方に最初から言っているでしょ。私の前から消えなさいって。どんなことでもやるなら、さっさと消えなさいよ」
「……っ」
ソフィーの顔色はすでに真っ青であった。これ以上は見ていられない。
「ちょっとそれは酷すぎません? もうちょっと話を聞いてあげても――」
「だから部外者の貴方は黙っていなさいって言ったでしょ? 聞こえなかったの?」
二人の視線がぶつかる。
何か言ってやろう。俺が口を開こうとすると、それを止めたのはソフィーだった。
「もういい……」
「えっ⁉」
「もういいから……」
そう言うと、レイファに向かって頭を下げた。
「迷惑かけてすみませんでした」
「ソフィーさん……」
「もう出て行きますから……荷物だけ取っていいですか?」
「勝手にしなさい」
レイファは興味を失ったかのように背を向けると、部屋の奥へと消えていった。
ソフィーの拳が震えているのがわかる。必死に涙をこらえようと、顔を歪ませていた。
俺は無力だ。何かが変わるかと期待してソフィーをここに連れてきたものの、結局彼女を傷つけるだけになってしまった。
こんなことだったら、無理やりにでも家で休ませた方がよかった。レイファに会わせない方がよかった。
ソフィーの悲嘆にくれた姿を見ていると、どうしてもそんな風に考えてしまうのだった。
***
あの後、ソフィーの荷物を回収した俺達はレイファの下を後にすることとなった。
今はその帰り道。ソフィーの体調は万全じゃないので、荷物は俺が持っていた。
「重いでしょ、荷物? わたしが持つよ」
「さすがに病人には持たせられないですよ」
「いい。もう大丈夫だから」
そう言っているが、見たところ全然大丈夫そうじゃない。
家を出た時よりも体調は悪そうだ。無理をさせてしまったかもしれない。
前髪は汗で濡れて張り付いているし、焦点が定まってない時がちらほら見受けられた。
「もういいから。これ以上わたしに構わないでいい」
「そんなこと言われても――」
「わたしを気遣う必要なんて、ノートにはどこにもない」
そうかもしれない。だけど、ここで義理はないからって見捨てるほど薄情でもない。
「そうかもしれないですけど、今のソフィーさんを見てたら心配で放っておくことなんてできませんよ。これからどうするんですか? このまま放っておいたら、それこそ死んじゃいそうじゃないですか」
「死ぬ……それも悪くないかも……」
「どうしてそんなこと言うんですか。何かないんですか? 生きる希望とか、楽しみとか」
「ない、そんなもの……」
ソフィーは言う。
「わたしにとっては、レイファ殿下がすべてだった。すべてを失ったわたしに殿下は手を差し伸べてくれた! その恩を返す、それがわたしの生きるただ一つの目的だった!」
歪んだ生き方だ。そう思った。
「でも、その目的もなくなった! もう生きている意味なんてないっ!」
その歪められた生き方に辛うじて繋ぎ止められていた人生を彼女は手放そうとしている。
傍から見れば、他人に生きる意味を求めるのは間違っている。間違った依存体系だ。
でも、そうまでしないと生きられない理由が彼女にはあったのだろう。
かつて、ソフィーは家族を全員失ったと言っていた。貴族という立場や、世間の信用も失ったと。
俺は当事者じゃない。だから、その苦しみはわからない。彼女が味わった絶望を知ることができない。
でも、俺にも何かできることがないか。そう思った。
彼女の絶望に寄り添うことができなくても。仮初めでもいい。彼女に生きる意味を与えられたら。
そう思ったからだろうか。無意識のうちにこんなことを口にしていた。
「だったら、一緒にダンジョンに潜りませんか?」
「えっ?」
「いや、なんて説明すればいいんですかね。俺も実は昔、生きてる意味なんてないなって思ってた時期があったんですよ。好きだった女の子に振られただけなんですけどね。そんなんで人生に絶望するなって話なんですけどね。その時は、彼女が人生のすべてだったんです」
自分でも何を言っているんだと思う。
「でも、『到達する者』に迎え入れてもらって、ダンジョン探索をするようになって人生が変わったんです。なんか全部吹っ切れて、生きる意味を見つけられたっていうか。変な話って思うかもしれないですけど、ダンジョンにはそういう魔力があると思うんです」
それでも、口は止まらなかった。
「だから、試しにダンジョンに潜ってみないですか? 一緒にダンジョン攻略をしてみないですか? 平穏な生活からは程遠いかもしれないですけど。幸せになれる保証なんてないですけど。命の危険だってありますけど。嫌なことを忘れられるくらい目まぐるしい日々が待っていますよ」
「何を言っているの……?」
ソフィーが不審がるのも無理はない。俺だって場違いなことを言っている自覚はある。
「自分でも意味わかんないなって思いますよ。でも、本当なんですよ。ダンジョン攻略って楽しいんですよ」
「もしかして、馬鹿なの?」
そうかもしれない。こんな状況でどうして勧誘なんてしているんだろう。
どうやら俺はダンジョン探索のことになると周りが見えなくなってしまうらしい。エリンにもダンジョン馬鹿って言われたことあるしな。
「ちょうどうちのパーティー一人足りてないんですよ。よかったら入りませんか? 生きる意味がないんだったら、それを見つけるまでの繋ぎでいいですから。きっと死ぬより有意義な体験ができると思うんです」
もうやけくそだった。なりふり構わず言葉を羅列していく。
ふと、ある人物の存在を思い出す。
それは『迷宮騎士団』の一軍に同行させてもらった時に出会った人物。
ダンジョン攻略で味方を失って、それ以来ダンジョンに死に場所を求めているという戦士ブラウであった。
きっと彼のパーティーメンバーは彼がダンジョンで死ぬことなど一ミリも望んでいないはずだ。
それでも彼と一緒にダンジョンに潜るのは、彼が仲間との時間を過ごしていくうちに少しでも心変わりをしてくれればいいと、そう願っているからではないだろうか。
そんな風な願いを俺がソフィーに持つことは間違っているだろうか。
恐る恐るソフィーの方へ目を向ける。彼女は少しだけ、ほんの少しだけだが笑っていた。
「あなたってよく変わってるって言われない?」
「最近はよく言われますけど……」
昔はそんなことなかったんだけどなぁ。『到達する者』に入ってから変わってしまったのかもしれない。
「わたしはあなたに敵対してた。あなたの仲間を捕らえ、あなた自身も剣で傷つけた。それでもわたしを勧誘しようっていうの?」
「まあいいんじゃないですか? 俺は全然気にしてませんよ」
「わたしはあのエルフに負けた。そんなに強くない。役に立たないかもしれない」
「そんなことありませんよ。充分強いですよ。ミーヤがそもそも規格外なだけです。気にしなくて充分ですよ」
ソフィーとの最初の立合いで、既に彼女の強さは充分にわかっているつもりだった。
長年レイファの付き人をやっていただけはあって、その実力は本物だ。
そもそも、ミーヤと正面から戦って勝てる人間なんて、この国には一握りしかいない。そこまで落ち込む必要もない。
「だから、入りませんか『到達する者』に」
「……」
ソフィーは黙りこくった。視線は地面に固定されている。
「お願いします。俺達を助けると思って」
その言葉が決め手になったのだろう。ソフィーは口を開いた。
「あなたには助けてもらった恩がある。その恩だけは返さないといけないと思ってた」
「いや、恩だなんて――」
「わたしにとっては大事なことなの。恩を返すことは。わたしはあの恩知らず達とは違う……」
ソフィーが一体何のことを指して言っているのかはわからない。
わからないけど、その瞳には確かな情念が宿っていた。
「あなた達が困っていて、わたしにできることがあるなら手伝いたい。楽しさとか生きる希望とか、そういうのはわからないままだと思うけど。恩を返せるなら、ダンジョンにだって潜るから」
「初めはそれでいいですよ。直にわかってくるものですから」
確証なんてない。そうなればいいってだけのただの希望的観測だ。
でも、そんな希望的観測が叶えばいいと、口にせずにはいられなかった。
「じゃあ、約束ですよ。もう死ぬだなんて言わないでください」
「……わかった。約束する」
ソフィーはゆっくり頷いた。
なんか自分でも不思議に思う。最初は敵対していたのに。
レイファ同様、ソフィーまでも快く思っていなかったのに。
紆余曲折があって、ソフィーをパーティーに入れる流れになってしまった。
まあ、でも案外悪くないんじゃないだろうか。奇妙な縁で繋がった、新しいパーティーメンバーというのも。
話してみて、そんなに悪くない子だっていうのは痛いほどわかった。
彼女はただ、レイファへ忠誠を誓っていただけだ。良くも悪くも純粋なのだ。
純粋すぎて危なっかしいところもあるけど、そんなの他の『到達する者』のメンバーに比べたら普通すぎるくらいだ。
エリンとかロズリアが暴走した方がトラブル起こるからな。
「これから楽しみですね。『到達する者』がどんなパーティーになっていくのか」
新しいメンバーが加わり、『到達する者』は変化を求められるだろう。
それは悪い方向に行くのか、良い方向に行くのか。神のみぞ知るところだ。
でも、ソフィーとなら上手くやっていけるんじゃないだろうか。不思議とそんな自信があった。
ソフィーは口を開く。
「でも、いいの?」
「何がですか?」
「勝手に決めて。わたしをパーティーに入れるって、普通パーティーメンバーの了承を得ないといけないから」
「……」
「どうして黙っているの?」
「いや、おっしゃる通りだなと思って」
完全に大事なこと忘れていた。そういう決め事って独断で進めるべきじゃないですよね。
普通、パーティーメンバーに相談してから言いますよね。また怒られるやつだ、これ。
「駄目そうなら、別に無理しないでも……。私がいなくなればいいだけだから……」
「まあ、なんとか説得してみせますよ。自慢じゃないですけど、パーティーメンバーを振り回すのは慣れてますから。我儘の一つくらい押し通してみせますよ」
レイファとのいざこざも含めると、一つじゃ済まない気はしたが、ここで後悔しても仕方ない。
ソフィーを心配させまいと、自信満々に言い切ることにした。
「何、それ。おかしいの」
ソフィーはくすりと微笑んだ。俺もつられて笑ってしまう。
人生上手くいかないことばかりだ。俺もソフィーも、誰だって。
だけど、それでも俺達は生きなければいけない。前に向かって歩かなければいけない。
だって、途中で諦めたら、上手くいかないままの人生で終わってしまうから。
一度は失敗したダンジョン攻略も次こそは成功させてみせる。誰一人欠けることなく。新しい『到達する者』で。
こうして『到達する者』は新しいメンバーを引き入れて、ダンジョン攻略に挑むのであった。
これにて6章の前半部は終わりです。
今回6章を書くにあたって、単行本の1巻分では終わらなそうだったので、名目上は『6章前半部』と『6章後半部』に分けるようにしました。
6章後半部は完成し次第アップしていきますので、気長に待っておいてください。




