33:キラキラと輝くシャルロッテの世界
レスカの診療所を出て、再び馬車に乗ってブルーローゼス家を目指す。
ガタガタと椅子越しに伝わる振動はまだ少し不安を呼び起こすが、ポシェットから出したロミーと、そしてレスカからお土産にもらったチョコレートの入った袋をぎゅうと抱きしめれば幾分は和らいでくれる。
そのうえ、察したテオドールが膝に座らせてくれた。背に感じる父の逞しい体、抱きしめるように回される腕、頭上から聞こえる声、伝わる体温。強張っていたシャルロッテの体から力が抜けていく。
「おじ様とおば様も、ロッティとお話ししたいって言ってるってレスカせんせが言ってました。ロッティもまたお話したいです」
「それなら今度予定を合わせよう」
「それとおじい様とおばあ様ともお話ししたいし、クラリスさん達ともお話したいし」
それとそれと、と話したい人をあげていく。
叔父と叔母はもちろん、祖父母とも会いたい。クラリス達とも。それにリシェルや使用人達とお茶をする時間も楽しい。
今日はマナーの練習を休んでしまったが、先生と話しながら勉強する時間も好きだ。上手くできても褒めてくれるし、失敗しても褒めてくれる。一つ出来るようになると大人に近付けた気がする、優しくて嬉しい時間。
「それにね、ロッティ、お父様ともお母様とももっとお話ししたいです。ジョシュアお兄様も、ライアンお兄様ともお話したいし、ハンクお兄様も、グレイヴお兄様も!」
もちろん家族とも話したい。それに家族の話を聞きたい。
そうシャルロッテがテオドールの膝の上で話せば、彼が優しく笑って頭を撫でてくれた。
「これから時間はいっぱいある、たくさん話をしよう」
テオドールの言葉にシャルロッテが「はい!」と答えれば、彼が優しく抱きしめてくれた。
◆◆◆
そうして屋敷に戻れば家族や使用人達が出迎えてくれた。
いつもより人が多いのは、シャルロッテが馬車に乗ったと知って心配で待っていてくれたからだ。「ロッティ、もうだいじょうぶです!」と笑顔で話せば誰もが表情を和らげた。
フレデリカは優しく頬を撫でてくれるし、兄達も良かったと顔を見合わせる。リシェルや使用人達も安堵している。
そんな出迎えを受け、夕食までの一時。
普段ならば自室で過ごすのだが、シャルロッテはレスカから貰ったチョコレートの入った袋を抱えて、屋敷の通路にある椅子に座っていた。
散歩中に疲れてしまうシャルロッテを気遣って設置してもらった椅子だ。二人掛けの椅子の一つに座り、もう一つにはロミーを座らせる。
「あれ、通路に可愛い子がいるなぁ。どうしたのかな?」
とは、通り掛かったライアン。
彼の大袈裟な反応にシャルロッテはクスクスと笑い、隣に座らせていたロミーを自分の膝の上に移して「どうぞ」と座るように促した。
「口紅、今日もつけてるんだね」
「はい! あのね、レスカせんせが、口紅にネックレスで、おしゃれって言ってくれました!」
「そんなに喜んでくれるなんて嬉しいなぁ。もし減ってきたら買ってくるから言ってね。それか今度は一緒に色を選ぼうか」
ピンクの他にも、赤やオレンジの口紅もあったという。
複数買ってその日の洋服に合わせて変えてもいい。そう提案するライアンは自分のことのように楽しそうだ。
きっと彼と口紅を選ぶ時間も楽しいだろう。
「ネックレスに合う洋服も考えないといけないし、口紅も選んで、それにどうせなら帽子や靴も揃えたいね。もちろんロミーの分も」
「ライアンお兄様、ぼうしとくつもいっしょに考えてくれますか?」
「もちろんだよ。素敵なものを考えようね」
「はい!」
ライアンの言葉に嬉しくなり、シャルロッテも弾んだ声で返事をする。
そうしてしばらく楽しく雑談をし、ライアンが部屋に戻ると立ち上がった。
「紅茶を頼んでたのを忘れてた。せっかく淹れて持ってきてくれてたのに、もぬけの殻で冷ましたら失礼だからね。シャルロッテはどうする?」
「ロッティ、もうすこしここにいます」
「そっか。それじゃあまた夕飯の時にね」
「はい! あ、ライアンお兄様、これ」
抱えていた袋からチョコレートを一個取り出す。
レスカからお土産に貰ったものだと話せば、彼が嬉しそうに笑って受け取ってくれた。
そうしてライアンが去っていく。
彼が歩くたびに金色の長い髪が揺れる。軽やかな足取り、すっと伸ばされた背筋、自宅であってもお洒落な装い。
曲がり角で姿が見えなくなった……と思いきや、最後に一度顔を覗かせて手を振ってくれる。
はじめて会ったときと変わらぬ優しさに、シャルロッテも笑顔で手を振った。
◆◆◆
そうして再びロミーと過ごしていると、今度はグレイヴが通り掛かった。
ライアンの時と同じように隣の席に促すと彼もまた腰を下ろす。
「シャルロッテはここで休憩か?」
「はい。ロミーと、みんながとおるのを見てました」
「そうか。でも体を冷やさないようにな。寒くなったら部屋に戻るか、誰かにブランケットを持ってきてもらったほうがいい」
グレイヴが気遣ってくれる。
そのうえ思い立つや「俺が取ってこよう」と立ち上がるのだ。シャルロッテが大丈夫だからと慌てて彼の服を引っ張る。
「ロッティ、さむくないです。それにお兄様とお話ししたいです」
だから座って、とシャルロッテが告げれば、グレイヴが納得して再び腰を下ろした。
心なしか嬉しそうなのは、可愛い妹から「お話ししたい」と言われたからだ。これに表情を緩ませない者はブルーローゼス家にはいない。
「そういえば、今日は馬車に乗ってレスカのところに行ったらしいな。大丈夫だったか?」
「ロッティ、だいじょうぶでした。途中でちょっと怖くなっちゃったけど、お父様がぎゅっとしてくれたり、お話ししてくれました。……でも」
言い淀み、シャルロッテがグレイヴの服をきゅっと掴んだ。
「ん?」とグレイヴが不思議そうにこちらを見てくる。その表情と話の先を促す声は、親子だけあってかテオドールに似ている。
「ロッティね、馬車にのれても、グレイヴお兄様にお馬さんにのせてほしいです」
馬に乗っての移動は楽しかった。
風を全身に受け、眼前に広がる光景が流れるように過ぎ去っていく。まるで自分も風になったかのような爽快感。
馬車とは違い「走っている」と実感できた。
そう話してまた乗せてくれるかと問えば、グレイヴが表情を明るくさせて「もちろんだ!」と力強く答えてくれた。
「どこにだって連れていってやるからな!」
彼の力強い断言にシャルロッテも嬉しくなり、ぱふっとグレイヴに抱き着いた。
◆◆◆
グレイヴの後に現れたのはハンク。
彼の手には一枚のブランケット。曰く、先程グレイヴと会ってシャルロッテの話を聞き、その際に「会いにいくならブランケットを持って行ってくれ」と頼まれたらしい。
「ハンクお兄様、ありがとうございます」
「い、いや、お礼を言われることじゃないよ……。それより、ずっとここにいたの?」
「はい。みんなとおって、ときどきお話してくれます」
兄達の他にも、屋敷の使用人が通路を通る。
中には隣に座って少し話をしてくれる者もいれば、仕事中だからと手を振るだけの者もいる。
シャルロッテは皆にチョコレートを渡していた。話をしてくれた者には最後にお礼に、手を振るだけの者にも「お仕事がんばってください」と差し出す。誰もがみんな嬉しそうに笑って受け取ってくれた。
「そ、そんなにチョコレートを貰ったんだね……。レスカから、だっけ?」
「はい。レスカせんせがくれました」
抱えていた袋の口を開けば、ハンクが覗き込む。
中には梱包された小さなチョコレートが入っており、まだ三十個近く残っている。「凄いいっぱいだね」と話すハンクにさっそくと一つ差し出した。
それともう二つ。これは彼の部屋にいる精霊の分だ。
「せいれいさんはふたつでだいじょうぶですか?」
「だ、大丈夫だよ、みんな小さいし……。前にシャルロッテがくれたクッキーも、あれで十分だって」
ハンクが話しているのは、以前にシャルロッテが焼いたクッキーのことだ。
家族に配ってまわり、その際に精霊達にもクッキーをあげた。
「じ、実際には、食べてないみたいなんだ。あの時のクッキーも、減ってはいなかったし……。でも、満足してたから、たぶん彼等からしたら『貰う』ってことが大事なんだと思う」
「クッキーたべてなくて、でもいいんですか? ロッティはクッキー見てるだけだとお腹いっぱいにならないけど……」
むしろ見ていたら食べたくなってお腹が空いてしまうのに。
そうシャルロッテが疑問を抱けば、ハンクがクスと笑って頭を撫でてくれた。
「精霊は僕達と違って、と、とても不思議な存在なんだ……。でも『シャルロッテからお菓子をもらって嬉しい』って気持ちは、僕も、彼等も同じだよ」
嬉しそうにハンクが話す。
長い前髪が彼の目元を隠しているが、それでも彼が笑っているのがシャルロッテには分かった。
柔らかく弧を描く口元、穏やかで優しい声、そして彼の纏う穏やかな空気。それらがシャルロッテの記憶にあるハンクの笑顔を思い出させるのだ。顔の半分近くを隠してしまっているのに、それでも分かる優しい笑顔。
シャルロッテもまた笑って返し、ロミーを抱きしめながらぴったりとハンクに寄り添った。
◆◆◆
「本当にチョコレートを配っているんだな」
とは、ハンクが去って行ってしばらくして現れたジョシュアの言葉。
彼の言葉に、椅子に座っていたシャルロッテは「はい!」と元気よく答えた。もちろん隣の椅子を空けながら。
「どうぞ」と促せばジョシュアが応じて椅子に座る。さっそくとチョコレートを一つ差し出せば、受け取った彼は早々に口に入れた。どうやら甘いものが欲しかったらしい。
「うん、美味しい」
「レスカせんせが、おしごとのひとからいっぱいもらったって言ってました。いっぱいで、とけちゃうからって」
それで袋に入れて持たせてくれたのだ。
そのうえシャルロッテが「みんなにあげていいですか?」と尋ねれば、更に追加で袋に入れてくれた。
「ジョシュアお兄様は甘いのが好きだから、もっとあげます」
袋に手を入れてチョコレートを掴み取る。
シャルロッテの小さな手では三つか四つがやっとだ。それを二度繰り返してジョシュアの手に乗せれば、彼は気恥ずかしそうに笑いながらお礼と共に受け取ってくれた。
「甘いものか。そういえば、最初に会った時に何が好きか聞いたな」
「ロッティ、あのとき、クッキーしかしりませんでした。でも今はいっぱいしってます。ケーキに、パイに、キャンディ。トットンキャンディと、マシュロロ。それにチョコレット! ホッチョトットレートは飲み物ですか? お菓子?」
以前にジョシュアが教えてくれたホットチョコレート。
甘くて体も温まってとても美味しかったが、あれは飲み物だろうか? でもチョコレートはお菓子だからお菓子?
どっちだろう、とシャルロッテが首を傾げていると、ジョシュアが「今度調べてみようか」と提案してくれた。
シャルロッテが頷いて返す。大好きなジョシュアと、大好きなお菓子について調べる、なんて素敵な誘いなのだろうか。
「作り方を調べて、出来そうなら実際に作ってみよう」
「はい! ロッティ、お父様とお母様とお兄様達にたべてほしいです。それにレスカせんせたちにも、あとね」
皆に食べて欲しい。そう考えて、シャルロッテが大好きな人達の名前をあげていく。
ジョシュアが穏やかに微笑み、優しく頭を撫でてくれた。
「それなら、私とシャルロッテで今度お茶会を開こう」
二人でお菓子を作って、皆を招待する。
ジョシュアの提案に、元より胸を弾ませていたシャルロッテは更に期待を抱いた。想像するだけで胸がドキドキする。これは良いドキドキだ。
楽しみだとジョシュアに同意を求められ、シャルロッテは瞳を輝かせて「はい!」と返事をした。
◆◆◆
「可愛いチョコレート配りさん」
穏やかに微笑みながら現れたのはフレデリカ。
シャルロッテは「お母様!」と彼女を呼び、椅子からぴょんと飛び降りて抱きついた。しなやかな手が頭を優しく撫でてくれる。
「あのね、お母様、ロッティここでみんながとおるのを見てました」
「えぇ、聞いてるわ。皆にチョコレートを配っていたのよね。優しいチョコレート配りさん、でも一端終わりにしましょう。お夕飯の準備が出来たわ」
どうやら夕食のために呼びに来てくれたらしい。
「さぁ行きましょう」とフレデリカが片手を差し出してくる。
シャルロッテもロミーをポシェットに入れ、母の手を取ろうと近付き……、ふと足を止めた。
気付いたフレデリカがどうしたのかと尋ねてくる。彼女の後ろにいる侍女長達も何か問題かと言いたげに見つめてくる。
そんな視線を受けつつ、シャルロッテは「あのね……」と言い淀み、もじもじと体を揺らした。
言っていいのか分からない。困らせてしまうかもしれない。
だけど……、と考えて、フレデリカに向けて両腕を伸ばした。
「ロッティね、おててつなぐんじゃなくて、お母様にだっこしてほしいです」
今日はテオドールと出かけて何度も抱っこしてもらった。
話している最中、馬車の中、診療所のドアノッカーを叩く時も。帰りの馬車の中でも殆ど抱っこしてくれていた。
だから今度はフレデリカに抱っこしてもらいたくなったのだ。
そうシャルロッテがたどたどしい言葉で強請れば、フレデリカが愛おしいと言いたげに目を細めた。
しなやかな腕がシャルロッテの体に回される。細い腕だ。だがしっかりとシャルロッテの体を支えて抱き上げてくれた。
ふわりと漂う花の香り。間近に迫ったフレデリカの顔は優しく微笑んでくれている。
ぎゅうと抱き着けばフレデリカが笑うのが触れた場所から伝わってきた。
「甘えん坊ね」
「あまえんぼ……? あまえんぼはだめですか?」
「駄目じゃないわ、むしろ大歓迎よ。可愛い私達のロッティ、さぁご飯のお部屋に行きましょう。みんな待ってるわ」
嬉しそうに話し、フレデリカが歩き出した。
そうして食事の部屋に行けば、すでに家族は揃っていた。
「シャルロッテ、お母様に抱っこしてもらってるのか。よかったな」
とは、優しく微笑むテオドール。
普段は逞しく凛々しい彼だが、シャルロッテに向けられる笑みは柔らかくて優しい。
「シャルロッテ、さっきくれたチョコレートなんだが、ライアンが店を知っているらしい」
「もらった包み紙で気付いたんだ。こんど皆で買いに行こうよ。レスカにお礼も買いにいかないとね」
買いに行く日のことを考えているのか、ジョシュアとライアンが楽しそうに話す。
「そ、そうだ、シャルロッテ。今度またぬいぐるみを作ってみようと思うんだ……。い、色とか、どんなのがいいか、一緒に考えてくれるかな……。グレイヴが、ぬいぐるみ一つだと寂しいって言うから……」
「変な風に言わないでくれ兄さん。違うぞシャルロッテ、別に俺が寂しいんじゃなくて、ただ、前に渡されたぬいぐるみを一つだけ飾っておくのも殺風景な気がしたからだ」
物作りが好きなハンクは嬉しそうだが、対してグレイヴは勘違いされては困ると焦っている。
このやりとりにジョシュアとライアンが加わり、かと思えば今度は四人でチョコレートの話をしだした。
もちろん、都度シャルロッテに声をかけながら。
その最中にもテオドールが声をかけてくる。もちろん、抱っこしてくれているフレデリカも。
家族みんなが名前を呼んで、みんなが話しかけてくれる。
なんて嬉しいのだろうか。胸の中が幸せでいっぱい、むしろ溢れそうなぐらい。
家族からの愛を感じ、シャルロッテは家族の愛に応えるように、とびきり元気に「はい!」と返した。
あの晩、キラキラと輝きだしたシャルロッテの世界は、今も眩さを増してずっとキラキラと輝いている。
…end…
『本日も愛され日和〜不遇の幼女、今日から愛され公爵令嬢はじめます〜』
これにて一度完結とさせて頂きます!
小さな女の子シャルロッテが家族から愛されて、そして家族が再び絆を取り戻していくお話、いかがでしたでしょうか?
感想・ブクマ・評価・誤字脱字報告、たくさんありがとうございました!
評価がまだな方は↓の★で評価して頂けたら幸いです。
感謝の気持ちは作品という形でお返しできたらなと思っております。
本編はこれにて一度完結表示となりますが、短編・中編あたりをちょこちょことあげていこうと思います。
直近だとクリスマスの話や、サジェスがいったい何をやらかしたのか(本編に入れるタイミングが無かったので、まぁ番外編で良いかなと外しました。可哀想に。)なんかを書いていこうかなと。
まだまだお付き合い頂けますと幸いです。
改めて、最後までお読みいただきありがとうございました!
(活動報告で作品について…等を書けたらなと思ってます。明日か、明後日ぐらいかな…?)




