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本日も愛され日和〜不遇の幼女、今日から愛され公爵令嬢はじめます〜  作者: さき
第二章

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32:怖いも嫌いも『大丈夫』

 


 ネックレスの件から、シャルロッテの赤ん坊返りは徐々に治りつつあった。

 指しゃぶりも減り、あってもたまにむにむにと唇を触る程度。それも口紅を着けていることを思い出すとすぐに手を放して嬉しそうに笑う。

 寝かしつけで絵本を読んでもらうとすぐに眠るし、夜中に起きてぐずることもなくなった。朝までぐっすりと熟睡している。




「おはようございます、シャルロッテ様。よく眠れましたか?」

「おぁよ……、ござ、ます……。ロッティ、よく、ねむれました……」


 うとうとしながらリシェルの朝の挨拶になんとか言葉を返す。

 目を擦りつつ身を起こし、淹れてもらった紅茶を一口飲んだ。暖かな紅茶は喉を伝い、胸、お腹へと落ちていき、同時に眠気を溶かしてくれる。

 目が覚めたあとは髪を整えてもらい、洋服に着替える。もちろんロミーもだ。


 以前であればこれで朝の身支度は終わりだったが、最近は幾つか工程が増えた。


 まずは口紅だ。

 鏡を見ながら指で口紅を塗っていく。んむと唇を尖らせて確認すれば、見ていたリシェルが微笑まし気に「上手ですね」と褒めてくれた。

 次いでネックレス。これは一人では着けられないのでリシェルに着けてもらう。

 先日ブルーローゼス家が懇意にしている仕立て屋が来て、鎖の長さを調節してくれた。今のシャルロッテの身長に合うように。おかげでネックレスのペンダントトップはちゃんとシャルロッテの胸元で留まっている。


 そうしてロミーを特製ポシェットに入れて準備完了だ。

 鏡の前でくるりと回っておかしいところはないかをチェックする。リシェルが「今日もお可愛らしい」とまたも褒めてくれた。




 フレデリカと朝食を済ませ、いつも通りに一日を過ごす。

 昼を食べ終えて、自室に……、となったところで、シャルロッテは「お父様!」とパタパタと駆けだした。

 玄関ホールにいるのはテオドール。数人と話しており、シャルロッテの声に気付くと振り返って穏やかに微笑んでくれた。


「お父様、おかえりなさい」

「ただいまシャルロッテ。今は昼食の後か?」

「はい! お父様は、おしごとおわりですか?」

「あぁ、いま戻ってきたんだ。これからレスカのところに行こうと思って」

「レスカせんせ!」


 従兄弟の名前に、シャルロッテはパッと表情を明るくさせた。

 あのネックレスの件以降レスカには会えていない。話したいことがたくさんあるし、なによりこのネックレスを見て欲しい。

 そんな思いが顔と声に表れていたのだろう、テオドールが笑みを零し「一緒に行くか?」と誘ってくれた。


 その言葉にシャルロッテは更に表情を明るくさせ……、だがふと思い至って眉尻を下げた。

 レスカのところに行きたい。ネックレスのことを話したい。だけど……。


「でも、今日はマナァのおべんきょうがあります」

「それなら俺から一言伝えておこう。シャルロッテはいつも頑張っているから、今日ぐらいは休んでも大丈夫だろう。だからお父様とレスカのところに行こうか」

「はい!」


 テオドールの提案に、シャルロッテは嬉しくなって彼の手をぎゅっと握った。

 次いで「あのね……」と父を見上げて話しかけた。テオドールが優しく微笑んで「ん?」と話の先を促してくれる。


「ロッティね、あのね、馬車でいきたいです」

「馬車? ……だが馬車は」


 馬車はまだ無理じゃないのか。そう言いかけてテオドールが口を噤んだ。

 明確な否定の言葉は口にするべきではないと判断したのだ。代わりにリシェルに視線をやれば、意図を察した彼女は小さく首を横に振った。まだ馬車に乗れていない、という意味だ。


 事実、シャルロッテはまだ馬車に乗れていない。

 最近はグレイヴが馬に乗せて外に連れて行ってくれるため試しておらず、それ以前は途中で怖くなって泣いてしまっていたのだ。

 それはシャルロッテ自身も分かっている。だからテオドールが言い淀むのも理解できる。

 だけど……、


「ロッティね、みんな怖いものがあるってしりました。それに、嫌とか、大嫌いとか、そういう気持ちも大切にするって」


 怖い、嫌、大嫌い。負の感情だが、自分の中に確かに存在し、消すことのできない感情。

 そんな感情を持つのはおかしなことではなく、むしろ誰だって持っている。そして時には自分を大事にするために大切にしなくてはいけないと知った。クラリスやカルヴィンが教えてくれたのだ。

 負の感情だって自分を構成する一つ。ただひたすらに拒絶するのではなく、こういう気持ちもあるのだと受けいれて、時には克服し、時には大切にする。


 それに、


「ロッティのね、怖いとか、嫌って気持ちを、お父様達がだいじょうぶだよって言ってくれるから、だから、ロッティもだいじょうぶかなって思うんです」


 どんな感情でも、たとえ負の感情でも、家族が受けいれてくれるとネックレスの件で知った。

 家族の『大丈夫』という言葉はそのままシャルロッテの胸に溶け込み、シャルロッテの『大丈夫』になるのだ。


「だからね、ロッティが馬車にのって、怖くて嫌ってなっちゃっても、お父様はだいじょうぶってしてくれるかなって。それに、もし馬車が怖くても、グレイヴお兄様がお馬さんにのせてくれます」


 それを考えると馬車に挑戦してみたくなる。

 だって途中で怖くて嫌になっても、その怖くて嫌という気持ちを受け入れてもらえるから。いつだって家族は『大丈夫』と言ってくれるから。


 そんな思いを拙い言葉でシャルロッテが話せば、テオドールが柔らかく微笑んで優しく抱き上げてくれた。

 シャルロッテの視界がぐんと一気に高くなり、見上げていたはずのテオドールの顔が間近に迫る。

 出会った時と変わらぬ紺色の瞳。じっと見つめていると彼もまた見つめて返してくれる。ゆっくりと目を細めながら。


「もちろん大丈夫だ。もしも途中で怖くなったら、お父様と歩いてレスカのところに行こう」

「歩くときは、おててつないでくれますか?」

「あぁ、手を繋いで行こう。疲れたらいつだって抱っこしてあげるからな」


 嬉しそうなテオドールの表情にシャルロッテもまた嬉しくなり、彼の首元にぎゅうと抱き着いた。



 ◆◆◆



 レスカの診療所は王都の市街地から馬車に乗って数十分の場所にある。

 さほど遠くもなく辻馬車もあり、市街地ほど栄えてはいないが店も十分にあって不便はない町だ。

 そんな町のメイン通りから一本外れた場所。静かで、それでいてメイン通りの賑やかさも感じられる、そんな場所に診療所は建っている。


「ロッティがドアコンコンしていいですか?」


 手の届かないドアノッカーを指差してテオドールに尋ねれば、彼が頷くと同時に抱き上げてくれた。

 そうしてドアノッカーを数度叩く。

 数秒までばドアがカチャリと音を鳴らし、ゆっくりと開かれ……、


「すみません、本日午後は休診です。急病なら……、お久しぶりですぅテオドール様!シャルロッテ様! いつ見ても麗しく仲の良い親子でいらっしゃってぇ!」


 と、サジェスが顔を出すなり媚びを売った。その反射神経といったらない。

 テオドールが己の賛辞は一切聞き流して「久しぶりだな」と応え、シャルロッテは地面に降ろしてもらい「ごきげんよう、サジェスさん」とカーテシーを披露する。


「レスカはいるか?」

「は、はい。先生なら中に……」

「頼んでおいた書類がある。あがらせてもらう」

「どうぞごゆっくりぃ……」


 出来ればゆっくりしてほしくない、という気持ちを声には出さず顔にありありと映し、サジェスが中へと促す。

 テオドールがそれに応えて中へと入り、シャルロッテもその後に続いた。



 外観こそ一般家屋と変わりないが、診療所はそれらしい内装をしている。受付、待合室、診察室、その奥は私用のスペース。

 奥の一室に通され、シャルロッテは「カルヴィンさん!」と弾んだ声を出した。

 テーブルについているのは診療所の主であるレスカと、そして彼女の兄でありシャルロッテの従兄弟カルヴィン。


「やぁシャルロッテ、こんにちは。久しぶりです伯父上」

「久しぶりだな。しかしカルヴィンもいるとは。どうりでサジェスの顔に『厄日』と書いてあるわけだ」

「近くに寄ったので様子を見ようと思いまして」


 二人が挨拶と共に雑談を交わし、テーブルに着く。シャルロッテもまたレスカに手招きされて彼女の隣に腰を下ろした。

「お茶を淹れてきますね!」とは、逃げるように部屋を出ていったサジェス。その身のこなしの軽やかさと言ったら無く、甘いマスクながら表情が『厄日』と無言で訴えている。


「レスカせんせ、あのね、ケーキかってきました。お父様がね、ケーキをかっていこうって、それで、ロッティがえらんだんです」

「本当? 嬉しいなぁ。ぜひ頂こう」

「それでね、ロッティとお父様ね、今日ね、馬車できました。とちゅうでちょっと怖くなったけど、ロッティだいじょうぶでした」


 えへへ、とシャルロッテが嬉しくなって笑いながら話す。

 家から馬車に乗って走ること数十分。途中で何度か不安になったが、そのたびにテオドールが優しく宥めてくれた。

 膝に乗せて、名前を呼んで、大きな体で包み込むように抱きしめて。時には外の景色を一緒に見たり、時には手遊びをした。

 そうして一度も泣くことなく馬車を停めることもなく、レスカの診察所まで辿り着けたのだ。

 手前の店でケーキを買ったのは、レスカ達への手土産もあるが、馬車に乗れたお祝いでもある。


 そうシャルロッテが声を弾ませて話せば、レスカが凄いと褒めてくれた。

 嬉しそうな表情。まるで自分の祝い事のようではないか。

 レスカが喜んでくれていると分かるとシャルロッテの胸の中で嬉しさが増す。


「怖いって気持ちと向き合ったんだ、立派だね」

「それにね、あのね、このネックレスね、ロッティが欲しくて、でも欲しいって言えなかったのを、お兄様達が買ってくれたんです! お祭りがおわっちゃって、もうなくて、お店のお姉さんがどこにいるのか分からないのに、お兄様達がね、探してくれたんです。お兄様達、すごかったんです!」


 話したいことが次から次へと溢れてくる。


 特にネックレスの時の兄達の凄さは伝えたい。

 ジョシュアが報告書に書かれていたことを話し、そこからライアンが店の行き先を思い出し、ハンクが精霊に協力してもらって店の現在地を探り、グレイヴが愛馬と共に買いに走ってくれた。

 あの兄達の凄さを、あの時の感動を、どれだけ嬉しかったかを、「それでね」「あのね!」と必死に話そうとする。

 だが興奮するあまり話の順序もばらばらで、言葉もうまく出てこない。気持ちだけが次へ次へと急かすのだ。


 そんなシャルロッテに、レスカはもちろん、テオドールもカルヴィンも、それどころかお茶を淹れ終えて張り付けた笑顔で戻ってきたサジェスさえも、微笑ましいと表情を和らげた。



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サジェスの張り付いた愛想笑いの笑顔さえ微笑ましげな笑顔に…本当の笑顔に変えるシャルロッテの可愛らしさ
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