31:シャルロッテとネックレス
ぐっすりと眠り、シャルロッテが目を覚ましたのは昼過ぎ。
ぼんやりとする意識と視界でそれでも身を起こせば、「おはよう」と声を掛けられた。
フレデリカとテオドールだ。二人は既に身形を整えそれでも布団に座っており、うとうとしつつ左右を見るシャルロッテに苦笑している。ベッド横に置かれたミニテーブルにカップや皿が置かれているあたり、先に起きて食事を済ませていたのだろう。
「おとうさま、おかあさま、おはよ、ございます」
「おはようシャルロッテ、よく眠れたか?」
「寝癖で髪が跳ねてるわね。今日はお母様が髪を梳かしてあげる」
優しく母に頬を撫でられ、ベッドから降りるように促される。
起きてすぐに両親がいる。名前を呼んで、頬を撫でてくれる。その嬉しさに残っていた眠気も消え、シャルロッテは「はい!」と元気よく答えるとフレデリカに続いてベッドから降りた。
フレデリカに髪を梳かしてもらい、テオドールに服を選んでもらう。
そうして二人と手を繋いで朝食の場へと向かえば、そこには既に兄達が揃っていた。
誰もがみな穏やかに微笑み、シャルロッテに朝の挨拶を告げてくる。
「お兄様、あのね、昨日ね、ロッティわがまま言って」
ごめんなさい。
そう謝罪の言葉を言いかけるも、それより先にグレイヴが名前を呼んできた。
立ち上がりこちらに近付いてくる。
そうしてシャルロッテの目の前まで来るとゆっくりとしゃがんだ。目線の高さを合わせるように。片膝をつくその姿はまるで絵本に出てくるお姫様を守る騎士のようではないか。
グレイヴの手に小さな白い箱がある事に気付き、シャルロッテが「あ」と小さく声をあげた。
見覚えのある箱。
お祭りの期間中、何度も見つめていた。時には近くで、時には通りがかりにチラチラと横目で。
箱の中には……。
シャルロッテの胸に期待が湧く。
白い箱の蓋が開かれ、姿を表したのは……。
「ネックレス……!」
シャルロッテの視界でネックレスが、いや、ネックレスを中心に世界が眩く輝きだした。
白い箱の中にあるのは薄紫色の石が輝くネックレス。金の石座がそれを囲み、金の鎖に繋がる美しい一品。白い箱の中で白いアクセサリークッションの上に置かれており、よりその美しさが際立つ。なんて眩いのだろうか。
シャルロッテの反応を見て、グレイヴが僅かに安堵したように笑った。「間違えてなくて良かった」と話しつつ箱からネックレスを取り出す。
「長さは調整できるらしい。俺はこういう装飾品のことはよく分からないから、後で母上に頼むといい」
話しつつ、グレイヴがネックレスの両端を手に取った。手の動きが妙にゆっくりなのは細かな物を扱うのが苦手だからだろう。少しぎこちなく、やたらと丁寧だ。
その動きからグレイヴが着けてくれるのだと察し、シャルロッテは彼に数歩近付いた。
グレイヴがまるで抱きしめるように両腕をシャルロッテの背後に回す。彼の手にあったネックレスが近付くのを見て、シャルロッテの胸が更に弾んだ。
首に少しだけヒヤリとした感覚が伝う。これはネックレスの鎖だ。
数度背後で動く音がして、「できた」とグレイヴの安堵の声が聞こえてきた。そっと彼が離れていく。
「シャルロッテ、もう動いて大丈夫だ」
「ネックレス、きれい……」
自分の胸元、より少し下。そこで輝く薄紫色の石。
店先で並ぶのを見ていた時も綺麗だと思ったし、テオドールに目の前に持ってきてもらった時も綺麗だと思った。遠目で見ていてもその美しさを感じていた。
だが自分の胸元で見るとより一層美しく感じられる。
そっと手で掬いあげれば薄紫色の石がキラリと光った。
触れてみたかった。
自分の手の中で、この美しさを見てみたかった。
「これでもうシャルロッテのネックレスだ。うん、似合ってるな」
「ロッティのネックレス……。グレイヴお兄様、夜でまっくらで怖いのに、ロッティのためにごめんなさい」
嬉しいが、嬉しいと同時に申し訳なさも湧く。
その気持ちのままに謝るも、グレイヴが優しく頭を撫でてくれた。
「シャルロッテ、謝らなくていい。その代わりにお礼を言ってくれると嬉しいな。そのネックレスを着けて、嬉しそうに笑ってお礼を言ってくれれば頑張ったのが報われる」
グレイヴが穏やかに微笑んで告げてくる。
その言葉に、彼の優しさに、シャルロッテは悲しくないのに、むしろ嬉しいのに涙が出そうになった。
スンと一度洟を啜り、グレイヴに抱き着く。ぎゅうと強く腕を回せば彼もまた抱きしめ返してくれた。
「グレイヴお兄様、ロッティのために、まっくらで怖いのに、お馬さんと走ってくれてありがとうございます」
「妹のためだからな、兄なら当然だ。あ、でも暗くても怖くなかったからな」
強く抱き着いてお礼を言えば、グレイヴも応えながら優しく背中を擦ってくれた。
そうしてしばらくグレイヴに抱き着き、ゆっくりと離れて、次に向かったのはハンクのもと。両腕を広げれば察した彼もしゃがんで受け入れてくれた。
グレイヴの体も温かかったが、ハンクの体も温かい。抱きしめる腕の力が少し弱いのは、きっとシャルロッテを気遣ってなのだろう、そんな控えめなところもハンクらしくて嬉しくなる。
「ハンクお兄様、せいれいさんも、お店のお姉さんたちがどこにいるのか、さがしてくれて、ありがとうございます」
「せ、精霊達も、みんな喜んでるよ……。だから、その素敵なネックレスをつけて、また彼等と遊んであげて」
優しいハンクの言葉。背中を擦ってくれる優しい感触。
彼の腕の中で「はい」と答えれば、ハンクが一度頭を撫でてゆっくりと離れていった。
紫色の長い前髪が目元を隠している。だがシャルロッテがじっと見つめていると、指で少し前髪を避けて目元を出し、その目を優しく細めて微笑んでくれた。
そんなハンクにそっと背を押され、次いでシャルロッテが向かったのはライアンのもと。
グレイヴ、ハンク、ときて次は自分の番と察していたのだろう、ライアンは既にしゃがんで両腕を広げている。
嬉しそうな表情。日頃から朗らかな笑みの彼だが、今はとりわけ嬉しそうだ。
「ライアンお兄様、お姉さんとお兄さんと、お話しててくれて、ありがとうございます」
「僕はただ色んな人と話すのが好きなだけだよ。でもそれでシャルロッテを助けられたのなら嬉しいな。素敵なネックレスだね。すごく似合ってるよ。今度、このネックレスに合わせた髪飾りを考えようね」
ライアンらしい提案に、シャルロッテは彼の腕の中で「はい!」と元気よく答えた。
お洒落な彼はきっと素敵な髪飾りを考えてくれるだろう。そしてきっとあれこれと話しながらの楽しい時間になるに違いない。
楽しみだとシャルロッテが笑って話せば、ライアンもまた微笑んでくれた。
次いで向かったのはジョシュア。
彼もまた次は自分の番だと察しており、シャルロッテが近付くとしゃがんで腕を伸ばしてくれた。
ポスンと彼の腕の中におさまって抱き着けば、まるで包むように抱きしめ返してくれる。優しく背中を擦り、ぽんぽんと軽く叩いてくれる。
「ジョシュアお兄様、お店のこと、きづいてくれてありがとうございます」
「シャルロッテの役に立ててよかった。これからも何か困ったことや辛いことがあったら、我慢せずなんでも言っていいんだ。私が……、いや、私達が全部受けいれるから」
抱きしめながらジョシュアが告げてくる。彼の腕の中も、言葉も、なんて温かいのだろうか。
心地良さに目を瞑りながら、シャルロッテは「はい」と答え……、自らの頬をジョシュアの頬に寄せた。以前に彼が触れて「やわらかい」と褒めてくれた頬だ。
むにと押し付ければ、ジョシュアが驚いたように目を丸くさせ、次いで堪えきれないといいたげに笑った。
「ありがとう、シャルロッテ。最高のお礼だよ」
ジョシュアが嬉しそうに、そして少し照れ臭そうに笑う。
そんなやりとりに「あ、いいなぁ!」とライアンが割って入ってきた。
「今のお礼、僕もやってほしいな。ねぇシャルロッテ、僕にもほっぺたくっつけてよ」
ねぇ、とライアンがシャルロッテを呼び、自分の頬を指差してアピールしだした。
それに続くのはハンクとグレイヴで、二人とも苦笑しながら「ぼ、僕もやってほしいかな」「それなら俺も」と求めだす。
全員に抱きしめてお礼を言ったが、今度は頬をくっつけるためにまた一巡しなくては。
そう考えてシャルロッテが両腕を広げながらライアンに飛びつけば、嬉しそうに抱きしめ返してくれた。
「朝食が冷めそうだな」
「そうね。でも良い光景じゃない」
テオドールとフレデリカが子供達を見つめ、嬉しそうに微笑んだ。




