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本日も愛され日和〜不遇の幼女、今日から愛され公爵令嬢はじめます〜  作者: さき
第二章

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30:優しい夜を

 


 手早く準備を終えてグレイヴが屋敷を出れば、既に愛馬が待っていた。馬具も着けており今すぐに飛び乗って走れる状態だ。

 馬の前にいたのは準備をした御者と護衛を買って出た数人の使用人。そして三人の兄達。


「父上と母上はシャルロッテを寝かしつけにいっている。一晩中そばにいてもらうよう私達から頼んでおいた。二人から『気を付けて』と」

「シャルロッテから話を聞いて、そのネックレスの絵を描いてみたんだ。目印にして」


 ジョシュアとライアンが順に話しかけ、ライアンはネックレスの絵を描いた一枚の紙を差し出してきた。

 即席で描いたと言っているがうまく特徴を捉えている。絵の他にも、大きさの目安を始め、聞き出した情報すべてがメモされている。仮に似たネックレスが並んでいてもこれなら間違えずに選べるだろう。

 感謝を告げながら受け取ると、最後にとハンクが兎のぬいぐるみを差し出してきた。


 ……兎のぬいぐるみを。


 手の中におさまる、小さなぬいぐるみだ。


「……ハンク兄さん、これは?」

「前に興味があって、つ、作ってみたんだ。これにも精霊は入れるみたいだから、も、もし何かあったらと思って……。グレイヴの周りに居てくれるみたいだけど、か、彼等のことは、グレイヴは見えないから……」


 精霊が周りに居てくれたとしても、彼等を認識できないのでは意味がない。

 ゆえに彼等の入れ物としてぬいぐるみを用意したのだという。これならば屋敷にいる精霊を介して意思の疎通が出来る。

 ハンクのこの話に、グレイヴが感心したようにぬいぐるみを見た。

 なんとも有難い話ではないか。

 ……だけど、


「なぜぬいぐるみ?」

「それは……、人形だとグレイヴが怖がるかもしれないから。あ、言い出したのは僕じゃないよ」

「……分かってる」


 じろりとグレイヴが眼光鋭くライアンを睨んだ。こんな事を言い出すのはライアンしか考えられないからだ。

 現に本人も否定せず、なおかつ悪びれることもなく「気を付けて行ってきてね」とあっさりと話題を変えてしまった。

 グレイヴが盛大に溜息を吐く。だがここで文句を言っても時間の無駄だと切り替え、ハンクに礼を言うとぬいぐるみを受け取り上着の胸ポケットに入れた。


「それじゃあ行ってくる。この時間だし、戻りは朝になるだろうから兄さん達は寝ていてくれ」


 そう一言残し、グレイヴが手綱を引いて馬を走らせた。

 護衛を担う使用人達がその後を追う。もっともグレイヴ自身が『自分が一番速い』と断言した通り彼の愛馬は早く、使用人達は着いて行くのがやっとと言いたげだ。きっと次第に差をつけられるだろう。

 十三歳とはいえグレイヴは騎士、そして愛馬も騎士隊で訓練された馬。対して護衛を兼ねているとはいえあくまで使用人、馬も普段の役目は馬車を引くことだ。速度に差が出てしまうのは当然と言えば当然。


 あっという間に姿が見えなくなったグレイヴ達を見届け、三人の兄達は誰からともなく溜息を吐いた。


「『兄さん達は寝ていてくれ』とは、無理を言ってくれる」

「だよねぇ。グレイヴなりに気を遣ってくれたんだろうけどね」

「それは分かっても……、さすがに、無理だよね」


 グレイヴだけに全てを託して寝ることはできない。

 そう三人が同時に考え、そして同時に口を開いた。


「私が起きて待っていよう。ライアンとハンクは休むといい」

「僕が起きてるから、ジョシュア兄さんとハンクは寝てなよ」

「ぼ、僕が待ってるから兄さん達は、寝てて……」


 と。

 三人が同時に、自分が起きているからと二人を休ませようとする。

 発言が被さったことに三人が揃えたように目を丸くさせた。――もっとも、ハンクは相変わらず長い前髪で目元は見えにくいが、それでもサラリと揺れた前髪の隙間から覗く目は丸くなっている――

 そうして再び同時に口を開いた。


「こういう場合は長兄が起きているべきだろう。二人とも疲れただろうし休んだ方が良い」

「僕は特に明日の予定ないから日中ゆっくり休めるし、二人が寝なよ」

「も、もともと僕は夜通し起きてることも多いから、ふ、二人が休んでよ」


 と。

 またも同時に、自分が起きているからと二人を休ませようとする。

 これにはもはや驚いて良いのかすら分からなくなり、三人は顔を見合わせ……、そしてふっと同時に笑い出した。


「長くなりそうだな。紅茶でも用意してもらうか」

「なんだかお腹すいちゃった。食べ物あるかな」

「グレイヴも、戻ってきたら何か食べたがるかもね……。疲れてるだろうし、温かいものを用意しておいてもらおうか……」


 そう話しつつ、三人で屋敷へと戻っていった。



 ◆◆◆



 テオドールとフレデリカの寝室。

 二人に挟まれながら横になるも、シャルロッテは眠れずにいた。

 母が優しい声色でおとぎ話を聞かせてくれる。父の大きな手が眠りを促すように布団越しにお腹を優しく叩いてくれる。

 普段であれば二人に寝かしつけられればすぐに眠れるのに、今夜は眠気こそ湧き上がっても頭の中も胸の中も静かになってくれない。


「……ロッティのわがままのせいで、ごめんなさい」


 眠るために暗くした部屋の中、ポツリとシャルロッテが謝罪の言葉を口にした。

 もう何度目か分からない。それでも口を衝いて出てしまうのだ。


「シャルロッテ、誰も怒ってないからもう謝らないでいいのよ」

「欲しかったものがあるのに気付けなかった俺達が悪かった。シャルロッテのせいじゃない」

「きっとグレイヴがネックレスを買ってきてくれるわ」


 両親が優しく慰め、フレデリカの手が擽るように目元を撫でてきた。

 目を瞑るように促しているのだ。シャルロッテはそれに従って目を瞑り、自分を落ち着かせるようにゆっくりと深く息を吐いた。


「可愛い私達のロッティ。ぐっすり眠って、起きたらネックレスを着けて素敵な笑顔を見せてちょうだい」


 優しいフレデリカの声。

「おやすみ」という低く穏やかな父の声。

 彼等の声に促され、シャルロッテはようやく眠りについた。




 スゥ、スゥ、とシャルロッテの小さな唇から寝息が漏れる。

 寝つきこそ悪かったが今は熟睡できているようで、テオドールとフレデリカが「寝たな」「寝たわね」と小声で話しても起きる様子はない。

 本来ならば寝ている時間。それも泣き疲れもある。一度寝ればきっと朝どころか昼まで起きないだろう。魘されている様子も無く、寝顔はまさに熟睡だ。

 良かった、とフレデリカが小さく安堵の息を漏らし、緩やかに寝息をたてるシャルロッテの額を撫でてやった。銀色の前髪が優しく掬われてさらりと流れる。

 銀色の柔らかな髪の毛、長い睫毛、ふっくらとした頬、子供特有のちょんと尖った唇。

 見れば見るほど愛おしさが増す。


「泣くほど欲しかったなんて……。我慢をさせちゃったのね。もっと気を遣ってあげれば良かった」


 フレデリカの声色には後悔の色が強い。

 テオドールもまた溜息交じりに「そうだな」と同意を示した。


「あの子達は『何も言わずに我慢』なんてしなかったものね」


 四人の息子達の幼い頃を思い出し、フレデリカがクスと笑った。


 性格がてんでバラバラな四人の息子達だが、誰一人として今回のシャルロッテのように『欲しいと言わずに我慢する』という事はなかった。

 もっとも、だからといって我が儘というわけではない。


 ジョシュアはどうしたら買ってもらえるかを真剣に考え、勉学や運動で好成績を出した褒美として強請る事が多かった。

 対してライアンは子供らしく素直に強請ることが多かった。己の人懐こさを最大限に利用していたのだ。だが買ってもらうだけではなく、その分のお礼をしたり、日々の気遣いで返すあたりがライアンらしい。

 そしてグレイヴはと言えば、「いずれ騎士になって出世して返します!」という出世払い宣言をしていた。これにはテオドールとフレデリカも笑ってしまったのを覚えている。

 普段は控えめなハンクは物を欲しがることは少なかったが、『部屋に籠りたい』という希望を通すために三部屋を繋げるほどだ。意外と我の強さでは彼が兄弟一の可能性もある。


 そんな懐かしい記憶を二人で語り合う。

 もちろんシャルロッテが起きないように小声でだ。


「控えめで我慢しちゃう女の子ね。初めてのタイプだわ。また一から子育てを学んでいきましょう」

「そうだな。国一番の我が儘娘に育てるぐらいの気概でもいいかもな」

「やっぱり城を買うのね」


 かつてのテオドールの言葉を思い出し、フレデリカが小さく笑った。



 二人の楽しそうな会話は、眠るシャルロッテの耳に届きこそすれども内容までは分からない。

 だけど二人の声は心地良くて、シャルロッテは眠りにつきながらもふふと小さく笑みを零した。





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― 新着の感想 ―
かわいいですね~願いが叶うといいな。
もふふと笑ってるのかと…もっちりと混じっちゃいました ネックレスつけてのお披露目お茶会あるかな 楽しみです
( ´-ω-)人 無事に買えますように…
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