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本日も愛され日和〜不遇の幼女、今日から愛され公爵令嬢はじめます〜  作者: さき
第二章

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23:『大嫌い』を大事に

 

 レスカの言葉に、卑屈になっていたカルヴィンはなぜかと尋ねた。

 ジョシュアの方が優れているのに、ジョシュアならば何だってできるのに、と。

 だがこの問いにレスカははっきりと返した。変わらぬ笑顔で。


『だって、レスカのお兄様だから!』


『兄』という、ただそれだけの理由。

 だがその理由は絶対に揺らぎようがない。たとえジョシュアとの差が今後どれだけ広がろうとも、世界中の誰もが優れた子息として彼の名前をあげようとも。

 レスカ・ラングリッジの兄はカルヴィン・ラングリッジただ一人であり、ゆえに、レスカはカルヴィンを世界で一番だと思ってくれているのだ。


「それを聞いて、僕は世界で一番の妹のために、世界で一番の兄でいようと誓ったんだ。そうなると、やっぱりジョシュアのことが嫌いだ。だって僕は世界で一番にならないといけないからね」

「カルヴィンさんは一番になりたくて、だからジョシュアお兄様のことが大嫌い……?」

「簡単に言うとそうだね。こう見えて実は負けず嫌いなんだ。だから僕は、この『大嫌い』という気持ちを大事にしたい」

「大嫌いをだいじに……」


 カルヴィンの言葉に、シャルロッテは首を傾げてしまった。

『嫌い』は駄目なことだ。『好き』の方が良い。

 そう話せばカルヴィンは穏やかに微笑んだまま、「そうだね」と同意を示してくれた。


「でも、世の中にはどうしても好きになれないものもある。……シャルロッテ、この世界が優しくて素敵なものばかりじゃないことを、きみはもう知ってるよね」


 問われ、シャルロッテは胸元を押さえ……、コクリと頷いた。


 今のシャルロッテの世界はキラキラと輝いてばかりだ。

 大好きな家族、大好きな先生や友人、屋敷の使用人達もみんな大好き。そしてみんなシャルロッテを大好きでいてくれている。日々の遊びは楽しくて、勉強やマナーの練習も楽しい。それに美味しいご飯とお菓子。

 大好きで素敵なものばかりだ。

 テオドールに助け出されたあの日から、世界は日々キラキラと輝きを増している。


 ……テオドールに助け出されたあの日から、は。


 シャルロッテの脳裏に、暗く寒い馬車の荷台の景色が蘇った。

 手にしていたロミーをぎゅうと抱きしめる。察したカルヴィンが優しく名前を呼び、そっと片手を繋いでくれた。


「ロッティね、前にね、怖いひとたちといたんです……。それで、お父様ときしのひとたちがたすけてくれて、だから、いまロッティはブルーローゼス家のロッティで、でも、その前はちがくて……」

「うん。話は少し聞いてるよ。辛かったんだね」

「それで、ときどきね、どうしてロッティだったんだろうって……。いまはお父様とお母様のこどもで、お兄様達の妹で、すごくしあわせで……。でも、どうしてロッティだけずっとちがったんだろうって。だって、お兄様達やクラリスさん達は、ずっとお父様とお母様といっしょで、キラキラでいっぱいだったのに。そう思うと、いつも頭のなかと胸のなかがぐるぐるして、気持ちがわーってなるんです」

「その男達のことが大嫌いで許せなくて、怒っているんだね」

「だいきらいで、ゆるせない……。おこってる?」


 カルヴィンの言葉に、シャルロッテはパチクリと目を瞬かせた。

 不安で怖かった感情にまた違う名前が付いた。『大嫌い』『許せない』『怒っている』どれも良くない感情だ。

 こんな感情は無い方が良い。


 ……だけど、確かに、シャルロッテの胸にある。

 胸にあって、きっとこの感情はいつまでも消えてくれないだろう。大人になってもずっと。

 それを考えると、また胸の内がもやもやする。


「……ロッティ、よくわからない、けど……、もしかしたら、そうかもしれないです……」

「大嫌いも、許せないも、怒る気持ちも、シャルロッテが自分を大切にするためには大事にしないといけないものだよ」

「だいじ?」


 この気持ちを大事にしていいのか。押し留めて隠して、無理やりに消さなくていいのか。

 そう考えるとシャルロッテの胸に色々な感情が湧き上がりはじめた。

 これはきっと、カルヴィンが口にした『大嫌い』『許せない』という気持ち、そして怒りだ。

 強い感情が体の中でぐるぐるとまわって渦を作る。出口を求めて暴れている。


 そうだ、自分は怒っているんだ。

 あんな酷い人達にずっと荷台に閉じ込められていた。こんなに世界はキラキラしてるのに、それを知らずにいた。

 荷台に来て抱きしめてくれた人たち、泣いていた人たち、みんなにも酷いことをした。


 あんな人達、嫌い。

 大嫌い、許さない!

 自分は怒っているんだ!!


「ロッティね、あのひとたちのこと、大嫌いなんです。だって、なんでロッティが……、ロッティだけじゃなくて、いっぱい泣いてるひとがいて、そういうひとたちにひどいことして、あんな怖いひとたち、大嫌い。ロッティにひどいことして、どうしてロッティなの! 大嫌い! だいっきらい!!」


 胸の内の靄を吐き出すように、何度も声を荒らげた。「嫌い!」「だいっきらいなの!!」と。

『嫌い』しかまだ単語を知らないから、その単語に想いのたけを込めて。

 何度も。何度も。


 そうしてひとしきり叫び終えると、シャルロッテは荒い息と共に最後に「大嫌いなの……」と呟いた。

 もとよりドキドキしていたところで声をあげたからか呼吸が乱れる。浅い息を何度も繰り返し、自分でもこんなに大きな声が出たのかと驚いて呆然としてしまう。


 だけど、


「すっきりした?」


 そうカルヴィンに問われると、息を荒らげながらもコクリと素直に頷いた。

 すっきりした。胸の内にあったもやもやが言葉と共に出ていったように思える。あれだけ叫んだのだからきっと遠くにいったのだろう。

 そう話せば、カルヴィンが「よかったね」と微笑んだ。


「大嫌いも怒る気持ちも大切にするべきものだよ。だけど人を傷つけてしまう気持ちでもあるから気を付けようね。もしまた叫びたくなってどうして良いのか分からなくなったら、僕やレスカのところにおいで」


 諭すような口調のカルヴィンに、シャルロッテはまたコクリと頷いた。

 叫んだせいで顔が熱い。それを話せばカルヴィンがそっと頬を撫でてきた。「本当だ、あったかい」と笑う。


「それじゃあそろそろみんなの所に戻ろうか」

「はい。……あの、おててつないでいいですか?」


 自分が案内するから。そうシャルロッテが手を差し出せば、カルヴィンが「もちろん」と了承すると共に手を繋いでくれた。



 ◆◆◆



 ハンク達のところに戻れば、そこにはジョシュアとライアンの姿もあった。

 どうやら母達との話を終えて戻ってきたらしい。先程までは母達と共にいたライアンもこちらに合流している。

 案じるような兄達の表情に、シャルロッテはにこと笑って「ロッティだいじょうぶ!」と答えた。カルヴィンと手を繋いだまま。

 誰もがほっと安堵の表情を浮かべた。


 そんな中、ライアンが「そういえば」と明るい口調で話し出した。


「カルヴィンはジョシュア兄さんのこと万能みたいに言うけど、ジョシュア兄さんも苦手なこと意外とあるよね」


 あっけらかんとした口調のライアンの話に、ジョシュアが眉根を寄せ、カルヴィンは「苦手なこと?」と不思議そうな表情を浮かべた。


「ジョシュアに苦手なことなんてないだろう。昔から癪に障るぐらいなんだって出来ていたからな」

「いや、あるよ。ねぇ兄さん」

「……本当にあるのか? なんだって卒なく、それどころか平均以上にできてたお前に?」


 信じられないと言いたげにカルヴィンがジョシュアを見る。

 彼からの視線を受けるジョシュアは随分と嫌そうだ。だが根が真面目な彼はこんな場でも嘘を吐くことを良しとしなかったのか、低い声で「苦手なことぐらいある」と答えた。凄く言いたくなさそうな声色だが。


「なんだ?」

「……だ」

「ん? なんて言った?」


 ジョシュアの声量は随分と小さく、聞き取れなかったカルヴィンがもう一度言うように催促する。

 それに根負けしたのか、あるいは覚悟を決めたのか、ジョシュアが苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。


「お洒落、だ」


 と。

 その瞬間の沈黙といったらない。

 長閑なはずの庭が、シン、と静まり返った。

 少し離れた場所では母達が談笑しておりその声が聞こえてくるはずなのに、不思議な膜のようなものが遮断している気がする。

 聞こえているはずの音が耳に入らない、場の空気が彼女達の談笑を飲み込んでしまう、それほどまでの沈黙。


 そんな沈黙を破ったのは、「あっ……」というカルヴィンの声だった。

 なにかに気付いたように口元に手を当てている。


「そういえば、いつもやたらと堅苦しい服を着てるなと思ってたんだ。てっきり、僕達同年代とは違う、自分は目上の者達の輪にいるのが似合う、っていう意思表示だと思っていたんだが……」

「そんな性根の悪い理由で服を選ぶわけがないだろ。……ただ、その場に適した、なおかつ公爵家嫡男としてふさわしい服を選んでいただけだ。……むしろ、そういうのしか選べなくて、だな」

「でも今の服は良いじゃないか。そのベストとスカーフの配色、今の流行りだろう。それにスカーフの柄も合ってる。柄自体は派手だが、色が押さえてるから全体的に落ち着いて見えるな」


 良いセンスだとカルヴィンが褒める。ジョシュアのことを『大嫌い』だと宣言した彼だが、美点は素直に褒めるのだ。

 もっとも、どれだけ褒められようともジョシュアは更に渋い顔をするだけで、対してその隣でライアンが褒められるたびに嬉しそうにしている。

 つまり……、


「これは……、すべてライアンに見立ててもらった」


 というわけである。

 それを聞いた瞬間、カルヴィンがふはっと間の抜けた声で息を吐いた。張りつめた空気を壊すような、むしろ彼の中で張り詰めていたものが四散するような声とも言えないものだ。

 ジョシュアに向ける表情は今すぐに笑い出したいと言いたげである。


「弟に洋服を選んでもらってるのか? それも全部?」

「べつに普段から頼んでるわけじゃない。……ただ、こういう、多少ラフな方が良い場の服装が分からないだけだ。それに得意な者に助言を求めるのは至って普通の事だ。お前だってレスカの知識を頼ることがあるだろう。だから笑うな。……いや、その顔で見るぐらいならいっそ笑え」


 不満そうなジョシュアの声。もはや不満を通り越し、カルヴィンを睨みつけている。

 だがその不満も今はカルヴィンの笑いを誘うだけだ。ついには耐え切れないと声をあげて笑い出してしまった。

 ジョシュアの眉間の皺が更に深まり眼光が鋭くなる。彼らしくない表情である。




 そんなやりとりを、シャルロッテは兄やレスカ達と眺めていた。

 グレイヴが持ってきてくれた椅子にレスカが座り、その膝にシャルロッテが座る。ハンクとグレイヴは立ったままだ。

 サジェスのみレスカが座る椅子の後ろでしゃがんでいるが、これは座るというより極力身を隠したいという彼の微々たる抵抗である。だがシャルロッテは彼の心境を理解出来ず、「座りたいならいすどうぞ」と譲ろうとして高速で首を横に振って遠慮された。


「ジョシュア兄さんもカルヴィンも、お互いが相手の時だけは妙に大人気ないよな」


 とは、グレイヴの言葉。

 これに対して、口論の火種を投下しておいてさっさと離れたライアンが暢気に「だよねぇ」と笑う。


「でも昔から二人はああだし、あれはあれでうまくいってるんだろうね」

「け、結局のところ……、似てるんだろうね……。ふたりとも」


 ジョシュア達を眺めるライアン達の表情は微笑ましげで、これではまるで弟を見守る兄のようではないか。

 シャルロッテがそんな兄達を眺めていると、自分を抱きかかえていたレスカが小さく笑うのが聞こえてきた。


「私のお兄様、素敵でしょう?」


 穏やかに微笑みながらレスカが問う。

 これに対してシャルロッテは「はい」と答えた。

 ……だけど、


「でもロッティのお兄様達が世界で一番です!」


 そうはっきりと答え、得意げに笑った。



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ジョシュア君『カルヴィン兄様』と呼んであげればデレてくれるよ
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