21:お兄様達の大事な妹
終始青ざめつつ引きつった笑顔を貼り付ける一名を除き、食事会は穏やかで楽しいものだった。
ラングリッジ家夫妻はとても優しく朗らかで、シャルロッテが何を話しても興味深そうに聞いてくれる。そのうえ二人は聞き上手なうえに話し上手でもあり、次から次へと面白い話をしてくれた。
ラングリッジ家のことから始まり、飼っている犬のこと、彼等が住んでいる地域のこと、ブルーローゼス家との思い出……。シャルロッテはどの話も瞳を輝かせて聞いていた。
そんな話し上手な夫妻とは反対に、息子のカルヴィンは静かで、率先して話し手を担うタイプではないようだ。だがシャルロッテが話しかけると優しく微笑み答えてくれる。
誰もが――貼り付けた笑みが一名いるが――楽しそうに笑い、会話と食事を楽しんでいた。
元々姉妹のフレデリカとソフィアはもちろんだが夫同士も仲が良いようで、フレッドはテオドールに敬語こそ使えども親し気だ。テオドールもまた他家の貴族や騎士隊の同僚と話す時のような畏まった態度は見せず、時には冗談を言って声を出して笑い合ったりとまるで親友のように接している。
兄達も同様。とりわけ誰しもに友好的なライアンは親族の交流が嬉しいといいたげで、グレイヴも叔父と叔母に騎士隊での活躍を褒められて嬉しそうにしている。
なんて楽しい時間だろうか。
そんな食事会を一度終え、今度は中庭へと移動した。もちろんシャルロッテの案内でだ。
テーブルについて話す者、庭を見てまわる者、父達はワインのコレクションを見に地下のワインセラーへ……、と好きに過ごしつつ交流を深める。
シャルロッテはフレデリカとソフィア、そしてライアンと共にテーブルに着き、母達の昔のことを聞かせてもらっていた。
「お母様は、ずっとお母様じゃなくて、ロッティみたいに小さかったんですか?」
とは、話を聞いて最初にシャルロッテが抱いた疑問。
自分の隣に座り穏やかに微笑む母にも幼少時があったという。想像してみるが、どうにもピンとこない。
だがソフィアが言うには、幼少時の母も今のシャルロッテのようにマナーの練習をして、時にはフォークを落としたり、ちぎったパンを転がしてしまったりしたという。シャルロッテが思わず「さっきのロッティみたいに?」とつい数十分前の失敗を元に問えば、母が微笑みながら頷いた。
「小さいお母様……。ロッティも小さくて、小さいお母様みたいにマナァのお勉強してます。いつかお母様みたいになれますか?」
「えぇ、もちろんよ。私の娘だもの」
フレデリカが優しく頬を撫でてくれる。それが嬉しくてシャルロッテもまた笑って返した。
そうして再び話が盛り上がる。
時にはフレデリカが話し、時にはソフィアが過去を懐かしむ。ライアンが「聞きたい話があるんだ」と話題を振る事もある。
尽きぬ思い出話は昔から姉妹仲が良かった証だ。
話に花を咲かせる母達を見ているとそれだけで楽しくなってきて、シャルロッテはまるでその場に自分もいたかのようにうんうんと頷きながら話を聞いていた。
◆◆◆
そんな穏やかなテーブルセットから少し離れた場所では、ジョシュア達が庭を眺めていた。
といってもこちらはただ庭を眺めて歩き、時折、他愛もない話や近況報告をするだけだ。
盛り上がっているとは言い難い。かといって不仲で気まずい空気というわけではない。
なにせシャルロッテこそ初めての親族との会合だが、息子達にとってはよくあること。これといって久しぶりというわけでもない。
会おうと思えばいつだって会えるし、実際にシャルロッテがブルーローゼス家に来て以降も何度か顔を合わせている。そのうえシャルロッテの主治医であるレスカとは密に連絡を取っており、ゆえに互いの近況を把握している。
更にこの手の集まりではいつも話し手を担うライアンが今は別の席におり、彼ほど饒舌ではないが話し上手のレスカも離れた場所にいるため、会話よりもただ歩いている時間の方が長い。
「あの子がシャルロッテか」
沈黙を破るというほどの声量でもなく、ぽつりと呟いたのはカルヴィン。
たまたま彼の隣に立っていたジョシュアが兄弟を代表するように「あぁ」と返した。
「レスカから話は聞いていたが、確かに愛らしい子だな。明るく朗らかで、言葉こそまだ拙いがきちんと挨拶をしようとする礼儀正しさもある」
「そうだろう。シャルロッテは可愛らしいし性格も素直、あれほどの妹はいない」
「だが世界で一番の妹はレスカだ」
「なんだと……!?」
カルヴィンの言葉にジョシュアが驚愕した。
あれほど可愛いのに、あれほど素直で朗らかなのに、シャルロッテが一番じゃないだと……。と、信じられないと言いたげにジョシュアが怪訝にカルヴィンを見る。
対してカルヴィンは落ち着いており、まるで念を押すかのようにもう一度はっきりと「世界で一番の妹はレスカだ」と断言した。
意見を違えた二人の間に張り詰めた空気が漂う。一触即発とはまさにこの事。
仮に他家の者がこの場に居合わせたらさぞや居心地の悪い思いをしただろう。ブルーローゼス公爵家の肩を持つべきか、だがラングリッジ家とて歴史ある家で……、と悩んだはず。むしろ二人の圧に耐え切れず、どちらに着くか悩むことすら出来なかったかもしれない。ただ青ざめておろおろと両者を見るだけだ。
なにせそれほどまでに二人の間に漂う空気は緊迫している。
あくまで、二人の間に、だが。
正確に言うのなら、二人の間にだけ、である。
なにせ二人の後ろではハンクとグレイヴが「あ、また始まった」「よく飽きないよな」と話している。
慣れたもの。否、むしろ慣れを通り越して見飽きた、それすらも通り越して無の境地、と言いたげな態度である。
「レスカは可愛らしいうえに勤勉家であり、医者として立派に働いている。貴族のしがらみに囚われず己の道を生きる。自由にのびのびと育ててきた結果だ。レスカこそ世界一の妹」
「自由にのびのび、か……。やれ絶版の医学書が売られてるだの、やれ珍しい症例の報告会があるだの、突如連絡無しで海を渡るレスカがのびのびとはよく言ったものだ。あれはのびすぎだろう」
「人聞きの悪いことを言ってくれるな、レスカはどこに行くにもきちんと連絡はしてきた。……まぁ、出発する日の朝に行先を告げて僕達が追えないようにしたり、最後の方は『この手紙が届く頃には私は船に乗っています』と絶妙なタイミングで手紙を出したりしていたけど。そういう策士なところも含めて世界一の妹だ」
「年々巧妙になっていってたな。叔父上達が頭を抱える光景を何度見たことか」
「拠点を持たせて、手綱をつけて、今は年二回に抑えている」
だから問題ない、とカルヴィンが断言した。そのうえ「そんなところも含めて世界一だ」と付け足す。
話し方こそ父親譲りで穏やかだが、彼の口調にはけして引くまいという強い意志が感じられる。己より身長の高いジョシュアを臆することなくじっと見上げており、眼鏡の奥の眼光は鋭い。
それを受けるジョシュアもまた彼らしからぬ冷ややかさでカルヴィンを見据えていた。眉間に寄った皺が不満を露わにし「相変わらず度が過ぎる妹愛だな」と告げる声は低い。もちろんこの言葉が褒め言葉ではないのは言わずもがな。
張り詰めていた空気が更に緊迫感を増していく。
二人の間にバチバチと火花が散ってもおかしくない程に。
もっとも、どれだけ緊迫感を増そうが、あくまで二人の間だけでのこと。
その背後ではハンクとグレイヴが「……そ、そういえば、さっき食べたパン」「あぁ、あれ美味しかった!」と話し、もはやジョシュアとカルヴィンのことを気にもしていない。
更にその背後ではレスカとサジェスが「年二回? あれ、去年って……、三回……?」「先生もう僕帰りたいですぅ」と話している。
眼光鋭く睨み合う両家子息と、その背後で好き好きに話す兄弟達。
美しい庭に似合わぬ温度差のある空気が漂っていたが、これもまた誰も気にしていなかった。
◆◆◆
そんな兄達のやりとりの内容を知らず、シャルロッテは彼等に近付こうとしていた。
母達との話の流れで話題がジョシュアについてになったのだ。フレデリカに「呼んできてくれる?」と頼まれ、二つ返事で「はい!」と了承して椅子からぴょんと降りた。
美しいブルーローゼス家の庭を、兄達の姿目指して小走り目に近付く。
どうやら兄達は話に夢中なのか気付いていないようで、シャルロッテはジョシュアの近くまで行くと彼の名前を呼ぼうとし……、
「本当にお前とは考えが合わないな。昔から、お前のことが大嫌いだったよ」
という、カルヴィンの冷たい声にビクリと体を震わせて足を止めてしまった。




