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本日も愛され日和〜不遇の幼女、今日から愛され公爵令嬢はじめます〜  作者: さき
第二章

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19:お洒落で小さな公爵令嬢

 


「シャルロッテ、いいもの買ってきたよ」


 ライアンがシャルロッテに告げてきたのは、彼が市街地に出かけてまだ一時間半程度のこと。

 兄の早々の帰宅に、ジョシュアと本を読んでいたシャルロッテは首を傾げ「お兄様?」と尋ねながら彼に近付いた。


「お兄様、おでかけは? ロッティにいいものですか?」

「そう。シャルロッテに似合う素敵なものを見つけて帰ってきたんだ」

「……ロッティのせい?」


 自分のせいで兄が買物を中断して帰ってきてしまったのではないか、自分がいつも家族に纏わりついているから……。そんな不安がシャルロッテの胸に湧く。

 だがライアンはすぐさま「違うよ」と否定してくれた。それも、優しくシャルロッテの頭を撫でながら。


「喜んでくれるかなって考えたら買物どころじゃなくなって帰ってきたんだ。シャルロッテも、前にクッキーを焼いてくれた時、僕達に配りにきてくれたでしょう?」


 厨房の者達と協力して焼いたクッキー。ハートのクッキーは家族にだけと選り分けて袋に入れて、一人一人探して配ってまわった。

 だが探さずとも食事の時間になれば家族はみんな揃うので、そこで渡せば楽に済んだろう。もちろんそれは分かっていたが、どうしても配りたかったのだ。

 その時の気持ちを思い出し、シャルロッテは「あのね」と話し出した。


「ロッティね、みんながクッキーよろこんでくれるかなって、そう考えたらすぐにクッキーをあげたくなったんです。ご飯の時間までまてなくて、それで、リシェルといっしょにおうちの中でお兄様達のことさがしました」

「今の僕も同じ気持ちだよ。シャルロッテに早く喜んでほしいって思ったら我慢できなくて帰ってきちゃったんだ」


 ライアンが微笑みながら話せば、シャルロッテの中で不安が一気に消えていく。それどころか「同じ」という言葉が嬉しくなってきた。

 そうなると次は彼が話していた「いいもの」が気になってしまう。

 早く帰ってきてしまうほどのいいものとはなんだろう。可愛いものなのか、美味しいものなのか……。期待が増していき、そわそわと落ち着きなく体を動かしてしまう。


「ライアンお兄様、いいものって何ですか?」


 我慢が出来ずに話の先を求めれば、ライアンが笑みを強め、手にしていた紙袋から小さな容器を取り出した。

「じゃーん!」という効果音を自ら口にしつつ、それをシャルロッテの目の前に差し出してくる。

 彼はよくこうやって効果音付きで何かを見せてくる。以前のお茶缶しかり。そういう時、シャルロッテはいつも拍手するようにしていた。今も小さな手でパチパチと拍手を送る。


 そんなライアンが差し出してきたのは、花の飾りがついた小さな容器だ。

 シャルロッテの瞳が輝く。なんて可愛らしいのだろうか。


「お花のいれもの、かわいい!」


 思わず感想を声に出せば、ライアンが満足そうに頷いた。

 だがそれだけではないらしく、「この中にはね」と話しながら容器の蓋を開けた。

 可愛らしい容器の中は、ピンク色のもので八割ほど埋められている。揺れても動かないあたり液体とは違う。たとえるならば絵の具や粘土に近いか。


「ライアンお兄様、これなんですか?」

「じつはこれはね……。あ、シャルロッテ、拍手してもらってもいいかな」

「はい!」


 ライアンの希望に応え、シャルロッテは拍手を再開させた。

 彼はそれで満足、……せず、シャルロッテの背後に立ち静かに話を聞いていたジョシュアに視線をやった。


「ジョシュア兄さんも拍手お願い」

「ん? 私もか。分かった」


 弟に頼まれ、ジョシュアも拍手を始める。

 そんな二人分の拍手と注目を一身に受け、ライアンが誇らしげに口を開いた。


「これは子供用の口紅なんだ!」


 と、堂々とした言葉。

 これにはシャルロッテも更に興奮し……、だが「くちべに?」と首を傾げてしまった。

 口紅は知っている。だけど……、


「おけしょうはもっとお姉さんになったらってお母様が言ってました」


 以前に何度かフレデリカの化粧を眺めていたことがある。元より美しい母の顔に鮮やかな色が載り、更に美しくなっていく。まるで物語に出てくる魔法のようだと思わず見惚れてしまった。

 その際に「もっとお姉さんになったらお化粧を教えてあげるわね」と言われたのだ。

 そうシャルロッテが話せば、ライアンが話は分かると頷いた。


「確かにお化粧はお姉さんになってからだね。でもこれは子供が使う口紅なんだ。乾燥から唇を守ってくれるお薬でもあるんだよ」

「かんそう……、おくすり……?」


 よく分からない、とシャルロッテがまたも首を傾げた。

『お薬』は分かる。だが『乾燥』とは何だろう?

 ライアンとジョシュアに問えば、ジョシュアがゆっくりとシャルロッテに手を伸ばし、頬に優しく触れてきた。彼の大きな手が包むように頬を覆う。

 まだもっちりとはいえないがシャルロッテの頬は子供特有の柔らかさとふくらみがあり、ジョシュアの手を受けてむにゅりと歪んだ。


「なるほど、乾燥知らずだ」

「ロッティはかんそう知らないです」

「後でどういう意味か教えてあげよう。それよりライアンの買ってきた口紅だ。子供でも使えるものなら、せっかくだしここで使ってみたらどうだろう」


 ジョシュアの提案にライアンも同意を示す。

 次いでさっそくと促してきた。


「お店のひとの話だと、指先に軽くつけて、それを自分の唇に塗るんだって」

「ロッティ、お母様がくちべにつけるの見たことあります。指でね、口紅さわって、自分のお口につけるんです」

「よし、じゃあさっそくやってみよう!」

「はい!」


 ライアンの言葉にシャルロッテも意気込み、口紅の容器を受け取った。

 母が化粧する様子を思い出しつつそっと人差指を近付け、表面を数度撫でて指に摺りつける。

 これぐらいで良いかと自分の指を見れば、指先が色づいている。可愛らしいピンク色だ。

 それを自分の唇にむにむにと塗っていけば、甘い香りが鼻をくすぐった。「あまいにおいがします」と話せば「食べちゃ駄目だよ」「お腹がすいても舐めないように」と二人が冗談めかしてくる。


 そうして唇を塗り終えた。……のだが、もちろんシャルロッテには今自分の唇がどんな状況かは分からない。自分の顔は見られないし、あいにくと鏡はない。

 だがライアンとジョシュアの反応を見る限りうまく塗れたのだろう。二人が「もっと可愛くなったね」「初めてなのに上手だ」と褒めてくれた。


「ロッティ、口紅つけられました!」

「ピンク色ですっごく可愛いね。鏡見に行こうか」

「はい! それに、お母様にも見てほしいです。あとリシェルと、それと」


 初めてのお化粧に興奮しながらシャルロッテが話せば、ライアンもジョシュアもまるで自分のことのように嬉しそうに頷いてくれた。

 そうしてさっそく見せに行こう、となったところで扉がノックされた。

 入ってきたのはリシェルだ。どうやらライアンの分の紅茶を持ってきてくれたようで、そんな彼女にシャルロッテは「あのね、リシェル、見て!」と飛びついた。


「ライアンお兄様がね、買ってきてくれたの。ロッティも使っていい口紅でね、ロッティね、口紅つけたの!」

「まぁ、ようございましたね。ピンク色でなんて可愛らしい。口紅を塗るなんてシャルロッテ様はお洒落ですね」

「ロッティ、かがみ見たい! それとお母様にも見てほしいです!」

「奥様でしたらお部屋にいらっしゃいますよ。お部屋に鏡もありますし、お見せしに行きましょう」

「はい!」


 母に見せたらどんな反応をするだろうか。可愛いと褒めてくれるだろうか、上手く口紅を塗れたと褒めてくれるだろうか。もっと上手に塗れるように教えてくれるかもしれない。

 そんな期待がシャルロッテの胸に湧き、さっそく見せにいこうと部屋を出た。

 もちろん、


「ライアンお兄様とジョシュアお兄様も!」


 と兄達を誘うのも忘れない。

 シャルロッテの誘いに、二人が嬉しそうに笑って続くように部屋を出て行った。



 ◆◆◆



「口紅か」


 と呟いたのはジョシュア。隣を歩くライアンは彼の呟きに「市街地で見つけたんだ」と返した。

 少し先をシャルロッテとリシェルが手を繋いで歩いている。通りがかった使用人達に「ロッティね、口紅つけてるの!」と誇らしげに話すシャルロッテの愛らしさと言ったらない。


「子供用の口紅って初めて見たんだけど、お店のひとが言うにはちゃんと色が付くし、常用しても問題ないって。だからシャルロッテが喜ぶと思ったんだ。……それと」


 言いかけ、ライアンが口を噤んだ。

 本人に聞かれまいと少し声を潜め、尚且つ明確な単語は避けて「あれってさ」と話せば、察したジョシュアが小さく頷いて先を促してきた。


 あれとは赤ちゃん返りの症状の一つ、指しゃぶりだ。


「すぐに手を放すあたり、シャルロッテ自身も駄目だって思ってるはずなんだよね。だからせめて、その理由が前向きなものになればいいなと思って」

「前向き?」

「そう。せっかく可愛くお化粧したんだから、とか。そういう理由なら少しは前向きになってくれるかなって」


 口紅のために手を放し、そしてそのたびに口紅を塗っていることを実感する。ただ『赤ちゃんみたいだから』だの『不衛生』だのと自分を律して手を止めるよりも気持ちは楽になるはずだ。

 今のシャルロッテのはしゃぎようを見るに、化粧をしている実感で嬉しくなるかもしれない。


 止めてやることはできない。その方法は分からない。

 それならせめて、手を放した後の彼女の気持ちが少しでも楽になるように。

 自分の手を見て「またやってしまった」と落ち込むのではなく、化粧をした自分を思い、楽しく前向きになれるように……。


 そう考えて口紅を買ってきたのだとライアンが話せば、ジョシュアが感心したような表情を浮かべた。


「どうにかする方法はないかと考えていたが、前向きにする方法は考えもしなかったな。さすがライアンだ」

「そんな凄いことじゃないよ。口紅だけで治るわけでもないし、ただ可愛いから買ってあげたいって気持ちもあったしさ」

「受け入れて前向きに変える。ライアンらしくて良い方法だと思う」


 ライアンが謙遜するも、ジョシュアははっきりと褒めてくる。良い方法、さすが、挙げ句に感謝の言葉まで告げてくるではないか。

 これには逆にライアンがどうして良いのか分からなくなってしまう。照れ臭さのあまり「そんなに褒めないでよ」と制止すればジョシュアが楽しそうに笑った。




 結局のところ、口紅だけではシャルロッテの指しゃぶりは止められなかった。

 ふとした瞬間に唇に触れて、時には軽く吸ってしまう。

 だがはたと気付いて手を放した後、シャルロッテは嬉しそうに微笑むようになっていた。

 以前は落ち込んだり不安そうにしていたのに、ふふと唇で弧を描く。どことなく誇らしげに、ご機嫌に。


 なにせ口紅を塗っているのだ。

 それを思えば、指を吸ってしまったことより、お洒落をしていることが嬉しくなってくる。


 ほんのりと唇に色をつけて嬉しそうにするシャルロッテを、誰もが愛おしいと表情を和らげて見守っていた。




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