32:愛され公爵令嬢の大好きな家族(2)
三時のおやつの後に一度屋敷を回り、その後は絵本を読んだりぬいぐるみと遊んで過ごす。
気付けば外は暗くなっており、窓の外を眺めつつ庭にいる警備に手を振っていると、夕食の準備ができたとリシェルが迎えに来てくれた。――シャルロッテはよく窓の外を眺め、庭にいる者に手を振っている。これがブルーローゼス家で働く者達の楽しみになっており、運よく遭遇するとみな誇らしげに語るのだが、シャルロッテ当人は知る由もない――
夕食は家族揃って食べることが多い。
もっとも、これはシャルロッテが来てからだという。それ以前は各々が仕事や自分の予定を優先し、時間を合わせようとはしなかった。
だがシャルロッテが来てからは違う。出来る限り時間を合わせ、仕事の途中であっても手を止めて集まってくれる。
「シャルロッテ、さっきクラリスさんからお菓子が届いていたわ」
「クラリスさんから!」
フレデリカがお菓子に添えられていたというメッセージカードを差し出してくる。
可愛らしい兎の絵のメッセージカード。書かれている文字はシンプルで、これならばシャルロッテも読めそうだ。
『おいしくもっちりなさってください』
書かれているメッセージを読み取ると同時に、シャルロッテの頭の中にクラリスの姿が浮かんだ。
もっちりとした見るからに健康的な体型、艶のある肌。優雅に揺れる黄金の縦ロール。堂々とした立ち振る舞い。記憶の中でさえクラリスは『お嬢様』である。なんて立派なのだろうか。
記憶の中のクラリスが『お太りあそばせ』とコロコロと、否、もちもちと笑えば、彼女の姿に続いて浮かぶマリアンネとフランソワも同意を示した。
もっちりもっちり。友人の姿と声を思い出すだけで、自分も彼女達のようにもっちりせねばと食欲が湧く。
「トレルフォン家からのお菓子かぁ。あの家、食べ物関係の知識と拘りが凄いんだよね。国外の食べ物や流行りもしっかり押さえてるし、厨房の試食会も夫妻揃って顔を出してるんだって。『トレルフォン家の厨房で働いていた』っていうだけで腕前が証明されるようなものらしいよ」
「食か……。俺はさっぱりだな。パーティーの食事もフレデリカ任せだ」
ライアンの話に感心したように返すのはテオドール。
彼から話を振られたフレデリカは肩を竦め「昔から食には無頓着よね」と苦笑した。
大好きな友人について、大好きな兄と大好きな父と母が話す。大好き尽くしなやりとりをシャルロッテはにこにこと微笑みながら聞き、次いでジョシュアへと視線をやった。
「ジョシュアお兄様もお菓子大好きです。ジョシュアお兄様、クラリスさんのお菓子、いっしょに食べましょう」
甘いものと言えばジョシュア。
そう紐付けてジョシュアに声をかければ、彼はむぐと一瞬言葉を詰まらせた後、いつもより少しばかり小さな声で「あぁ」と返してくれた。
ほんのりと頬が赤くなっている。だがその理由が分からずシャルロッテが首を傾げていると、フレデリカが「あら」と意外そうな声を漏らした。
「ジョシュア、貴方まだ甘いものが好きなのね。昔からよく食べていたものね」
「そ、そうですね……。好きか嫌いかで言えば好きな方ですし、他の人よりも好きだと思います。特に執務続きだと比較的食べる方かと」
だいの大人が、それも男が、甘いものが好きなんて……。という思いがあるのか、ジョシュアの口調は彼らしくない。
そんなジョシュアに同意したのはハンクだった。相変わらず長い前髪で目を隠し、喋る声も誰よりも小さい。食事の最中も殆ど喋らずもそもそと静かに食事をしているが、ふとした時には会話に加わってくる。
「それは分かるかも……。ぼ、僕も細かい作業に集中してると、甘いものが食べたくなるんだ……」
「そうか、ハンクもか。糖分摂取は集中力を高めると言うしな」
意外な人物からの賛同に、ジョシュアが表情を明るくさせて話に乗った。
この会話に「集中力か」と呟いたのはグレイヴ。
「騎士隊の訓練や乗馬なら集中できるんだけど、どうも俺は机での作業や細かい事になるとあんまり集中力が続かないんだよな。ハンク兄さんの細かい作業って人形についてだろう? よくあんなに小さいものをいじれるよな」
自分だったら壊しそうだ、とグレイヴが話せば、弟の不器用さとそれを隠しもせず打ち明ける素直さに兄達が微笑ましげに笑う。
彼の話にシャルロッテは部屋に残してきたロミーを思い出した。今ロミーはぬいぐるみ達の間に埋もれるように座っている。
見間違えるほど綺麗になったロミー。
直した後もハンクはロミーを気に掛け、洋服や靴をくれたり手入れの仕方を教えてくれている。彼の人形の扱い方はとても丁寧で、シャルロッテはいつも真剣に話を聞いて真似をしているのだ。
それを話せば、ハンクが気恥ずかしそうな表情を浮かべた。
次いでこの話題に乗ってきたのはお洒落が趣味のライアンで、どうやら人形の服にも興味が出たのだろうハンクに質問をしだす。それにジョシュアが加わり、グレイヴも……、と兄達が盛り上がる。
もちろんシャルロッテを交えてだ。誰もが話の合間にシャルロッテに同意を求め、話を振ってくる。
そんな兄妹達のやりとりを見守るフレデリカとテオドールの表情は嬉しそうで、食事も食後のお茶も、穏やかで楽しい時間が続いた。
◆◆◆
夕食を終えて夜の散歩も終えれば、あとはもう寝るだけだ。
今夜の寝かしつけはフレデリカ。
普段ならばシャルロッテは布団に入って彼女が来るのを待っているのだが、今夜は扉の前で出迎えた。
「どうしたの?」と尋ねてくるフレデリカに、「あのね、お母様。その……」ともじもじと体を揺らしながら話す。
「ロッティね、……お母様とお父様と寝たいです」
「私達と?」
「このまえお茶したときに、マリアンネさんが、昨日はお父様とお母様といっしょに寝たって言ってたんです。お父様とお母様のあいだで。それでね、クラリスさんとフランソワさんも、ときどきお父様とお母様と寝るって言ってて。でも、ロッティはお父様とお母様と寝たことがなくて……」
伝えたいこと、伝えたい気持ち、それらが溢れ出し「あのね、それでね」と必死に言葉を紡ぐ。
一人で眠れないわけではない。なにせずっと馬車の荷台にいた。荷台に人が来て一緒に眠ることもあったが、それも稀だ。殆どがひとりぼっち。否、ロミーが居てくれたので一人と一体ぼっちだった。
だから一人で眠ることに問題はない。
そもそも今は眠りにつくまでフレデリカやメイド達が絵本を読んでくれている。けしてひとりぼっちではない。
だからこのままでも眠れる。……のだが、両親の間で眠る心地良さを想像すると、一度でいいから経験してみたくなる。
「今日じゃなくてもいいんです。もしもお父様とお母様がまだお仕事があるなら、ロッティ待ってます。……だから」
「そんなに遠慮しなくても良いのよ。さぁ、一緒にお父様とお母様のお部屋にいきましょう」
穏やかに微笑みながらフレデリカが頬を撫でてくれる。
優しい声と温かな手。頼みを聞いてもらえたとシャルロッテがほっと安堵した。
さっそくとフレデリカに促されて彼女の手を握る。ロミーも一緒で良いかと聞けばもちろんだと頷いて返してくれた。これにもまた安堵する。
フレデリカに続いてテオドールも二つ返事で了承してくれた。
彼等の寝室にあるベッドはシャルロッテの部屋にあるものよりも大きく、二人が並んで寝ても優に余裕がある。もちろんシャルロッテが間に入っても狭いとは感じない。
それでも二人がぴったりと寄り添ってくれるので、シャルロッテは嬉しさで落ち着かず、何度も「お父様、お母様」と二人を呼んだ。
左右から穏やかな返事が聞こえてくる。そのたびに嬉しさが増して、もう一度呼びたくなってしまう。
「興奮して眠れなくなってるわね。シャルロッテ、そろそろ眠りましょう。お返事なら明日またいっぱいしてあげるわ」
布団越しにフレデリカの手がシャルロッテの体を優しく叩く。トン、トン、と一定のリズムを刻むのは落ちつかせるためだ。
それに続くようにテオドールの手がシャルロッテの目元に伸びてきた。大きな手が覆い隠すようにして目を瞑るように促してくる。
両親からの寝かしつけに、シャルロッテの胸の内を占めていた興奮は一瞬にして眠気に塗り潰されてしまった。
触れている箇所から二人の暖かさが伝わり、目を瞑っても彼等がそばにいるのが分かる。なんて心地良いのだろうか。ふわふわの布団の中、両親の暖かさを感じて、気持ちまでふわふわしてくる。
「おとうさま、おかあさま、おやすみなさい……。あしたも、ロッティといっしょに……」
いっしょに居てね。
そう言いたいのに眠くて言葉が出てこない。
だが二人には伝わったようで、眠りにつく直前、「明日も明後日もその先もずっと一緒だ」「おやすみなさい、私達の愛しいロッティ」と優しい声が聞こえてきた。
キラキラと輝く世界の中で、シャルロッテは安堵と幸福感に包まれながらゆっくりと眠りについた。
…第一章 end…
『本日も愛され日和〜不遇の幼女、今日から愛され公爵令嬢はじめます〜』
これにて第一章完となります。
小さな令嬢シャルロッテの幸せいっぱいな物語、いかがでしたでしょうか?
番外編を数話挟んで、二章が始まります。
更新は1日1話を予定。ちょっとずれるかも…
二章とは銘打ってますが、一章からそんなに時間も経ってません。まだ小さいままです。
ならなぜ二章にするのかというと、個人的に山場を一つ乗り越えたことで一区切りしたいのと、二章からはハンクが部屋から出てくるからです。
というわけで、物語はまだ続きます。
シャルロッテと家族と友人の物語、引き続き楽しんでいただけると幸いです。




