表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本日も愛され日和〜不遇の幼女、今日から愛され公爵令嬢はじめます〜  作者: さき
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/68

01:まっくらな世界がキラキラと輝きだす夜

 

 何にもない真暗な馬車の荷台が世界のすべてだった。

 時折ひとが来るがみんな居なくなっていく。みんないつも泣いていて、たまに頭を撫でて抱きしめてくれた。女の人、男の人、同い年ぐらいの子、たくさん来てはいなくなった。

 荷台の外に連れ出される事もあったけれど、どこも汚いのであまり嬉しくない。

 洋服を取られてじろじろと見られて「もう少しか」「上玉だな」と皆が話しているのを黙って聞くだけ。そしてまた部屋に戻される。気紛れにパンをくれるのは嬉しかった。


 自分はいつか誰かに売られる。

 荷台の外にいるのは自分を売る人達で、荷台に来て居なくなった人達はみんな先に売られていった。

 それが世界の全てで、きっと売られた先の世界もあんまりいいものではないだろう。



 そう考えていた少女の世界は、その晩、眩く温かなものへと塗り替えられた。

 なだれ込むように押しかけて来た騎士達と、その中で一際逞しく凛々しく、そして優しく手を差し伸べて抱き上げてくれた騎士のおかげで。



 ◆◆◆



 以前より大陸内でまことしやかに話されていた人身売買の集団。

 それがリスフォーテン国を渡ると聞き、騎士隊が取り押さえに掛かった。

 指揮を執るのはテオドール・ブルーローゼス、名家ブルーローゼス公爵家の当主であり、騎士隊の隊長でもある。

 彼の手腕は見事なもので、集団の行路を徹底的に調べ上げ、暗闇に乗じて音を立てずに近付く。そして攻めると決めた瞬間には先陣を切り、押し寄せる濁流よりも素早く強く、圧倒的な武力と統率力で集団を制圧したのだ。


 だが荷台に閉じ込められている少女にはそんな事は分からない。

 馬車が停まって、何か大きな物音がして、人の声がたくさん聞こえてくるだけだ。怒鳴り声や叫び声が続いたが、しばらくすると次第に収まっていった。

 何が起こっているのか分からないが、扉が開かないと分かりようもない。

 出来る事は荷台の端っこで人形を抱きしめる事だけだ。人形をぎゅっと抱きしめて、ボロボロになった髪を指で梳いてやる。


 そんな中、ふと、荷台の外から声が聞こえてきた。聞いたことのない声だ。


『別ルートを取っていた全ての部隊から制圧完了と報告がありました』

『そうか。怪我人は?』

『軽傷が数人程度です。保護した者達の中には衰弱している者もいるため、そちらの治療を優先し別部隊も帰還の準備に入っております』

『分かった。こちらも帰還しよう。指示を出しておいてくれ。あとはこの馬車だが……』

『錠が掛かってますね。今工具をお持ちします』

『いや、良い。剣で壊せるだろう』


 話し声の末、ガキンッと何かが壊れる音が荷台の中に聞こえてきた。

 思わずビクリと体を震わせてしまう。いつもの鍵の音とは違う、もっと大きな音だ。


「……だぁれ?」


 人形を抱きしめながら暗闇に向かって尋ねるも返事はない。だがその代わりのように荷台の扉がゆっくりと開かれた。

 外は夜の暗さが広がっている。それでも真暗な荷台の中に月明かりが薄っすらと差し込み始めた。


 その月明かりを背に立つのは一人の男性。金色の髪は月よりも明るく、紺色の瞳は夜の暗闇よりも濃い。

 まるで夜の景色を人の形に押し込めたような男性だ。

 綺麗な服を纏っており、荷台の中にいる少女と目が合うと彼は驚いたように目を見開いた。だが次第にその目を細める。辛そうな表情で息を吐いた。


「……子供だ」


 小さく男が呟いた。


「うるさくしてすまなかった。もう怖くないから出ておいで」


 そっと手を伸ばして声を掛けてくる。

 その声は今まで聞いたどの声よりも優しくて、少女は腕の中の人形をぎゅっと抱きしめたまましばらく悩み、それでも恐る恐る彼へと近付いた。

 荷台の縁にちょこんと座り見上げれば、紺色の瞳が真っすぐに見つめてくる。「怖がらなくていい」という声は低いが穏やかで優しい。


「お父さんやお母さんがどこに居るか分かるかい?」

「……わかんない」

「一緒に捕まって……、いや、一緒にここに来たのかな」

「……ずっとここにいたの。わかんない。ごめんなさい」


 何も答えられないから怒られてしまう。そう考えて少女は項垂れた。

 出来れば叩かれたくないけれど、もしかしたら叩かれてしまうかもしれない。なのでいつ叩かれて良いようにきゅうと目を瞑っておく。


 だが待てども頭を叩かれることもなく、怒鳴り声も聞こえてこない。

 それどころか、その代わりにふわりと頭の上に手が置かれた。叩くでも上から押さえつけるでもなく、髪の毛を掬うようにゆっくりと撫でてくれる。大きくて、ずしりと少し重い、温かな手。

 ゆっくりと顔を上げれば、男の人は目を細めて悲しそうな顔をしていた。


「謝る必要はない。あれこれと聞いて俺の方こそすまなかった。今部下に調べさせているから安心してくれ」

「……よくわかんない」


 男の言う話は少女には難しすぎる。

 思わず首を傾げれば、大きな手がまた頭を撫でてくれた。


「話を聞きたいが、分かることだけを答えてくれればいい」

「…………はい」


 なにを聞かれるのか分からない。分かることだけで良いというけれど、本当だろうか? 答えられないと怒鳴ったり叩いたりしないだろうか?

 不安が少女の胸を締め付け、再び項垂れてしまう。手にしていた人形を強く抱きしめた。

 そんな少女を、男は困ったと言いたげに見つめ……、


「おいで、抱っこしてあげよう」

「だっこ?」

「そう。そこは冷たくて硬いだろう」


 男が腕を伸ばしてくる。

 そうして少女の身体に触れるとゆっくりと持ち上げた。

 少女の身体がふわりと浮かぶ。視界が一気に上がり、整った男の顔が間近に迫った。

 紺色の瞳。金色の髪。こちらを見つめると目を細めて笑う。


「俺の名前はテオドール。きみの名前は?」

「……おなまえ? おなまえは無いです。みんな『あれ』と『それ』と『おい』と『ガキ』って呼びます」


 今までそう呼ばれてきた。

 それを話すとテオドールと名乗った男が一瞬言葉を詰まらせ、「そうか」と小さく呟いた。


「手に持っている人形はきみの宝物かな?」


 テオドールに促され、少女は自分の手元に視線を落とした。

 ずっと一緒に居る人形。髪はボサボサで体のあちこちに傷があるが、それでも大事な人形だ。


「この子ね、ずっと一緒なの」

「きみに似て可愛らしい子だ」


 テオドールの声は低く優しく、一言一言が少女の胸に染み込んでいく。

 彼の腕はしっかりと少女の体を抱え、バランスを取るために彼の襟を掴むと触るなと怒るどころか穏やかに微笑んでくれた。

 彼が話すたび歩くたび、抱えられている自分の身体がゆらゆらと揺れて楽しくなってくる。


「テオドール隊長!」


 テオドールを呼びながら一人の男性が駆け寄ってきた。

 彼と似た格好をしている。少女が交互に見ると、テオドールが「俺の部下だ。怖くない」と教えてくれた。


「隊長、その少女についてですが、数人から吐かせました」

「何か分かったか?」

「はい。それが」


 駆け寄ってきた部下の男が話し始めようとする。

 だが話す直前、テオドールの片手が少女の耳を覆ってきた。自分の体に引き寄せてもう片方の耳も塞ごうとしてくる。


 聞いたらダメな話なのかもしれない。


 そう考え、少女は自分の手でパタと耳を覆った。

 テオドールが「賢い子だな」と褒めてくれるが、生憎と塞いだ耳では聞こえない。

 代わりに彼の身体にポスンと身を任せれば、耳を塞ごうとしていた手が背中に添えられた。大きな手が背中に触れる感覚が心地良い。


「それで、この子の親は?」

「母親はもう売り払ったと……。父親は……、その……、集団の内の誰か、だと言っています」

「誰か……。そういうことか」

「その少女に関しては、『捕まえた奴に育てさせて適当に売るつもりだったが、見た目が良いので高値で売れる頃合いを待っていた』と悪びれもせずのうのうと語って……。申し訳ありません、捕縛した者に危害を振るうのは騎士隊の違反行為と分かってはいますが、つい……」

「殺したのか?」

「いえ、そこまでは。ですが思わず殴ってしまいました。申し訳ありません、帰還後に処罰を」

「いや良い、気にするな。罪人が公爵家の娘(・・・・・)を侮辱したんだ、殴られて当然だろう」

「そう言って頂けると……、え?」


 今なんて? と部下がテオドールを見る。

 だがテオドールは部下の疑問の視線をものともせず、腕の中の少女に「もう大丈夫だ」と優しく声をかけた。

 その声は少女には届いていない。それでも視線と背中を優しく叩かれる感覚から少女が察してそろりと手を耳から話した。


「お話はおわりましたか?」

「あぁ、終わったよ。あとはお城に戻って少し話をして、そうしたら一緒に帰ろう」

「いっしょに?」

「そう、一緒にだ。疲れたらいつでもお父様(・・・)に言いなさい」


 穏やかな声色でテオドールが話す。少女は不思議そうにしつつもコクリと頷いて返した。

 この会話に「あのぉ……」と恐る恐る入ってきたのはもちろん部下の男である。許可を求めるように片手を上げ、表情は若干引きつっている。


「先程、公爵家の娘と聞こえたんですが……」

「そりゃあ言ったんだから聞こえただろう」

「やっぱり幻聴では無かったんですね……。それにその顔、絶対に譲るまいという顔ですね。……先にブルーローゼス家に連絡を出しておきます」

「理解が早くて助かる。さすが俺の部下だ」


 テオドールが部下を褒めつつうんうんと頷いた。

 少女はそのやりとりの意味が分からず、それでもテオドールが「さぁ行こう」と歩き出すと、彼に抱き上げられたまま首元にぎゅうと抱き着いた。


 温かい。

 なんて心地良いのだろうか。

 胸の内が解けるように落ち着いていく。



 まさか国一番、否、大陸一の公爵家の令嬢になったとは思いもせず、暖かさに促されて少女はゆっくりと目を閉じた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
のっけから泣かされました 全力で読ませていただきます
看板からまかりこしました >人形をぎゅっと抱きしめて、ボロボロになった髪を指で梳いてやる あ、もうこの描写だけでアカン; 幸せになってクレメンス。。。 続き読みが楽しみです
 お、お邪魔します。  ラノベとはこういうものなのだなと、勉強になりました。  私は短編や、ラノベを書くことができないので、今作のようにセンテンスがテンポよく、章ごとにきちんとまとめられている作品の著…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ