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第九十六話 ポン

今回はタイトル候補が幾つかあったんですが、コレで。

「おじさーん、コレ! コレ頂戴!」

「はいよ――って、なんだ。またアンタかい」

「あによ~。なに? なーんか不満?」

「いや、別に不満じゃねーけど……まあ、なんだ? 良い年頃の娘がこう、毎日毎日買い食いばっかしてるからよ? おれんところは売り上げも上がるし有難いけど、料理の練習とかしなくても良いのかよ? こう、作ってやる男の一人か二人ぐらい居てもイイんじゃないか?」

「年の話はダメ! それに、何よ、一人か『二人』って。私は二人も要らないわよ? 作って上げる人は一人でじゅーぶん!」

「そうか? 若い内は遊んでも良いと思うぞ? ホレ、俺だっておめーさんぐらいの年頃には、ラルキアでも評判の色男って言われてたんだよ。こう、街を歩くだけでキャーキャー言われて、『遊び』相手には事欠かなかったぐらいだぜ? どうだ? 偶にはおじさんと火遊びでもしてみるかい?」

「おじさん、おじさん」

「ん?」

「後ろを向いて今の台詞をレッツ、リピート」

「……は? いや、リピートって……たまにアンタは良く分かんねー事言うよな? とにかく、後ろをむけってこ――あ、あはは。どうしたよ、お前。そんな怖い顔して。美人が台無しじゃないか~」

「ちなみに、おじさんの奥方は『なんだ、またアンタかい』ぐらいから居ました」

「ちょ、おま! それ、最初からじゃねーか! ち、違うんだ! こう、その……お、おい! アンタ、ちょっと――」

「それじゃ二つ、貰うから。これ、お代ね~」

「――助けって、おい! この状態で放置して行くな! ちょ、お、お前も『ありがとね、アヤノちゃん。私はこれから……』って溜めるな! マジ怖い! ほ、ほら! わ、笑って、な? ちょ、そ、その拳骨は痛い奴! 親指握り込むのはダメだって! ちょ、おま――」

 ミンチとジャガイモを潰し衣を付けて油で揚げたコロッケの様な食べ物が入った紙袋を二つ持ってホクホク顔の綾乃は、後ろで響く断末魔の叫びも何のその、にこやかな笑みのままソニアに紙袋を一つ手渡した。

「はい、ソニアちゃんの分。朝が早かったから小腹空いたでしょ? ほら、食べよ?」

「ありがとうございます。ありがとうございますですが……宜しいので?」

「ほむ……はふはふ……はにが?」

「食べながら喋らないで下さい、お行儀が悪い。その……」

 紙袋を両手で受け取ったまま、チラリと視線を綾乃の後方――この世の終わりか、と言わんばかりの絶望の色に顔面を染める店主と、聖母の様な悪魔の笑みを浮かべるその奥方の姿を視界におさめるソニア。

「……んぐ? ああ、いいの、いいの。あのおじさん、事あるごとに私の事口説こうとするんだもん。偶にはああいう目にあっとかないと。そもそも、私はそんなに安い女じゃないの」

 あっという間に件のコロッケもどきを平らげた綾乃はそう言って胸を張って見せる。その姿を見ながら胸中で小さく息を吐き、ソニアは両手で抱えたままの手元のソレに小さくかぶりついた。

「……」

「……なんですか、アヤノさん? その……注目されると食べにくいのですが?」

「いや……なんていうか……」

「? ……ああ、食べ歩きはあまり褒められた事ではないでしょうが、それでも折角の暖かい食べ物ですし、出来立てで頂くのが――」

「食べ方、可愛いな~って」

「――……は?」

「なんていうの? こう、『小リス!』とか『ハムスター!』みたいな食べ方するよね、ソニアちゃん。なに? お姫様は生まれつき食べ方が可愛らしくなる装置でも付いているの?」

「いえ、そういう訳では無いのですが。アヤノさんもこう、一気に食べてしまうのではなく、ゆっくり食べれば宜しいのでは? きっと、チャーミングですわ」

「ホント? やってみようかな、今度。目指せ、淑女! みたいな?」

 ソニアは子供ながらに聡い。『淑女はこのアツアツの食べ物を一気で食べません』とか『そもそも、食べる量が……』とか『口の周り、油でギトギトですよ?』なんて言わない程度には聡いのだ。真実を言う事だけが正しい訳ではない。優しい嘘と言うのも……まあ、世の中にはある。

「それで……宜しいのですか?」

「なにが? ああ、食べ方? 勿論、直して行く方向で! もう山賊の親分みたいなんて言わせないわよ!」

 王都ラルキアを出て、テラに帰った綾乃とソニアは『各商会にテラの船を使って貰う』為の手紙と、ソルバニア・ラルキアの両王国宛に信用状のビジネスモデルの説明と、その発行依頼の書状を送るなど、精力的に働いた。そして、それも一段落した今。


「そうではありません! イイのですか、コレで! 毎日毎日、遊んでしか居ませんけど!」


 綾乃とソニアはテラで買い食いや読書、それにウィンドウショッピングに勤しんでいた。

「イイのですかって……でも、ほら。する事も無いし。休む時は休むに限るわよ?」

「する事が無いならラルキアに帰るべきでしょう! 今この時期に、コータ様やエリカ様が一生懸命テラの為に行動を起こされているのですよ! ならば、私達もその助力をする為にラルキアに向かうべきでしょう! 時間が惜しいです!」

「いや、まあそれはそうだけど……でも、ホラ。あっちだって遊んでるかもしれないじゃん」

「そんな訳ありません! コータ様ですよ!」

「いや、その『コータ様』だからこそ何だけど……なーんか、浩太の事だからしょーもない事に巻き込まれている気がするのよね~」

 綾乃、正解。浩太は今、ラルキアで泥沼の恋愛劇――というより、ドタバタコメディに絶賛出演中である。本人同士はシリアスでも、端から見たらコミカルにしか見えない辺り、浩太も大概運が悪い。

「仮にそうだとしても! 私達が遊んでいていい理由にはなりません!」

「またそんな正論を……なによ、ソニアちゃんの浩太~」

「『浩太~』って、どういう意味ですか、ソレ! 褒められているのか貶されているのか良く分からないんですけど!」

「呆れてんのよ」

 そう言って、溜息一つ。

「こないだ言ったでしょ? リソースは有効に使おうって。一生懸命、『努力』する事だけが正義じゃないのよ?」

「うぐぅ! そ、それは……そ、そうでしょうが……でも!」

「それに、別に『遊んでる』訳じゃないし。今はちょーっと『お休み』なだけ」

「……本当ですか?」

「ラルキア王国、ソルバニア王国双方に手紙を送ってるんだもん。返信が来るまではテラに居なきゃいけないでしょ?」

「それは……そう、ですけど」

「それに、意外にバカに出来ないんだよ? お願いセールスって」

「お願いセールス?」

 多くの銀行は期間を区切って達成するべき『目標』を立てる。別段銀行に限った話では無かろうが、その区切られた期間の末、所謂『期末』には『お願いセールス』と呼ばれるセールスが展開される事が往々にしてあるのだ。特に捻りも何もなく、読んで字の如く『お願い』して回るセールスの事である。

 それが営業マンとして正しいか正しくないか、と言う事は別として、お願いセールス自体は悪いモノではない。『仕方ないからお金、借りようか』と顧客に言って頂けると云う事は、それまでに蓄積された信頼関係があって初めて成り立つものであり、仮に信頼関係が築けていない先に行っても『自分がお願いする時ばかり来社しやがって』と言われるのがオチである。

「各商会に、『テラの船をお願いします』って手紙は書いたでしょ? んで、このまま一気に商談に持って行ってソニアちゃん、『じゃあ使います』ってなると思う?」

「……ならない、ですかね?」

「船が出来るまではどうせ時間がたっぷりある訳だし。だったら此処で顔を繋ぐってのも立派な仕事の内よ。一見遠回りに見えても、顧客の顔と名前を憶え、覚えて貰ったら多少の無理も……それに、多少のミスも許してくれるってもんよ」

「無理とミス、ですか?」

「……ま、浩太の受け売りだけどね? あのバカはこうやってお客さんの心をがっちり掴んでた訳だし」

「コータ様とは別の方法を取られるのでは無かったのですか?」

「なんでもかんでも反対すりゃーいいってもんでもないわよ。イイ所は積極的に取り入れればいいじゃん」

 何でもない様にそういう綾乃に、内心でソニアは舌を巻く。気負う事無く、ただあるがままに浩太を肯定し、そして否定するその姿に少しだけ憧憬を覚えて。

「……分かりました」

「そう? それじゃ次のお店、行こうか~」

 まだ敵わないその背中にいつか追い付くと信じて。


◇◆◇◆◇


「そういえばさ」

「はい?」

「あの……名前、何だったけ? ソルバニア語喋る子」

「マリアですか?」

 ロンド・デ・テラ商業区。今やテラのメインストリートになったそこを肩を並べながら歩いていた綾乃とソニアだが、思い出したかの様にポツリと綾乃が呟いた。

「……そう言えば姿を見ませんね」

「でしょ? あのガチャガチャした子なら手紙を見てすっ飛んできそうなモンだけど」

「ガチャガチャって……ですが、まあそうですね」

 足を止め、左手に先程の紙袋を持ったまま、右手を顎に当てて考え込むソニア。それも一瞬、少しだけ遠慮がちにソニアが綾乃を見上げた。

「あの……アヤノさん?」

「マリアの所に行ってみたいって言うんでしょ?」

「病気か何かをしているかも知れませんし、何か事件に巻き込まれているのかも知れません。ただ忙しいだけならそれでも構わないのですが、少し気になりまして……その、いけませんか?」

「まさか。反対する理由も無いわよ」

 それじゃ行こうかとソニアを促しながら、綾乃とソニアが再び歩く。商業区の最南端に位置するサーチ商会までの道すがら、発展した街並みに綾乃は目を細めた。

「此処、ちょっと前まで畑しか無かったんだよね~。何だか考えられないんだけど」

「そうですわね。私共ソルバニアの人間からすれば、まさかこれほど発展するとは思ってもいませんでした」

「ド田舎過ぎて?」

 綾乃の言葉にいいえと首を横に振って見せるソニア。

「それ以前の問題です。そもそも、テラなんて名前も知りませんでしたわ」

「……ま、そっか」

 アメリカに住む人どころか、東京に住まう日本人だって別地方のウリも何にもない地方自治体の名前を知らないのと同じだ。それが、僅かな期間に世界中の大企業が支社を出す程の発展を遂げたとなれば、これはもう殆ど奇蹟か奇術の類であろう。

「コータ様のお力ですわね」

「浩太の力、ね。アイツ、銀行員だと思ってたんだけど、何時から政治家になったんだろう」

「コータ様ですもの」

「いや、こんな事言うのも何だけど……浩太よ? どっちかって言うと浩太、そんなに何でも出来る人間じゃないわよ?」

「そんな事ありませんわ。コータ様ですもの」

「……」

「どうされました?」

「何だかRPGの村人と話してる気分」

「何の話ですか?」

「こっちの話。ええっと……そろそろかな?」

「ええ。あそこの角に見えるのが――」


「らっしゃい、らっしゃい! お! お姉さん、えらい別嬪さんやん! どや、この髪飾り? ホレ、この台座の所にちっちゃな赤い宝石があるやろ? これ、かの建国帝アレックスがフレイアに送ったとされる伝説の宝石の欠片やねん! 永遠の愛を誓ったアレックスとフレイアみたいに、すてきーな恋が出来るでぇ!」


「――……」

「……ねえ」

「……はい?」

「明らかに『怪しいです!』みたいな人が居るんですけど?」

「奇遇ですわね。私も思いました。明らかに怪しいって」

 ちょび髭に、サングラス。頭にはターバンの様なモノを巻いた……一言で言えば『胡散臭い』を体現する様な男性。

「……ねえ、あそこ、本当にサーチ商会よね?」

「……え、ええ、その筈ですが……」

「あの風体、ちょっと無いんじゃない? こう、もうちょっと真面な人は雇わないの? 無いの? CSみたいな、顧客満足度的な概念って」

 意見は色々あるだろうが、まあ明らかにあれだけ胡散臭い人が居れば流石に海千山千の商売人をしてもちょっと引く。事実、髪飾りを勧められた女性は明らかに迷惑そうな、引き攣った笑顔を浮かべてペコリと一礼。そそくさとその場を去った。胡散臭そうな男はその仕草に小さく肩を落として。

「――お! おーい、そこのねーちゃんたち! どや! ちょっと見ていかへん!」

「げっ! 目が合った」

 サングラス越しでもキランと光ったのが分かる。慌てて目を逸らし掛けて、いやいや、目的地はココだと思い直した綾乃は胸中で小さく溜息を吐いて店の前まで歩みを進めた。

「こ、こんにちは~」

「らっしゃい! いや~、お姉さん、お目が高い! 丁度今日、エエ商品が入ったんですよ! ホレ、この髪飾り! 台座の所に赤い宝石が入ってますやろ? これな? かの賢帝グレゴリウスが正室であるマリアンヌに贈ったと言われる宝石の欠片が使われてんねん! この宝石には意中の男性を射止める効果があるって言われてるんや! どや? この髪飾り付けて、ホレたあの男の所に行ってみ! 幸せな結婚、間違いなしや!」

「別に私はこの商品を選んだ訳じゃあ無いとか、お客さんに対して『お姉さん』とかどうよ? とか、色々言いたい事はあるけど……あのさ? さっきと逸話、違わない? アレックス帝じゃなかったっけ?」

「……何のことでっしゃろ?」

「横向いて口笛を吹くとかちょっとばかりノスタルジーを感じるんですけど。後、なんか誤魔化し方がすごい雑」

「いやいや、違うんやで? 別に誤魔化してる訳ちゃうくてやな? えっと……せや! 実はこの宝石は代々フレイム王家に伝えられた宝石やねん! せやから、アレックス帝が曾孫に当たるグレゴリウス帝に渡した宝石の欠片、ちゅう意味やねんって!」

「いや、『せや!』とか明らかに今思いつきましたみたいな言葉の後にそんな取って付けた様な理由で納得いくと思ってんの? 後、そのドヤ顔辞めてくれる?」

「どや……っ! ち、違うんやで? ホンマの事やねん!」

「どうだか。それに……何よ、『幸せな結婚、間違いなし』って。なに? サーチ商会は詐欺まがいな事でもしてんの?」

「……なんやねん、ねーちゃん。ウチの商売にいちゃもん付けに来たんかいな?」

「……は? いちゃもんって何よ、いちゃもんって。明らかに誇大広告でしょうが、って言ってんの、私は。変な言い掛かりつけるのやめてくれる?」

「ええか? こういう商品ちゅうんはホンマに『そうやったか』が問題やないねん。ホンマに『そうだったって信じる』事が大事やねん。その信じた力が、ホンマの奇蹟を起こすんや。信じる者は救われるちゅうやろ、嬢ちゃん?」

「否定はしないわよ? やろうとする意思が大事だって言葉もあるしね。でも、それって論点のすり替えじゃない? その話がこの宝石の逸話や効果とリンクする訳じゃないでしょ? 後、貴方はさっき『ほんまの事やねん』って言ってたけど、その言葉にも矛盾しない?」

「……ほな自分、占いとか当たらへんかったら文句言いに行くんかいな? 『ラッキーカラーは仔狸ブラックやったから、黒の服着て行ったら『葬式かよ!』ってカレシにバカにされたじゃないですか!』とかな!」

「言いたい事は色々あるけど、何? 仔狸ブラックって? そもそも狸は黒くないんですけど?」

「自分の顔、鏡で見てから――ああ、そうや! どっかで見た事ある思うたら嬢ちゃん、アレやろ? こないだまでライムで公演しとった大衆演劇『ラドクリフ侯爵夫人』に出て来る仔狸役の役者に似てねんな? アレ? もしかして本物さんですかぁ? うわー、俺、ファンやったんですわ~。ちょっと見せてくださいませんかね~? ホレ、あの語尾に『ポン』って付けるやつ!」

「あら? それは何だか可愛らしいわね。おっけ~。じゃあ、付けてあ・げ・る」

 完全に小馬鹿にした商人の言葉に、にこりと綾乃は素敵な微笑みを浮かべて。


「――ブッ飛ばすポン」


 拳をポキポキと鳴らし、一歩、また一歩と商人に近づく綾乃。顔全体に浮かべた笑みの中で、目だけがこれっぽっちも笑ってないのがイイ感じに怖い。

「あ、アヤノさん! ダメです! ダメですよ!」

 後ろからソニアの羽交い絞め。必死に、今出せる最高の力で綾乃を引き留めるも、彼我の体格の差かズルズルと引きずられる羽目に。どうでも良いが、ソニアの脳内では見た事も無いのに昭和の某怪獣の上陸シーンの音楽が流れていた。

「ソニアちゃん、どいて。そいつ殴れないポン」

「ポンはもういいです! というか、殴ったらダメです! ダメですって! 暴力はいけません! 対話を! まずは話し合いを!」

「ウーズ教ってイイ宗教よね? 信仰している神様、何でも認めてくれるんでしょ?」

「な、何ですか急に! え、ええ、そうですけど、今はそんな話を――」

「私の信仰する神様はね? 『口の前に拳を出せ』って教えてるのよ?」

「――それ、絶対尻尾と角が生えた神様ですよねぇ!?」

 お忘れかもしれないが、綾乃は外交官の娘である。

「人の身体的特徴をバカにする奴は許せないのよね、私」

「ば、バカにしてる訳じゃありません! 決してバカにしてる訳じゃありませんよ、ね! そ、そうですよね、商人さん!」

 ソニア、本意気。ライバルであり、若干の苦手意識はあるも――それでも『友人』たる人間が収監される姿は見たくない。なにより、『仔狸って馬鹿にされたアヤノさんが人を一人、殴り飛ばしてしまいました』など、どうやって浩太に説明しろと言うのか。

「せやで? ソニアの言う通りや。俺は別にバカにした訳やない。ただ『巧く人間に化けましたね~、プークスクスクス』って言ってるだけやで~?」

「把握した。こいつ、マジでブッ飛ばす」

「や、やめて! 本気でお願いしますから、アヤノさ――」


 そこまで喋りかけ、気付く。


「――……え?」

「……なに? どうしたの、ソニアちゃん?」

 不意に束縛の力が弱くなったことに訝しげな表情を浮かべ、綾乃が後方のソニアを振り返り、愕然とするソニアの表情を視界におさめた。

「……そ……にあ?」

「……ああ、そうね? ソニアちゃんを呼び捨てにするなんていい度胸ね? やい、そこの木っ端商人! 聞いて驚きなさい! ソニアちゃんはこう見えて――っていうか、明らかに見えるでしょうけど、ともかく! ソニアちゃんは――」

「……そう言えば聞き覚えのある声だとは思っておりましたが……まさか……」

「――あのソルバニアの……って、ソニアちゃん? 今、私は此処で諸国を漫遊した納豆のお爺ちゃんみたいにバーンと身分をばらすって見せ場を――」


「何を為さっているんですか、お父様!」


「――邪魔しな……へ?」

 ビシッと指を指すソニア。固まる綾乃。あちゃーと言わんばかり、口に手を当てる商人。時間が少しだけ止まった。

「騒々しいですって! お願いですから、人の店の前でさわ……が……ん……」

 そんな止まった時間を動かす様、サーチ商会の主であるマリアが店の奥から姿を見せる。目の下に隈を作り、いつもの『テラ小町』と呼ばれた面影は何処へやら、思いっきり疲れた表情のマリアは目の前に居るソニアと綾乃を視界におさめて。


「……ふぇ」


「って、え、ええ! ま、マリア! どうしたのですか! 何故泣くのですか!」

 瞳から大粒の涙を流しながら駆けるマリア。店の前に陳列している商品の幾つかがマリアの体に当たって地面に落ちるも気にせず、そのままの勢いでソニアに縋りつく。

「やっと……やっと帰って来てくれはったぁーー! 待ってた! 待ってたんですよ、ソニア様!」

「ちょ、ま、マリア? え? え?」

「お願いです! お願いですからソニア様! あの人を――」

 ソニアの胸に顔を埋めながら、それでもビシッと右手の人差し指を突きつけて。


「カルロス一世陛下を引き取って下さいぃー!」


 マリアの絶叫が、商業区中に響けとばかりに轟いた。

「……ああ~。バレてもうたか~」

 ポリポリと頬を掻きながら、商人は頭に巻いたターバンを外す。続いてサングラス、そして髭――付け髭をゆっくり外して。


「……どうも~。ソルバニア王国国王陛下、カルロス一世でーす」


 カルロス一世陛下、出来上がり。


「………………はい?」


 事の急変に、思考が付いていかない綾乃。そんな綾乃を面白そうに――あの、『蛇』の笑いで見やって。

「……ほんで? なんやったかな? ああ、木っ端商人、やったか? まあ? 俺も『国王』としては結構キャリアがあるけど、商人としては木っ端もエエトコロやし? 別に間違ってへんけどな~?」

「……は……はははは」

 綾乃の笑い、引き攣る。衝撃の大きさが半端ない。

「ははは。それで? そんな『木っ端商人』の俺をどないしてくれるんやったかな~? ああ、そうやった! ブッ飛ばすやったな? ホレ? ブッ飛ばしてくれるんやろ?」

「ええっと……え、えへへ?」

「ホレホレ。早くブッ飛ばしてくれへんかな? アレ~? どないしてん? 口だけやったんかいな~?」

「い、いや~陛下? い、イヤですね~。ジョークですよ、ジョーク。ソルバニアンジョークですって。そんなにイジメないで下さいよ~」

 綾乃も悟る。流石にコレはちょっと不味いと。そんな綾乃の心境の変化をしっかりと理解し……それでも尚、カルロス一世は綾乃をイジる。

「いやいや! ソルバニアンジョークってなんやねん? そんなモン、聞いた事無いって!」

「あ、あははは~。いや~、あんまり面白く無かったですかね~? 一世一代の大ボケ、滑っちゃったな~。綾乃ちゃん、恥ずかしいな~」

「ははは。おもろいねーちゃんやな? ああ、『ねーちゃん』って失礼やったかな? お客様相手に?」

「いえいえいえ! そ、そーんな事は無いです――」

「せや! ほんなら、これから『仔狸』って呼べ――ひぶぅ!」


 カルロス一世が、全てを喋り終える前。



「――私は言った筈よ? 仔狸って言ったら、ブッ飛ばすって」



 綾乃の、世界を狙えそうなアッパーがカルロス一世の顎にクリーンヒット。体重差、体格差もなんのその、少しだけカルロス一世の体が宙に浮き――そして、膝から崩れ落ちた。

「……」

「……」

「……」

 再び、時間が、止まる。

 撃ち抜き、天を指す様な綺麗なアーチを描いた右手をフルフルと振りながらゆっくりと降ろした綾乃は、未だ呆然とその姿を見ているソニアとマリアを振り返り。

「その、あんまりに絡み方がウザかったから、さ?」

 ペロリ、と小さく舌を出して。




「…………つい、カッとなってやっちゃったポン。てへぺろ」




 語尾に星でも飛ばしそうなほど清々しく、それでも、冷や汗を滝の様に流しながら、そんな可愛らしい仕草をして見せる綾乃に。


「「な、なにやってるんですか、貴方はぁーー!」」


 ソニアとマリアの絶叫が重なった。


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