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第九十五話 宣戦布告

明けましておめでとうございます、どうも疎陀です。旧年中は大変お世話になりました。今年もどうぞよろしくお願いします。


さて、一週空きましたが第九十五話になります。楽しんで頂ければ!

「……」

「……」

「……」

「……なんです、この重苦しい空気」

 ファーバー伯爵の元を訪れた後、エリカと別れた浩太はシオンの部屋を訪れた。生憎シオンは不在であったが、『ない! 私の本が無いんです!』とシオンの腐海の様な部屋を家探しするアリアよりシオンがクリスの所に向かったと聞き、再びクリスの住むラルキア王城最奥を訪れた……のであるが。

「どうしたんです、コレ?」

 日の光が差し込む窓際に椅子とテーブルを置き、心持丁寧に、嬉しそうに本を開くクリスと、そんなクリスをまるで親の敵でも睨まんばかりに睨み付けるシオンを視界におさめ、浩太はもう一度そう問いかける。その声に、シオンが少しばかり血走った瞳を向けた。

「コータ! 聞いてくれ! 酷いんだ、殿下!」

「うーん? そうかの? そんな酷い事したかいの~?」

「酷い事をしたか、だとっ! 殿下、本気で言っているのか! 貴方は……貴方は!」

「シオンの作戦じゃが。私はそれに従ったまでじゃけ」

「だからと言って!」

「ストップ、シオンさん。情報が断片すぎて何が何だかさっぱり分からないんですが?」

「だがな、コータ! 殿下は本当に酷いんだぞ!」

 尚も喰って掛かろうとするシオンを片手で押し止め……その後、コータはちらりと部屋の隅――そこだけ影でも落ちているのかという程、どんよりと『負』のオーラを纏って体育座りをして床にのの字を書くニーザを見やった。

「……本当に何があったんですか? シオンさんは怒ってるし、クリス殿下は読書中、ニーザさんは……何と言うか、背負っちゃいけない影を背負って体育座りしていますし」

「おい、コータ! ニーザが大クズ座りとはどういう意味だ! ニーザはそこまでクズじゃない! ちょっとクズでグズなだけだ!」

「聞き間違えもさる事ながら、シオンさんの方が大概酷い事言ってますよ、それ。とにかく! 状況説明をして下さい」

 この状況、せめて自分だけでも冷静で居ようと浩太は思った。訪ねた部屋がこんな感じなら、そりゃそう思っても間違いではない。その観点から見れば、浩太の判断はこれ以上無く正しい。正しいのだが。


「……なんと申しますか……言葉も無いんですけど。アレですね? シオンさんはこう、場を引っ掻き回す事しか考えてないんですね。もうね? お互い、いい年じゃないですか? そろそろ落ち着く、って事を考えましょうよ、ね?」


 不満たっぷり、クリスの『悪行』を語るシオンの話を最初は神妙に、中途は天を見上げ、最後は肩を落として聞いた後に出た浩太のそんな感想に、シオンがいきり立ったままの口調と声音で言葉を発し――ようとして、口調こそ優しいモノの、珍しく浩太の額に青筋が浮かんでいるのが目に入り、勢いそのまま出かけた言葉を止める。後、おそるおそる口を開いた。

「その……コータ? コータさん? もしかして、あの、怒っているか? その、なんだ? 私はこう、『仕方ないですね~、シオンさん』とか苦笑しながら許してくれるコータの方が好きだな~って、うん! そう思うんだ!」

「そう思うんだ、じゃないですよ! 怒ってるのかって? 怒ってるに決まってるじゃないですか!」

「お、怒るな! 怒られたら凹むぞ、私でも!」

「凹みきって下さい、一遍ぐらい! そもそも! 作戦の底が浅いんですよ!」

「ぐぅ! だ、だが! アリアの持っている本には書いてあったんだ! 『ライバル』の登場がその恋を盛り上がらせる、と!」

「お話と現実をごっちゃにしないでくれませんかね! ああいうのは、ある程度出来レースだから盛り上がるんですよ!」

「そ、そんな事ない!」

「そんな事ありますよ!」

「だ、だって! アリアの本には書いてあったもん!」

「……なんですか、『もん』って。なんで幼児退行するんです?」

「小さい頃から神童、神童と持て囃されていたから、ぶっちゃけ打たれ弱いぞ、私!」

「胸張って言わないで下さい、そんな事」

 浩太がやれやれと首を左右に振って大きな溜息を一つ。

「いいですか、シオンさん? 例えば……そうですね。シオンさんの目の前に、とっても豪華で美味しい料理があったとします」

「例題が幼子に出す様で、なんだかそこはかとなくバカにされている気がするが……まあ、いい。豪華な料理があったとしよう。それで?」

「その隣に、質素な……そうですね、お茶漬けと沢庵があったとするじゃないですか? どっち食べますか?」

「その時の気分にもよる」

「そうですか……まあ、そうですね。では前提条件を変えます。三食毎日、お茶漬けが続いていたとしたら、一体どっちを選びますか?」

「それなら豪華な――」

 喋りかけ、何かに気がついたかの様にポンと手を打つシオン。

「――ああ」

「分かって頂けましたか?」

 浩太の言葉にこくんと首を上下に振って見せ、そのままの姿勢で視線をクリスに向けて。

「豪華な料理」

 そして、ニーザに。

「……お茶漬け」

「ちょっと待て! 誰がお茶漬けですか!」

 シオンの言葉に、体育座りでいじけていたニーザが反応を示した。負のオーラは何処へやら、その存在の全てを知らしめるかの様、雄々しく立ち上がってニーザはシオンを睨み――

「そりゃ、殿下に比べたらお前なんかお茶漬けだろう?」

「うぐぅ!」

 ――まあ、そんなに簡単に負のオーラを拭い去れる訳はない。シオンの言葉に、ニーザは膝を折って崩れ落ち……その後、きっとした視線をシオンに向けた。

「だ、大体! シオンさんだって人の事言えるんですか!」

「なに? どういう意味だ」

「た、確かに俺は殿下に比べればその、容姿とか権力とかお金とかないですよ? でも、俺がお茶漬けだったとしたら、シオンさんだって十分お茶漬けですよ! 粗食の部類ですよ!」

 捲し立てるニーザ。そんなニーザの、ある種『負け犬』っぽい姿にシオンがふんっと鼻を鳴らし、口の端を吊り上げて嘲笑を一つ。

「ふふん。お前と一緒にするなよ、ニーザ。私がお茶漬け? バカも休み休み言え。私は決してお茶漬けでは――」

「そうなんですよね。私がちょっと『カチン』と来たのもそこなんですよ」

「――ないって、おい! どう意味だ、コータ!」

「所謂『ライバル』って、主人公とかヒロインよりもこう、格好良かったり可愛かったり……まあ、『上』の訳じゃないですか。それなのに、そのライバルキャラがシオンさんっていうのは、その、大変言い難いのですが……」

「何が言い難いんだ! はっきり言え、はっきり!」

「身の程を知れ」

「はっきり言い過ぎだ!」

「だから言い淀んだんですけど……でもね、シオンさん。良く考えて下さいよ。相手は王家に連なる貴族の、それも深窓の御令嬢な訳でしょ?」

「そ、それがどうした! 私だってフレイム王国宰相の身内……と言うには若干遠いが、身内は身内だ! 平民だからって馬鹿にしているのか、お前は!」

「そうじゃないですけど。まあ家柄はともかく、個人のスペックにしても明らかにアイリスさんの方が上ですし」

「何処が! 私がアイリスより女として劣っているとでも言うのか!」

「……あのゴミ屋敷みたいな部屋に住んでて良く言えますよね、そんな台詞。一周回って尊敬しますよ」

 あきれ返った浩太の視線と言葉に思わずシオンが『うぐっ』と息を止める。しかし、それも一瞬。

「た、確かに部屋は少しだけ汚いかも知れん。だが! それを踏まえた上でも、私は結構な優良物件だと思うぞ!」

「……え?」

「『え?』ってなんだ、『え?』って!」

「いえ……あの部屋を『少し』って言うのかとか、色々言いたい事はあるのですが……まあ、それはともかく。一体何処ら辺りが優良物件なんですか?」

「し、真剣に疑問です、みたいな顔を……よく考えても見ろ! 私はこう見えて王立学術院の主任研究員だぞ、主任研究員! 学術院と、それが統べるラルキア大学を頂点とするオルケナの智の探究府の、その五本の指に入る才女だぞ!」

 どうだ! と言わんばかりのドヤ顔をして見せるシオン。若干いらっとするものを覚えながら浩太は視線だけでニーザに確認を取る。

「えっと……まあ、そうですね。院長、副院長と先任の二人の主任研究員を除けば、シオンさんが学術院で五番目に偉い人である事は間違いありませんし……優秀なのも確かにそうだと思います」

「ほら! どうだ、コータ! 聞いたか!」

「ですが……まあ、それを補って余りある程、残念なので」

「ど、どういう意味だ! 私の何処が――」

「『ラルキア大学祭、食物人災事件』」

「――よし、ニーザ。少し黙ろう」

 慌てた様にニーザの口を抑えようとするシオン。後一歩、シオンの両手がニーザの口に届きかけた瞬間、シオンの体がぐいんと後ろに引っ張られた。

「で、殿下!」

「興味あるの~。なんじゃ、それ?」

 後ろからシオンを羽交い絞めにし楽しそうな声音を漏らすクリスに、一瞬親の敵を見る様な視線を向けた後、ニーザは溜息交じりに口を開いた。

「ラルキア大学では秋に大学祭があるんですよ。それで、サーチ商会のベロアさんとか、ホテル・ラルキアのクラウスさんとかと一緒にシオンさんが屋台を出したんですね。ベロアさんもクラウスさんも容姿は整っていますし、二人の客引きで沢山のお客さんが来たんですよ。まあそれで、結構な数のお客さんが来店したんですが……」

「したんですが? どうなったんじゃ?」

「食中毒が発生しました。物凄い勢いで」

「「……ああ」」

 ある程度話の内容を察していたか、浩太とクリスが声をそろえてシオンに視線をやる。その視線を受け、居心地悪そうにシオンはそっぽを向く。そんなシオンを一瞥、ニーザは言葉を続けた。

「毒キノコって、あるじゃないですか?」

「……ええ」

「あれって、こう、明らかに『毒持ってます!』みたいな色とか形してるでしょ? 食べたらやばいって、見た目で分かるような」

「中には綺麗な色形した性質の悪いやつもありますが。味もイイらしいですし」

「それです」

「どれです?」

「『性質の悪い』毒キノコ同様、シオンさんの料理って見た目と香り、それに味も抜群にイイんですよ。イケメンが客引きして、調理しているのは美人、味も香りも見た目もイイので……被害の拡大が凄まじかったんです。ラルキア大学、七日間一斉休校になりましたから」

「……なんというか……」

 綺麗なバラには棘がある、というより。

「……料理でもシオンさんはシオンさんなんですね」

 見た目は抜群に良いのに、中身は酷い。

「し、失礼な事を言うな! だ、大体! 料理が出来る事が即、女性の魅力に繋がる訳では無かろう! それとも何か、コータ! お前は料理は女性が作るべきとでも言うつもりか!」

「いや、そこまでは言うつもりは無いですが……でも、食中毒になる様な料理はちょっと……」

「いいんだ! 私には金がある!」

「結構最低な発言ですね、それ」

「料理が出来ないなら、出来る人間を雇えばいいんだ! 違うか!」

「何処のマリーさんですか、ソレ。パンが無ければお菓子を喰えと?」

「何の話だ!」

「こっちの話です。ともかく……まあ、アレです。ニーザさん? ニーザさんも流石にシオンさんではこう『くらっ』とは――」

「来ませんよ。シオンさんでしょ? バカにしてますか、俺の事。俺にだって選ぶ権利はあるでしょう!」

「……まあ、こういう事です」

 食い気味のニーザの言葉に膝から崩れ落ちるシオン。そんなシオンの後ろ、羽交い絞めをする事から解放されたクリスに浩太は視線を向けた。

「シオンさんは置いておくとして……殿下?」

「なんじゃ?」

「その……本気です? アイリスさんとご結婚なさるというのは?」

 ひらひらと、シオンを拘束していた両手を解す様に振った後、クリスはその右手の親指をぐっと立てて見せた。

「無論じゃ」

「……正直、よく意味が分からないのですが」

「意味? 意味とはなんじゃ?」

「アイリスさんとご結婚為される意味ですよ」

「コータの聞いとる意味の方がようわからんのじゃけど……」

 そう言って、ポリポリと頭を掻いて見せるクリス。

「……私がアイリスと結婚すればぜーんぶ丸くおさまると思わんかいの?」

「と、言うと?」

「ファーバー伯爵は『貴族』でないニーザとの結婚が反対なんじゃろ? ホレ、私は他国の、しかも第三子といえ立派な王族じゃ。家柄的には問題なかろうが?」

「……まあ、そうですね」

「加えて……やらしい話じゃけど金もそこそこ持っとる。アイリスに苦労を掛ける事もない」

「……そうでしょうね、それも」

「一応『両国友好の使者』という建前もあるけんの。『婚姻』は一番手っ取り早い『友好』の証じゃろ?」

「……」

「『好きな男と結婚できないなんて』みたいな話はしとうないで? 私もアイリスも、そもそも自由に結婚できる身分じゃないけんの?」

「……否定はしませんが……」

 そう言って、唇を噛み締めて俯くニーザをチラリと見やる浩太。

「……そうですね。正論でしょう、それは」

「ちょ、コータ! 何を言っているんだ、お前は!」

 やれやれと首を左右に振って肯定の意を示す浩太に、そんな事は納得できないとばかりにシオンが噛みついた。そんなシオンをまあまあと手で抑えながら、浩太は言葉を続ける。

「現状では一番不満の少ない方法でしょう、コレ。言い方は悪いでしょうが……『キズモノ』であるアイリスさんを殿下が娶って下さるのであれば、誰も傷つかない」

「ニーザは! ニーザはどうなるんだ! それだとニーザだけ不幸じゃないか!」

「こう言っていますが……殿下?」

「コータが言うとったじゃろ? 『厳しい家庭環境に耐え兼ねたお嬢様が家出。出入りしていた商人の三男坊が心配して身柄を保護』って。あの線で行けばエエんじゃないか? ニーザはお嬢様を保護した英雄、ロート商会も名誉を回復出来るじゃろ?」

「だ、そうですが?」

「ぐぅ! で、でも……ふぁ、ファーバー家は! ファーバー家はどうする!」

「まあ、ファーバー伯爵は娘の管理が出来んのか言われるかも知れんが……ほいでもな? 私と結婚すれば王族の仲間入りじゃし、そんな悪評吹っ飛ぶ程の利点じゃ思うで?」

「そ、それはそうだろうが……しかし、殿下!」

 尚も言い募るシオン。そんなシオンの姿に、クリスは少しだけ珍しいモノを見る表情を浮かべてみせた。

「どないしたん、シオン? シオンは諸手を挙げて賛成してくれると思うたんじゃが?」

「そ、それは……」

「シオンだって困ったっとじゃろ? この方法じゃったら、誰も傷つかずに解決するがん。エエ事ずくめじゃがな」

「こう……何と言うか……」

「はっきりせんの? どうしたん?」

 クリスの言葉に、少しだけ、恥ずかしそうに。

「そ、その……な、何と言うか」

 チラリ、チラリと上目遣いで浩太とクリス、双方に視線を向けながら。


「あ……あ、『愛』がないじゃないか。そんなの……」


 心持、頬を赤く染め、羞恥からかスカートの端を両手でぎゅっと握ってモジモジとして見せるシオン。そんな、何時にないシオンの姿に浩太とクリスは声をそろえて。


「「……うわー……」」


 不評だった。

「悪かったな、ドチクショウ! ああ、ああ、私だって自分で言いながら『あ、これは無いな』と思ったさ!」

「……ああ、アリアの恋愛小説よんだからかの? ホンマに、姉妹揃ってすぐ影響されるんじゃけん……」 

「悪かったな、似合わないキャラで!」

 涙目で二人を詰るシオン。浩太とクリスは余りの――色んな意味で居た堪れないその空気に揃って視線をついっと逸らす。

「ま、まあともかく! ニーザ、そう言う事じゃけん悪う思わんといてくれ。あ! そうじゃ! これからちょっと用事があったんじゃった! ほいじゃコータ、後は任せたで!」

「ちょ、殿下! 何逃げようとしてるんですか! この空気、何とかして下さいよ!」

「いや、ほんまにすまんのじゃけど、ちょっと用事があってな! それじゃーの!」

 言うが早いか、引き止めようとする浩太の腕をするりと抜けるとドアまで駆けるクリス。王族というより盗賊の様なその身のこなしで、ドアを押し開けかけて。


「殿下!」


 後ろからかかるニーザの声に、立ち止まって振り返る。

「なんじゃ?」

「殿下は……殿下は、アイリスを幸せに……して、下さいますか?」

 下を向き、まるで消え入りそうな声でそういうニーザ。その姿に、クリスは溜息を一つ。

「何を以って幸せというか、じゃけど……まあ、そうじゃの? ニーザ、お前よりはマシじゃと思うぞ?」

「そう……ですか」

 小刻みに肩を震わせるニーザ。余りにも哀れで、不憫なその姿に、浩太が堪らず声を掛けようと口を開きかけた所で。


「――けんな」


「……はい?」

「ふざけんな! 俺より殿下の方がアイリスを幸せに出来る? んなわけあるか! 俺より、俺以上にアイリスを幸せに出来るヤツなんていねーんだよ!」

 ニーザの怒号が、部屋中に響き渡る。怒気が籠ったその声を受けながら、それでもクリスは動じない。腕を組み、面白そうニーザを見やる。

「まあ、口で言うだけなら誰でも出来るけんの?」

「んな事ねえ! 俺は、何時だってアイリスの事を――」

「考えている様には見えんかったけんの、今まで」

「――っ! そ、それは!」

「綺麗な指しとったのにの、アイリス。見たか、ニーザ? アイリスのあのアカギレした指。アレじゃアイリスが可哀想じゃろ?」

「……」

「別に、金儲けだけが男の甲斐性じゃと言うつもりはないし、金だけが全てじゃと青臭い事言うつもりもないけどの? ほいでも、仮にも自分の嫁にあんだけ苦労を掛けとったらおえんじゃろ、どう考えても」 

「そ、それでも! これから……これから、俺はアイリスを幸せにするんだ!」

「もうお前のお役は御免じゃ。隅っこの方で死ぬまで『いじいじ』しとれ。所詮、お前はそこまでの器じゃ――」

「んな訳に行くかっ!」

「――ほう?」

「全部捨ててもイイと思ったんだ! 絶対、幸せにするって決めたんだ! 誰にも譲らないって、そう決めたんだ! だから――」

 ギン、と睨み付ける様に。


「――殿下なんかに、渡してたまるかっ!」


 そんな、ニーザの意思の籠った瞳と声。

「……取られそうになったら惜しくなるちゅうんは一番、格好悪いと思うがの」

「そんなんじゃねぇ! 俺にはアイリスが必要なんだ! アイリスじゃないと駄目なんだ!」

「そこまで必要ならもっと大事にせーよと思うんじゃが……まあ、エエわ」

 ニーザの視線を軽くいなして。


「お前がそこまで言うんなら、やってみぃ。私から、アイリスを奪えばええじゃろ?」


 そう言ってクリスは笑って見せた。



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