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第八十六話 銀行員のお仕事

な、何とか日曜日中だ……

 ソニア・ソルバニアという『少女』にとって、大川綾乃という『女性』は最強のライバルと言って良い。


 無論、エリカやエミリだってそうではある。シオンは……ソニアのその聡明な頭脳を持ってしても若干疑問符が付くが、浩太の周りに集まる好敵手の中でも綾乃の評価は一段高い。何と言っても『浩太』を知る人間だ。

「あー……退屈だー! ねえねえ、ソニアちゃん。しりとりでもしない?」

「いえ……アヤノさん? その、退屈など言われず」

「ずっと座りっぱなしだよ? 流石に馬車旅って言ってもちょっと飽きて来ちゃった」

「……もう少し『しゃん』としてくださいまし」

 浩太からテラでの『交渉』を仰せつかったのが二日前。急いで準備をして馬車に乗り、一路テラを目指す車内で退屈そうに窓の外を眺める、目の前の『最強のライバル』に胸中でこっそり溜息を吐いた。

「してる……っていうか、着いたらするよ? でも、いいじゃん? 馬車内では気を抜いてもさ。ずっと気を張りっぱなしだったら息が詰まると思わない?」

「それでもアヤノさんは気を抜き過ぎです」

「少しぐらいはいいでしょ?」

「少しと仰いますか?」

 ジト目を向けるソニアに、肩を竦める事で応えて見せる綾乃。馬車に乗ってから丸一日、ずっとこんな感じであれば、ソニアの中の綾乃株も落ちるというモノである。

「硬い事言わないでよ、ソニアちゃん。それじゃこう……小洒落たトークでもする?」

「遠慮しておきますわ」

 にべもないソニアの言葉に、綾乃の眉がヘの字を描いた。

「……私、もしかして嫌われてる?」

 情けない顔をして見せる綾乃に、ソニアは黙って首を左右に振って見せる。別にソニアとて綾乃の事が嫌いな訳ではない。『最強のライバル』とは思っていても……むしろ、松代浩太の『特別』であったこの目の前の女性に並々ならぬ興味もある。

「ですが、今は大事な仕事があるでしょう? そちらを優先したいのです、わたくし」

「仕事優先と来ましたか。何と言うか……浩太に似て来たね、ソニアちゃん」

「あら? それは光栄ですわ」

「わお。そう来ますか」

「……それと、そろそろ止めて頂けませんか? 正直、喋り難いです」

「……鋭いね、ソニアちゃん」

「私は止めてと……ああ、こう言えば良いのですね? 止めて頂けませ『ん』?」

 ソニアの言葉に、降参の意を示す様に綾乃は両手を挙げて見せ、その後少しだけ困った様に頭を掻いて見せた。

「ばれてたの?」

「ばれますわよ。何ですか、『わお』って」

「浩太の時は結構うまく行ったんだけどね? しりとり会話」

「……コータ様にも同じような事を?」

「研修行くバス……馬車みたいなモノの中でね。種明かししたら愕然とした顔してたわよ、浩太」

「魔王を手玉に取りますか。さながらアヤノさんが大魔王ですね?」

「止めてよ。私は大魔王って柄じゃないし、浩太なんてもっと魔王って柄じゃないわよ」

 むしろ、色んな意味で綾乃は『大魔王』だろうと思い、視線にその色を込めるソニア。敏感にそれを感じ取った綾乃は少しだけ首を傾げて見せた。

「どうしたの?」

「いえ……コータ様は、アヤノさんの何処が良かったのだろうと思いまして」

「あれ? 喧嘩売られてる? 『お前みたいな仔狸、何処が良かったんだよ!』って言ってる?」

「そ、そうではありません! アヤノさんは、その、とてもチャーミングな方ですし、あの、その!」

 ジト目を向ける綾乃に対し、慌てた様に両手を左右にわたわた振って見せるソニア。そんなソニアの姿がおかしかったか、綾乃はふっと一つ微笑んで馬車の座席に深く腰掛けた。

「……ま、何処が良かったかは分かんないけどね。っていうか、良かったかどうかも分かんないし」

「余裕ですか? 『私は愛されている』と?」

「……絡むね、ソニアちゃん。どうしたの?」

 先程とは違う意味で視線を向ける綾乃。その視線に、だが躊躇は一瞬。おずおずと、そしてはっきりとソニアは口を開いた。

「少し、してみたいと思いまして」

「何を?」

「『小洒落たトーク』と、いうモノをです」

 ソニアの言葉に驚いた様に息を呑む。その後、綾乃の口元がニヤリと上がった。

「……ふーん。話題は浩太?」

「お互いの共通の話題でございましょう?」

 慕っている人、と言葉に出すのは恥ずかしく、だから言外にその意味を込めるソニア。小さく頷き、綾乃は口を開いた。

「……なるほど、なるほど」

「ダメですか?」

「ダメじゃないよ。そだね。ソニアちゃんとあんまりちゃんと話をした事無かったし。これからも仲良くして行こうと思ったら、一遍その辺りも話をしてた方が良いかな?」

「そうであれば助かります。今後の事もありますし」

「おっけ。そんじゃソニアちゃん、何が聞きたい?」

 お姉さんが何でも答えて上げよう! とおどけて言って見せる綾乃に、しかしどこまでもソニアの視線は真剣で。

「アヤノさんは……何処に、惹かれましたか?」

 コータ様の、と。

 おどけた仕草を固まらせたまま、それでもニヤリと笑って見せ。


「――あー、なるほど。もしかしてソニアちゃん、私の事一番のライバルだと思ってない?」


 ソニアの心を見透かす様、簡単にそう言って見せる綾乃。

「……そうですね。そう思っております。そして……わたくしのこの想像が、それほど間違っているとは思いません。違いますか?」

 動揺は無い。真っ直ぐと綾乃を見つめ、そんなソニアの視線を面白そうに見やり言葉を続けた。

「違う、と言えば違うし、そうだ、と言えばそうかな?」

 謎かけの様な綾乃の言葉

「どういう意味でしょうか?」

「んー……どういう意味って聞かれるとちょっと返答が難しいんだけど……」

 そう言って、チラリ。年下のソニアを窺う様なそんな視線に訝しんだ表情を浮かべて見せるソニアは、疑問をそのまま口に出してみせた。

「どうしましたか?」

「その、あんまり気を悪くしないでね? 『こいつ、仔狸の癖に何言ってんだ』とか思わないでくれる?」

「むしろ、今の言葉で気を悪くしそうですが? そんな事を言うように見えますか、わたくし?」

 険悪な視線を向けて見せるソニアに、綾乃が肩を竦めた。その姿をじとーっと見やり、ソニアは溜息一つ。

「……仔狸の癖に、などとは思いません。思いませんので、続きを」

「そう? それじゃ……えっとね? 多分、私とソニアちゃんは似てると思うのよね」

「……似てる、ですか?」

「勿論、容姿じゃなくてね。私、ソニアちゃんみたいなキラキラしたルックスしてないし。そうじゃなくて……考え方……じゃないわね。物事に取り組むスタンス、かな?」

「スタンス、ですか?」

「物凄く自分に都合よく言えば、要領が良い方、かな?」

 頭に疑問符を浮かべて見せるソニアに苦笑。綾乃は言葉を続けた。

「例えば……ソニアちゃん、テストって分かる?」

「分かります。受けた事はありませんが」

「流石お姫様。まあ、それじゃ想像だけしてくれればいいんだけど……私はね? 六十点で合格するテストなら六十点でいいや、って思うタイプなのよ」

「……」

「ちなみに、浩太は六十点で合格するテストでも百点取りに行くタイプ。きちんと予習して、復習して、テストが終わってもしっかり見直しまでする。その為の努力で手を抜く事が……妥協が出来ないタイプ、かな? 多分、エリカやエミリもそういうタイプなのよね」

 そこまで喋り、ソニアの顔をじっと見つめる。心の奥底まで見透かしそうな綾乃の視線に、思わずソニアが視線を逸らした。

「んで、私の推論だけど……ソニアちゃんは私と一緒。六十点以上取るのは無駄だと思うタイプ」

「む、無駄!? そ、そういう訳では――」

「違う?」

 問い詰める様な綾乃の視線。うっと息を詰まらせた後、少しだけ諦めた様にソニアはゆるゆると息を吐いて見せた。

「……そうですね、否定はしません。言い方が悪いですが」

 ソニア自身、所謂秀才タイプではなく天才タイプである。大抵の事は一度、悪くても二度ほど聞けば理解出来るし、大した努力をして来た記憶も、十年という短い人生の中では生憎と無い。

「ま、別に百点取る為の努力をする事が悪いって言ってる訳じゃないのよ? 何事にも真剣に取り組めるのは良い事だと思うし」

「何だか上から目線ですね」

「そういう訳じゃないけど……まあ、そうね。浩太が百点の答案を三つ書く間に、私は六十点の答案を五つ解くわ」

「……」

「私と浩太が居た職場ってね? こう……正確さとスピードが結構求められるのよ。今でこそ魔王だなんだとか言われてるけど、当時の浩太を見たら笑うわよ? 『何時までちんたらやってるんだ、松代!』とか『ゆっくりやるなら三つの子でもやるぞ!』とか……いつ浩太がもう辞めます、って言っても驚かなかったぐらいだから。私、いっつもイライラしてたもん。なによ、このチョロい奴! って。無駄な事に、なんでそんなに時間使うんだろうって。もうちょっと巧くやれば良いのにって……そうね。小馬鹿にしてたのよ、浩太の事」

「……想像出来ませんね。コータ様も……コータ様をそう思う、アヤノさんも」

「三年ぐらい前の自分に言ったら目を丸くするわよ? 『アンタ、そのチョロい奴にメロメロになってるから』って」

 ひょっとしたら異世界召喚なんてメじゃないくらいの仰天ニュースかも、と、そう言って可笑しそうに笑って見せて。

「……と、まあ浩太を小馬鹿にしながら才能に任せてイイ感じに天狗になってた私ですが、こう……色々あってね? まあ、大失敗したわけですよ」

「失敗、ですか?」

「あんまり言いたくないけど……そうね、六十点で良いって思ってる癖に百点の仕事をして『頑張ってます!』みたいなフリをしてるのを見破られたというか……」

 溜息、一つ。

「……ごめん、嘘。六十点の仕事をしてるつもりが、実際は零点の仕事をしていたのよ、私」

「……」

「そう云うつもりは無かった筈だったんだけど……まあ、結構プライドも高かったんでしょうね。こう、ボロボロ泣いて……まあ、格好悪い事、格好悪い事」

 苦笑し、その時を思い出すかの様に少しだけ苦い顔をして見せ――そして、宝物を取り出したかのように、その顔を綻ばせて。


「――そこをね? 浩太が助けてくれたの」


 本当に、大事な大事な想い出を語る様に。

「……格好良かったな~、あの時の浩太。普段は全然ダメダメな奴で、努力するぐらいしか取り柄がないって思ってたのに……私は浩太のその『努力』ってスタンスに救って貰ったのよ。あれだけ自分が否定していたそのスタンスに。それだけで、もうメロメロよ?」

 現金でしょ? と笑って見せる綾乃にソニアは黙って首を横に振る。その仕草に幾分ほっとした様に息を吐く綾乃。

「まあ、そんな訳で私はそんな自分の窮地を救ってくれた浩太と……そうね、このままじゃダメだって思わせてくれた浩太に、すっごく感謝してるし、尊敬もしてるし……こう、大好きで……愛しくて堪らないってわけ」

 そう言って、もう一度にこり。今までソニアが見た綾乃の笑顔の中で、最も魅力的で、最も可愛くて、最も儚げで――そして、最も嬉しそうな、そんな笑顔。

「……深い、お付き合いですね」

 分かっていた事ではある。『浩太』を知らず、『コータ』しか知らないソニアに取って、本来であれば聞かなければ良い話で……そして、敢えてそれを聞いたのは、他ならぬ自分自身だ。

「あー……まあ、浅い付き合いでも、短い付き合いでも無いつもりはあるわよ? 少なくとも、『浩太』の事を一番知っているのは私だ! って自負もある」

 止めに等しい綾乃の言葉。『お前達には負けていない』と、そう言われた様な衝撃を受け、ソニアは思わず俯く。が、それも一瞬。そんな訳は無いと、そう思って気丈に上げた顔の先で。

「……うーむ……」

 難しい顔をする綾乃の姿を見た。勝ち誇って高笑い、は流石に綾乃のキャラでは無いだろうが、それでも今、この状況でそれをする意味が皆目見当がつかず、ソニアは首を捻って見せる。そんなソニアの姿を視界におさめ、綾乃は肩を落として見せた。

「……ついでだから言っておくわ。私、浩太に告白されてるのよね。直接的じゃないけど……まあ、好きだ、みたいな事を言って貰ってるわけ」

「自慢、ですか?」

 まさか、と一つ笑って。

「――そんな浩太を、『まだ私は浩太に釣り合わない!』なんて……まあ、そんな『我儘』でソデにしたのよ、私」

 悔しそうに、寂しそうに。

 そう言って唇を噛む綾乃の姿に、ソニアは声を掛けようとして、それでもかける言葉を見つけられずに押し黙る。そんなソニアにありがとう、と笑って見せ、綾乃は言葉を続けた。

「そんな訳で、私は別に皆よりリードしてる訳じゃないから。むしろ逆よ、逆。一番ドンケツに居るって言ってもイイんだから」

「そんな事は……」

「でも、だからと言って諦めるつもりは毛頭ないし、同情もいらない。精々、『あいつバカだな~。ぷぎゃー』とか言っておいてくれればいいわ」

「ぷ、ぷぎゃ?」

「こっちの話。とにかく! そういう事だから、私はもう失敗出来ないの。一遍やらかしてるから……悪いけど、真剣度は皆よりダンチよ?」

「……わたくしだって引くつもりは御座いません」

「上等」

 そう言って、ニヤリと不敵に笑んで見せる綾乃に、ソニアも同様に笑んで見せる。しばし交差する視線が、ガタゴトと音を響かせる車内で火花を散らす。

「……と、まあそれはそれとして……お仕事の話よ」

 瞬きする様な短い沈黙の後、そう言って話を切り出す綾乃。先程までとは違う、随分色気の無い話に思わず呆気に取られた様な情けない顔をソニアは浮かべて見せた。

「……唐突に話題を転換されますわね?」

「真面目にやれって言ったのソニアちゃんでしょ?」

「そうですが。ですが、流れ的にはわたくしの話を聞く番ではないですか?」

「ソニアちゃんが浩太に惚れた理由? 良いわよ、別に」

「……わたくしなど、敵ではないと?」

「意外に好戦的ね、ソニアちゃん」

 睨みつけるソニアに、やれやれと首を振って見せる綾乃。

「ソニアちゃんが私の事をライバルだと思ってるのと同様、私だってソニアちゃんの事をライバルって思ってるわよ? それも、ある意味ではエリカやエミリよりずっと強力な」

「……そうですか?」

 嬉しいような、そうでは無い様な。微妙な表情を浮かべて見せるソニア。自身が思う最強のライバルが、自分をライバルと思ってくれているのは……少なくとも、眼中にないよりは随分マシではある。

「私とソニアちゃんは結構似てるからね」

「それが?」

「一人で良いでしょ? 浩太と違うタイプの人間は」

「それは……どちらかが『不要』という話でしょうか?」

 ソニアの言葉に、黙って首を縦に振り、その後横に振って見せる綾乃。

「……まあ、そんな簡単な話じゃないんだけどね? 能力だけで恋愛感情語るつもりも無いし、そんなロジック的な話でも無い。そもそも、浩太がそういう基準で女の子選んだりしない人間だ、ってのもわかる。わかるんだけど」

 でも、と。

「――浩太が困った時、自分とは違うタイプの人間の意見が聞きたい時に、一番に相談してほしいのよ」


 ――お前はどう思う? と。


「その時に、その言葉をかけて貰うのは『私』でありたいの。ソニア・ソルバニアではなく、大川綾乃であってほしいのよ」

「……」

「ま、色々言ったけど……ぶっちゃけ、私は人の事なんて気にしてる余裕が無いの。さっきも言ったけどやらかしてるからね。降って湧いたチャンスに『誰々ちゃんが浩太を好きかも~』なんて言ってらんないのよ」

「……だから、仕事のお話ですか? 自分が一番に頼られる為に」

 ま、そう言う事と肩を一つ竦めて見せ、その後揺れる車内をものともせずに綾乃がぐいっと体を乗り出して見せた。

「さっきも言ったけど、私とソニアちゃんは結構似てる」

「そうですね。否定はしません」

「んで、それは裏を返せば浩太とは似て無いって事で……もっと言えば、エリカとエミリと浩太、テラの首脳陣三人は良く似てるってことなのよ」

「百点を目指すタイプ、という事ですか?」

「要領が悪いって事」

 一刀両断。そう言って切って捨てる綾乃に思わずソニアが鼻白む。

「別に、バカにしてる訳じゃないんだけどね? でも、努力をして最高点を目指す人間ってのは往々にして余裕が無いモンなのよ。そりゃそうよね? 使えるリソースは有限で、それを一点に振り分けてるんだもん。他の事が出来なくて当たり前よ。だから」

 危うい、と。

「危うい、ですか?」

「視野が狭いって言うか……まあ、『それ』しか見えないのよ。今回だって……色々理由があるのは分かるけど、一気に傭船ビジネスはやり過ぎよ、流石に」

「……」

「エリカやエミリにしてもそうでしょ? 結局、限られたリソースを『浩太』に割り振ってるから、浩太の言う事をハイハイ何でも聞いちゃう訳。本来であればもっと議論を尽くして、やるべきか、やらざるべきかの判断をするべきだったかな? とは思うわよ」

「ですが……時間もありませんでしたし」

「それも理解出来るわ。だから、私達は私達で出来る事をやりましょう」

「出来る事、ですか?」

 再びの、疑問符。そんなソニアを見やり、綾乃はもう一度笑んで見せた。

「私達には浩太やエリカ、それにエミリに無いモノがあります。さて、なんでしょうか?」

「……質問に質問で返すな、とは異世界では教えてないので?」

「何でもかんでも答えて貰えると思うな、って異世界では教えてるわよ? さあ、考えて見て下さい。シンキングタイムは五秒です!」

「短いですわ!」

「五、四、一、ゼロ! はい、時間でーす」

「しかも短縮ですか!」

「さあ、お答えをどうぞ!」

 ソニアの突っ込みに答えるつもりは無いのか、ノリノリなままに話を続ける綾乃。そんな綾乃に呆れた様に溜息を吐いて見せ、ソニアはしばし黙考。が、正解を思いつかずに頭を左右に振ってみせた。

「わかりません」

「諦めるのが早い! もうちょっと考えようよ、ソニアちゃん」

「リソースは有効に使え、と仰っていたではありませんか」

「いや、言ったけど」

「自分で考えなくとも、目の前に答えが分かる人間が居るのです。頭を垂れて教えを乞うた方が時間の節約ですわ」

「……ああ、やっぱしソニアちゃん、私に似てるわ」

「光栄です、と言っておきましょう」

 それで? と問い掛けるソニアに今度は綾乃が溜息を一つ。

「んじゃ質問を変えます。今回に限らずだけど……海上貿易で一番危険な事って何だと思う?」

「海上貿易で一番危険な事……ですか?」

「これなら答えは出るでしょ?」

 綾乃の言葉に一つ頷き、ソニアは視線を天井に向ける。今回のテラ帰還に合わせてフレイム王家から借り受けた特注の馬車だけあり、綺麗にフレイム王家の紋章が刺繍された天井だ。やはりソルバニアの『蛇』はあまり印象が宜しくないかしら、とソニアが場違いな事を考えながら、視線を綾乃に戻した。

「……やはり、『嵐』ではないでしょうか」

「嵐、ね」

「ええ。無論、凪や海賊も危険です。ですが、凪はそのまま進まない事以外、別段の害はありませんし、海賊は逆らう事をせずに船荷を渡してしまえば、船まで壊される事は無いかも知れません」

「でも、嵐は船も船荷も全部壊しちゃう?」

「それだけではなく、人も」

「なるほど、そういう考え方もあるか」

 うんうんと頷き、視線を天井に向ける綾乃。その姿に訝しんだ表情を浮かべてソニアは問う。

「『そういう考え』と云う事は、正解では無いので?」

「いいや。それだって正解だと思うわよ?」

 そう言って、天井に上げてた視線をソニアに戻す。

「私達の世界にはね? 所謂海難リスクを分散する為に『海上保険』って商品があるのよ」

「保険、ですか?」

「ざっくり言うと……そうね。一定の掛け金払ってたら、船が壊れても荷物がダメになってもお金で返してくれる商品? かな?」

「……素晴らしいでは無いですか」

「一概に素晴らしいかどうかはともかく……まあ、そういう商品があれば良いなって事は浩太も言ってたでしょ?」

「……そうでしたか?」

「『船の整備や事故補償なども付ければ』って。あの辺りが概念としては海上保険だと思うわよ」

 綾乃の言葉に、ソニアは脳内の記憶を探る。言われれば確かに、浩太がそんな事を言っていた様な記憶がある。

「浩太とソニアちゃんの考えは基本、一緒よね? 航海中の事故を考えてる」

「それは……そうでしょう?」

「うん、間違ってはいない。いないんだけど……ほら、私は『銀行員』だから」

 事故の事ではなく。


「海を渡って渡した商品の代金って、『確実に』払ってくれるのかな?」


 航海の後の『取引』を考える、と。

「……」

「事故や海賊、或いは嵐って絶対起こる訳じゃないよね? 海賊のいない海域を通るとか、嵐の少ない季節を選ぶとか……ま、対策って色々とれるじゃん? でも、『取引』は? どんだけ平和な航海をして、幸運にも無事に向こうの港に着いたとしても、『取引』は絶対あるよね? その時、確実に相手はそのお金を払ってくれるかな?」

「それは……ですが、その様な事を言いだしたらキリがありません」

「そりゃそうよ。対策って話なら、払って貰えない様な所とは取引自体をしなきゃ良い話だしね。それじゃ、相手を選びに選んで、それで各商会は右肩上がりに成長し続けるかな? 少ない少ない商売相手だけで」

「それは……」

「だから、そこに『保険』を付けましょう」

 そう言って、ゆるゆると笑んで見せ。

「私は『造船』は素人だけど、『海運』はやった事がある。齧った程度と言えど、ある程度は理解も出来る。だから――」


 やって見ましょう、と。


「浩太風に言うなら……そうね、『荷為替手形ビジネスと信用状ビジネス』って所かしら?」


 そう言って、今度は『嗤って』見せて。


「――浩太やエリカ、エミリにはない……私とソニアちゃんの『利点』を活かして、ね?」


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