第八十四話 作戦会議
先週は投稿飛ばしてしまいました、どうも疎陀です。楽しみにして下さっていた方には申し訳なかったです。
さて、今週はタイトル通り作戦会議。タイトルは違いますが、来週との前後編の前編みたいな感じでしょうか。こっからですね、エエ。
王都ラルキアの、その中心に位置するラルキア王城。
オルケナ大陸にある各国家の中の一つであるフレイム王国の国王座所であるが、フレイム王国がオルケナ大陸を統一したフレイム帝国の正統な後継国家である以上、その居城は一国家の首都以上の意味と意義を持つ。オルケナ各国家の会議会場、併設する王国学術院のの研究発表会場、先般の『戦争』ではテラが使われたが、フレイム以外の多国間の戦争では、ラルキア王城が講和会議に使われる事もある。フレイム王国の首都であると同時、『オルケナ大陸の首都』でもあるのだ。
ラルキア王城はその歴史により、多くの改修、改装、そして増築を重ねて来ており、『王城付のメイドですら迷う』と呼ばれる程複雑な造りになっており――まあ、言ってみればとんでもなく広く、大きいのである。
「……ねえ、コータ?」
そんなラルキア王城の一室。各国の政府高官や王族、貴族が来ラルキアの際に提供される貴賓室のベッドに腰を掛けたエリカのジト目の視線を受け、浩太が背中に冷たい汗を流した。ぶっちゃけ、怖い。
「えっと……エリカさん? 何か怒ってます?」
言外に『私、不満です!』という視線を向けて来るエリカに、少しだけタジタジになりながら浩太が言葉を紡ぐ。
「怒ってる? いいえ、別に怒っては無いわよ? 怒っては無いけど……怒ってはないけどね? こう、なんで貴方は何処か行く度に『女の子』を連れ帰って来るのかしらね? しかも……こんな夜に?」
浩太の眼に一瞬、仔猫が毛を逆立てさせ『ふしゃー』と威嚇する幻影が見えた。過去の浩太の『悪行』を鑑みればエリカの言にも幾分かの正当性はある。あるが、浩太的にも今回は少々納得がいかないか、珍しく反論をして見せようと口を開きかけ。
「……夜も遅い時間に少女を一人、自分の泊まっている『宿』に連れ込む、ね。うん、事実だけ聞くと完全に犯罪者です、本当にありがとうございました」
「言い方! 言い方が悪すぎるだろう!」
途中で綾乃に遮られる。行動だけ見れば確かに有罪確定だが、流石に今回ばかりは浩太が可哀想でもある。
「その……エリカ様、アヤノ様、本当に申し訳ございません。この度はエリザが本当にご迷惑をお掛けしまして」
心底申し訳なさそうにエミリが頭を下げる。浩太に対する謝罪と、眉根と肩をいからせる二人に対しての謝罪。その二つを正確に読み取り、綾乃が幾分かその眉根を下げた。
「……まあ、良いんだけどね。それより、そのミニマムサイズのエミリちゃん、紹介してくんない? 何処のどちら様? まさかエミリの娘……とかじゃないわよね?」
こんな大きな子供が、と言わんばかりの綾乃の言葉に首を左右に振って見せ、その後視線だけをエリザに向けるエミリ。向けられたエリザは我が意を得たりとばかりにスカートの端をちょんと摘まみ、綺麗に腰を折って見せた。
「――お初にお目にかかります、アヤノ・オオカワ様。エリザ・ベッカーと申します。我が叔母、エミリ・ノーツフィルトがいつもお世話になっているとお聞きしております。まだ九歳、至らぬ点が多々ある非才の身ですが、今後とも叔母共々お付き合い願えれば望外の幸福に御座います」
「……これはご丁寧にどうも。私は大川綾乃。こちらこそ、エミリにはいつも良くして貰っています」
そう言ってエリザに合わせる様に頭を下げ、その後チラリと浩太に視線を送る。
「なんだよ?」
「いや……ソニアちゃんもそうだけど、何でこのせか――じゃなくて、こっちの大陸の幼女はこんなにレベル高いの?」
「顔?」
「顔面偏差値もだけど……九歳って。これ、スタンダードなの?」
「多分、違う。生活環境じゃないか?」
「生活環境?」
「ベッカー家はフレイム王国でも一、二を争う名門商会だからな。エリザ嬢も十分その血と、その智を引いていると見える」
綾乃の言葉を引き継ぐよう、ドアを背にして凭れかかって腕を組んでいたシオンがニヤリと口の端を歪めて見せる。そんなシオンにチラリと視線を飛ばし、エリザは綾乃の時と同様に頭を下げた。
「ご高名は常々お聞きしております、シオン・バウムガルデン様。ですが、一つ訂正を」
「拝聴しよう」
「我がベッカー貿易商会はフレイム王国で一、『二』を争っている訳では御座いません。売上、利益、従業員数、支店の数、影響力、それに……歴史に至るまで、フレイム王国『一』に御座います」
「……ふむ。我がバウムガルデン商会など敵ではないと?」
「恐れながら」
堂々とそう言い切るエリザに、シオンは肩を竦めて苦笑を浮かべる。その姿に訝しげな表情を浮かべる浩太に気付き、シオンが片眉をピクリと上げて見せた。
「なんだ?」
「いえ……なんと言うか、何の反論も無いのが意外でして」
「『なんだと! 我がバウムガルデン商会をバカにしているのか!』とでも言えば良かったか?」
「その方がシオンさんっぽいです」
「……お前という奴は」
やれやれと首を左右に振り、白衣のポケットから煙草を取り出すシオン。口に咥えて火をつけかけて、しばし躊躇。幼子の前という状況に遠慮したか、ポケットに煙草を仕舞って溜息を吐いた。
「これが他の商会の口から出れば反論の余地もあるがな。ベッカー貿易商会にそう言われれば、『はい、そうですか』としか返す言葉が無いさ。無論、当主であるアロイス・ベッカー本人から言われれば問題もあろうが」
そう言って、涼しい顔をして事の成り行きを見守るエリザに苦笑の色を強くして。
「……その辺りも分かっているのだろうな、エリザ嬢は」
「何の話でしょうか?」
「幼子相手に本気で喧嘩など出来ん、という話だ」
ニヤリと笑って見せるシオンとは対照的、少しだけ口角を上げる事で返答するエリザ。その姿を見やり、綾乃が大きく溜息を吐いた。
「はいはい、分かりましたよ。凄いわね、こっちの幼女様は。ねえ、ソニアちゃん?」
そう言って綾乃は部屋の最奥部、窓際に備え付けられた執務机の椅子に座るソニアに声をかける。何かを考えるように中空に視線を飛ばした後、ソニアはにこやかに笑んで見せた。
「わたくしにとってはこれが『普通』ですわ。恐らく、エリザ様もでしょう?」
「ええ、『普通』に御座います、ソニア・ソルバニア様。いつもお世話に……とは申せませんが」
「ベッカー貿易商会のご高名はソルバニアにも響いておりますが……他国での『造船』、というのは色々問題が多く御座いますので
「承知しております。ですが、どうでしょうか? これも何かの御縁に御座いますし、そろそろソルバニアでもベッカー貿易商会の『船』を使用頂ければと考えておりますが?」
「わたくしの一存でどうこうなるモノでも御座いませんし……一種のお祭りに御座いましょう、造船とは? 可能であれば、ソルバニアだけで楽しみたいですわ、『お祭り』は」
「仰る通りです。他国の『お祭り』にフレイムの造船屋がしゃしゃり出るモノでもありませんね」
ウフフ、アハハと腹の探り合いをして見せる幼女二人に、今度こそ諦めきった疲れた顔を綾乃は浩太に向けて見せた。
「本当にこっちの幼女様は規格外すぎるんだけど?」
「……言うな。俺もそう思ってる」
「でも……ある意味、あっちも規格外よね?」
そう言って、綾乃が親指でくいっとベッドの方を指差して見せた。その親指の動きに合わせる様、浩太はそちらに視線を向けて。
「……え? え、エリカさん?」
親の敵を見る様なエリカの姿を見た。浩太の視線を知ってか知らずか、エリカはゆっくりとその桜色の唇を開く。
「……久しぶりね、エリザ」
「――ちっ」
「……まあ、今の舌打ちは聞かなかった事にしてあげるわ」
「はて、なんの事に御座いましょうか? それはそうと、エリカ様。ご無沙汰しております」
「ええ、そうね。どう? 元気だったかしら?」
「ええ、お陰様で。エリカ様に置かれましてもお代わりない――」
そう言って、一点。エリカの胸元に視線を固定した後、エリザはふんっと鼻で笑って見せた。
「――お代わりない様で」
「どういう意味よ、それぇ!」
「別段、深い意味など御座いません。エリカ様もお代わりないぜっぺ――ご健勝な様子で」
「誤魔化し方がすっごい雑なんだけど! 絶壁って言おうとしたわよね、貴方!」
「その様な事はありません。活動しやすそうなお体だと思っただけに御座います。我が叔母の様に無駄に脂肪を付けて歩くよりは、よほど機能的な意匠に御座います。わがベッカー貿易商会もエリカ様を見習って『無駄』な装飾は慎もうと思った次第です」
「私だって無駄な装飾を持ってみたかったわよ! っていうかね! アロイスにしても貴方にしてもなんなの? 貴方達は私に毒を吐かないと気が済まないの!」
「毒、とは不思議な事を仰られます。私は純粋に事実を申し上げているだけですが?」
「一応、貴方達の所の王族よ、私! もうちょっとこう、あるでしょうが!」
「ええ、ですから敬って、尊んでおりますよ。流石、エリカ様。よ! オルケナ一の美少女領主…………こんな所でどうでしょうか?」
「貴方ね!」
九歳児と変わらぬレベルで――と言うより、むしろ少し押され気味のエリカに、肩を落とす浩太。その肩を優しくポンポンと綾乃が叩いた。
「……物凄く、既視感があるんだけど」
「昔もあったの、こんな事?」
「ソニアさんがテラに来られた時。今と同じ様にその……胸の話になって」
「胸の話になって?」
「エリカさんがキレた」
「……呪いでもかかってるの、あの子?」
幼女に関わると罵倒される呪い、といった所か。一周回って斬新かも知れない。
「エリカ嬢は何時だってあんな感じだぞ? 私がテラに来た時だってそうだったしな。というか、アヤノの時だってそうだっただろう?」
シオンのその言葉にしばし考え込み、その後納得した様に綾乃はポンと手を叩いて見せた。
「そっか、分かった。多分『狂犬』はあの子にこそ相応しい渾名ね。返上するわ、私」
「……辞めてあげてくれ、結構マジで」
「むしろ、アヤノ。君こそいいのか? 私は君もあのレベルで『喧嘩』に参加するタイプだと思ったが?」
「ええ~? 私、こう見えても一応相手見て喧嘩は売ってるつもりだけど? 別に全方位に敵を作る趣味もないし……そもそも、あんな小さい子相手に本気に成れる訳無いじゃん」
「これは失礼した。そうだな、エリカ嬢に比べれば君の方が思慮深いな」
「そうよ。大体、あんな絶壁と一緒にしないでよね」
「乳に栄養が回ると頭が空っぽと云うのは、やはり俗説だな。なるほど、エリカ嬢はその身を以って論理の否定をする伝道者か。ならば、全方位に敵を作るのも納得だな」
「そうなの?」
「決められた論を覆すのは労力の要る事だからな。そんなもの、真理の探究者か被虐趣味でも無いと出来んさ」
「あー、納得!」
「納得! じゃないわよ! 貴方達、いい加減にしなさいよね! せめて聞こえない様に言ってくれないかしら!」
陰口――という程隠れても居ないシオンと綾乃の会話にエリカが怒気も顕わに声を上げ、その様子を見てエミリと浩太は深々と溜息を吐いて見せた。
◇◆◇◆◇
「……それで? 一体何事よ?」
紅茶には興奮を抑える作用もあるのであろう。『こ、紅茶でも! 紅茶でも淹れてきます!』と、エミリが彼女にしては珍しく慌てた様に紅茶を淹れて来てしばし。湯気と香りが室内を少しだけ落ち着いた空気に換え、同時にエリカの怒気も徐々に換気されていく事に安堵の息を漏らし、浩太が口を開いた。
「先日の話ですよ。今日、エミリさんとベッカー貿易商会の会長宅を訪ねてきました。こちらの『条件』を呑んで貰える様、交渉をしてきたのですが……」
ちらりと視線をエリザに向け、その後少しだけ言い淀んで浩太は言葉を続ける。
「――断られました。曰く、メリットがない、と」
「…………へぇ。ベッカー貿易商会は断ったの」
「理由は種々あります。ありますのでエリカさん、どうかエリザさんを責める様な事は――」
「しないわよ。ベッカー貿易商会だって『商売』だもん。メリットが無いのに簡単に納得してくれるとは思ってないし、そんな事で責めたりしないわよ」
浩太の言葉に先程とは別の意味で――あまり私をバカにするなと言わんばかりの態度に、浩太も思わず居住まいを正して頭を下げた。
「失礼しました」
「本当に失礼よ。まあ、それは良いわ。それで? こんな夜遅くに全員集めて何の話か、って事よ。それもエリザまで連れて。まさか、喧嘩売りに来た訳じゃないわよね?」
ねえ、エリザ? と話を降るエリカに、エリザは首を縦に振る事で承諾の意を示した。
「失礼ながらエリカ様、夜も遅いですし、わざわざ喧嘩を売りに来るほど私も暇ではありません」
「……そうね。『お子様』は寝る時間ですものね?」
「……どちらが喧嘩を売っているのか、一度ご自分のその『薄い』胸部に語り掛けてからお話下さいませ」
「…………へぇ。なに? やっぱりベッカー家は私に恨みでもあるの?」
「…………大事なエミリお姉さまが婚期を逃されたらどう責任を取ってくださるおつもりで?」
「………………いい加減、叔母離れしなさいよ貴方。後、アロイスに伝言しておいてくれる? 妹大事は結構だけど、しつこいと嫌われるわよ、って」
「………………同じ言葉を返させて頂きますよ、エリカ様。そろそろエミリお姉さまを自由に差し上げて下さいませんか? 何時までエミリお姉さまにおんぶにだっこをすればお気が済むのですか?」
「…………………うふふふ」
「…………………あはははは」
バチバチと火花が出る程睨みあう二人。一応言っておくが、この二人には十歳程の年の差がある。
「……大変申し訳ございません、コータ様」
そんな二人を見ながら、エミリが痛々しいまでの表情で頭を深々と下げる。身長的には浩太とさして変わらない筈のエミリが何だか小さく見えるその姿に、場違いながらも『ほっこり』する感情を浩太は覚えた。
「……お気になさらず……というか、別にエミリさんが悪い訳ではないでしょう?」
「ですが……」
原因は自分。真面目なエミリ的には十分居た堪れないモノがある。
「兄もエリザも、こう……私の事を良く心配してくれますので。どうも……あの、言い方は悪いですが、エリカ様に『こき使われている』と思うようでして……」
「……ああ」
「無論、私は自分の意思でエリカ様にお仕えしておりますし、それに幸福を覚えてもおります。エリカ様も良くして下さいますし……その」
「板挟みにあって辛い立場ですね」
「それもあるのですが……その、やはり純粋に『嬉しく』も思ってしまいますので。兄と姪、それにエリカ様にまで、こう、『愛されて』いるようで」
私は『愛され足りて』おりませんので、と儚く、それでも少しだけ嬉しそうに笑んで見せ、言葉を続けた。
「ですので……中々、止めにくいモノがあります。無論、我儘ですが」
「そんな事はありませんよ。貴方が止める必要はありませんから」
「そうよ、エミリ。悪いのはあそこで九歳児と言い争いしてる平面世界の領主様だし」
「……綾乃。頼むからお前は入って来るな」
「あによ。いいでしょ、別に。このままじゃ話も進まないんだし」
浩太とエミリの会話に口を挟んだ後、綾乃はバチバチ状態に二人に向き直り両手を二度、パンパンと鳴らして見せた。
「はいはい、そこの幼女と絶壁。話が進まないからその辺りで終了」
「絶壁ってなによ!」
「そうです。幼女と一括りにされるのは噴飯ものです」
「事実は事実でしょ? エリカは子供と同じレベルで喧嘩しないの。胸だけじゃなくて思考までお子様サイズ?」
「ぐぅ……」
「エリザちゃんも。若いってのは財産なんだけど、同時に若さはバカさだから。大人っぽいのは結構だけど、そんな風に張り合ってたら何時まで経っても『大人』にはなれないわよ?」
「……では、どんな女性が大人なのでしょうか?」
「少なくとも、大人の女性はそんな事聞きません。まあ、年の功だと思って聞いときなさい」
ハイ終了、ともう一度手を打ち、綾乃は浩太に視線を飛ばし――ポカンと呆けた顔を浮かべる浩太に訝しげな表情を浮かべて見せた。
「……なに?」
「いや……なんだか綾乃が凄くまともな事言ってるって」
「……理由を問い質したい所だけど、もっと話が進まなくなるからやめて置くわ。そんで? 浩太、何かアイデアでもあんの?」
大人の対応を見せる綾乃に、浩太もコホンと咳払いを一つ。その後、室内にいる人間をぐるりと見回して口を開いた。
「結局の所、ベッカー貿易商会に『納得』して貰おうと思うと利益を供給するしかありません。ギブ&テイクではありませんが、ある程度ベッカー貿易商会にメリットがある方法を提示しようと思います」
言葉の後、確認をする様にもう一度ぐるりと周りを見回す。その視線を受け、シオンが鼻をふんと一つ鳴らして見せた。
「当たり前の事を真理の様に言ったな? そんな事、誰でも知っている事だと思うが?」
「当たり前の中に真理が潜んでいるものだったりしますがね。まあ、これは確認です。要は『儲け話』を持って行こうというレベルですね」
此処までは宜しいですか? という浩太の問いかけに全員が頷いて見せる。シオンでは無いが、当たり前の事を言っているだけであり、この時点での反論など無くて当然ではあるが。
「お話をお聞きする限り、ベッカー貿易商会は手広くやっておられるようですが……やはりその原点は『造船』でしょう。ならば造船先、つまり船を保有したいと考える先を探して来る事が一番利益に繋がると思いますが」
いかがでしょうか? と問い掛ける浩太に、エリザが小さく頷いて見せる。その姿を視界の端に収めながら、ソニアが口を開いた。
「コータ様、ご質問をよろしいでしょうか?」
「どうぞ、ソニアさん」
「今のお話を推察する限り、ベッカー貿易商会の船の『売り込み』と考えても宜しいのでしょうか?」
「有体に言えば」
買いたい会社と売りたい会社、或いは外注先を探している会社と受注先を探している会社など、ビジネスニーズを察知してこの二つの会社を結びつける事を『ビジネス・マッチング』と呼ぶ。銀行自体、種々様々な業種と取引を行っており、意外に思える様な異業種同士、或いは近すぎて声が掛けれなかった様な同業種同士を結びつける事に一役買っている。銀行員が、その会社の営業マンな様な事をしてくれると考えて頂ければ当たらずとも遠からず、である。
「それは少し難しいかと思いますが」
「なぜ?」
「先程エリザ様にも申しましたが……『造船』とは『お祭り』です。例えば王港都市エムザにも造船商会が御座いますし、ソルバニアの全てとは言いませんが……多くの商人が、エムザの造船商会に発注します」
サイズにもよるが船を『作る』ではなく船を『造る』場合、二、三年程度はかかると言われるほど、『船』とは発注から納品までの期間が長い商品である。他に例を見ないこの独自の商品性から、『二~三年の好景気の後、七~八年不景気が来る業界』と言われ、『造船業界は景気の波と連動しない』と言われる所以でもある。
「無論、ベッカー貿易商会の船が他の商会の船に劣るとは考えておりませんし、どころか他の船よりも最先端の技術を使って作られている事も存じております。おりますが、だからと言って他国の造船会社に発注する事は……」
長期の建造の為、造船会社を持つ地区は船の発注により長期間潤うし、その土地の主要な産業になる事が多い。例えばタオルと造船の街である四国の某地方都市などがその典型であろうし、九州の某地方都市は『造船会社の倒産を回避する大型発注を行った』という理由で初の名誉市民を縁も所縁も無い香港の海運会社の社長に送っていたりする。日本だって日清戦争の後、来るべく日露戦争の調停役を願い出る為、『ご機嫌伺い』にアメリカ向けに軍艦発注を行っていたりもするのだ。
「……なるほど。各国家にはそれぞれ造船会社があり、既に発注先も概ね決まっている、と?」
「そうです。加えて、『ベッカー貿易商会』はフレイムは勿論、オルケナのみならず、世界各国でも有数の造船商会です。その造船技術は既に知れ渡っておりますので……」
「敢えて宣伝する必要もない?」
「……そうです」
浩太のアイデアは全否定する様なソニアの発言に、ソニア自身が申し訳なさそうに目を伏せる。そんなソニアに苦笑を一つ、浩太は言葉を続けた。
「仰ることは良く分かります。なるほど、造船は地域との結びつきの強い産業でしょう。ソニアさんの仰ることは正論です。ですので、どうぞその様に縮こまられず」
こちらこそ、恐縮してしまいますと笑って見せる。大丈夫でしょうかと目線だけで訴えるソニアに一つ頷いて見せ。
「それに……それは『想定内』ですから」
そう言って、浩太はエリカに視線を向けた。
「どうでしょう、エリカさん。テラの収益の『柱』として……もう一つ、やって見ませんか?」
「……収益の柱? 今はベッカー貿易商会をどう説得するかって話じゃなかったかしら?」
「折角の機会ですし、一つの石で二つの鳥を落としてみましょうよ」
「……へえ。じゃあ、聞かせてくれる? 一体、どんなアイデアかしら?」
胡乱な表情を向けながら、それでも今度はどんなアイデアが出るのかと期待する様なエリカの視線にいつも通りの柔和な笑みを浮かべて見せて。
「――傭船ビジネス、というやつですよ」




