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第八十一話 それもまた、一つのカタチ

一週空きました、どうも疎陀です。小雑記の方を投稿しているので空いてる感覚ないんですが……ともかく。今回は(も?)エミリさんVerです。楽しんで頂ければ~。

『ラルキアを制す者が、オルケナを制す』


 王都ラルキアはオルケナ大陸のほぼ中央に位置し、フレイム『帝国』の前王朝であるチタン帝国時代より交通の要所として栄えた街だ。『千年』王都の名の通り、遷都はフレイム帝国成立と同時であり、以来帝国解体から王国成立、そして現在に至るまで連綿と続く王都でもある。

 各国家のその成立過程、つまりフレイム帝国内の諸侯が独立して成立した国家群であるオルケナ大陸の国家に取って、悠久の時を王都として存える『ラルキア』とはどれだけ自らの王都が栄えようが、どれだけ経済が発展しようが、それでも無視できない存在であり、越えるべき目標であり、嫉妬を覚えさせる憎い敵であり――そして、憧れでもある。

「ベッカー貿易商会は、商聖ユメリアの姉の長子、つまりユメリアの甥が創設した商会と言われています。フレイム各商会の中でも格段に古い歴史を持っていますね」

 そんな王都ラルキアの中心部を南北に走るラルキア大通りを歩きながら、セミロングの黒髪を風に靡かせエミリは隣の浩太に語った。

「そうなると……フレイム帝国の歴史とほぼ同じくらいの……千年ぐらいの歴史のある商会、と? 凄いですね、それ。えっと……もうちょっと服装、考えた方が良いです?」

 隣を歩いていた浩太が唸る。千年王国でも十分凄いが、千年企業だってとんでもない。浩太の少しだけびっくりした顔が面白かったか、これから逢いに行く自らの義姉に想いをはせたか――或いはこの『デート』が嬉しかったか、エミリは嫋やかに笑んで見せた。

「大丈夫ですよ、コータ様。あまり堅苦しくお考え為さらず。義姉は……こういう言い方はアレでしょうが、歴史と伝統のある商会の跡取り娘とは思えない程、心安いお方ですので」

「それは……まあ、エミリさんにはそうでしょうけど」

 その筋の人だって、娘の前では良いパパだったりするものだろう。誰だって身内には甘いモノだ。そんなある種『情けない事』を言う浩太に、エミリは少しだけ訝しげな表情を浮かべた。

「……珍しいですね。コータ様がその様に弱気になられるのは」

「別段弱気な訳では無いのですが……ああ、いえ。少しだけ弱気です」

 浩太自身、所謂『超一流』と呼ばれる企業のトップや、それに近しい人間と話をした事が無い訳ではないし、古さや、或いはロットの大きさにビビる事は無い。無いが、それでもそれはあくまで『ビジネス上』のお付き合いでしかないから、とも言える。ざっくり言えば、どれほど社交性が高く仕事が出来る人間であっても、『娘さんを僕に下さい』と相手の両親に言いに行く時は緊張する、と言う話に近いと言えば近い。別に貰いに行く訳では無いが。

「では……そうですね、これではどうでしょうか?」

「これ、とは?」

 頭に疑問符を浮かべるコータに、飛びっきりの笑顔を浮かべて見せて。



「『あの』お兄様の奥方ですよ? お義姉さまは」



「……」

「……」

「……どうしましょう。物凄く納得したんですが」

「それは重畳にございます」

 昨日の『エミリをどれだけ愛しているか』を滔々と語るアロイスが浩太の頭に浮かび、消えた。なるほどエミリの言う通り、『あの』アロイスの奥方であるのならば、まあ心安いのだろうとあたりをつける。どうでも良いが、あの後も『エミリ・ヒストリー』に結構遅くまで付き合わされて、正直浩太もそこそこ眠い。

「失礼ですかね? エミリさんのお兄様に当たる方なのに」

「いえ……ええ、いえ、大丈夫です。兄は昔から『ああ』でしたので。尊敬もしていますし、慕ってもおりますが……こう、色々『大変』ですので」

 そう言って頬に手を当てて困った様に溜息。その後、綺麗な笑みを浮かべて見せた。

「兄から、お聞きになられましたか?」

「何をでしょうか?」

「私の『出自』に御座います」

 何でもない様にそういうエミリに、思わず浩太も言葉に詰まる。言葉を選び、慎重に返答をしようとして。

「……なぜ、そう思います?」

 結局、出て来たのはそんな言葉。『質問に質問で返す』という、ある意味尤もしてはいけないそんな返答だが、エミリは別段気にした風もなく口を開いた。

「『あの』お兄様ですから。きっと、コータ様にお話していると思っただけに御座います」

 どうですか? と首を捻りながら場違いと評しても良い、そんな綺麗な笑みに浩太は思わず言葉に詰まる。少しだけ気まずそうに浩太は頬を掻き、エミリに少しだけ頭を下げた。

「……申し訳ございません。お聞きしました」

「コータ様が謝る事に御座いませんよ。お話したのはお兄様ですし……それに、有名な話です。社交界の私の渾名をご存知ですか?」

「ノーツフィルトの可憐なる一輪の花、とか、美人主従とか、ですかね?」

「自ら言うのは憚られますが……『氷の美女』とも呼ばれましたね。ですが、それ以上に有名な渾名があります」

「まだあるのですか?」

 ええ、と一つ頷き。


「――『ノーツフィルトの忌子』です」


「――っ!」

「この黒髪黒眼は社交界では良く目立ちます。両親の、そのどちらにも似ていない私の容姿は噂好きの社交界の方々の格好の獲物に御座いました」

「それ……は」

「ああ、申し訳ございません! そう、深刻な顔をさせたかった訳ではありません。ただ……先程も申しました通り、有名な話に御座います。このラルキアで生活をする以上、何処かで一度か二度は聞く事があるでしょう。言われ慣れた言葉ではありますし、確かに私は『忌子』でもあったでしょう。ですが、言われて嬉しいとも、忌避の眼で見られたい訳でも御座いません。コータ様、貴方には特に、です」

 ですから、先に知っていて欲しかったのですよと、もう一度笑顔を浮かべるエミリ。そんな笑顔を向けられどう返答して良いか分からず、ますます困った様な表情を浮かべる浩太にエミリは浮かべていた笑みを少しだけ苦笑に変えた。

「……本当にコータ様、どうかお気に為さらず」

「ですが」

 気にせず、と言われて気にならない様な簡単な話でも無い。当然と言えば当然、そんな浩太に浮かべていた苦笑をますます強くし。

「私は幸せ者に御座いますから」

 何の気負いもなくそう言い切るエミリ。嘘も、欺瞞も、後ろ向きな感情など一つもない様な、本当に『本心』からの言葉。だが、そんな訳はないとそう思い、口を開きかけた浩太を制す様、エミリは言葉を続けた。

「……無論、恨んで『いなかった』と言うと嘘になります。幼い頃は何時も思っておりました。何故お父様は私に逢いに来て下さらないのだろう、何故お母様は私を見て泣くのだろう、何故お兄様やお姉様は私に対してだけ、余所余所しいのだろう。何故――」


 ――私だけ、家を出なければいけないのだろう。


「ですが、出た家の先ではリーゼロッテ様が温かく迎え入れて下さいました。エリカ様も、忌子と呼ばれた私に良くして下さいました。それだけでも私は十分幸せ者で御座います」

「……そんなものでしょうか?」

「上を見たらキリが無いとも申しますし……それに、私も思います」

「何を?」

「誰だって、愛しい我が子が自分と似ても似つかないのであればきっと疑うでしょう。本当に自分の子供か。本当にこの子を『愛して』いいのか。私ももう良い年ですし、その感情が理解できる程度には大人に御座います」

 そう言って、笑みを浮かべ。

「ですから、今は父も母も恨んではおりませんし、父や母が悪いとは思っておりません」

「ですが、エミリさんが悪いわけでも無いでしょう?」

「ええ。全ての原因が私にある、など……ある意味では思い上がった思想をするつもりは毛頭御座いません」

 ただ、そうですねと呟いて。


「強いて言うなら……そうですね、『運』が悪かった、と、そういう事に御座います」


 より一層笑みを強くし、そう言い切るエミリ。状況が違えば見惚れる程の、いっそ凛々しいと評して良いようなそんな笑みに、浩太の顔が少しだけ強張った。

「……それは、あまりにも」

「ある程度、私の中で消化した部分も御座います。殊更に悲劇を訴えるつもりもありませんし、だといって隠そうと思っている訳でもない――『思い出』に御座いますよ」

 そんな達観した様な表情のエミリとは対照的に、浩太の顔は冴えない。そんな浩太に苦笑を一つ。

「同情、にございますか?」

「そう……そうですね。恐らく、同情です。気分を害しましたか?」

「いいえ。声高に不幸自慢をするつもりは無いですが、幼少時に『愛され足りて』いないとは自身でも思います。コータ様が仰るよう、私は『同情』されるべき人間なのでしょう。愛の足りない、可哀想な子供であったのでしょう。それは事実だとも思います」

そこまで喋り、エミリは隣の浩太に身を寄せるよう少しだけ近づき、つま先立ちで浩太の耳元にその唇を寄せ。



「ですので――これからは、貴方が私を愛してくださいませ」



 不意打ちのそれに、浩太が囁きかけられた耳を押さえて頬を赤く染める。そんな浩太から身を離すよう、まるで演劇の一場面の様にくるりとターンをして見せたエミリがスカートの端をちょんと摘み優雅に頭を下げた。

「私が可哀想だと、私の事が哀れだと、貴方様がそう思われるのであればどうかコータ様、私を愛して下さいませ。今まで愛され足りてないとお考えであるのならば、貴方の愛で私を、エミリという器を満たして下さいませ。一番が良い、とは申しません。平等が良い、とも申しません。貴方の愛の、その端っこでも良いので私に分け与えて下さいませ」

「……」

「無論、一番でも構いませんよ?」

 茶目っ気たっぷり。右目でウインクなんぞ決めて見せるエミリに浩太は深く深く溜息を吐く事で応えて見せた。

「……ありがとうございます、と言っておきます」

「ええ。そうして置いて下さいませ」

「何と言うか……ええ、何と言うか、ですね」

 困りきった表情を浮かべる浩太に、エミリは少しだけ不満の色を顔に浮かべる事で返した。浩太の気持ちも分からないでもないが、それでも微妙に揺れる乙女心としては喜色満面で頷いて欲しい所ではある。

「その……返答が難しいです」

「私には愛を分け与えて下さらない、と?」

「い、いえ! そ、そういう意味では……ですが、一番じゃなくても平等でなくても良いと言われると、その……」

 浩太だって返答に困る。『一番じゃなきゃ、イヤ!』と言われた方が――それはそれで困るが、まだやり易い。

「――余りにも都合の良い話、ですか?」

「その……ええ。有体に言えばそうですね」

「諸手を挙げて歓迎、とは?」

「行かないですよ、流石に」

魔王だなんだと色々言われてはいるが、そうは言っても浩太は常識人である。幾らなんでも『お妾さんで全然構いません』と言われて『はい、そうですか』とはならない。そんな浩太の心情を慮るかの様、エミリは綺麗な笑みを浮かべて見せた。

「今のコータ様のお立場で私を『正妻』に迎えるのは不可能でしょう?」

「……その」

「まさか、向けられている好意に自信が無いとでも仰いますか?」

 少しだけ茶目っ気を混ぜたそんなエミリの視線に、浩太は知らず知らずの内に目を逸らす。そんな浩太の不器用な誠実さに何を見たか、エミリが可笑しそうに喉奥を鳴らした。

「エリカ様はフレイム王国女王陛下の姉君に当たります。ソニア様にしてもソルバニア王国の王女です。アヤノ様は確かに平民出身に御座いましょうが……それでも、ラルキア王国に一定の影響力があると考えても可笑しくありませんでしょう?」

「……そうですね」

「そんな中で子爵家の、それも『忌子』として生まれた私を正室になど迎えるとどうなるか。フレイム王国、ソルバニア王国、それにラルキア王国全てを敵に回すと言っても過言ではありません」

「過言でしょう、それは」

「少なくとも、ソルバニア王国は確実に良い顔をしないでしょう。それに、テラにだって居づらくなります」

 主に私が、とそう付け加えエミリは言葉を継いだ。

「当人同士も重要には御座いますが、『婚姻』とは家と家の契りに御座います。そんな中で、私を正妻になど迎えようがありません」

「平民の息子ですよ、私」

「平民の息子『だから』です」

 まるで謎かけの様なエミリの答えに、浩太は首を捻る。少なくとも、過去のコータが知る中でこと、結婚について『平民だから』制約が増える例は、身分違いの恋愛を除いて聞いた事が無い。

「貴方には何の後ろ楯もありません。これから向かう先、ベッカー貿易商会はともかくその他の九人委員会は魔窟に御座います。そして、コータ様がこれから為されようとしている事はこの各商会に『戦争』を仕掛ける行為に他なりません」

「……」

「貴方を害し、貴方を貶め、貴方を陥れ、貴方を――殺そうとする人間だって出て来るかも知れない。だって、貴方一人を殺しても『怖く』ないから」

「……随分、はっきり言いますね。何だか何時ものエミリさんらしくない気がしますが?」

 そんな浩太の疑問に、エミリは優しく笑んで見せ。

「もう、止めようと思いまして」

「止める?」

「相手だけではなく……自分に嘘をつくのも」

「……」

「貴方がテラから出て行かれて、私はとても寂しかったです」

「……はい」

「無論、私達が悪いのは重々承知しています。ですが――それでも、寂しかったのです」

「済みません」

「辛くて、悲しくて、寂しくて――だから」

 だから、思うのです、と。


「そんな貴方を、もう二度と、失いたくありません」


「……」

 優しい笑みを湛えたまま、それでも射抜くような視線が浩太を貫く。

「貴方を失わず、貴方に求められたいと思うと……そうですね、これが最良です」

そんな視線を、それでも逸らす事無く見つめ続ける浩太に、エミリの視線から徐々に、だが確実に優しさと温かさが舞い戻って来た。

「……あまり、こういう事を言うのはアレなのでしょうが」

 そんな視線の中に、少しだけ『悪戯っ子』の色を浮かべて。

「エリカ様とソニア様は、コータ様がテラを出て行かれてからずっと泣いてばかりでした。エリカ様は全く職務が手に付いておりませんでしたし、ソニア様に至っては殆ど部屋から出て来る事は御座いませんでした」

 言外に『何の役にも立ちませんでした』というエミリに、浩太も恐縮しっ放しである。

「……身につまされます」

「ですが、私は違います」

「違う、ですか?」

「私だって、辛くなかった訳ではありません。私だって、悲しく無かった訳ではありません。私だって、寂しく無かった訳ではありません。ですが――」


 私は、知っていたから、と。


「貴方が優しい魔王である事を知っていました。貴方が、ご自身の能力に絶対の信頼を置いて無いのを知っていました。貴方が――貴方が、本当はずっと、ずっと一人で悩んで、苦しんで、そうやって魔王を演じていたのを……『知っていた』から。そんな貴方と――優しい魔王と、共に踊ると、決めていたから」

 いつしか、エミリの顔から笑みが消える。悪戯っ子の様な瞳は、その色をただただ真面目な色に変えた。

「エリカ様の、コータ様の、その御二人の抜けた穴を埋めるために懸命に働きました。一生懸命頑張りました。貴方がテラに帰って来た時、『凄く良い街になっている』と言って頂けるよう、頑張って、頑張って――頑張って、働きました」

「エミリさん」

「だから――コータ様」


 私を、褒めて下さい、と。


「『良く頑張りましたね』と言って下さい。『偉いですね』と優しい微笑みを見せて下さい。『疲れたでしょう』と頭を撫でて下さい」


 真っ直ぐな、その視線のままで。


「『もう、何処にも行かない』と言って下さい。『ずっと、貴方達の傍にいます』と優しい微笑みを見せて下さい。私を――私達を『愛している』と……そう、そう信じられる様に」

 そっとその身を浩太に預け。


「――強く、抱きしめて下さい」


 頬を赤く染め、上目遣いに浩太を見やる。よほど照れくさいのか、ちらちらと窺う視線には不安と恐れ、それに期待をないまぜにした色が浮かんでいた。

「――本当に、いつものエミリさんと違いますね」

 急なその『告白』に狼狽し、頬を赤くし、一頻り『あわあわ』した浩太であったが、やがて諦観とも感嘆とも付かない溜息が漏れた。

「ソニア様に教えて頂きました」

「……何を?」

「ご褒美の『おねだり』は口に出して言え、と」

「……ご褒美になりますか、これ?」

「ソニア様は頭を撫でて貰うと仰っていましたが……私も良い大人です」

 子供扱いは、イヤですよ、と懇願する様な視線を上げられるに至って浩太も降参の意を示す様に両手を上に。後、その両手をおずおずとエミリの背中に回した。

「……」

「……良いです、これ」

「……そうですか」

「エリカ様のお気持ちが良く分かります。頭がぽーっとしてしまいます」

「ぽー、ですか」

「ぽー、に御座います」

「……間抜けな会話ですね」

「ええ。ですが……この、ドキドキとなる胸の高鳴りとコータ様の暖かさは癖になります。本当に――本当に、エリカ様のお気持ちが良く分かります」

「……」

「……」

「……ねえ、エミリさん?」

「なんでございましょうか」

「先程、仰っていたじゃないですか。『一番で無くても、平等で無くても良い』って」

「ええ」

「あれは……その、本心、なのでしょうか?」

「……」

「エミリさん?」

「……難しい事をお聞きになられますね」

 問い掛けられ、視線を浩太にじっと合わす。

「……確実に本心か、と問われれば『いいえ』になります。私とて、一人の人を愛し、その方のただ唯一でありたいとも思っております。ですが、先程申した通り、私や私の『家』の力では貴方様をお守りする事は難しいと愚考しています。本来であれば身を引き、貴方様が望み、そして貴方様をお守り出来る方と婚儀を結ばれるのが一番とは思いますが……」

「では――」

「ですが……そうですね。これは私の我儘に御座います」

「――我儘、ですか?」

「ええ」

 そう言って、視線を街中に飛ばす。つられて浩太もエミリの視線を追うよう、そちらに視線を飛ばして。

「私達は『蝶』の様なモノに御座います」

 花屋の店先に飾られた花の上、ひらひらと舞い遊ぶ蝶に視線を止めた。

「幾つもの花があり、別に『コータ様』で無くとも……他の花でも良いのに、私達は貴方を選んだのです。貴方が良いと、貴方でないと駄目だと、そう思って」

「……」

「蝶は文句を申しません。『私だけの為に咲いてくれ』と、『私にだけ甘い蜜を提供してくれ』と、文句を申しませんから」

「……貴方は、蝶ではありません」

「自らを蝶に例えるなど、面の皮が厚いと?」

「そ、そうじゃありませんよ!」

 慌てる様に両手を振って否定の意を示す浩太にエミリはクスリと笑みを漏らし、言葉を継いだ。

「――ですから、私達は我儘なのですよ。蝶では無いから、納得が出来ない。蝶では無いから、文句もでます。ですが……そうですね。それでも私はこれで良しとしております。確かに、傍目に見れば決して『幸福』には映らないかもしれない。ですが」


『幸福』の定義は、人それぞれですので、と。


「――エリカ様の御母上にあたるリーゼロッテ様は所謂『側室』に御座いました」

「ええ、お聞きしております」

「正妃であるアンジェリカ様も良くして下さいましたし、およそ王家の人間とは思えない程良好な関係が築けていたかとも思いますが、それでも『唯一人の女性』として幸せかどうか、私も疑問に思った事があり……そして、聞いた事があります」


 陛下の、ゲオルグ様の、『愛しい男性』の寵愛を、一身に受けとめたくは無いのですか、と。


「私もまだ若く、純粋に愛だの恋だのに仄かな憧れを抱いていたのもありました。非常に不敬で、或いは不愉快な発言であったでしょうがリーゼロッテ様は笑顔で応えて下さいましたよ」

「……なんと?」

「『誰かに愛して欲しいから、愛すのではありません。ただ、愛したいから愛すのです』」

「……」

「今ならリーゼロッテ様のお言葉が少し、分かる気がします。ですが、私はリーゼロッテ様ほど思慮深くも、達観も出来ません。自らの愛と同程度を欲しいとは言いませんが、その欠片ぐらいは頂きたい」

「……それは、幸せなんですかね?」

「赤の他人など関係ありません。私は、これが幸せだと思っております。そして、私の幸せを誰かに詰られる必要も、筋合も御座いません。そしてコータ様、それは例え貴方であってもです。『こんな形は可笑しい』と、『こんな事は認められない』と、そう言って拒否される方が私は不幸せに御座います。ですから――願わくばコータ様には私も、『私達』も愛して頂きとうございます」

ダメ、ですかぁ? と、懇願する様な視線を向けるエミリに嘆息。浩太はその顔をゆるゆると苦笑の形に弛めた。

「いえ……そうですね。善処します、と言う事で」

 肩を竦め、それでも苦笑の中に優しい笑みを混ぜる浩太に、今日一番の飛びっきりの笑みを見せて。


「――ええ。今はそれで構いません。構いませんので」


 もう少しだけ、このままで、と。


 回された手に力が籠められるのを感じ、浩太もその手の力を少しだけ強めた。


この二人、人通りの多い街中でコレやってますから。

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