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第八十話 ウチの妹はこんなに可愛い

①過日、フレイム王国興亡記2巻、発売いたしました。皆様のお陰です、多謝!

②先日活動報告でも書きましたが『フレイム王国興亡記』ドラマCD化します。内容はオリジナルストーリーになる予定。

③今週は無理かも……って言っていましたが、何とか投稿できました。でも、来週はマジでキツイかと思います。

④同じく、小雑記の方も来週はキツいかもです。

⑤此処で書いても良いかどうか分からないのですが……G先生に『PIXIV ゆーげん』と入れて見て欲しいです。エリカのうるうるお目目が超かわいい。


そんな訳で、第八十話です。ようやくエミリを回収出来た。

「いやー、随分夜も深けて来たね~。こりゃ、そろそろお開きの時間かな?」

「……え、ええ。そ、そうですね」

「ラルキア王城主催の夜会はいっつも楽しくてついつい燥いじゃうんだよね~」

「え、ええ。そ、そうですね」

「あ、そうそう! 知ってる、コータ君? ラルキア王城名物、『十七号室の怒号』! あれ? こんな名前だったかな?」

「え、ええ。そ、そうですね」

「もうね、凄いの。『ラルキア王城の華』って言われてるあの王城付メイドさんが素で怒ったり泣いたり喚いたり。もう、今までのイメージを全力で覆します! と言わんばかりでさ~」

「え、ええ。そ、そうですね」

「……」

「え、ええ。そ、そうですね」

「コータ君、私の事嫌いかな?」

「え、ええ。そ、そう――って、き、嫌い? そ、そんな訳無いですよ!」

「そう? でもまあ、納得だけどね。嫌いじゃないとフツーは初対面で頭から酒を飲ませようなんて思わないもんね~」

「……その件に関しましては謝罪の仕様もありません。もう……ただ、申し訳ございません、としか言いようがないです」

 エミリから、半ば強引に『奪い取られた』虜囚の身のコータは深々と……地に頭が付くかと言わんばかりに、深々と目の前のアロイスに頭を下げた。

「やだな~、冗談だよ? 流石にいきなりお酒掛けられたら――」

「済みません、本当に心から謝罪します」

 いきなり連れ去られてコレである。浩太とて良い年をした社会人であり、自らの為した事を自らで責任を取る事を厭うつもりは毛頭ないが、流石に当日にコレは少々勘弁願いたいと思ったとしても……まあ、情状酌量の余地位はあろうというモノだ。

「うーん、若干話し難いね~。まあ、仕方ないけど……これは困ったね」

 そう言って、心底困ったという表情を浮かべるアロイス。胸中で、『いえ、困っているのはむしろ私なのですが』と突っ込みを入れつつ、流石に自分自身でもその突っ込みはどうかと思い一人反省する浩太。その謝罪の気持ちを込めて、もう一度口を開こうとして。



「これじゃ、お話出来ないよね? 『協力』の件」



 喋りかけ、言葉を止める。

「あ! 何で知ってるんですか! って顔してるね? でもまあ、考えても見てよ。君がエミリにこの話をしたのが今から二日前。んで、君は昨日ホテル・ラルキアに行ってたんだよね? 『バウムガルデンの氷の姫』と。だったらその時間、エミリは一体何をしていたか、ちょっと考えたら分からない? そうだよ、エミリは君の為に私を説得にき――」

「少々お待ちください」

「――て……なに? こっからイイ所なんだけど?」

「いえ、聞き慣れない単語が聞こえて来たのですが……バウムガルデンの……何です?」

「違うの? 君、昨日シオン・バウムガルデン嬢と一緒だったんでしょ? 『バウムガルデンの氷の姫』と」

「それ、本当に私の知っているシオンさんですか?」

 先程までの謝罪は何処へやら。急な浩太の表情の変化に、アロイスも少しだけ動揺を隠せない様子で視線を左右に飛ばす。

「……えっと……アレ? シオン・バウムガルデンだよね? ラルキア大学を首席で卒業した才女で、学術研究院の主任研究員の」

「……」

「え、えっと……滅多に社交界には出て来ないけど、偶に社交界に出て来たらいつも気怠そうに一人で煙草をふかして、どんな男の誘い文句も一刀両断でばっさり切り捨て、あれだけの美貌と才覚を持ちながら浮いた噂の一つも無いって言う……あの、シオン嬢だよね?」

「前半部分は同意しますが、後半は全く理解が出来ないのですが」

 きっと、シオンの事だ。『だるい・うざい・面倒臭い』の三つの感情が同居した表情を浮かべているに違いないと浩太はあたりを付ける。『氷の姫』など。

「……ヘソで茶を沸かしますよ」

「……何だろう。私、今凄くシオン嬢が不憫に思えて来たよ」

 両手を合掌に形づくり星空に視線を飛ばすアロイス。が、それも一瞬。合わせていた手をパチンと打ち鳴らして、笑みを浮かべたまま浩太に視線を向けた。

「まあ、シオン嬢の事はこの際どうでも良いよ。それより、話の続きだね。そんな訳で昨日君がシオン嬢といちゃらぶ……かどうか、ちょっと怪しくなって来たけど……とにかく、ホテル・ラルキアに来ている間にエミリが来てね? 『お願いです、お兄様。どうかコータ様にお力添えを……』って、こう、涙目で懇願してくるんだよ! もうね! ズルいね! 女ってさ、なーんであんなに自分を可愛く見せる術を知ってるんだろう? ねえ、コータ君もそう思わない? もうね、エミリが可愛すぎて生きてるのが辛いんだよ、私は!」

 鼻息荒く、浩太に詰め寄るアロイス。その余りの必死さに、思わず浩太が一歩足を引いた。

「お、落ち着いて下さい、アロイスさん! 何の話ですか!」

「私の妹はこんなに可愛いって話だよ!」

「そんな話でしたか!?」

 浩太の頭に片仮名四文字が浮かんだ。即ち、『シスコン』と。

「と、とにかく落ち着いて下さい!」

「ああ……エミリ……かわいいよー……」

「あ、アロイスさん! ちょ、本当に大丈夫ですか! 正気に戻って下さい!」

「正気? 私は何時だって正気だよ? 今からエミリ・ストーリーを語らせたら朝まで行ける位にはね!」

「正気じゃないです! それ、全然正気じゃないです!」

「何なら話して見せようか? 私のこの、建帝記を越える超大作、『愛妹記』を! いや、是非聞いてくれ!」

「お願いだから正気に戻って下さい!」

 キツイお酒を下さい、どうかこの現状から逃れる事の出来る……或いは、この現状に迎合できる程のキツイお酒を……と心から願いながら浩太はアロイスを正気に戻すミッションに挑んだという。


◇◆◇◆◇


「……済まない。つい、取り乱した」

「……いえ……その……いえ」

 少しの時を要してアロイスは正気に戻った。

「だが、私は別に間違った事はしていないと、そう断言できる! そう! 私はエミリ・ノーツフィルトを――」

「済みません、もう十分聞きましたから」

 否、彼はずっと正気だったのだろうが。ともかく、そう言ってアロイスの言葉を遮る浩太に少しだけ不満そうな色を浮かべながら、それでもアロイスは言葉を継ぐ。

「……まあ、そう言わずに聞いてくれよ。ホラ、頭から酒を掛けたのは不問にするからさ」

「……この状況でソレは少しだけズルい気がしますが」

「お互いにベターな選択でしょ? それともなに? 君はベストじゃないと納得できないタイプ?」

「いえ……そうですね。それでお許し頂けるのであれば」

 浩太の言葉に満面の笑みを浮かべて『よし!』と頷き、アロイスの嬉しそうに言葉を続けた。

「私とエミリは年齢で五つ離れてるんだ。下の妹達は年子で生まれたから、物心ついた時から『居る』感覚が近くて……ああ、勿論他の妹達も可愛いんだよ? でもね? やっぱりこう……少し違うんだよね。当たり前に『兄』であったのと、『兄』になるって感覚は……分かり難い?」

「いえ、理解できます」

 物心付く前から『居る』事が当たり前だった妹達と、自我が芽生えてから生まれる妹。その、よりどちらが『妹』に近い感覚を覚えるか、という話だ。

「なら良かった。兄に言ってもきょとんとされるだけだからね。まあそんな訳で、私はエミリの誕生を心待ちにしていたんだよ。私だけじゃない。兄も、上の妹も、下の妹も、勿論父と母も、みんな、みんな心待ちにしていた。母のお腹が少しずつ大きくなり、蹴ったとか動いただとか、しゃくりをしただとか、そんな話をする度に我が家は笑顔に溢れて、幸せで、幸せで……」

 そこで、一息。視線を天空に浮かべるアロイス。その視線につられる様、浩太も同様に視線を上に上げて。



「――エミリが生まれて来るまではね」



「……え?」

「……話は変わるけどコータ君? 私の髪の色って何色に見える?」

「えっと……金、でしょうか?」

「正解。目の色は?」

「緑、ですよね?」

「そ。そして、私の両親は両方とも金髪で緑の瞳を持ってる。この髪の色と瞳は両親から受け継いだ……そうだね、ノーツフィルトの証、みたいなモノだよ」

「そうですか。それ――」


 言い掛けて、気付く。


「……両親とも、金髪で緑の瞳?」


 ちょっと、待ってくれ、と。

 両親とも金髪で、エメラルド・グリーンの瞳を持つのなら。


「生まれて来た子供は黒髪・黒眼だったんだよ」


 エミリのあの美しい黒髪は。美しい黒眼は。


 ――一体、誰譲りなのか。


「……自らのお腹を痛めて産むんだ。女性に取って産んだ子供とは純然たる『事実』だけど、男性に取って産まれてきた子供が自分の子供だと言えるのは『信仰』でしかない。この子は自分の子供だと、信じるしかなくて――そして、父の信仰心はそこまで強く無かったんだよ」

 まあ、それも仕方ないけどね、と寂しそうに笑って。

「フレイム王国は男女同権に近い国だけど、それでもまだまだ女性の立場は弱いし、当然不貞行為なんて許される事では無い。父は詰ったさ。『一体、誰の子供を身籠ったんだ』とね。それでも母は泣いて弁明した。『誓って、貴方以外を愛した事は無い』と。それでも産まれて来た子は父とも母とも似ていない黒髪・黒眼だよ? そりゃ、疑うよね?」

「……」

「そういう意味では、私の方が身軽にエミリに接する事が出来た。仮に父の娘で無かったとしても、私とは異父妹だからね。父はエミリと顔を合わせたがらなかったし、母は母で泣いてばかりだったし、兄は兄で王都の私塾に通う様になっていたしで……まあ、皆色々とあってね。最年長者として私がエミリの面倒を見て来たんだ。お風呂も入れたし、オムツも交換したさ。私もエミリべったりだったけど、エミリも私べったりになるのに時間は掛からなかった。私はエミリの『親』代わりをしてきた自負があるんだ」

 無論、屋敷付の侍女の手は借りたけどねと茶目っ気たっぷりに――そして、自嘲気味に笑んで見せた。

「それ……で……? その、エミリさんは……一体、どなたの……」

「まあ、あまり引っ張っても仕方ないから結論だけ言うと……コータ君、ちょっと私の顔を近くで見てくれない?」

「…………はい?」

「……いや、そんなに『ずざー』って後ずさりするほど嫌がられたらちょっと傷付くんだけど。大丈夫、私は純然たるフレイム人だから。ウェストリアみたいな趣味はないよ」

「……は、はあ。そ、それでは失礼して」

 少しだけ、心に勇気を。そんな言葉が浩太の心に浮かび、そのままアロイスの顔を覗き込む。月明かりに照らされたその端正な顔立ちは、少しだけの酔いからか赤くなり、それでもそれはアロイスの美貌を損なうモノでは――

「……ちょっと照れる――ご、ごめん! 冗談! 冗談だから! 話が進まないからそんなに嫌がらないで!」

「……」

「はあ。私が悪かったよ。とにかく、どう? 私とエミリ、良く似ていると思わない?」

「……そう、ですね。ええ、良く似ておられます」

 酒に酔った冷静では無い頭では気が付かなかったが、成程アロイスの言う通り二人は良く似ている。無論、年齢の差、男女の差があるから一目でそっくり、と言うほどではないが、良く似た兄弟の範疇に収まるであろう、つまり顔のパーツの一つ一つが良く似ているのだ。

「私は兄弟・姉妹の中でも特に父によく似ていてね?」

「それは……つまり……」

「まあ、そう言う事。結論から言うと、エミリは父にそっくりなんだよ。特にあのキツイ目とかね。生き写しかってぐらい似てるんだから」

 そう言って快活に笑って見せるアロイス。が、浩太の方は全く頭の処理が追いつかない。

「ちょ、ちょっと待ってください! え? それでは、その、え、エミリさんの髪と、瞳の色はどうやって説明をするんですか?」

 処理が追いつかない浩太の台詞に微苦笑を浮かべて見せ、アロイスは言葉を継いだ。

「ノーツフィルト家は海沿いに面した領地を持ってて、交易が結構盛んな土地なんだよね。無論、漁業なんかもやってはいるけど、やっぱりメインは貿易、それも外国との貿易が多いんだ」

「そ、それが?」

「陸地で行ける所じゃない、海を渡る貿易だ。オルケナ大陸を飛び出して世界各地を渡り歩いた私達の祖父の祖父、高祖父はそこで一人の女性を見初めるんだ。地位も、名誉も、お金もない。気高さと美しさ、その両方を兼ね備えた……黒髪・黒眼のヤメート人をね?」

「……」

「先祖がえり、って知ってる?」

 アロイスの言葉に、浩太は頷いて見せる。

 隔世遺伝、と言う言葉がある。遺伝子情報が両親の世代では現れず、『世』代を『隔』てて現れる現象の事だ。祖父母の遺伝子が現れる事が多いが、その上の世代から受け継がれる事も往々にしてある。

「まあ、そんな訳でエミリはきちんとノーツフィルト家の娘でした。めでたし、めでたし」

「……」

「……と、言いたい所なんだけどね~。最初に出来ちゃった『誤解』って中々解けないモノでしょ?」

「……ええ」

「徐々に自分に似て来る『娘』に対して、父は悩んださ。あんな言葉を母に投げかけて、それが許されるのかって。そう思ったらもう、ダメ。娘と言っても半分は他人の血だからね。似てない所を見つけるのだって簡単さ。半分は自己弁護と……まあ、疑心暗鬼だね。そうなったら母はまた泣いて訴えるんだ。『この子は間違いなく、貴方の娘です!』ってね。こういう言い方もどうかと思うけど……父もまだ若かったから」

「……そう、ですか」

「私にも娘が居るんだ。今年九歳になるんだけど……まあ、私によく似た子だよ」

「……それでは、可愛いお子さんでしょうね」

「……」

「……なんです?」

「……手、出さないでよ?」

「出しませんよ! 何言ってるんですか、貴方!」

「ええ~。だってコータ君、十歳の婚約者がいるんでしょ? 一個違いだし~」

「そ、それは! と、ともかく!」

「ま、それは冗談だけどね。娘を……というか、子供を持つと分かるんだ。この子が、こんなに愛しい我が子がもし自分の子供じゃなかったら……きっと、当時の私なら発狂すると思う」

「……今は?」

「仮に妻が不貞を働いていたとしても今となっては関係ないよ。あの子は可愛い可愛い私の娘だ。九年間、大事に大事に育てた……愛しい娘だよ」

 そう言って、溜息。

「或いは、エミリがずっとノーツフィルト家で暮らしていたら、父ももう少し違った接し方が出来たかも知れないけど……間が悪い、というと不敬かな? エミリが五歳になった頃、国家に慶事が起こったんだ」

「慶事、とは?」

「エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイム様のご生誕」

「……あ」

「エリカ様の御母堂に当たるリーゼロッテ様はノーツフィルト家の隣の領地、ファンデルフェンド子爵家のご出身でね。私の家とファンデルフェンド家は比較的良好な関係を築いていたんだ。私の母とリーゼロッテ様も仲が良くてさ。母の焦燥する姿に随分リーゼロッテ様も心を痛めて下さっていて……それで」

「……エリカさん付の侍女として、エミリさんを召し上げた?」

 苦笑して、肯定の頷きを一つ。

「君も嫌いじゃないでしょ? ベターを求めるの」

「……ええ」

「実際、リーゼロッテ様のお陰で我が家には徐々に会話と――笑顔が戻った。凄く嫌な言い方だけど、『原因』が目の前に居なければ父も少しは冷静になれたんだろうね。元々、自分の娘だろうってほぼほぼ確信を持っていたんだ。父にはその事を認める『時間』が必要なだけで……そして、その時間をリーゼロッテ様は作って下さったんだ」

「……」

「ギスギスした、しかも原因が自分だと思いながら育って行くのはエミリに取っても決して良くない事だ。だから、リーゼロッテ様の選択は正しい選択だったんだよ。そう、正しい選択だったんだけど」

 もう一度、深い深い、溜息を吐いて。

「それでも、ノーツフィルト家に――『ノーツフィルト家』と『エミリ』の間に生まれた溝は、時間を経れば経る程、大きく、深くなって行ったんだ」

「……」

「エミリか……そうだね、エリカ様から聞いた事は無かったかい?」

 この話、と首を傾げて見せるアロイスに『いいえ』と答えかけて。



『聞いて無いですよ、そんなの! なんで子爵令嬢がエリカさんのメイド何かしてるんですか!』

『メイド何かって……まあ、一応私も王族の端くれよ? 何処の誰かも分からない様な人に世話係なんか任せられないでしょ?』

『普通、ある一定の年齢を迎えると本家の方に戻るモノでは?』

『……色々あるのよ、あそこの家も』



「……直接的には、無いですが。エリカさんから『色々ある』とは」

 パルセナでの夜、エリカがそう言って溜息を吐いていたのを浩太は思い出す。

「なるほどね。『色々』か。まあ、エリカ様の仰る通り、『色々』あるんだよ。エミリはもう結構いい年だけどまだ結婚も、浮いた噂も無いだろう? 何故だか分かるかい?」

「いえ、寡聞にして知りません」

「他の妹――エミリに取っては姉だが、姉たちはもう結婚している。上の姉なんか、三人の母だ。二人とも、父の勧めた相手と結婚したよ」

「……」

「……エミリにだけそういった話を持っていかないんだよね、父は」

「贖罪、でしょうか?」

「今まで放りなげ、疑った我が子をこれ以上『道具』にしたくないって? まあ、それもあるんだろうけど……」


 多分、父は『距離』を計りかねているんじゃないかな、と。


「……私は、そんなエミリが不憫でね。不憫で、哀れで、可哀想で」

 だから。


「……こんなにも、愛しいんだ。エミリに、幸せになって欲しいんだ」


 漏れ出でた本音を誤魔化す様、顔に意地の悪い笑みを浮かべてポン、と両手を叩いて見せる。

「だから本当にコータ君、君が私の頭から酒を掛けた事を怒っていないんだよ、私は」

「……そうなんですか?」

「だって、そうだろう? 可愛い妹を『毒牙』から守ろうとしてくれたんだからさ。私自身が毒牙って言うのがそこはかとなく釈然としないモノもあるんだけど……まあ、そうやって妹の為に嫉妬を覚えてくれるのは兄としては……まあ、複雑ではあるんだけど、少し嬉しいって言うのも本音であるんだ」

 そう言って、ふんわりと笑んで。


「ただ、それが『コータ・マツシロ』って言うのは……どうだろうね?」


 笑んで見せた笑顔の形のままの口から、そんな言葉が漏れる。

「――え?」

「さっきも言ったけど、エミリからは月に一度ほど手紙が届くからね。君の噂は色々聞いている。ソニア殿下がテラに来た時なんて……くっくくく」

 含み笑いを噛み殺す様に喉奥を鳴らし、その後『失礼』と言ってコホンと一つ咳払い。その仕草に、浩太の表情に苦みが走る。

「そんな顔、しないでいいよ? 少なくとも悪い話じゃない。いや、愛されてるな~と思ってね?」

「……どうも」

「いえいえ。まあ、そんな訳でエミリの手紙に書いてあったのは君に対する賞賛と――それに、嫉妬だったんだよ。ああ、『実の兄になに言ってるんですか!』とか思わないであげてね?」

「思いませんが……」

 と言うより、思えない。今までの話を聞いていれば、思える筈がない。エミリに取って、実家との唯一の『パイプ』がアロイスであれば、べったりになるのは致し方ないだろう。

「――実の兄としても、親代わりの人間としても、やはりエミリには一人の男に愛されて欲しいとも、愛して欲しいとも思うんだ。まあ……ウチの家庭環境もあるし、『幸せな家族』を作って欲しいと、そう思うんだよ」

 ポツリとそう漏らし、慌てた様に手を振るアロイス。

「ああ、勘違いしないで欲しい。別に君が沢山の女性に手を出していても、詰るつもりも責めるつもりも無いんだ。ヤメートではどうか知らないが、フレイム王国の法では重婚について何らの罰則規定も設けていない。そもそも、エミリが『それで良し』と考えているのなら、私の口から文句を言う筋合いでも無いしね」

「……」

「……まあ、そうは言ってもこれぐらいの愚痴は言わせて貰っても罰は当たらないかな~って、そう思うんだよ」

 違うかい? と優しい笑みを見せるアロイスに浩太は黙って頷いて見せ、その後ゆっくりと頭を下げる。

「謝罪はいらないよ?」

「謝罪はしません。それは……何か、失礼な気がしますので」

「……そっか」

「……はい」

 しばしの沈黙。その後、アロイスはパンっと手を打ってみせた。

「……しんみりしちゃったね。ともかく! そんな可愛いエミリの願い事だ。叶えてあげたいとも思うし、叶えるべきだとも思う。エミリから聞いた話だと、新貨幣の導入だったと思うけど?」

 アロイスの問いかけに、浩太は首肯する事で応える。その仕草にうんと頷き、アロイスは言葉を続けた。

「正直な所、私もコインだけの商いには限界を感じていたんだ。ベッカー貿易商会はそのものズバリ『貿易』で財を成した商会だ。海を渡る事も多いから、フレイム白金貨をじゃらじゃら持って行くのは危険だし、手間だし、何より効率が悪い。国家が国家の威信にかけて新たな新貨幣……多分、『紙幣』だと思うけど、紙幣を作ってくれるならそれに越した事はないよ。『私』は賛成だ」

「ありがとうございます」

「お礼はまだ早いかな? 『私』は賛成なだけだよ」

「……含みのある言い方ですね。『私』以外の何かが重要で?」

 訝しんだ表情を浮かべる浩太に、肩を竦めて見せ。

「私はベッカー貿易商会の会長を務めているけど、そうは言っても生まれはノーツフィルト家だ。ベッカー家の人間ではない」

「……決定権はない、と?」

「そうじゃないよ。それでも、大事にしたいんだよね」

『矜持』ってやつは、と。

「矜持、ですか?」

「そう。貴族に取って家名が、学者に取って学術院が『特別』である事と同様、王都商業連盟に取って『貨幣鋳造権』とは『特別』なんだ。商聖ユメリアが、かの建国帝アレックスから賜った、貴族ではない商人達による公に許された唯一の国政への関与の手段なんだ」

「……なるほど。名誉、ですか。利益だけの話かと思いましたが」

「無論、貨幣鋳造権が利益を生む事は否定はしないさ。差額収入だって大したモノだよ。でもね、コータ君。それでも貨幣鋳造権の利益が無ければ屋台骨が揺らぐような商会が、果たしてフレイム王国の上から九つまでの椅子に座る事が出来ると、本当にそう思う?」

「それは……思いませんね」

「むしろ、勘定で言えば紙幣の方がメリットは大きい。一日に動かす金額が半端じゃない商会ばかりだからね、九人委員会の各商会は。と、言う事は勿論それだけ費用がかかる。タダで運ぶ訳じゃないからね、フレイム白金貨だって。年間の輸送費だけで考えても、お釣りが来るんじゃないかな?」

 それでも、そういう問題じゃないんだよと笑って見せて。

「――だからコータ君、君には私の『妻』を説得して欲しい」

「アロイスさんの奥方を……説得?」

「義父は鬼籍に入っているから、ベッカー家の血を引いているのは妻と娘だけだ。流石に九才の娘にそんな大事な事を決定させる訳には行かないだろう?」

「そうですが……」

「妻が、ベッカー家の人間が『うん』と言えば……私は次の九人委員会で君の提案に賛成票を投じよう」

 どうかな? と視線だけで問うアロイスに、浩太は黙考。

「――わかりました。ありがとうございます、それでお願いします」

 しかし、それも一瞬。悩んだって一緒の事と割り切って笑みを浮かべて見せる。

「了解。ちなみにコータ君、明日の予定は?」

「特には」

「だったら、妻には今日の晩にでも話をしておくよ。明日の……そうだね、昼過ぎにでも――ああ、そうだ。一つだけ、条件を付けても良いかな?」

「条件、ですか?」

「大丈夫。そんなに警戒しなくてもいい、簡単な条件だよ。妻を説得する時は必ずエミリを同行させて欲しい」

「エミリさんの同行、ですか……それは」

「ダメかな?」

「いえ……その、エミリさんの都合が付けば元々同行を願うつもりだったので構いませんが」

 大事な交渉事だ。『カード』と言うと言い方は悪いが、見ず知らずの浩太が一人で行くよりは、義姉とはいえ身内であるエミリに付き合って貰った方が成功の可能性は高いのは自明の理。人に頼る事を厭わなくった浩太にしてみれば、エミリの同行はむしろ願ったり叶ったり、なのだが。

「……それが、何故『条件』に?」

問題は、何故それをアロイスが『条件』として出すか。逆なら、例えば『浩太の力量を見たい』と、一人で行くことを促すなら分かるが、これでは全く意味が理解できない。頭に疑問符を浮かべる浩太を面白そうに見やり、アロイスは口の端に笑みを浮かべて蜘蛛の糸を垂らした。

「解答がいる?」

「ご教授願えれば」

「理由は三つ。一つ、私の妻は有難い話、エミリを随分と可愛がってくれているが、エミリがテラ住みのせいで中々逢う事は叶わない。折角ラルキアに来てるんだ。妻に逢わせて上げたい」

 身内との久々の邂逅。なるほど、理解出来る。首肯し、眼で続きを促す浩太に、アロイスは表情を――『悪戯っ子』の様な表情を浮かべて。


「援護射撃が要るかな~ってね」


「……はい?」

「いやね? エミリの手紙で常々思っていたんだよ。ウチの妹はあんなに可愛いのに、何でコータ君に選ばれないのかな~って。それで、気付いたんだ。きっと、あの可愛い妹は『奥手』なんだ、って」

「……」

 浩太、絶句。そんな浩太を意に介さず、アロイスは軽快に言葉のマシンガンを続ける。

「そりゃね? 確かにソニア様はお綺麗だと思うよ? シオン嬢だって悪くはないし、ラルキアの聖女だってとってもチャーミングだ。一人一人を別々に見れば、皆魅力的な女性だと思うよ? でもね? ソニア様はまだ十歳だよ? コータ君に『そっちの気』が無い限り、絶対守備範囲外じゃん? シオン嬢だって何考えてるか分かんないし、ラルキアの聖女なんて仔狸じゃん? ウチのエミリが負ける筈がないでしょ? ね? ね? コータ君もそう思うよね!」

 鼻息荒く詰め寄るアロイスに、少しばかり『ヒいて』受ける浩太。と、そこで浩太の頭に一つの疑問が浮かんだ。

「その……アロイスさん?」

「あの綺麗な黒髪! 澄んだ黒い瞳に、鋭利な頭脳! 何処に出しても恥ずかしくない自慢の――なに?」

「いえ……その、エリカさんは?」

「え? なに言ってるの、コータ君」

「いえ、なに言ってるのって……ああ、済みません。エリカさんの好意の方向がどうこうという訳ではなく、客観的に視てエリカさんも見目麗しい女性である事は間違いな――」

「ウチのエミリがあんな絶壁に負ける訳無いじゃん」

「――いかな……え?」

 浩太、再び絶句。

「まさかコータ君、あんな絶壁が好みなの? それはちょっと趣味疑うな~。それにエリカ様はあんな絶壁だけど筋金入りの王族だよ? 料理とか掃除とか、絶対出来ないよ? 辞めときなって、あんな絶壁」

 エリカが聞いたら首を絞めかねないNGワードを連発するアロイスに、浩太の背筋に冷たいモノが流れる。何か言葉を発しなければいけないと思い、それでもあまり巧く回らない頭を必死に動かし、此処でそれを聞くのはどうかと思いながらそれでも此処でそれを聞くのが一番正解な様な気がして。

「……その……嫌い、なんですか? エリカさんの事」

 出て来たのは、そんな平凡な言葉。その言葉に満面の笑みを浮かべて。


「大っ嫌いだね!」


 アロイスは断言。

「エリカ様はエミリに『べったり』過ぎなんだよ。もうさ、エリカ様もいい歳じゃん? そろそろエミリ離れしてくれても良いんだよ。そりゃね? エミリの婚期が遅れてるのには父の影響もあるよ? でもね? 『王姉であるエリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムの侍女』って肩書きも、男をドン引きさせてるんじゃないかな、って思うんだよ。もうぶっちゃけた話、ウチのエミリの婚期が遅れたらどう責任取ってくれるんだ! ってカチコミに行きたい」

「……」

「それぐらい嫌いなら、大嫌いで間違いないでしょ?」

 エミリ・コンプレックス、略してエミコン、なんて、下らない思考が浩太の脳裏で浮かんで消えたのはきっと目の前のシスコンのせいである。ようは『嫉妬乙』という奴だ。

「……それで、三つめはなんですか?」

 何だか段々――こんな事を言ってはアレだが、バカらしくなって来た浩太は投げやりに等しい感覚でアロイスに質問を投げて。

「分からない?」

 返って来たのも、また質問。頭に疑問符を浮かべる浩太に、笑顔を。

「妹の恋路を邪魔せず、真摯に応援する兄だよ? お兄ちゃんポイント、アップするでしょ?」

「……」

「私はね、コータ君」


 今日一番の、笑顔を浮かべて。



「『お兄ちゃん、だーいすき!』って言って貰いたいんだよ」



 そんなアロイスと裏腹、浩太の口から今日一番の溜息が漏れた。


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