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第六十九話 ラルキアへ

過日、フレイム王国興亡記第一巻発売しました! お手に取って下さった方、ありがとうございます。『WEB版だけ。浮気はしねー』という方、引き続きWEBの方を宜しくお願いします! 

さて、第六十九話です。今回は前回と次回を繋ぐ閑話です。今までのシリアス風味は何処へ!? という感じですが……大丈夫、来週はシリアス……というか、また経済の話に戻りますので。箸休め、と言う事で一つ!


「……あ、あの、その、そんなに拗ねないで下さいよ。ねえ、ソニアさん?」

「そ、そうですわ! その、わたくし、とても感謝してるのですよ? ね、ねえエリカ様!」

「わ、私に振るの? ……そ、そうよ! 貴方は凄いわよ! ねえ、エミリ!」

「え、ええ! そうですよ! 私にはとても出来ません!」

 浩太、ソニア、エリカ、エミリが口々にそう言って、応接間に備え付けられたソファで背を向ける様に寝転がる女性に声をかける。声をかけられた女性は面倒臭そうに顔だけそちらに向け、その後拗ねた様にプイッとまた顔を背けてしまった。


「…………ええんよ、別に? ウチだって出来れば面白おかしくテラで暮らせたらええな~って思うてたんよ? せやからこの展開は『望む所』やで? ほいでもな? 帰ってきたら、こう、ほんまに皆がわいわいやってる姿を見せつけられた気持ち、分かるん?」


「あ、いえ、確かにそれについては申し訳ないと思っているんですよ? いるんですがね? その……そう! ほら、『もう大丈夫です!』って手紙を出しても行き違いになるか――」

「……忘れてたんやろ?」

「――のうせいが……」

「なあ、忘れてたんやろ? そうやないとウチの顔見て『……あ』なんて言葉、でーへんもんな? なあ、忘れてたんやろ?」

「…………えっと……え、エリカさん?」

「だ、だから困ったら私に振るの、辞めてよね! えっと、えっと……」

 困った様に両手をあわあわと左右に振るエリカ。その姿にふむっと頷いてみせ、シオンはソファで不貞寝するマリアの肩を優しく叩き。


「マリア嬢、とか言ったか? すまんな。すっかりまるっと、忘れてた。メンゴ、メンゴ」


「うわーーーーーん! やっぱそうや! そうやと思ったんや! 酷いで、自分ら!」

「ちょ、し、シオンさん! 何言ってるんですか、貴方!」

「なんだ? 事実だろう?」

「い、言い方! 言い方があるでしょう!」

「どんな言い方をしても結果は一緒だが?」

「過程を大事にしましょう、お願いだから!」

「そんな無駄な事はせん主義だ。私を誰だと思っているんだ? シオン・バウムガルデンだぞ?」

「貴方に今までした感謝を全て返して貰いたい気分ですよ! ま、マリアさん! そんな事ない! そんな事無いですから!」

「……ほんま?」

「え、ええ! 本当です!」

「ほんまにウチの事、わすれてへん? ウチ、みんなと一緒におってええの?」

 捨てられた子犬の様。

 大きな瞳に涙を浮かべて見せるマリアに、浩太は大きく頷き口をひら――



「でも、忘れたのは事実でしょ?」



 ――きかけ、その口を閉じてギギギっと油の切れたブリキのおもちゃの様なぎこちない仕草で声の方向、優雅に紅茶なんぞ飲みながら読書に勤しむ綾乃に視線を向ける。

「あーやーのー! お前、何言ってんだよ!」

「嘘はダメよ、嘘は」

「ついても良い嘘とダメな奴があるだろうが!」

「今のはダメな嘘よ。というか、さ? あの子、誰? 新入りさん?」

「今の話の流れで何で新入りって感想が出て来るかなぁ! どう考えても今一番新入りなのはお前だからな!」

「やっぱり? なあ、コータはん、やっぱり忘れてたん?」

 くいっ、くいっと、マリアがコータの袖口を引く。その仕草に、浩太は顔をそちらに向けて綾乃に対する怒りそのままに口を開いて。


「うっせーな! だから忘れて……な……」


 ――浩太の顔面が蒼白になる。やってしまった、と浩太が後悔するまで数秒。一瞬ぽかんとし、怒鳴られたのが自分である事に気付き、すっかり涙腺の緩くなったマリアが泣きだすまで……もう、数秒。


「うわぁぁーーーん! コータはんが! コータはんがウチに怒鳴った! ウチ、なんも悪い事してへんのに! 酷い! コータはん、酷いよぉ!」


「あああああああ! すみません! 本当にすみません、マリアさん! 違うんです、マリアさんに怒鳴った訳じゃなくて――」

「いや、今のはどう考えてもその子に怒鳴ったでしょ」

「本当にちょっと黙ってくれよ、お前!」

「そうだな、今のはコータが悪い。やーい、やーい! なーかした、なーかしたぁー」

「貴方は小学生ですか!」

「うわぁ……コータ、酷い」

「そうですね。流石に今のは少しマリア様が可哀想かと」

「わたくしも同感ですわ」

「貴方達三人にだけは絶対言われたくないんですけど! エリカさん? なに顔を逸らして口笛吹いて――吹けて無い! 下手糞過ぎでしょ、口笛!」

 あまりにベタな誤魔化し方に天を仰いで。


「もう一人! せめて突っ込みをもう一人、増やして下さい!」


 応接間の中心で相方を求めた浩太だった。


◇◆◇◆◇


「……」

「……」

 本来であれば楽しい筈の、そんな夕食の時間。だっていうのに、食堂の空気はこれ以上ない程重い。

「……ねえ、アヤノ? ちょっとそこ、どいてくれないかしら?」

「あーら? なに、エリカ? なんか不満でもあるのかしら?」

 にこやかな、と形容できる程スバラシイ笑顔を浮かべる二人。だが、言ってる事が言ってる事だけに、何とも言えない不穏な――ぶっちゃけ、怖い。

「不満? そうね、不満しかないわね? 何でコータの隣に『仔狸』が座っているのかしら? そこは私の席よ?」

「あら? あらあら? 喧嘩、売られてるのかな~? 大体、アンタだって人の事仔狸だなんだって言えるのかしら? 何? 貴方のその体型。大根おろし器ででもすって貰ったの? 随分体の凹凸に乏しい体をしてるようだけど?」

「誰が地平線まで見渡せそうな体よ。大体、貴方だって……貴方だって…………」

 そこまで喋り、エリカは綾乃の体に――主に、胸部に視線を向ける。

「……」

 決して大きくは、無い。シオンやマリアよりも小さいし、エミリなんて比べるだけ無駄、そんなサイズ感の大きさの……それでも、彼我の戦力差は絶対。そんな絶望的事実をまざまざと見せつけられて思わず勢いの弱くなるエリカをみとめ、綾乃は小さく鼻を鳴らした。

「……はん」

「は、鼻で笑ったわね! 何よ、そんな人の事言える程大きくないでしょ、貴方だって!」

「そうですね~。確かにエミリさんとかには負けますよね~、私も」

「く、くぅーーー!」

「……あ、あの……二人とも、喧嘩は」


「「コータ(浩太)は黙っていて!」」


「……はい」


 ――ロンド・デ・テラ、公爵屋敷の食堂。浩太がテラに残ると……綾乃に『一体、何処の青春ドラマか!』と言われてから二十日ばかりが立ったある日の夕食の一コマは……二十日間の間でもう何度見たか分からない程、見慣れた光景である。


「いつもいつも、飽きずに良くやるモノですわね、コータ様」

 浩太の膝の上、こちらもテラに帰って来てからこっち『指定席』となったそこに座りながら、ソニアが愛らしい瞳を浩太に向ける。黙って浩太はソニアの頭を撫でながら、眼前で言い合いを続ける二人に聞こえない様、そっと小さく溜息を吐く。

「溜息は幸せが逃げると申しますよ?」

「溜息ぐらいで逃げる幸せなら最初から要りませんよ」

 そう言って、視線を上げた先に微笑むエミリにもう一度溜息。『もう、コータ様』なんて苦笑をして見せ、空いていたグラスにエミリはお酒を注いだ。

「さあ、コータ様? 遠慮なさらず『ぐいっ』と」

「『ぐいっ』とですか?」

「ええ。酒は良き友であり、良き伴侶であり、そして良き母でもあります。辛い事、悲しい事、もしくは嫌な事があった場合、お酒を飲んで忘れて、明日に備えるのも一つの方法かと愚考致します。ああ、ご心配なさらず。酔いつぶれてしまった際には私がお部屋まで――」

「はい、ストップ! ですわ、エミリさん。そんな事、わたくしの目が黒い内は許しませんわよ?」

「……ああ、ソニア様、そこにおられたのですか」

「わたくしが見えなかった、と申しますか? 『年』ですわね、エミリさん?」

「いえいえ。『小さすぎて』見えなかっただけです。もう夜も遅いですし、そろそろ『お子様』は『おねむ』の時間では無いでしょうか?」

「あら? 話を逸らしますか? やましい事がある証拠ですね?」

「……何の事やら。さあ、ソニア様、寝室に向かいましょうか? それこそ、私の目が黒い内は『幼女』に夜更かし等は許しませんよ?」

「黒いのは腹だけで十分ですわよ、エミリさん?」

 浩太の膝の上から飛び降り、机を回ってエミリの眼の前へ。下から見上げるソニアと、上から見下ろすエミリという、修羅場の構図に浩太の背筋に冷たいモノが走った。

「……ふふふ」

「……おほほ」

「……あの、二人とも? 喧嘩は――」


「「コータ様は黙っていて下さい(まし)!」」


「……はい」

 バチバチと火花を散らす二人に今度こそ盛大に溜息を吐いて見せ、浩太は反対側の席に視線を飛ばし……そして、もう一度溜息を吐く。

「シオンさん」

「……ほうひた? わはひひはひかよ――」

「……食べてから喋って下さい、お願いですから」

 浩太の言葉に頷き、口の中の食べ物を咀嚼し胃に流し込み――失敗して喉に詰まらせ、胸をバンバンと叩きながら慌ててテーブルの上のコップの水で食べ物を流し込む。その残念な姿に、浩太はもう一度溜息。さっきから溜息しかしていない。

「……んぐ。どうした、コータ」

「貴方、どれだけ食い意地が張っていらっしゃるんですか? 何ですか、そのお皿の量。一人でどれだけ食べれば気が済むんでしょうか?」

 浩太の問いかけに『今、気付きました』とばかりに、シオンがテーブルの上にこんもり詰まれたお皿の山に目を瞬かせる。

「……おう」

「おう、じゃありませんよ! 皆が食べる分ぐらいは残しておいて……口の端! ソースついてますよ! ちゃんとして下さいよ、本当に!」

「細かい男だな、お前は。なんだ? 嫁をいびる姑か?」

「テーブルマナーについて言っただけで姑扱いを受けるとは思ってませんで――」

「コータぁ!」

「浩太ぁ!」

「今度は何です――って、エリカさん? ど、どうしたんですか! え? な、なんで? なんで泣いてるんですか?」

 左側から聞こえる声に振り返り――浩太は出しかけた言葉を止めて、驚いたように別の言葉を発す。

「アヤノが虐める! わ、私の事、胸の無い、品格もない、ダメ領主って」

「……綾乃」

「そ、そこまでは言ってない!」

「……」

「…………と、思う」

「おい!」

「だ、だって! エリカだって言ったもん! 『仔狸がなんで此処に居れるか分かってるの? わ・た・しのお陰でしょ?』って!」

「そんな事言ったんですか、エリカさん?」

「そ、そんな言い方してないわよ! 私は『居候、三杯目はそっと出し、って知ってる? 少しは遠慮しなさいよ!』って言っただけだもん!」

「……それはそれでどうかと思いますが……」

「ぐぅ! で、でも……だ、大体コータ! 貴方、なんでまた『敬語』になってるのよ!」

 涙目のまま、エリカが下からぐいっと睨み上げる。上目遣いではない、本気の『にらみ』にコータは少しだけ体を引いてそっぽを向く。

「い、いや……その、今までずっと敬語だったのに、急にタメ口と言うのも少し気が引けまして」

「何よ! まだ『壁』を作るつも――って、アヤノ! 何よ、その勝ち誇った眼!」

「え~? そんなつもりはないわよ~。ねえ、浩太? 私って大体こんな目付きよね?」

「あー……まあ、そういやそうだな。お前、たまに睨んでる様に見えるし」

「……んふふ~」

「今のは絶対自慢げだった! 『どう? 私はタメ口よ?』って顔だった!」

「被害妄想よ、それは。エ・リ・カ・さ・ん」

「ーーーっぅぅぅ!! いいわ、アヤノ! 今日こそ! 今日こそ決着付けましょう! 胸囲の差が絶対的な戦力差でない事を教えてあげるわ!」

「望む所よ! 若さとはバカさだと言う事を貴方のその体――大平原に刻み込んであげるわよ!」

「言い直すな!」

 バチバチと火花を散らし、そのまま綾乃が席を立つと、待ってましたと言わんばかりにエリカは食堂の隅っこにあるチェス盤に向かう。『あの、ご飯が冷めますよ』という浩太の声も届かない様子だ。

「まあ、取っ組み合いにならないだけ平和で良いじゃないか」

 そんな二人を肩を落として見送る浩太に、シオンが声をかける。右手に持った骨付き鳥の腿肉にかぶりつく姿が『女、捨ててます』と言わんばかりで何だか若干悲しい。

「……そういうモノですか?」

「そういうモノだ。ああやって睨みあって、いがみ合って、喧嘩をして……でもそんな『普通』が堪らなく愛しいんだよ、皆」

「……」

「だからまあ、お前はのんびり見て置けば良いさ。だが、忘れるなよ? お前はこの『普通』を――皆でわいわいがやがや、『楽しく過ごす日常』という掛け替えのない日々を、自ら手放そうとしたんだからな」

「……耳が痛いです」

「耳が痛いぐらいならマシだろう。心が痛いよりは」

「……はい」

「……ふん。説教臭い話は此処までだ。私が言いたかったのは、とにかく『楽しめ』と……まあ、そういう事だ」


 そう言って。


 笑顔を見せるシオンに浩太も同様に笑顔を見せて。



「――なんで人のお肉まで取ろうとしてるんですか!」



 浩太のお皿に伸びる左手首をガシっと掴む。


「……ばれたか」

「ばれたか、じゃないですよ! なんで? ねえ、なんでですか? ちょっといい話してたのに、なんでそんな事するんですか? 今凄い残念な気分で一杯ですよ、私!」

「そこに肉があったからな。取るだろう、普通」

「取りませんよ、普通! 大体、あなた――」

「あああーーーー! コータ様! なんでシオンさんと手なんか繋いでるんですかぁ! ダメです! 離して下さい!」

「どっからどう見ても繋いでる様には見えませんよね、コレ! 掴んでるんですよ!」

「ズルいです! わたくしも! わたくしも!」

「ソニア様、はしたのう御座います」

「エミリさんには言われたくないです! コータ様を酔わせて部屋に連れ込もうとしてた癖に!」

「………………その様な事は御座いません。純粋に、善意です」

「タメが長いですわ! コータ様! この人、腹黒です!」

「あーもう! 何ですか、コレ! だから――」



「……皆、楽しそうやな~……」



 決して大きな声では無い。


 だって言うのに、室内にその声は酷く響く。エリカが、綾乃が、エミリが、ソニアが、騒がしく騒いでいた全員が一気にその喋りを止め、一斉に声のした方、入り口のドアにその視線を向ける程に。ただ一人、シオンだけはこれ幸いと浩太の皿から肉を奪っていたが。


「…………あ」


 皆の気持ちを代弁するよう――つまり、『わ、忘れてたー!』という意味を言外に込めた浩太のその呟きに。


「……なあ、コータはん? 『…………あ』ってなに?」


 とてもイイ笑顔を、マリアは向けた。


◇◆◇◆◇


「ひっぐ……えっぐ……そ、そらな? ウチは他の皆ほど、こう、『仲間!』ちゅう訳や無かったと思うよ? ほいでもな? ソルバニアまで行かせといて、忘れとったちゅうんは、ちょっとひど……ひど……ひっぐ」

「その……ほ、本当に申し訳ございませんでした、マリアさん。いえ、その、えっと」

 しゃくり上げるマリアに平謝りの浩太。忘れていたのは事実なので巧い弁明も思いつかない。困り顔を浮かべる浩太をじっと上目遣いで見つめた後、マリアは涙を拭った。

「えっぐ……もう、ええよ」

「えっと……いい、とは?」

「どうせウチなんか、忘れられるぐらいの子やし。コータはんとかエリカ様とかエミリさんとかに取って、そんなに重要な子やないんやもんな。要らない子、やもんな」

 拗ねた様にそう言ってぷいっとソッポを向いて見せるマリア。その仕草に、慌てた様に浩太は言葉を発した。

「そ、そういう訳ではありませんよ! 決してマリアさんが要らない子だ――」

「冗談や」

「――とは……って、え?」

「だから、冗談やって」

 そう言ってパンパンと服を叩き、寝転がっていたソファから立ち上がり『うーん』と伸びをして見せた後、ペロリと舌を出して見せた。

「そら、ちょっとショックやったけど……ま、ウチらの関係ってそんな感じやしな。ウチは商人やし、エリカ様は領主や。ある程度の距離感は大事やから」

「ちょ、マリア? そんな事無いわよ! その、わ、忘れてたのは悪かったけど……でも、私は貴方の事、本当に友人だと思ってるんだから!」

「ありがと、エリカ様。せやけどな? やっぱりウチとエリカ様達は利害が対立する事だってあるんや。せやから、私らは必要以上に慣れ合う必要は――」

「それは違います」

「――ない……って、コータはん?」

 喋りかけを止められ不満そうに浩太を見やって……マリアは息を飲む。

「ちょ、どないしてん、コータはん? そないなマジな顔して」

「確かに、私達は利害が対立する事もあります。ありますが……だからと言って、仲良くしてはいけないという訳では無いと、そう思います」

 何時にない浩太の強い口調。その口調に若干気圧された様に、そしてそれを誤魔化す様に、マリアは敢えて茶化した態度を取って見せた。

「へ、へえ~。どないしてん、コータはん。なんやいっつもと雰囲気違うやん。まさか『手と手を取り合って皆で仲良く頑張って行きましょう~』なんて言うんちゃうやろな?」

 そんな訳ないやんな~とおどけて見せるマリアに、浩太は首を振った。

「そうです、と言ったら?」

 縦に。

「……アンタ、ほんまにコータはん? コータはんの皮を被った偽物ちゃうん?」

「本物ですよ、私は」

「嘘やわ、それ。私の知ってるコータはんはそんな事言う人やないもん。騙すか騙されるか、そんな切った張ったの中で利を取ろうとする人やろ?」

「確かに。それは否定はしません。否定はしませんが……『嫌』になったんですよ」

「『嫌』に? 何が? 何が嫌になったん?」

「『誰もが幸せになる未来』なんて無いって簡単に『諦める』事が、ですよ」

「……」

「……」

「……おもろい事言うな、コータはん」

「そうでしょうか?」

「おもろいやん。なんや、コータはん? 魔王だけやなくて神様にでもなるつもりかいな? 『誰もが幸せ』になんて、人一人の力で出来る事ちゃうで?」

「一人、とは言っていませんよ」

 そう言って室内にいる面々を見渡して。


「――私一人で出来る事なんて、たかが知れていますから。だから、『皆』に助けて貰うんですよ」


 そんな浩太の言葉に、マリアはポカンとした顔をして見せ。

「っく……くっく……あーっははははははは! なんや、ソレ! ほんまどないしてん、コータはん!」

 次いで、弾けるような笑い声。

「そんなに可笑しいですか?」

「可笑しいに決まってるやん! だってコータはんやで? 『何考えてるか分からない』とか『何でもかんでも自分でやる』とかエリカ様に言われてたコータはんが、『皆』を頼るって、もうそれ、ギャグやん!」

 マリアの言葉を受け、浩太は視線をエリカに向ける。向けられたエリカは『ひゅーひゅー』と音の鳴らない下手糞な口笛で誤魔化す様に明後日の方向を向いた。

「……そんな事言ってたんですか、エリカさん?」

「そ、それは……さ、最初の話よ?」

「まあ、そう言われる私にも問題があったのは重々承知していますが……なんとなく、陰口みたいで納得しかねますよ、ソレ」

 ジト目で睨み続ける浩太に、相変わらずエリカは顔を逸らしたまま。そんな微妙な空気の中、ようやく笑いが納まったマリアが目尻に浮かんだ涙を拭いながら浩太に笑みかけた。

「……ああ、おなか痛いわ。こんなに笑ったの久しぶりや。コータはん、おおきに」

「お礼を言われるのも可笑しな話ですが?」

 ジト目をエリカからマリアに向ける浩太に、肩を竦める事で応えて見せて。

「……ま、ええんちゃう? 『魔王』が丸くなった、ちゅうんも変な話やけど……ウチはそっちのコータはんの方がええと思うで?」

「そうです?」

「一人で出来る事なんてほんまにちょびっとやからな。出来へん事は頭下げてお願いしたらええねん」

「含蓄深い言葉ですね」

「お兄ちゃんの受け売りやけどな」

「ベロアさんの?」

「そうそう、ベロアお兄ちゃんの……って、あれ? コータはん、お兄ちゃん知ってるの?」

「ええ、ラルキアで少し……と言うよりシオンさん? 貴方――ああ、知らなかったんですね」

 浩太の視線の先にはシオンがこの女性にしては珍しく、大きく口を開けてポカンとしている姿があった。

「べ、ベロアの妹? マリア嬢、君はベロアの妹なのか?」

「せ、せやけど……っていうか、その……」

「あ、ああ、済まない。私はシオン、シオン・バウムガルデンという。ベロアとはラルキア大学で同窓だった仲でな」

「……へ? お兄ちゃんの同級生なん……なんですか?」

「無理に敬語にしなくとも良い。良いが……世間は狭いな。まさか、こんな所でベロアの妹に出逢うとは」

 そう言って、どこか感慨深いものを見る様な眼をシオンはマリアに向ける。向けられたマリアはむず痒そうに身じろぎを一つして笑みを見せた。

「……そうやったんや。あの……お兄ちゃん、元気やろか?」

「ああ。あいつはいつだって元気すぎるくらい、元気な男だ。少しは落ち着けと思う位にな」

「あー……なんか簡単に想像つくな~、それ」

「だろう? まああいつも、いつもいつもオルケナ中を飛び回っているからな。たまにはラルキアに――」

 そこまで喋り、シオンがその口を止める。

「? シオンさん?」

 顔面から血の気を一斉に引かせ、ガクガクと震える体のままシオンは浩太に視線を向ける。何処かカクカクとしたその動きに、訝しげに浩太は眉を顰めて見せた。

「どうしたんですか?」

「…………忘れていた」

「何を?」

「『ラルキア』だよ!」

「ラルキア? えっと、シオンさん? 意味が――」

「だから、ラルキアだ! 王国行きはともかく、王都ラルキアに一度帰らなければいけないだろう!」

「……え? か、帰る? ラルキアに? な、何で?」

「コータは一応、ラルキア付だぞ? 帰らなくちゃいけないに決まっているだろう! ああああ……すっかり忘れてた……怒られる……ロッテ翁に確実に怒られる……」

 床に手をつき、まるでこの世の終わりを絶望するかの様な姿を見せるシオン。すっかり血の気の引いた顔面に、カタカタと震える唇が何だか若干怖い。

「えっと……シオンさん? その、そんなに怖いんですか?」

「当たり前だ! ロッテ翁に怒られる事を考えるくらいなら、マリアの事を忘れてた事なんて心の底からどうでもいい!」

「ちょい待ち。流石にそれは酷いんちゃうか!」

 抗議の声を上げるマリアをスルーし、シオンはがしっと浩太の右手を掴む。震える手の割には強い力に少しだけ驚きながら、浩太は声を上げた。

「ちょ、シオンさん! 痛い! 痛いんです――え? ちょ、ちょっと!」

「こんな事をしている場合じゃない! さあ、コータ! 行くぞ!」

「行く? 行くって何処に!」

「ラルキアに決まっている! さっさと仕度しろ!」

「いや、仕度ってちょ、し、シオンさん! シオンさん!」

 浩太を、まるで引きずる様にしながらシオンはドアに向かってずんずんと歩く。やがて、バタンと少しだけ大きな音がしてシオンと浩太の姿が食堂から消えた。

「「「……」」」

 後に残された面々は事の成り行きをただただポカンと見守るばかり。しかしてそれも数秒。正気に戻ったエリカがチェス盤の向こうの綾乃に声をかけた。

「……ねえ、アヤノ?」

「なーに?」

「コータ、ラルキアに行くって」

「そうみたいね」

「そうみたいって……いいの、貴方?」

 エリカの質問になにが? と答えながら、綾乃は盤面のチェスの駒を仕舞いだす。そんな綾乃の行動に眉を顰めるエリカに、一言。

「今回は私の負けで良いわよ。それじゃエリカ、お世話になったわね」

「ちょ、あ、アヤノ! お世話になったって! 貴方、何処に行くつもりよ」

「浩太がラルキアに行くんだったら私も付いて行くわよ。当然でしょ? 浩太が居ないんだったら私がテラに居ても仕方ないし」

「し、仕方ないってそんな勝手な!」

「勝手って……貴方だって私だけが居ても仕方――」

 そこまで喋り、綾乃の口がにやーっと嫌らしく……そして、とってもチャーミングに歪む。口元をもにょもにょさせるその仕草に、エリカが物凄く嫌そうな顔をして見せた。

「――ははーん。貴方、『ズルい!』って思ってるわね?」

「ぐぅ!」

「うんうん、そうよね~。流石に領主さまが仕事を放って男追いかける、なーんて出来る訳ないもんね~。まあ、エリカ? 領地運営、頑張ってね~」

「あ、貴方っていう人は……な、何よ! 貴方、一々人の神経逆なでしないと気が済まないの!」

「そういう訳じゃないけど……事実でしょ?」

「く……え、エミリ!」

 半泣きになり、助け船を探してエミリに声をかけ。


「それではソニア様、準備をしましょうか」

「そうですわね。此処は一時休戦、と致しましょう」

「着替えや身の回りの小物など、必要なモノは纏めて……ああ、お菓子は」

「わかっておりますわ! 銅貨三枚まで、ですわね!」

「ええ、その通りでございます」


「エミリーーー! あ、貴方まで何言ってるのよ!」

 にこやかに旅行の算段をする忠実なメイドに悲痛な声を上げた。その声に気付いたエミリは微笑みを浮かべながら、エリカに深々とお辞儀をして見せる。

「エリカ様。私の休暇もかなり溜まっているかと思料します。一度、纏めて使ってしまいたいと思いまして……三日後から休暇、頂けないでしょうか?」

「そう言うと思ったわよ! ダメよ! ぜーったい、ダメ! 貴方達だけ行かせないわよ! 私だって行くんだもん!」

 まるで、駄々っ子の様。

 ヤダヤダと両手をばたつかせるエリカに、きょとんとした顔をエミリは浮かべる。

「エリカ様?」

「なによ、なによ! 貴方達ばっかりずる――」

「エリカ様も一緒に行くのですよ?」

「――いわ……って、へ?」

「三日後から、と申しましたでしょう? シオン様には申し訳ないですが後三日、待って頂きましょう。その間に溜まっている政務を片付けて、皆で一緒にラルキアに参りましょう」

「え、エミリ……!」

「私がエリカ様を置いて行く訳がないではありませんか」

 聖母の様な笑みを見せるエミリに、エリカの瞳からたぱーっと滝の様な涙が流れる。そんなエリカを優しく見つめるエミリに、綾乃が肩を竦めて見せた。

「甘いメイドさんだこと。いいの? 領主がそんなに領地を空けて?」

「急ぎの案件もございませんし……それに、この状況のエリカ様をお一人で残して行っても」

「まあ、使い物にならないか」

「そこまでは申しませんが、あまり心の平穏にはよろしくありませんので」

「貴方が? エリカが?」

「両方、にございますね」

「……本当に甘いメイドさんね、貴方」

 苦笑して見せ、『それじゃ私も準備してくるわ』とヒラヒラと手を振る綾乃に一礼。そんなエミリの袖を引っ張る様、エリカが一気に捲し立てた。

「それじゃエミリ! さっさと政務、片付けるわよ!」

「その様に慌てずとも大丈夫ですよ、エリカ様」

「時間が惜しいわ! ほら、早く!」

 先程のシオンの様、ぐいぐいっとエミリの手を引っ張っていくエリカ。苦笑しながら、『さあ、ソニア様も』と、まるで保母さんの様にソニアを逆の手で引いて歩いて行くエミリの姿が、室内から消える。



「……なあ?」




 ポツン、と一人。

 室内に取り残されたマリアが声を上げる。誰もいない食堂、当然返答はない。




「……やっぱりこの扱いって……酷くない?」




 すっかり冷めたお肉を一切れ口に運び、マリアは寂しそうにそう呟いた。




※シリーズ投稿をしている『フレイム王国小雑記』の方で『なろう特典SS』を投稿しております。一巻に登場したあのキャラの短編ですのでご興味ある方はそちらにも目を通して頂ければ。

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