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第六十四話 ロンド・デ・テラ講和会議

これだけ見ると分りにくいかも。来週……か、再来週に回収。


 ――ロンド・デ・テラ、応接室。


 色々なモノを売りとばし、ある程度のキャッシュを手に入れたテラの中でも『これだけは売れない』と思う品物――例えば、先代陛下から下賜された絵画であったり、有名な陶芸家の作った壺などが置いてある、公爵屋敷で一番『豪華』な作りの部屋。

「……お待たせしました」

「……いえ、こちらこそ」

 ガチャリ、と音を立てて扉が開き男女がそれぞれ一名ずつ、室内に足を踏み入れる。黙ったまま歩みを進めた二人は席につくこちらも男女二名に一礼し、静かに腰を降ろした。

「『昨日』はよく眠れましたかな、アルベルト閣下」

「ええ、『おかげさまで』よく眠れましたよ、ルドルフ閣下」

 アルベルトが腰を降ろしたと同時、笑みを浮かべて話しかけるルドルフに、こちらも笑みを浮かべたまま答えるアルベルト。両者の視線が交差し、どちらからともなく頷く。

「さて……それではルドルフ閣下? 貴方の隣におられる素敵なレディ、そちらの方をご紹介頂けますか? 綺麗な女性が目の前にいて、お名前も存じ上げないなど失礼の極みですか――!」

 ルドルフの隣に座る女性――綾乃に向けて笑顔のままウインクをして見せたアルベルトの顔が苦痛に歪み、その後自らの隣に座る女性をジト目で睨んだ。

「……クラリッサ補佐官。少しお行儀が悪いぞ?」

「閣下。ライムの行く末を決める講和会議の席で、くれぐれも失礼と非礼と不様に当たる行為だけは慎んで下さいませ。ライム都市国家同盟の恥となりますので」

 そう言ってクラリッサは頭を下げて。

「お初にお目にかかります。私はライム都市国家同盟大統領首席補佐官、クラリッサ・ダマートと申します。今回の講和会議では我が国大統領アルベルトが全権大使、私が副使を務めさせていただきます。ルドルフ宰相閣下と……失礼、お名前は?」

 視線を綾乃に固定。しばしその視線をじっと受け止めた後、綾乃は小さく肩を竦めて見せる。

「私の名前は大場――アヤノ・オオバ、です。ルドルフ宰相が全権大使なら私は……オブザーバー? そういう感じで捕えて貰って構わないわ」

「オブザーバー、ですか?」

「全権大使も特命大使も副使もぜーんぶルドルフさんが引き受けてくれるって事。私には何の権限もないし、意見だってする気も無い。それと……確かにイケメンだと思うけど、別に貴方の想い人を取ってやろう、なんて気はサラサラ無いから安心して」

 売約済みなの、私、とそう言って見せる綾乃に、クラリッサの頬に朱色が走る。が、それも一瞬。直ぐに視線をルドルフに固定する。

「……何の権限も無い、『オブザーバー』の人間をこの講和会議の場に同席させるのですか、ルドルフ宰相閣下」

「なに。彼女はかの有名な『ラルキアの聖女』ですぞ? 血で血を争う闘争の後、前向きに関係を改善させようと、進もうとする両国の和睦の儀に、聖女様の祝福があった方が栄えるでしょう? 絵的にも、シナリオ的にも」

「そんな話をしている訳ではありません、閣下」

「そんな話ですよ、クラリッサ補佐官殿」

 両者の視線がさして大きくないテーブルを隔ててぶつかる。バチバチと火花を飛ばしそうな視線を見るとは無しに見つめ、綾乃は大きく溜息をついて割って入った。

「えっと、クラリッサさん、だったっけ? 大丈夫だから、そんなに心配しなくても。別に私はルドルフさんのジョーカーって訳じゃなくて、本当にただ参加しているだけだから」

「信用できません」

「信用できませんって……そう言われちゃうと、私も『別に信用して貰わなくても良いケド?』って言うしかないわね。それとも、何? 私に退席でも求める?」

「そこまでは申しておりません。ですが――」

「はいはい、クラリッサ。そこまでだ。申し訳ない、アヤノさん――と、呼ばせて頂きますね? アヤノさん、ウチの部下が大変失礼な事を」

 尚も言い募ろうとするクラリッサの口を片手で押さえ、アルベルトが小さく目礼。その目礼を受け、綾乃も大仰に頷いて見せる。

「いいですよ、別に。謝って頂かなくても」

「それでも重ねて、謝罪を。それだけこの講和会議に『本気』だと受け取って下さい」

「和睦を求める側が遅れて来る。戦争している両国の人間がにこやかに笑顔を浮かべて挨拶。極めつけは大統領閣下の軽い態度と、補佐官殿の恋愛脳。まあ尤も、私も講和会議なんて大袈裟なモノに参加するのは初めてですから、これがスタンダードなのかどうかまでは把握していませんが……閣下」

 本当に、本気なんですか? と付け加える綾乃に、アルベルトは沈黙のまま視線だけをルドルフに送り、ルドルフの首が横に振られたことを確認するとほぅーっと一つ、感嘆の長い息を吐いて見せた。

「成程、クラリッサも才女ですが、貴方も大概才女のようですね。もう少し、緊張してしおらしくして見せた方が宜しかったですかな?」

「構いません」

「そうですね。どうやらお互い様のようでしょうし」

 暗に、『お前だって十分態度悪いぞ』というアルベルトに、綾乃はもう一度、肩を竦める事で応えた。

「失礼しました、閣下。それではどうぞ三人で存分にご会談下さい」

 一礼し、背筋をピンと伸ばして椅子に座り直す綾乃。そんな姿に苦笑してみせ、アルベルトが口を開こうとすると同時、先程同様に音を立てて扉が開いた。

「待たせたわね」

 扉の外に立つ人物はそう言ってスカートの端をちょんと摘まみ、一礼。座っていた四人が立ち上がり各々に礼をする姿を視界に納めた後、エリカは浩太を従えてゆっくりと室内を歩く。カツ、カツとヒールの音を響かせ、辿り着いた部屋の最奥部に置かれた椅子――上座に当たる場所に腰を降ろした。

「楽に」

 エリカの言葉に、もう一度一礼。音も立てずに四人は立ち上がった椅子に再度腰を降ろす。ゆっくりとその四人の顔を見渡し、エリカは厳かに口を開く。

「第五十一代フレイム王国国王、ゲオルグ・オーレンフェルト・フレイムが長子にして第五十二代フレイム国王、エリザベート・オーレンフェルト・フレイムが王姉、エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイム。本日、両国の求めに応じてフレイム王国全権大使としてこの講和の席に立ちあう事と相成った。両国使節とも、議論を尽くしてオルケナの恒久の平和に努めよ」

「はい」

「かしこまりました」

「本日の講和会議はエリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムが承認し、証人となる。欺く事、謀る事など無き様に。私を謀る事は、そのままフレイム王国に対して弓引く行為であり、偉大なる建国帝アレックスを欺くと同義である事を存分に心得えよ」

 ここまでは、通過儀礼。オルケナ大陸の覇者であった『フレイム帝国』の正統な後継者たるフレイム王国の直系、その体に脈々とアレックスの血を湛え、称えるエリカだからこそ言える言葉でもある。

「……まあ、御託は良いわ」

 先程まで身に纏っていた厳かな空気を一変、瞳に敵意すら浮かべながらもう一度室内をぐるりと見回して。



「――さっさと始めましょう、この『茶番劇』を」



◆◇◆◇◆◇


「認められません」


 エリカの言葉が耳朶を打ち、その凛とした姿に見惚れながら、アルベルト・バルバートは些か――と表現すると過小評価になるほど狼狽し、困惑し、端的に表現するのであれば『焦って』いた。


 ――会議は粛々と進んでいたのだ。初めこそ、『茶番劇』という言葉にドキリとしたアルベルトだったが、話が領土割譲の有無、今後の両国の和平関係、諸事に対する様々な事務レベルでのすり合わせに至るまで円滑に進んでいくにつれ、徐々にその緊張をといていったのだ。同盟関係の部分において、エリカが若干の難色を示した事ぐらいだったのである。


『両国の和平は望ましく、一度壊れた関係を『同盟』という形で結ぶのは素晴らしいでしょう。是非、我がロンド・デ・テラもその仲間に加えて貰いたいものです』

 

 少しだけ紛糾するも、『フレイム王国』ではなく『ロンド・デ・テラ』の一領主が参加するという形で同盟問題には決着がつく。

「ルドルフ卿。その賠償金額は現状のライム都市国家同盟の税収でとても払える金額では無い。再考を」

「分割にてお支払頂いても構いませんが?」

「同じ事です。それは問題の先送りに過ぎず、賠償金の支払いでライム経済をじりじりと削るだけです。それとも、何か『密約』でもあるのですか? ライム経済を活性化させ、十年後には賠償金を支払っても潤沢な資金が残る様な、そんな素晴らしい方法が? あるのならば是非、私にもご教授願いたい」


 ――だが、議論は賠償金の支払で揉めた。それも、支払う対象者であるライム都市国家同盟でなく、エリカがごねたのだ。


「いえ、それは……」

「そうで無いのなら、この賠償金額については到底認められる数字ではありません」

「ですが、エリカ様。それは――」

「これが、最後。もう一度言います、再考を。返事は?」

「……はい」

 力なく項垂れるルドルフに満足げに頷き、エリカは視線をアルベルトに移した。スカイブルーの瞳に動揺する自身の姿が映りこみ、それをみとめた事により一層アルベルトの緊張が加速する。

「アルベルト卿。金額については再考して頂く事になりました。宜しいですね?」

「あ、いや、その」

「……どうしたのですか、アルベルト卿? 賠償金の金額が下がる事は貴国に取っても十分にメリットのある話ですよ? 本来であれば諸手を挙げて歓迎するべきでしょう?」

 仰る通りである。ただ、それには『一昨日の会談と、昨日の使者の持ってきた条件』という前提条件が無ければ、だが。本当なら一にも二にもなく頷くところだ。

「それとも、既に諸条件は決していた、と? 私に、このエリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムに、規定事項をなぞる為だけに時間と場所を取らせた、と? アルベルト卿、貴方は――貴方達、ライム都市国家同盟はフレイム王国に仲介の労を願って置きながら、まさかその様な事になっているのでしょうか?」

「い、いえ! その様な事は!」

「それでは何も問題ないですね?」

「あ……はい」

 問題はある。ある意味ではこれ以上無い『不義理』ではあるのだ。ラルキア王国に対しても、フレイム王国に対しても。だが、それをこの場で声高に叫ぶ訳には行かず、アルベルトは唇を噛みしめる。

 本来『講和会議』とは戦争関係にある当事者の二国間で行う会議である。仲介国であるフレイム王国には会議内容にケチをつける義務も権利も無く、究極を言ってしまえば、二国間が納得すればそれでいい話なのである。少なくとも、本音では。


 だが、『建前』の話となると、これは違ってくるのだ。


 打診があったとはいえ、建前の上ではライム側から『懇願』してフレイム王国に講和の仲介に立って貰ったのだ。『済みません、もうある程度決着したのでもういいです』とは当然言えるモノでは無い。そんな事をしたら、今後のライムの危機に手を貸してくれる国家など何処にも無くなってしまう。

 では、ラルキア王国側はどうか。確かに、ラルキア王国からして見ればフレイム王国の――というより、エリカのこの態度は干渉以外の何物でもない。加えて、ラルキア王国側からすれば事前折衝をするのは当然と言えば当然、別段フレイム王国にお伺いを立てる必要も無い。少しでも条件を良くしようとした至極真っ当な国事行為であり、講和会議の席に『乞われて』付いたラルキア王国からすれば、何ら臆する事も、卑屈になる事も無いのである。どころか、本来であれば『無礼な!』と怒って席を立っても可笑しくない。


 相手が『フレイム王国』で無ければ。


 国家名に『ラルキア』とフレイム王都の名を冠する通り、ラルキア王国はフレイム王国と密接な関係を有する。流通する最高通貨はフレイム白金貨だし、言語はフレイム語。王家に至ってはフレイム王家の『分家筋』なのだ。物も、人も、金も、その全てがフレイム王国と同根であり別所帯を構えているとは言え、本家に遠慮するのは分家の常。幾ら相手が妾腹の娘であろうが、それでも本家の御令嬢に対して正面切って『無礼な!』と怒れるモノではない。

 最初にエリカが言った『フレイム王国に弓引く』という言葉もミソだ。本来であれば外交儀式の一つに過ぎないその言葉も、こうなってくると俄然意味合いを増してくる。エリカの意はフレイム王国の意、一度それに頷いた以上、彼らが相手にしているのは『ロンド・デ・テラ公爵』ではなく、『フレイム王国』なのである。まかり間違ってフレイム王国の顔に泥を塗った等と難癖をつけられ、フレイム王国にソッポを向かれたら――例えば、白金貨の流通をストップされたりしたら、干上がるのはラルキア王国の方だ。そして、ルドルフの知る『フレイム王国宰相』はチャンスと見たら確実にソレをする男である。嬉々として、笑いながら。

「……分りました。それでは、賠償金額は請求額の五分の四とさせて頂きます」

「五分の四、ですか。根拠は?」

「私に与えられている裁量で出来る値引き額ですな。これ以上の値引きを求められるのなら、一度本国への持ち帰りとさせて頂かなくては行けません。それは時間の無駄でしょう」

「なるほど。アルベルト卿? この数字で如何ですか?」

「……え? あ、は、はい! 結構です!」

「そうですか。それでは賠償金額についてはこれで決定、という事で宜しいでしょうか?」

 ルドルフ、アルベルト双方が頷くのを見て、納得したように大きく一つエリカも頷き、最初に見せた厳かな雰囲気を身に纏う。

「――それでは、これを以ってラルキア王国、ライム都市国家同盟の講和条約を締結する。本条約の名称は『ロンド・デ・テラ講和条約』とし、両国代表者の署名と共に、フレイム王国全権大使として私の署名を入れたものを三通作成、各々が一通ずつ保管すること。本条約の効力は今後三年間とし、以後契約応当日の七日前までに両国どちらかからの破棄の通告が無い場合、同様の条件を以って自動更新とする。調印日は明日、同刻にてこの部屋で行う事とする」

 宜しいか? と問いかけるエリカにアルベルトが頷く。その姿を納めた視界の端で、エリカの目は手を挙げるルドルフの姿を捉えた。

「なにか?」

「条約の内容については一切の疑義は御座いません。誠に結構な条約だと愚考致します。これも偏にエリカ様のご厚情の――」

「前置きはいい。結論を」

「――条約内容についてはそれで結構。ですが、今後の両国、並びにロンド・デ・テラの友好の証として人材の相互交流を願いたい」

「人質を出せ、と?」

「まさか。遊学、と捉えて頂ければ結構。我がラルキア王国には既に人材を受け入れる体制も整っております。決して不自由はさせません」

「……ほう」

「ライム都市国家同盟は今後の戦後処理もあるでしょうし、ダニエリの復興を最優先すべきでしょう。同様に、我が国からも現在人材を派遣できる余裕はありません。ですので――」

 そうですね、と少しだけ考え込み、笑顔を。



「――テラの発展にご尽力為された、コータ・マツシロ氏のお力を、どうか我が国にお貸し頂けませんかな?」



 にこやかに。


 そう言って笑んで見せるルドルフに、エリカはしばし黙考。その後、体の力を抜くようにゆるゆると大きな息を吐いた。

「――コータ」

「なんでしょうか?」

「貴方は、どうしたい?」

 エリカのその言葉に。


「……行きます」


 小さな、だが、はっきりとした、声音で。



「――ラルキア王国に、行きます」



 しばしの、静寂。

「……そう。分かりました。本国には私の方から通達しておきます。ルドルフ卿、コータ・マツシロについて、可能な限りの厚遇を」

 やがて紡ぎだされた――淡々と、と形容出来そうなエリカの言葉に、ルドルフが目礼を返す。

「お約束しましょう」

「……ええ、お願い」

 そこまで喋りエリカは席を立つ。それに合わせるかのよう、座っていた全員が席を立った。

「それでは本日はこれにて閉会とします。明日、同刻にて調印式を行うので遅れる事の無いよう」

 さっと礼をする面々の中を、黙ってエリカは扉に向けて歩く。


 その瞳に、涙を湛えたまま、ゆっくり――だが、しっかりと、歩いた。


◆◇◆◇◆◇


「説明して下さい」

「説明、とは?」

「とぼけないでください? なに? 一体、どんな魔法を使ってみせたんですか?」

 ラルキア王国使節団に与えられた控室。備え付けの椅子に腰をかけ、緊張を解すかのように大きく息を吐いたルドルフの目の前で、仁王立ちに立ったまま綾乃が詰め寄る。言葉遣いこそ丁寧なるも、その瞳に若干の戸惑いと――それ以上の怒気を孕ませた綾乃に、先程とは別の意味の溜息を吐いて見せた。

「貴方に取っても良い展開かと思ったのですが? 愛しの愛しの魔王様が、傍に居て下さるのですよ?」

「茶化さないで」

「……感謝される事こそありこそすれ、まさか怒られるとは思っておりませなんだな。まあよろしいでしょう。それで? 説明、とは?」

「ルドルフさんが向こうの大統領閣下と『密約』を交わしていただろう事は大体想像つきます。でも、その後が皆目見当が付きません」

「『密約』とは言葉が悪い。私がしたのは事前交渉ですよ? まあ……そうだとしても、良くそれに気づきましたな?」

「全くの予備交渉なしで、いきなりぶっつけ本番で臨むとはちょっと考え難かった、というのが一つ。後はあの場でも言ったけど、大統領が余りにも『余裕』だったから。普通、ある程度萎縮してくるものでしょう、敗戦国は」

「敗戦した訳ではありませんが、一理はありますな。それで?」

「ライムについては分ります。ですが、ロンド・デ・テラ公爵の態度については分りません。予備知識なしに、それでも巧く切り返していたとは到底思えません」

「彼女は貴族、それもフレイム王家に連なる人間ですぞ?」

「それが?」

「腹芸ぐらいはして見せるでしょう」

「だとしたら、この間の『動揺』が嘘になります。同一人物とは思えないでしょう」

 綾乃の頭には、『浩太』について動揺し、狼狽し、殆ど泣きそうになっているエリカの姿しかない。

「プライベートとビジネスを巧く切り替えている可能性も考えました。でも、最後。アレがどうしても解せない」

「あまりに簡単に『魔王』を手放した?」

「そうです」

 一貫性が無さすぎる。どちらかが真でどちらかが嘘であると考えるより、台本を与えられて、その上で演じていたと思う方が綾乃にはしっくりくるのだ。

「そうなると、考え得る解答は一つです」

 ――即ち、ルドルフがエリカに『講和の条件』を、伝えた。

「答え合わせを、ルドルフさん」

「困りましたな」

 はははと乾いた笑いを見せ、綾乃の真剣な瞳に肩を竦める。しばしの沈黙の後、ルドルフはようやく口を開いた。

「エリカ公爵閣下には講和の内容を伝える事はしていません」

「エリカ公爵閣下『には』?」

「私が伝えたのはコータ氏に、です。尤も、その時はまだライム側との交渉は手付かずでしたから、『どう転ぶか分りませんが』と注釈は付けましたがな」

「それ……何時の話です?」

「『月がとても綺麗ですね』」

 瞬間、綾乃の顔が朱に染まる。

「――っ! る、ルドルフさん!」

「いやはや、乙女満開でしたな~。このルドルフ、良いモノを見させて頂きました」

 にやにやと表情を緩めるルドルフに対し、綾乃は頬を赤らめて半眼で睨む。二人っきりだから出来た事であり、人に見られることを想定としていない仕草を見られると非常に、非常に恥ずかしい。

「……ま、まあ良いです。それで、その時に交渉内容を話したのですか? でも……何で?」

「逆に交渉内容を話さない意味もありますまい。痛くも無い腹を探られるより、手の内はさらけ出して置けば宜しい。無理難題を吹っ掛けるならともかく、今回は誰がどう考えてもライム側に有利な――有利な様に見える条約ですから」

「本当の所は違う、と?」

「いいえ。本当にライム側に有利な条約です。ただ、ライム側に有利な条約が即そのままラルキア側にも利点があるというだけの話なだけで」

「賠償金の減額は?」

「あれについては想定外と言えば想定外でしたな。文句が出るのならライム側からだと思っておりましたから」

「吹っ掛けた、と、そう言う事ですか?」

「ある程度は利益を上乗せしても良いだろうと思っておりました。五分の四と言いましたが、元々陛下より認可を頂いていた金額は今回の賠償金額です」

 意地汚いでしょう? と笑んで見せるルドルフに綾乃は静かに首を横に振る。条件提示である程度『吹っ掛ける』のは常だし、取れる所からは取れば良い。

「浩太に話した理由は? 公爵閣下にそのまま話せば良かったんじゃないです?」

「それでも構いませんが……怒るので」

「だれが?」

「嫁が。綺麗な女性と夜遅くに二人きりなど、浮気を疑われます」

「愛妻家で結構ですが。私とは二人っきりな時間、長いですよね? 仔狸は範囲外ですか?」

「冗談ですよ」

 ジト目で睨む綾乃を宥め、ルドルフは言葉を継いだ。

「直接、公爵閣下に話を通すより件の魔王様にお話を通した方が都合が良かったのですよ。私の口から直接聞くよりもコータ・マツシロの口から情報が届けば、そこに魔王独自の解釈が加わるでしょう」

「意図的に恣意的な解釈を期待した、と?」

「そう取って貰っても結構」

 そう言って、ぐるりと肩を回して。

「恐らく、コータ・マツシロ氏はこう言ったのでしょう。『ライムとラルキアが同盟を結ぼうとしている』これは事実です。そして、彼はその後にこう続けるでしょう。『その同盟に、巧くテラも入り込んで下さい』と」

「同盟に入る、ですか? なぜ?」

「彼は与えられた状況下で最大限の利益を取ろうとする御仁です。そんな彼の前に、わざわざ情報を提供したのですよ? 金も、領土も増えないこんな仲介役なら、せめて同盟関係でも結んでいた方が得、と取るでしょう。彼の過去の『悪行』を見る限り、場を引っ掻き回すのは得意な様ですし」

 違いますかな? と問いかけるルドルフに頷きかけ、綾乃は途中でその首を止める。

「まるで浩太の事を良く知ってるかのように言いますけど……ルドルフさん、浩太と初対面でしたよね?」

「情報は金ですよ、聖女様。さて、その意見を聞いたエリカ様はどう思うか? 条約の内容を視て、きっとエリカ様は思うはずです。『これではバランスが悪い』と」

「ラルキアが強くなりすぎる?」

「いいえ、ライムが弱くなり過ぎるのです。フレイム王家の伝統芸は『調和』です。一国が強くなり過ぎず、弱くなり過ぎず、絶妙なパワーバランスを築いているからこそオルケナ大陸は天下泰平なのですよ。フレイム王国はその辺りの采配が非常に巧妙だ」

「公爵閣下は其処まで考えて動いているのですか?」

「そうでは無いでしょう。失礼ながらエリカ様はまだお若く、外交経験も殆ど皆無。腹の探り合いも苦手でしょうし……だからこそ、『茶番劇』などという言葉が飛び出すのですよ。それでも『勘』というのはバカに出来ない。これはもう、血筋としか言いようがないですな」

「……浩太に伝える事により、情報を不明瞭にした訳ですか」

「エリカ様は随分悩まれたでしょう。まあ、悩むのも領主の仕事ですが」

「それじゃ今回は結局、ルドルフさんの掌で皆踊っていた、って事ですか?」

「まさか。一番良い展開は賠償金もそのまま呑んで頂き、同盟は二国間で結ぶ事でしたが……許容範囲の中、というだけです」

 私程度の掌ではとても踊って頂けませんよ、と肩を竦めるルドルフに、呆れた様な視線を向ける綾乃。ジト目のそれすら意に介さないルドルフに、諦めた様に溜息を吐いた。

「分かりました。それじゃ、最後に一つ」

「何ですかな?」

「浩太です。何故、浩太があんなに簡単にラルキア王国への招聘を飲んだんですか?」

「それは聖女様のみりょ――わかりました。真面目に答えます。ですので、そんなに睨まないで下さい」

 綾乃の刺す様な視線にやれやれと首を振って。

「言ったのですよ」

「言った?」

 ええ、と。



「『貴方が居ると、ロンド・デ・テラは不幸になる』と……そう言っただけですよ?」



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